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RSSフィード [10] リライト企画 Vol.1
   
日時: 2011/02/06 20:41
名前: HAL ID:XOUVmzNo
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ミニイベント板にてお試しで立ち上げてみたところ、思いのほかご好評をいただきましたので、あらためてこちらで正式にスタートさせていただきます。皆様ふるってご参加くださいませ!
 リライトとは……という説明は省略します。リライトってどんな感じなのかな、と疑問に思われたかたは、ミニイベント板のお試し版をご参照くださいませ。


■ 原作の提出について

* 原作の受付期間: 2011年2月6日(日)~2月13日(日)24:00

* 原作の長さ: おおむね原稿用紙20枚以内の作品とします。
「自分の作品を、誰かにリライトしてみてもらいたいな」という方は、期限内にこの板に、直接作品を書き込んでくださいね。
 また、今回は、お一人様につき一本までの提供とします。ほかの作品もお願いしてみたいんだけど……という方がいらっしゃったら、声をかけていただければ、後日第二回を設けますね。

* また、原作を提出された方は、最低1本以上、ほかの方の作品(選択は任意)のリライトをしていただくようお願い申し上げます。
(この制約はお試し版にはなかったのですが、今回から設けることにしました。なるべくたくさんのリライトがうまれたほうが、読み比べるのが楽しいという個人的な欲望です)

* リライトは、文章面の改稿という意味だけでなく、キャラクター、設定、構成等の大幅な改編、二次創作に近いようなストーリーの追加等もあり得るものとします。
 そうした改変に抵抗のある方は、申し訳ありませんが、今回の企画へのご参加は見合わせてくださいませ。

 せっかく提出したけれど、誰もリライトしてくれない……ということもあるかもしれませんが、そのときはどうかご容赦くださいませ。ほかの方の作品をたくさんリライトしたら、そのなかのどなたかが、お返しに書いてくださる……かも?

* 著作権への配慮について
「ほかの方からリライトしてもらった作品を、いただきもの等として、自分のサイトやブログに展示したい!」という方がいらっしゃるかもしれませんが、必ず、リライトしてくださった方の許可を得てからにしてください。
 また、許可がもらえた場合でも、かならず執筆された方の筆名、タイトルを付け直した場合は原題、企画によりご自身の原作をもとにほかの書き手さんがリライトしたものである旨を、目立つように表示してください。


■ リライトされる方へ

 どなた様でもご参加可能です。むしろどんどんお願いします!

* リライト作品の受付: 2011年2月14日(月)0時から受け付けます。
(原作とリライト作品が混在するのを避けるため、原作の募集が終わってから投稿を開始してください)
 書けたらこの板に、直接書き込んでください。

* タイトルまたは作品冒頭に、原作者様の筆名および原作の題名を、はっきりわかる形で表示してください。

* 投稿期限: 設けません。いつでもふるってご参加ください!
 ただ、何ヶ月もあとになると、原作者様がせっかくの投稿に気づいてくださらない恐れがありますので、そこはご承知くださいませ。

 こちらに置かれている原作のリライトは、原作者様の許可を得ずに書き出していただいてけっこうです。ぜひ何作でもどうぞ!
 また、「作品全体のリライトは難しいけれど、このシーンだけ書いてみたい……!」というのも、アリとします。

* 著作権等への配慮について
 この板へのリンク紹介記事などを書かれることはもちろん自由です。ですが、リライト作品を転載されることについては、原作者様の許可を明確に得られた場合に限るものとします。
 また、許可を得て転載する場合にも、オリジナル作品と誤解を受けないよう、原作者様のお名前および原題、原作者さまの許可を得てのリライトである旨を、かならずめだつように明記してください。


■ 感想について

 感想は、こちらの板に随時書き込んでください。参加されなかった方からの感想も、もちろん大歓迎です。よろしくお願いします。

 また、リライトした人間としては、原作者さまからの反応がまったくないと、「あまりにも改変しすぎたせいで、もしや原作者様が怒っておられるのでは……」という不安に陥りがちです(←経験談)
* ご自分の原作をリライトしてくださった方に対しては、できるかぎり一言なりと、なにかの感想を残していただけると助かります。


■ その他

 好評でしたら、いずれ第二回を設けたいと考えています。でももちろん、こちらの板でどなた様か、別のリライト企画を立ち上げられることには、まったく異論ありません。

 そのほか、ご不明な点などがございましたら、この板に書き込んでいただくか、土曜22時ごろには大抵チャットルームにおりますので、お気軽にお尋ねいただければと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします!

メンテ

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リライト作品 祭囃子が聞こえる (原作:笹原さん『ひるがえる袖』) ( No.15 )
   
日時: 2011/02/14 01:02
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 詩に関しては全くわからないので、開き直ってリライトしたような感じです。
「仄めかし」を取り入れたつもりなんだけど、どうもうまくいっていないようです。

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 祭囃子が聞こえる (原作:笹原さん『ひるがえる袖』)



 あなたは気づいてくれたでしょうか
 うすむらさきの矢絣に
 包み隠したわたしの想い

 あなたは気づいてくれたでしょうか
 止んでくれるなお囃子と
 あなたと同じ心の祈り

 あなたは気づいてくれたでしょうか
 気持ちを託した簪は
 旅立つわたしの最後の証

 さようなら さようなら

 あの日の夜と同じように
 祭囃子が聞こえます
 あの日の夜と同じように
 祭囃子が聞こえます

 わたしが都についたとき
 それがほんとうのお別れ
 あなたは気づいていましたか?

