ミニイベント板にてお試しで立ち上げてみたところ、思いのほかご好評をいただきましたので、あらためてこちらで正式にスタートさせていただきます。皆様ふるってご参加くださいませ! リライトとは……という説明は省略します。リライトってどんな感じなのかな、と疑問に思われたかたは、ミニイベント板のお試し版をご参照くださいませ。■ 原作の提出について* 原作の受付期間: 2011年2月6日(日)~2月13日(日)24:00* 原作の長さ: おおむね原稿用紙20枚以内の作品とします。「自分の作品を、誰かにリライトしてみてもらいたいな」という方は、期限内にこの板に、直接作品を書き込んでくださいね。 また、今回は、お一人様につき一本までの提供とします。ほかの作品もお願いしてみたいんだけど……という方がいらっしゃったら、声をかけていただければ、後日第二回を設けますね。* また、原作を提出された方は、最低1本以上、ほかの方の作品(選択は任意)のリライトをしていただくようお願い申し上げます。(この制約はお試し版にはなかったのですが、今回から設けることにしました。なるべくたくさんのリライトがうまれたほうが、読み比べるのが楽しいという個人的な欲望です)* リライトは、文章面の改稿という意味だけでなく、キャラクター、設定、構成等の大幅な改編、二次創作に近いようなストーリーの追加等もあり得るものとします。 そうした改変に抵抗のある方は、申し訳ありませんが、今回の企画へのご参加は見合わせてくださいませ。 せっかく提出したけれど、誰もリライトしてくれない……ということもあるかもしれませんが、そのときはどうかご容赦くださいませ。ほかの方の作品をたくさんリライトしたら、そのなかのどなたかが、お返しに書いてくださる……かも?* 著作権への配慮について「ほかの方からリライトしてもらった作品を、いただきもの等として、自分のサイトやブログに展示したい!」という方がいらっしゃるかもしれませんが、必ず、リライトしてくださった方の許可を得てからにしてください。 また、許可がもらえた場合でも、かならず執筆された方の筆名、タイトルを付け直した場合は原題、企画によりご自身の原作をもとにほかの書き手さんがリライトしたものである旨を、目立つように表示してください。■ リライトされる方へ どなた様でもご参加可能です。むしろどんどんお願いします!* リライト作品の受付: 2011年2月14日(月)0時から受け付けます。(原作とリライト作品が混在するのを避けるため、原作の募集が終わってから投稿を開始してください) 書けたらこの板に、直接書き込んでください。* タイトルまたは作品冒頭に、原作者様の筆名および原作の題名を、はっきりわかる形で表示してください。* 投稿期限: 設けません。いつでもふるってご参加ください! ただ、何ヶ月もあとになると、原作者様がせっかくの投稿に気づいてくださらない恐れがありますので、そこはご承知くださいませ。 こちらに置かれている原作のリライトは、原作者様の許可を得ずに書き出していただいてけっこうです。ぜひ何作でもどうぞ! また、「作品全体のリライトは難しいけれど、このシーンだけ書いてみたい……!」というのも、アリとします。* 著作権等への配慮について この板へのリンク紹介記事などを書かれることはもちろん自由です。ですが、リライト作品を転載されることについては、原作者様の許可を明確に得られた場合に限るものとします。 また、許可を得て転載する場合にも、オリジナル作品と誤解を受けないよう、原作者様のお名前および原題、原作者さまの許可を得てのリライトである旨を、かならずめだつように明記してください。■ 感想について 感想は、こちらの板に随時書き込んでください。参加されなかった方からの感想も、もちろん大歓迎です。よろしくお願いします。 また、リライトした人間としては、原作者さまからの反応がまったくないと、「あまりにも改変しすぎたせいで、もしや原作者様が怒っておられるのでは……」という不安に陥りがちです(←経験談)* ご自分の原作をリライトしてくださった方に対しては、できるかぎり一言なりと、なにかの感想を残していただけると助かります。■ その他 好評でしたら、いずれ第二回を設けたいと考えています。でももちろん、こちらの板でどなた様か、別のリライト企画を立ち上げられることには、まったく異論ありません。 そのほか、ご不明な点などがございましたら、この板に書き込んでいただくか、土曜22時ごろには大抵チャットルームにおりますので、お気軽にお尋ねいただければと思います。 どうぞよろしくお願いいたします!