 さようなら さようなら
 祭囃子が聞こえます

メンテ
リライト作品 大好き (原作:みーたんさん『タイトルなんて迷う』) ( No.16 )
   
日時: 2011/02/14 01:03
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 原作の持っている意図をどう読み取るのか迷いました。
 その結果、こんな中途半端な作品になってしまいました。

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 大好き (原作:みーたんさん『タイトルなんて迷う』)



 それで君はギターを弾いてロックスターを目指すのかい。
 サッカーボールを追いかけてスタジアムの大歓声を浴びるのかい。
 読書なんかして何を得ようとしているのかい。
 くだらないくだらないくだらないくだらないくだらない。

 え? そうじゃないんだよ、君の思っていることとは全然違うんだよ。
 死んでしまいたとか、人類なんか滅亡してしまえとか、そんな次元の話じゃないんだよ。
 生きるの死ぬの命がどうのなんてみみっちい話じゃないんだよ。
 人間の存在そのものがくだらないんだよ。
 今の人間、今の世界、今の現実、今の社会、今今今今今今今今今今今今、それがくだらないんだよ。
 みんなみんな周囲の目ばかり気にしているじゃないか。
 みんなみんな戸締りばかりを気にしているじゃないか。
 みんなみんな世間体ばかりを気にしているじゃないか。
 本音で生きようと言いながら建前で武装してるじゃないか。

 なんなんだよなんなんだよなんなんだよそれって。
 
 お芸術のお話をしましょうよ。

 猫の死体、あれは素晴らしかった。
 真っ白い猫。
 道路にあおむけに寝転んでいるんだ。
 お腹に桃色の内臓がむにゅっと飛び出しているんだ。
 後ろ足が不可能な方向に折れ曲がっているんだ。
 前足はどうだったかな……あったかな。
 見どころは目だよね、目。
 猫の目だよ目目目目目。
 閉じようとしないんだ。
 じっと一点を見つめているんだ。
 なかなかできることじゃないよ。
 不動の目だよ。
 そうそう君に鑑賞するさいの心構えを教えてあげよう。
 出来る限り想像するんだ。
 この猫が生きていたころの姿を。
 かわいらしいしぐさを。
 かわいらしい鳴き声を。
 かわいらしい寝顔を。
 想像できたかい。
 そしたらそれを忘れないうちに見るんだよ。
 不動の目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を。

 あれこそ命の芸術。
 生きとし生けるものの末路。
 現実だよ、これこそが現実だよ。
 嘘も建前も関係ない。
 そうだろ?
 死体はロックスターなんて目指さない
 死体はサッカー選手なんて目指さない
 死体は知識を得ようなんて目指さない
 嘘も建前も関係ない。
 世間体なんて絶対に気にしない。
 それがお芸術ってもんだろ。

 猫にだってできるのになんで人間にできないんだ?
 人間なんて嘘つきじゃないか。
 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき
 ばか。しね。

 君は何を思うの?
 明日も生きていたい?
 あの人とセックスしたい?
 あれがほしい?
 これもほしい?
 毎日が楽しい?
 平和でうれしい?
 ばかみたいだね。
 君はおかしいよ。
 死ねばいいのに。

 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死んでしまえよ
 君なんか死ねばいいのに

 そろそろ命のシンフォニーを奏でましょう
 今日は今日 明日は明日
 むなしく拍子を刻む心臓の鼓動
 きゅるきゅると悲鳴をあげる胃袋
 君の子宮も君の精巣も声をあげずに泣いている
 いいよ君 いいよ君たち いいよ人々

 最高じゃないか

 生き抜こう
 恥ずかしいけど
 生き抜こう
 残酷なことだけど
 生き抜こう
 一緒にがんばろう
 正気の沙汰じゃないよね
 うんうんうんうんうんうん
 わかっているよ

 だからさ

 ありがとうありがとう





Q:この社会は好きですか?
A:私がいる限り、大好き。愛おしい

メンテ
リライト作品 遠い子守唄 (原作:HALさん『歌う女』) ( No.17 )
   
日時: 2011/02/14 01:44
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 途中で力尽きてしまいました……ごめんなさい。
 もっともっと時間をかけてリライトしてみたい作品です。

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 遠い子守唄 (原作:HALさん『歌う女』)



 こんな寡黙な夜には、ぼくはいつもその静寂に思わず耳をそばだててしまう。彼女の歌声が聞こえてきそうな気がするから。もちろんそんなことはないのだけれど、それでも彼女の歌声が、夜のしじまの表面を波打ってくるのを待ち望んでしまう。彼女が消えた今、そんな習慣だけがぼくに残された。
 彼女が消えたのは、逝きそびれた蝉の鳴き声も沈黙を始めた初秋のころ。長くなりかけた影法師が、涼しげな風にゆらゆらと揺れるようになったかと思えば、はっと我に返ったかのように真夏に戻る。けれども水道の蛇口を捻ってみれば、指の間を流れる水は思いがけず冷たい。そんな季節の移ろいにふと気が付く朝のように、彼女の姿も、ふと気が付けば部屋から消えていた。

 彼女がぼくの部屋に居座るようになったのは、父方の祖母がひっそりと逝った去年の初夏、道一面に散らばった桜吹雪もきれいに片付き、初々しい若葉が顔をのぞかせ始めた葉桜の季節のことだった。
 祖母は聴唖者だった。耳は年相応以上にしっかり聞こえていたが、言葉を発することができなかった。先天的な発話障害ではなかったそうだが、祖母がいつ頃から言葉を失ったのか、どうして言葉を失うことになったのかは知らなかった。ぼくが物心ついた頃には、すでに祖母は言葉を失っていた。だからぼくは祖母の語り口はおろか、どんな声をしていたのかすら知らない。
 祖母はとても物静かなひとで、それはもちろん祖母の障害のせいということもあったのだけれども、それ以上に自分の意見を前面に押し出そうというところのない祖母の性格によるものだった。引っ込み思案というのではなく、大抵のことはすんなりと受け入れられる、器の大きさによるものだったと思う。
 祖母の方からどうしても何か伝えたいことがあれば、いつも持ち歩いていた広告の裏を綴じた帳面に、ちびた鉛筆を持って筆談をする。ちんまりとしてあまりきれいとはいえない、けれどひどく丁寧な字で、祖母はときおり短い言葉をつづった。
 幼い頃のぼくはお祖母ちゃんっ子で、物言わぬ祖母がどんな話にでもにこにこと笑って頷いてくれるのが嬉しく、何かあると楽しいことはもちろん、たとえ辛いことでも、まず祖母に話した。ときには学校で習ったばかりの歌を歌ってあげることもあった。そんなとき祖母はじっと目をつぶり、ぼくの歌の一節一節を愛おしく吟味してくれているようだった。帰宅すると、背中からランドセルを解放してあげるよりも前に、まずは祖母を探し、そのそばに駆け寄るのがぼくの日課だった。にもかかわらず、中学高校と大きくなるにつれて、祖母のもとに駆け寄る回数は減っていき、上京して仕事を始めるようになってからはずっと疎遠になってしまっていた。
 祖母の家から少し離れた都市部に新たに家を買った両親は、祖父亡きあと祖母に一人暮らしをさせていることに、かなり強い抵抗があった。両親は祖母に何度か新しい家での同居を持ちかけた。けれども、普段はめったに自分の意見を押し通そうとはしない祖母が、この持ちかけにはがんとして首を縦に振らなかった。知らない人ばかりの都会なんかに移るよりも、誰もが顔見知りで気安い田舎のほうがずっといいと、めずらしく強く主張するように、何度も何度も帳面に書いてみせた。うちの両親にしても、不慣れな生活を強いるよりも、そのほうが精神的に気楽だろうという思いがあったようだ。
 上京したぼくも、ふとした多忙の狭間に祖母を思い出しては、年老いた障害者の一人暮らしに不安を覚えたものだった。けれども故郷は遠く、申し訳ないことをしていると思いつつも、もう長いこと年に一度、盆と正月のどちらかに顔を見せるだけになっていた。
 そういう次第だから、ぼくは祖母の訃報を受けた時、まずなによりも先に罪悪感を覚えた。台所に倒れていた祖母を見つけたのは、たまに祖母の様子を窺ってくれていた、祖母の家の近所に住む親戚だった。両親はかろうじて死に目に間に合ったものの、ぼくは駆けつけようとする途中で、携帯電話越しに涙ぐむ母の声を聞いた。祖母がひとりで暮らしていた郷里の家で、通夜も葬儀も行うというので、ぼくはそのまま会社に電話を入れ、その足で帰省した。
 両親が病院に到着したころには、祖母は絶望的な状態だったそうだ。意識は全くなく、じっと目をつぶり、長いこと言葉を発することのできなかった唇を固く閉じ、あとは最後の時を迎えるだけの状態だったそうだ。そんな、長い年月言葉を失っていた祖母の唇が、天に召される直前にまるで何かを歌っているかのように、ゆっくりと力強く動いたそうだ。時間にして数秒だったそうだか、まるで誰かに歌いかけているかのような動きだったそうだ。その静かな歌が終わったと同時に、祖母は天に召された。享年八十歳。両親の話によれば、少しの苦しみもなく安らかに天に召されたとのこと。大往生と言ってよいと思う。

 祖母はぼくが病院へ到着するのをきっと待っていてくれたんだと思う。頑張って頑張って、それでも堪えきれなかったんだと思う。そんな祖母の遺影は、帰省するたびに眼にしていたのと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。そしてその笑みは、死に目にすら間に合わなかったぼくの罪悪感を洗い流してくれているようでもあった。
 それでも死に目に間に合わなかったことは、思った以上にぼくを悲しませた。それに、もっとまめに顔を見せるべきだったと、自責の念に苛まれたまま二日を郷里で過ごした。これ以上仕事に穴を開けることもできないので、両親に見送られたあと、東京に戻るためにバス停まで向かっているときだった。ぼくは後ろからついてくる、若い女性の姿に気が付いた。
 歩きながらちらりと振り返ってみたところでは、少し野暮ったい印象の格好だった。暗い色の服も、少し派手な化粧も、けして不恰好ではなかったものの、いまどきの若い女性の装いにしては、どこか時代遅れな感じがした。
 そのときは、その服装に違和感を覚えはしたけれど、あまり気にはしなかった。交通機関も限られた田舎のことだから、バス停まで行く道が誰かと重なったところで何の不思議もない。
 けれどバスに乗って駅に到着し、三両しかない電車に乗り、乗り換えのための駅で降り、改札を出たときに、ぼくはまた同じ女性の顔をホームで見た。
 その瞬間は、偶然かとも思ったが、電車を乗り換えて、一人暮らしをしているアパートの最寄り駅を降りたところで、ぼくのあとに続いて彼女が降りてきたときには、偶然だの気のせいだのという考えは頭から飛んでいた。女性に後をつけられるような覚えはないつもりだったが、どう考えても、はるばる郷里からぼくを追いかけてきたとしか思えない。
「何か」
 思い切って彼女に話しかけると、その女性は驚くようすも、怯むようすもなく、ただにっこりと微笑んで、小首を傾げた。十代の終わりか、二十代の前半か、それくらいの年頃に見えるが、その割にはどこかあどけないような、夢見るような表情だった。
 あまりに彼女が平然としているので、実はぼくの単なる思い違いで、よく似た別の女性だったのか、それとも本当にたまたま同じ道行きになっただけなのかと思えて、「失礼」と会釈をして元通り、家路に着いた。
 ところが、女性はいつまでもあとをついてくる。もの問いたげな視線を何度となく向けてみても、目が合うたびににっこりと笑うばかりで、彼女はやはり、ぼくの数歩後をのんびりと歩き続ける。
 そうこうするうちに、とうとうアパートの前に着いてしまった。彼女は、さもそれが当然のことだというようにそこにいた。ぼくは階段を上がり三階にある部屋の前までやってきた。彼女もぼくについて上がってきた。ぼくは立ち止まり、振り返って彼女を睨みつけたけれども、それでもやはり彼女は笑顔のままで、何の気負いもなく、のんびりと歩み寄ってきた。そうして、またもやさもそれが当然のことだというように、ぼくの部屋のドアノブに手をかけようとする。
 鍵がかかっているのだからドアが開くはずもなかったが、ぼくはとっさに、「ちょっと」と声を上げて、彼女の腕をつかもうとした。
 その指が、するりとすり抜けた。
 背筋をいやな寒気が駆け上った。何の感触もなかった、というわけではない。指がそこを通過したその瞬間、靄のような湿った、冷えた手触りがあった。
 ぼくは怯えながらもまじまじと彼女を見下ろした。間近で見る袖からのぞくその腕はひどく白く、若く見えるわりには張りが殆どないのが見て取れた。そして手の甲にある小さな黒子や、その上に並ぶやわらかな色の薄い産毛まで、くっきりとこの眼に見えた。彼女の腕はきちんとそこにあるのだ。
 それなのに、つかむことができなかった。
 彼女は首を傾げると、狼狽えているぼくから眼を逸らし、なんなくドアノブを捻って、ぼくの部屋に上がりこんでいった。そして、スチール製のドアの向こうに彼女の姿が隠れると、音を立てて鉄扉が閉まった。鍵をかけ忘れていたのかと、そんな日常的なことに思いが及んだところで、ようやくぼくの体は動いた。
 けれども慌ててドアノブを捻ると、鍵のかかった確かな手ごたえが返ってくる。
 思わずよろけて後ずさると、手すりが背中にあたった。独身者くらいしか住まないこの安アパートは、廊下も階段も手すりが低く、もう少しぼくの足取りがたしかだったなら、真っ逆さまに転落しようかというところだった。結果的には、最初から腰砕けだったのが幸いして、汚い廊下に座り込むだけですんだのだけれど。
 どうにか立ち上がって、震える手で鍵を差し込み、ドアを開くと、物の少ない見慣れたワンルームの隅に、当然のような顔をして彼女がくつろいでいた。