むかしむかし、杞の国の男がなにを思ったか「空が落ちてくるのではないか」と言い始めました。 空が落ちてきたら潰されて死んでしまう。男はそうならないように空を支える柱を作り始めます。 最初は皆一様に男を笑うだけでした。しかし真剣に毎日コツコツと煉瓦を積み重ねる男をみて、人々はいつのまにか男を手伝うようになります。いつしか世界中から男の元に集い巨大な空を支える柱作りに人が手伝いにきました。 日ごと歳ごと煉瓦は詰まれ。歳月は過ぎ、何時しか柱は間近で見上げてもてっぺんが見えないほどに高くなりました。 しかしそれに神様は気に入りませんでした。 元々人間がどうこうするのに興味は有りませんでしたが、自分のところに来ようとするのだけは許せない。 神様は雷や地震を起こし塔を崩します。そしてさらに、二度と世界の人々が結託できないように、人々の使う言葉をバラバラにしてしまったのです。 男は頭を抱えました。空が落ちてくるのを止められない。そしてまた塔を作ろうとしても、紙に邪魔される。それにもう、世界中から彼のため集まってくれる人を望む事が出来ないのです。 彼は上に立ち向かい柱を立てる事が無理ならば、せめて上から逃げて地下へ進み穴を掘ろう、としました。 そして地中を掘り進む事三年、男は地中へと深く掘り勧めすぎたか地獄へついてしまいます。 恐怖に震える男。しかし地獄の門番は「お前はまだ死んではいない。地上へ返してやろう」と言ってくれました。そして土産に重箱を持たせてくれたのです。「だがこの箱を開けてはいけない」 門番はそう言いました。そして男は奇妙な動物の背に乗せられ地上へと戻されました。 戻ってきた男はまた「空が落ちてくるかもしれない」と言って毎日をビクビクと怯えて暮らしました。貰った箱を開ける勇気は男には有りませんでした。 ある日仕事を終えた男が家へ帰ってくると、箱の中から声がします。「開けて開けて。ここは暗いよ、寂しいよ」 しかし男は恐ろしくなって開けません。「開けて開けて。でないとお前を食い殺すぞ」 箱の中の声はそう言います。男はますます恐ろしくなって開けません。「開けて開けて。そうしたら、あなたの願いを叶えてあげましょう」 ある日、箱からの声がそう告げました。男は聞き返します。「ならば空が落ちてこないように出来ますか」「それは難しい。しかしやってみよう」 男は箱を開けました。とたん、白い煙がもくもくと立ち込めたのです。 煙は男の家の中を一瞬にして満たし、外に漏れ国中を真っ白に変え、やがて煙は世界中を白く覆いました。 慌てた男は急いで蓋をしめようとします。しかし煙のせいでよく見えず、なかなか上手く行きません。閉じる事が出来たのは世界を煙が覆い終えたころでした。「こうすれば空は見えないだろう? もう空は無くなった。落ちてくる心配も無くなった」 男の周りで煙の向こうから、箱の中からした声と同じ声が聞こえました。「かわりに一面真っ白。何も見えなくなってしまった。お前は誰だ」「私は"嫉妬""疑い""憎しみ""嘘""欲望""悲しみ""後悔"。ありとあらゆる閉じ込められていた不の感情。人はもう互いに信じる事すらかなわん」 そして声は消えました。男はしてしまった自分を叱咤しました。しかしもう煙を箱の中に戻す事は出来ません。 箱の中から違う声がしました。「お願いです。私も出してください」「もう騙されん。お前は誰だ」「私は"未来""希望"。悪い心を拭えなくとも、視界を塞ぐこの煙を払う事くらいは出来ますよ」 もうままよと男は蓋を開けました。すると箱から一陣の風が飛び出し、そして世界中の煙を吹き飛ばしました。「もう大丈夫。嫉妬する事はあっても、あなたは忍耐する事が出来ます。疑う事はあっても、信じる心ももっています。嘘があっても、あなたは見破る目をもっています。欲望に負けそうでも、それに勝とうとする意志があります。悲しみに沈んでも、まだ次への希望があります。後悔の念を抱いても、明日という未来があります。そして私は目の前を隠す煙を吹き飛ばしましょう」 そして風は世界中へと散っていきました。 煙の無くなった家の中。男は窓から身を乗り出しました。そして上を見上げます。 眩しいほどに青い青い空が見えました。================この作品がすでにリライト!!!