 幽霊らしいその女は、何をするわけでもなかったが、低めのかすれた声でよく歌をうたった。
 それは古い歌謡曲であったり、懐かしい感じのする童謡であったりした。彼女が歌うと、どんな曲も気だるげでしっとりとした調子に聞こえた。
 最初のうちこそ、怯えて近所のホテルに泊まったり、何らかの用事をでっち上げて友人の家に上り込んだりもしていたが、十日も経過したころには、彼女が歌う以外に何も害のないらしいことを、ようやく飲み込んだ。
 それから、彼女との奇妙な同居が始まった。
 幽霊にしては祟るでもなく恨み言をいうでもない彼女は、ただぼくの部屋の何も置いてはいない片隅を占拠して、気まぐれに歌ったり、ぼくがなんとなく点けているテレビを興味深そうに眺めたりしていた。かといって、話しかけてもにこにことしているだけで、返事が返ってくるでもない。食事もせず、それ故かトイレに立つこともせず、ただただ部屋の片隅に存在した。
 彼女は、驚くほどたくさんの歌を知っていた。毎日、違う歌が部屋に流れた。残業に疲れて深夜に帰った夜などは、彼女の気だるげな歌声がひどく胸に沁みるような思いがした。ぼくがときどき我を忘れて熱心な拍手を送ると、彼女は幼い少女のように無邪気に微笑んで、優雅な礼をしてみせるのだった。
 何を思ってぼくについてきてしまったのかわからないけれども、ただ歌うだけの何の害もない幽霊だ。そうは思うものの、仕事の波がふっと途切れて、職場の喫煙スペースで煙草を吸っているときなどには、「一体何をたくらんでいるのだろう」と疑心暗鬼に陥ることもあった。この世に何かしらの未練があるからこそ幽霊としてこの世に戻ってきたのだろうし、それならば何をしたっておかしくない。そのうちにとり憑かれて、殺されてしまうことだってありうる話だ。
 かといって、誰にか相談できる事柄でもない。霊感なんて多分ありもしないぼくに、あれだけ鮮明に眼に見える幽霊なのだから、きっと他者にも見えるのだろうけれども、「過労でどこかいかれちゃったか?」と精神科の治療を勧められる可能性は充分にあるし、それは本望ではない。それに、もしそんな治療を受けた結果、彼女の歌声が聞こえなくなってしまったなら、それはそれでとても惜しいような気がした。いつの間にか、彼女の歌声はぼくの生活の一部になっていたようだ。

 やがて夏が過ぎ去り、残暑に悩まされる日中と涼しい明け方の落差に戸惑うような、そんな頃のことだった。
 それまでご機嫌に、古い歌謡曲や童謡ばかりうたっていた彼女が、ある日、目を細めて懐かしそうに子守唄を歌い始めた。それまではどこか気だるくもの哀しい歌が多かったのに、その子守歌だけはひどく温かい調子で、本当に幼い子どもに聴かせてでもいるかのような、優しさに満ちていた。曲名も知らないけれど、いつかどこかで聴いた覚えがある歌だ。遠い遠い、どこか記憶の、意識の奥深くに大切にしまいこんでいた歌だ。一体、どこで聴いたんだろう。
 その歌を聴いているうちに、ぼくはだんだんといい気持ちになってきた。どうやら眠りに就こうとしているらしい。どんどん薄れていく意識と入れ替わるように、遠くから、本当に遠くから子守唄がぼくに近づいてくるのがわかった。やがて子守唄はぼくの意識全体をすっぽりと包みこんだ。とても暖かい。とても柔らかい。
 そして、あと一歩で完全な眠りに就く刹那、何故そう思ったのか自分でも不思議だったが、こう思ったことを今でも鮮明に覚えている。

「間に合ったよ、おばあちゃん」

 どれくらい眠っていたのかわからなかった。ふと目が覚めると、部屋の中はまだ暗く、夜空がまだそこに居座っている様子だった。枕が濡れていた。きっとぼくの流した涙の跡だろう。電気を点けようとしたがやめた。点けなくてもぼくにはわかった。
 彼女は消えてしまったと。

 随分とあとになって、父からこんな話を聞いた。
 祖母が言葉を失ったのは、ぼくが生まれて一年ほどしてからだったとのこと。たちの悪い腫瘍にやられて、喉の手術をしたのが原因だったそうだ。
 祖父と出会い結婚をするまで、祖母は酒場で歌をうたっていたのだそうだ。本当にたくさんの歌を知っていたらしい。
 そして、ぼくがまだ言葉もしゃべれず、やっと這い這いができたころまでは、よく祖母の子守唄で眠りについていたそうだ。もちろん、その頃の記憶は全く残ってはいないのだが、ごくたまにどこか遠い遠い意識の奥から囁くように聞こえてくる歌がある。そして、それこそは忘却の彼方に置き忘れてきた祖母の子守唄なのではないか、と思えてくるのだ。

メンテ
リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その1 ( No.18 )
   
日時: 2011/02/14 01:08
名前: 水樹 ID:e1Dp.YVY

恥ずかしながら、先週、見事にフライングした作品です。
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 夕暮れの帰り道、田舎のあぜ道。鮮やかなオレンジ色も消え失せようとしている。あたりは薄暗い。
 子供達も家に帰ったのだろう、人の姿が全く見えない、いつもの道なのに眩暈がする。なぜこんな感覚が起こるのだろうと、広い田んぼの中、ふと見上げると、月が、りんごのように丸い月が、堕ちて行く太陽をあざ笑うかのように、わたしを蒼く照らす。全てを蒼に染めている。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。この場にあった歌を口ずさもうとするが、心に靄がかかって出て来ない。こんな気持ちは初めてだった。
「ちょいと、そこの嬢ちゃん」
 と声が聞こえた。
 見渡すも田んぼ、何も誰もいない。身震いし、気のせいだろうと早足で家を目指す。正面の月を追う私。
「嬢ちゃん、何も怖がる事はねぇぜ」
 今度は背後からはっきりと声が聞こえた。同時に腕を掴まれる。私の動作は止まった。振り返るが何もいない、良く見ると、私の影に隠れている何かがいたのだった。
 頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。全身緑色のこびと? が腕を掴んでいる。
「歌いたいのかい?」
 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとは言葉を続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるってなもんさ。嬢ちゃんは歌いたがっている。あっしは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだぜい」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ?
 ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。
「この踊りはなんていうの?」
「月の踊りを見るのは初めてかい? 一から説明するのも面倒だ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。
 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。
 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかやるじゃねえか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。
 みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
「嬢ちゃん、ありがとよ」
 こびとの声で我に帰る。はて? ここは一体どこだろう。私は家に帰っていたはずなのに。
 風も無いのに波打つ草が膝をくすぐる。瑞々しい草は血に染まったように紅かった。どこをどう見ても、見た事もない世界が広がっている。不安を伴う脈打つ鼓動、動悸が治まらない。無意識に鼻息が荒くなる。紅の先には翠、蒼、漆黒、白銀。あたかも四季が織り混じり、色彩も、何もかもが自由に、不安定に存在していた。私だけが場違いに存在している。
 もう元の世界には戻れないと諦める、そう悟る。私はここの世界の住人になってしまった。
 涙で回りの全て、輪郭がぼやけて見える。
 泣いた所でと、顔をあげる。ふと目に付いたのは月。
 いつも目にした唯一変わらぬ月、りんごのようにまるい月は、嘲笑にも似た、冷たい蒼い光で、私を照らしている。



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出来るだけ弥田様の世界観を残し、最初と最後を少し手直しさせていただきました。
その2は続編ではなく、好き勝手にリライトしようと、思っていたりしています。

メンテ
ありがとうございました……!! ( No.19 )
   
日時: 2011/02/14 01:44
名前: 弥田 ID:weDJxDdk

>山田さん
なるほど! と思いました。
なんというか、ぼくが誤魔化したり、上手く書けないまま放置したりした部分がちゃんと書かれていて、こう書けばいいのか、とすごく勉強になりました。
ありがとうございました。

>水樹さん
オチの不思議な世界観が好きすぎて夜も眠れませんでした。
その2がどうなってしまうのか、今からワクワクしています。
眠れない夜はまだ続きそうです。楽しみに待たせて頂きます。
ありがとうございました。

メンテ
『おーい』/リライト 『月を踏む』 ( No.5 )とりさとさん ( No.20 )
   
日時: 2011/02/14 03:42
名前: 星野田 ID:.6nuytUk

 さてはて、今宵は何を謳いましょうか。ある口伝えによりますと、夜の伯爵が東から西へと駆けていき、翻ったマントが太陽の光を遮るために大地は暗闇で追われるのだそうです。伯爵は歴戦の戦士であり、激戦をくぐり抜けたマントは継ぎ接ぎだらけ。細かいほつれから漏れ出す空の光が星々という訳です。さて、この伝承に従うと、夜の伯爵のマントには一等大きな穴がひとつありますね。そう、お月様がそれでございます。有史以来、我々を惹きつけてきた美しき月。我々だけではなく、鳥も、獣も、魚も、精霊も、夜の闇にぽっかりと穴を開ける月を見上げ、ほうとため息をつき、恋焦がれるようなあこがれをいだいてきたのでございます。
 お集まりの紳士淑女の皆様がご存知の通り、野山には小鬼というものがございます。南の山に住むチャボは、博物学者が『鶏』と分類する小鬼でございました。身体は大体が土くれでで、そこに木の葉っぱが練りこまれることで動いているという、誠に精霊とは不可思議なものでございます。小鬼の母は土からわが子を作り、己の記憶を子に写します。その母は、さらにその母から記憶を受け継ぎ、というように、小鬼は原子の母より連綿と記憶を伝え続けておりました。かといって、チャボは母やその母と同じ存在ではなく、チャボはチャボとして存在し、チャボの考えは母のものとは違うチャボ特有の考えであったのです。
 小鬼のほとんどがそうであるように、チャボも月を愛しておりました。月に行くことが、小鬼たちの宿願であると、博物学者たちは口を揃えて言うのでございます。彼らの分析通り、ああ愚かかな、翼のある小鬼は浮かぶ月を目指し羽ばたき、そうでない小鬼は水面の月をめざして身を空に投げ出し、ある小鬼は水平線に半分だけ顔を出した月を目指し海の彼方を目指して泳いでいくのです。しかしチャボは『鶏』でありまして、空を飛ぶ翼も、大地を駆ける脚も、波を叩くためのヒレもございませんでした。
 さて話はかわりますが、皆様はロビンクック船長をご存知でしょう。月を目指してロケットを飛ばし、ついぞ帰ってこなかった男でございます。地上から望遠鏡を覗いても、月に船長の影は見えません。さて今頃は月の向こうにある楽園でどうしているのか。私たちは盲信的に月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だって証拠はどこにあるのだろう。やはり月の向こうの伝説なんて狂言で、ロビンクック船長とその船員は、伯爵のマントに引っかかり星々のひとつになってしまったのか。船員の残された家族は、夫や息子をそそのかした船長と月をどれほど憎んだことでしょう。
 我々がかつて抱いた月の向こうへと熱狂も、いまでは昨日見た夢。もはやどんな冒険家も、月に行こうとは考えません。しかし、ああ無邪気な小鬼たちはまだ月の向こうに憧れているのでございます。
 しかし、小鬼とっても月への憧れは彼らを殺す毒でありました。土でできた小鬼たち。空を目指した小鬼はやがて乾燥し砂となり、水に入った小鬼たちは泥となり海に溶けてしまいました。ああ翼も、脚もヒレも持たぬチャボ。チャボはいつまでも月へたどり着けぬでしょう。だからこそ世界でただチャボにだけ、月は永遠に美しいものであり続けるのです。