正式始動ということで。やってもらえるかどうかはわかりませんが……。---------------------------------------- 佇む月は、明るく輝き、せわしなく光る星は、綺麗でちょっぴり手を伸ばしたくなる。時折吹く夜風は、ふわりとボクの体を撫でて心地いい。 静かで優雅な夜に自然と「尻尾」が揺れる。静かな夜に今にも飛び出したい衝動にかられてしまう。・・・・・・まぁ、本気でそんなことはしないけど。こんな夜にボクがいなくなると、探す人がいるから。「クロー?あ、いたいた」 声に振り返る。そこにはパジャマ姿の女性がいた。お風呂上がりらしく栗色の髪はまだ少し濡れて光沢があり、首にはバスタオルがかけてある。 ボクの飼い主であり唯一の同居人、真子さんだった。「外寒くない?」 そう言いながら、ベランダに出てくる。「わっ・・・・・・。さ、寒っ!!」 それはそうである。今は10月も終わる頃なのだ。秋というより冬に近い気温の中、お風呂上がりに出るのは関心しない。 心配して一鳴きしてみるが「あはは、平気、平気!」とにこやかに笑ってボクの横に座った。と、思ったら「あっ!」と言ってすぐに立ち上がり部屋に戻る。 相変わらず忙しい人だ。・・・・・・まぁ、退屈しなくていいのだけど。「はい、クロ」 しばらくしてベランダに戻ってきた真子さんの手には、湯気が昇るマグカップとボクの水飲み用容器があった。その容器を真子さんは朗らかに笑ってボクの前に置いた。 いつもは鏡のように透明な液体が入っている容器。しかし今、それを満たしていたのは真っ白な液体だった。「ホットミルクだよ。もちろん温めのね」 少し手で掬ってみる。「温度は大丈夫だよ。ちゃんとクロが飲めるくらいだから」 ・・・・・・なるほど。確かに温めだ。「さ、さっ。ぐいっと」 ぐいっと、って・・・・・・。さすがにそんなこと出来ませんよ、真子さん。 顔を近付けてぺろぺろと舐める。そんなボクを見て真子さんもホットミルクの入ったマグカップを仰いだ。「・・・・・・ぷはぁっ。いいねぇ~、暖まるね、クロ」 ・・・・・・うん。確かに、温まる。 心地良い夜のノクターンであった。
リライトしてもらいたい第一希望作品はちょっと長すぎたので、この作品でお願いします。 どんな風にリライトされるのか興味がとてもありますし、自分ではわからない視点なども見えてくるかと期待しています。 あまりリライト向きの作品ではないようにも思えますが(リライト向きの作品って? と質問されても答えられないですが……)。 リライトしていただけるかどうかはわかりませんが、よろしくお願いいたします。********************************* 昇降機 その日おかあさまは、春物のお着物を揃えましょうと、私を従えて近辺の百貨店に向かわれました。 百貨店は二つの階と地の階から成り立っております。 昨今の風潮なのでしょうか、人の目を忍んで秘境に入り込むが如く、足や腰を折り曲げ、屈んだ構えでないと通過を許されないはいり口になっております。 さて、おかあさまを先に、私は、屈んだ構え故に、ゆとり無く突き出されたおかあさまの臀部を眼前に、そろりそろりと百貨店のはいり口を通過いたしました。 一の階をそのまま奥へと進みますと、階の半ば辺りに二台の昇降機が設けられております。 