---------------------
雰囲気を残そう残そうと思って書きました。
設定を全然生かせなかった……

メンテ
あまりある言葉/リライト「歌と小人」 ( No.4 )弥田さん ( No.21 )
   
日時: 2011/02/14 04:48
名前: 星野田 ID:.6nuytUk

 こんにちは! 私は弥田月子といいます。可愛い中学生です。身長はりんご十二個分くらいでしょうか。体重がりんごいくつ分なのかは秘密です。こういうふうに自己紹介をしますと、なんだか私の機嫌がいいような印象を与えるかも知れませんが、それは違います。むしろ機嫌は悪いです。最悪です。サイアークです。というのも、お母さんに人参とじゃがいもを買って来いと言われて、ルンルンした気分で買い物に言ったのに、夕飯はカレーではくて肉じゃがだったからです。なんで肉じゃがだったの? 肉じゃがにするんなら、どうしてりんごも一緒に買わせたのです? 私はてっきりりんごが入ったカレーという、自家製バーモンドカレーを予期していたのに。りんごは明日ウサギさんになって私のお弁当に入るそうです。いまどきの女子中学生がそんなもので黄色い悲鳴をあげると思うなよ。肉じゃがなんて、料理を習い始めた中学生でも作れるような初等料理ではないですか。一方、カレーはちがいます。どう違うのか、ここで語ってもいいのですが、そうすると紙面が足りなくなるのは目に見えているのでやめておきましょう。
 ともかく、気分を害した私が、夕飯が終わってから家出をしたと考えてください。真っ暗な道は、怖くないんだよ。
「そこのお嬢ちゃん」
 まあ。こんな夜遅くに可愛い中学生に声を駆けてくるだなんて、怪しいおじさんか緑の小人以外に考えられません。運のいいことに声の主はおじさんではなく、緑の小人でした。頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。だいたいりんご七個分ですね。つまり私の頭から腰までと、腰から靴までの比率は五対七くらい。私は暗算が得意なのです。それにちょっと私って、スタイルよくありませんか?
「歌いたいんだろう?」
 緑の小人は言いました。そんな、唐突な。でも小人はいつだって唐突です。私は小人にりんごを差し出しました。明日うさぎになる運命のりんごです。でも小人は首を振って「そうじゃないだろう」と言いました。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている」
「そんなの決め付けです」
 決め付けはよくありません。人参とじゃがいもを買ったからって、今夜はカレーだとは限らないのです。私は今日それを学びました。
「ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 それから小人は踊り始めました。ポロンポロロンずんたった。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。たとえば黒猫のタンゴとかどうでしょう。CMソングは、世代を超えて誰でも乗ってこられるので、ファミリーでカラオケをトゥギャザーするときに盛り上がります。何が盛り上がるか、なんてことを考えながらカラオケの本をめくり曲を探っている時って背中がざわざわしますよね。ああ言うとき、私は歌いたい曲を歌っているのではなく、その場が求めている歌を歌わされているのかも知れません。歌うって自由なんでしょうか。歌えば支配から卒業できるなんて本当なのでしょうか。アイラビューが言いたくて言っているのではなく、歌詞にあるから読みあげているだけなのではないでしょうか。カラオケの語源は「空っぽのオーケストラ」。そういう事を含めて、小人はお見通しなのかも知れません。
 小人の踊りはめちゃくちゃで、なんていうか、とても自由そうに見えました。
「ねえ、その踊りはなんて言うの」
「名前なんてないよ。しいて言えば月の踊りかな。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 そうでしょうか。ご近所さんが見ているかも知れません。写真に取られて、来週の特報王国に『怪奇!月夜に小人と踊る中学生(りんご十二個分)』とかいうタイトルで投稿されるかも知れません。そんなのごめんです。私は今夜カレーだと思っていたらいつの間にか肉じゃがだった、何を言っているのか分からねーと思うが、私にも分からない。そんな気分でちょっと夜のミッドタウンを散歩しに出かけただけなのです。なのに翌週テレビで報道されてたらますますワケが分からねーじゃないですか。ドゥーユーアンダスタン?
「私はマイクがないと歌わないことにしてるの」
「嬢ちゃん。なかなかわかってるじゃねえか」
 小人は胸ポケットからカラオケマイクを取り出しました。
「さあ、シャウトしな。お前の翼を羽ばたいて見せな!!」
 そこまで言われて歌わないのは、流儀に反します。私の美声に夜が昼になっても、後悔するなよ。私は歌いました。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! カレーじゃなくてもいいじゃない。肉じゃがもカレーも、人参とじゃがいもが入っているという点で何も変わらない。そもそも構成原子がせいぜい水素と炭素と窒素と硫黄と言う点で、どんな食べ物も変わらないのです。肉も、野菜も同じ原子から出来ている。私たちも、ブロック塀も、木も山も月も星も。そう考えると
身体の中からもやもやが抜けていきました。明日はカキフライが食べたいだなんて思っていたけど、どうでもいいじゃないそんなこと。梅干しとうなぎの食合せなんてどうでもいいじゃない。
 するとどんどん、私が歌っているのか、歌っているのが私なのか分からなくなってきました。ソビエトロシアでは歌が私を歌う!! みたいな。そういえばせっかくの綺麗な月夜なのに、月の描写を全くしていませんでした。とても綺麗な月です。りんご四個分綺麗です。いえ、そもそも美しさを数値化する必要はあるのでしょうか。数値化って大切なのでしょうか。心が割り切れないように、美しさも割り切れないのです。割り切れないということは余りがあるということ。美しいものには余りがあるのです。余りある美しさってそういうことなのね。ああ月の描写でした。ええっと、月面でうさぎがぺったんぺったんお餅を突いています。これは月と突きを掛けた古代人の隠したダジャレでしょう。そのうさぎのついた餅が地上に降り注いでいるかのような、純白の光が私と小人を照らしていました。。
 小人の踊りが私の歌を引き出します。私の歌が小人の踊りを誘います。踊りが先か、歌が先か。まあ、小人から先に踊りだしたという事実を突き合わせれば、答えは自ずと導かれますが。ともかく、この疾走感。チーズフォンデュのなかからエッジのきいたブロッコリーが飛び出してきた!!みたいな感覚でしょうか。悪くありません。
「HEY!!いいぜいいぜ!のってきたぜ!歌え歌え」
 緑の小人が私を調子に乗せました。私の歌は小人と一緒にホップステップジグサクダンシングってかんじで、月光をズタズタに引き裂き、コンクリートをチーズにして、特報王国への投稿を狙うカメラ小僧をずんだ餅にしました。いまのは私一流の比喩表現です。ずんだずずんだずんだ餅。東北のリズム天国度合いをなめてはいけません。小人のリズムと私の歌が、私の中までもを切り裂いていきます。もしも出会ったのが怪しいおじさんで、おじさんと私の歌が私の中を切り裂いていたら警察をよばなければいけないところでした。いまさらどうでもいい話ですね。とどのつまり、私はいま歌にけずられているのです。鉛筆削りみたいな。鉛筆が主役なはずなのに、鉛筆は削られている。同様にして、私が歌い手のはずなのに、私が削られていく。ごりごりごり。いまのは「ゴリラ学名はゴリラゴリラ」の略ではありません。どうでもいいですが、しりとり、りんご、ごりら、の流れは日本人の魂に染み付いた心の故郷なのかも知れません。心の故郷ってどこにあるんでしょうか。家は合掌造りとかなんでしょうか。囲炉裏で五平餅とかを焼くんでしょうか。そんな偏った故郷感を我々は許していいのでしょうか。四畳半のコンクリートアパートや、シャンデリアのある西洋風の部屋が心の故郷ではダメなのでしょうか。そんな気持ちを歌にしました。ごりらごりら!!
 言葉を出す。ということは、言葉が抜けていくということなのかも知れません。いつしかここにあるのは私の言葉と、踊る小人だけになっていました。コンクリートはチーズになってしまいましたしね。チーズとカメラの「はいチーズ」を掛けた私のダジャレに気がついた方は何人いるのでしょうか。古代人に負ける弥田月子ではありません。ああこれでもう、私のいいたいことは大体言い切ったような気がします。
 突き立ての餅のような月光が、地上を照らしていました。私はもういません。あるのはりんごだけです。

********:
ごめんよ

メンテ
No.22に対する返信 ( No.23 )
   
日時: 2011/02/17 21:25
名前: HAL ID:iMW9hH7c
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> レイス様
 はじめまして、リライト企画へのご参加、そして拙作のリライト、ありがとうございます!
 おたずねの件ですけれども、リライト企画参加作品であることさえ表示していただければ、転載はまったく問題ありません。掲載されるサイトのURLを教えていただければ、なおうれしいです。
 素敵にリライトしてくださって、ありがとうございました! ちゃんとした感想はまた後日、改めて書きに参りますね。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

メンテ
Re: リライト企画 Vol.1 ( No.24 )
   
日時: 2011/02/18 06:14
名前: OZ ID:wpR5cr8.

笹原静様、「ひるがえる袖」のリライトです

タイトル:ひるがえる袖

春祭り、十七歳の私は
提灯にともされて
遠くからさまよい来る風を受けながら
これから十八歳になります

十八歳になったら
私は十七歳の自分の抜け殻の黒髪を結いあげて
そっと簪を飾ってあげよう
そして人形のように静かにしまっておこう
ひるがえる矢絣の袖の奥に

十八歳の私は息せいて駆け寄ってきて
私に名前を問いかけます
一体あなたは誰ですか、

私はうつむきながら答えるすべを知りません
お囃子、止まないでください、
卒業したら東京へ行ってしまうあなたと
明日の朝を迎えるまでは、
ひるがえる時間のなかで。

新しい私が
からだの内側に
吸い付くように濡れてくるのがわかります

二十歳の未来の自分は
私の十八歳の抜け殻を
きれいに埋葬してくれるでしょうか

二十五歳の未来の自分は
二十歳の抜け殻に
共感してくれるでしょうか

いまの私が暗がりにひそんで
冷え切った抜け殻となってしまう
この間際に

好きですと
まっすぐに伝えておきたいから
だからお囃子、もう少しだけ
止まないでいてください

****************

笹原様、拙い作品で申し訳ございません。

原作のもつ音感と男らしさの清々しさを完全に壊してしまいました。
色々な意味で恥ずかしい仕上がりですが、思い切って投稿しました。

作品の底流には原作の雰囲気をとどめたつもりですが、
気分を損なってしまうようなことがあれば、申し訳ない限りです。

メンテ
ひとまず、ここまでのお礼と感想と反省 ( No.26 )
   
日時: 2011/02/19 21:22
名前: HAL ID:kT6rLFLY
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

>>9 『杞にしすぎた男』リライトの反省とか
 和風にアレンジしてみました。そして投稿直前まで紀の国だと思い込んでいたのは秘密です……。うわ恥ずかしい!
 己が無知を恥じつつ調べてみたら、杞の国って古代中国なんですねー。杞憂の杞なんだ。そして杞憂のもとになった故事成語なんですね、おお……!(いまさら!)
 リライトの不出来はひとまず高い棚の上に放り投げて、普段の自分だったらまず書かない構成のお話なので、すごく新鮮で楽しかったです。


>>10 『ひるがえる袖』リライトの反省
 む、無理やり感が拭えません……。あれですね、時代背景も知らないのに戦前の話にするとか無謀すぎましたね……。
 原作にあるきれいさというか、切実さがぜんぜん出せなくて、無念であります。
「がま口」って書きながら、「この時代にがま口財布は一般的だったんだろうか」とか、「あれ、この頃は尋常小学校でよかったんだっけ」とか、「金魚すくいって多分あったよね……」とか、いちいち迷いました。時代小説を書けるひとはすごいなあとつくづく思いました。


>>11 山田さん様『ヨセフどん』への感想
 わあなんだろう、思い切りシモネタだらけなのに、エスプリな香りがする、不思議。「それでも空は落ちてくるっぺ……」は「それでも地球はまわっている」にかけてあるんだと思うんですけど、ヨセフどんのやる気のなさが絶妙に可笑しいです……(笑)


>>12 山田さん様『夜想曲』への感想
 おお、こまやかな描写が。クロの性格がちょっとだけかわって、「真子さんラブ!」っていう感じが強調されましたね。かわいいなあ。猫ってつれない子とものすごい甘ったれの子といますよねー。


>>13 山田さん様『薄墨色の歌』への感想
 語り口調を変えられたことで、原作の鋭い感じが少しやわらかくなって、前半の語りがややスローテンポで湿った感じになりましたね。後半の激しい転調が、そのぶん際立った感じがします。
 原作のたたみかけるような鋭い怖さと、こちらのリライトのゆるりとくるみこむような不気味さと。雰囲気がけっこう変わったなと思いました。


>>14 山田さん様『チャボ』への感想
 原作がチャボのことから語り始めたのに対して、こちらのリライトでは世界観のほうを前にもってこられたのですね。
 原作の「誰一人として帰ってこないな、って。」の呼吸がすごく好きなんですけど、そこをシーンの末尾にもってきて強調されたのですね。原作と大きくはかわっていないのだけれど、それでも呼吸が違えばけっこう印象も変わるんだなあと思いました。


>>15 山田さん様『祭囃子が聞こえる』への感想
 詩→詩へのリライト! リライトというか、続編というか、対詩というか。
 詩、というよりも、詞、という印象でした。言葉のリズムでしょうか。


>>16 山田さん様『大好き』への感想
 原作の思春期っぽい感じが、さらにサイコな感じにバイアスがかかってる感じがします。
 うまく感想がかけませんが、「むなしく拍子を刻む心臓の鼓動」の一行が好きでした。


>>17 山田さん様『遠い子守唄』への感想とお礼
 わあ、ありがとうございます……! 伏線が丁寧になって文脈がわかりやすくなってる!
「何かを歌っているかのように」……追加されたエピソード、お祖母ちゃんの最期が涙を誘います。
 リライトしてくださってありがとうございました! 勉強になりました。


>>18 水樹様『歌と小人』リライトへの感想
 おお、ラストの解釈が加わってるんですねー。歌になって消えてしまったあと、かのじょの意識だけが異世界に。ありがとよ、ということは、かわりに小人が現実世界に実体を持ったとか、そういうことなのかな。
 その2も楽しみにしています!


>>20 星野田様『おーい』への感想
 チャボがチャボになってる……! いやえっと合ってるけど違う、チャボがニワトリになってる! 人間と出会うエピソードが削られている分、すこし展開というか、話の動きが物足りなかったかな……? 筋書きのある物語というよりも、きれいな一枚絵になったような感じがしました。
 ほかの種類の小鬼たちが月を追うあまりに辿った、それぞれの末路が物悲しいです。


>>21 星野田様『あまりある言葉』への感想
 コミカルになってるう! キャラ濃! そして不可解さが増してる……!
 なんだろう、くだらなさと不気味さの加減がなんともいえないバランスです。最初の一文で吹きました。そしてラスト、消えるんじゃなくてりんごになってる……!
 なんていうか、いろいろと衝撃的なリライトでした(笑)


>>22 レイス様『彼女は僕の傍で口ずさむ』
 リライトありがとうございました! 感想は一般板でということでしたが、むこうで感想を書くなら、リライト作としてよりも、単独の一作品への感想のつもりで書いたほうがよさそうですから、こちらでは原作との比較としての感想を。
 といいつつも、あんまりリライトっていう感じでもないかな。設定もですけれど、ストーリーの構造もがらりとかわりましたものね。
「誰もが彼女のように、意識せずに他人の心の枷を外してしまう笑顔をしていた時期があったはずだ。」の一文がすごく好きでした。
 この冒頭と結びからすると、主人公は件の少女=祖母っていうことに気がついていないか、あるいは、生前のその人とあらわれた霊とはほとんど別人のようなものと考えている……という感じでしょうか。
 最後、幸せを手に入れたはずの主人公が、まだ少し不安を抱えている感じがして、そこの余韻が好きだなと思いました。
 素敵にリライトしてくださって、ありがとうございました!


>>24 OZ様『ひるがえる袖』への感想
 こちらも女性サイドからのリライトですね。十七歳の私の抜け殻、という少女らしい繊細な描写が素敵だなあと思いました。「いまの私が暗がりにひそんで/冷え切った抜け殻となってしまう/この間際に」のくだりが好きです。
 それにしてもいいなあ、詩から詩へのリライト。わたしも詩が書ければなあと、羨ましく指を咥えてながめつつ。
 ご参加ありがとうございました!

メンテ

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