左手の昇降機は一の階から二の階へ、右手の昇降機は二の階から一の階へ移る為と、それぞれに役割が定まっております。 左手の昇降機の傍らには、操舵輪を思い起こさせる大きな輪と、それを操る屈強な殿方が、表情筋を渋面に整えて客人を出迎えております。 百貨店が定めた衣服なのでしょうか、臍から上を鮮やかな葡萄色の半袖襯衣に、下を臙脂色の短袴と灰褐色の巻脚絆に包まれたその殿方は、大きな輪をくるりくるりと輪転させ、昇降機を一の階から二の階へと移し動かすお役目を担っておられます。「さあさ、早速ですが、私どもを二の階へ持ち上げて下さいませ」と、おかあさまが用件を伝えると、殿方は渋面もそのままに、がらりがらりと昇降機の引き戸を開き、まずはおかあさま、そして私をと、鉄で囲まれた小部屋のような昇降機の中に導き入れて下さいました。 葡萄色に包まれた大木の様な腕でもって、引き戸を思い切りよくがちゃんと閉められますと、その空間はおかあさまと私のみが幽閉された地下牢のようでもあり、固い鉄板で堅固に組み合わされた棺に迷い込んだようでもあり、それはそれは落ち着くことがないのです。 天上に装置された排球大の照明器より発光される深紅の光線が、私の落ち着かぬ様をせせら笑うかのように照らし出します。 私は慰めを請うように隣のおかあさまに顔を向けますと「何も面倒は御座いません。しばしの忍耐です」と、まるで滑らかな血の液で丁重に塗りたくったが如く、深紅色に染まったお顔に、おかあさまは微笑みを浮かべて下さいました。「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」 昇降機を操る殿方の力強いお唄が始まりました。 ききき、という響きと共に空間の全部が前後左右に小さく揺さぶられます。 おかあさまのお顔をちらりと伺いますと、先ほどまでの微笑みなどは跡形も無く、両のまなぶたをかっちりと閉じ、紅をさした上下の唇をきっと結び、気を引き締めているご様子がぴりぴりと伝わってまいります。 前の月に都の百貨店で起きた悲惨極まりない事故を思い出されたのでしょう。 常に手を入れて、よい状態を保持すべき、という至極当然の行状を怠ったが故に起こり生じた事故であったとのこと。 万有引力に逆らうべく昇降機を上に上にと持ち上げるはずの綱が、その役目を無事に果たすことに嫌気が差したのかぷつりと断ち切られ、母体から切り離された胎児さながらに、万有引力の導くままに下に下にと堕ちていったのです。 その百貨店の一の階に勤務しておられる、昇降機を操る殿方が事に気が付き、瞬く間に床に仰向けになったかと思うと、その体躯の上から半分を昇降機の通りとなっている筒の中まで迫り出させ、近くのもう一人の殿方に向かい「おおい、俺の足をしっかりと持っていておくれ」と頼んだのだそうです。 堕ちてくる昇降機の底面を、その屈強な腕力と腹部及び背部の筋力でもって、押し留めようなどという、道理に逆らう行いに打って出たのですが、憐れ道理には勝てるはずはなく、底面は殿方の臍から上の体躯もろとも一の階をあっさりと通過、地の階の底にどーんと辿り着き、やっとのことで万有引力の呪縛から解放されたのでした。 殿方の変わり果てた体躯は、煉瓦と煉瓦をひと所に定めておくための漆喰かと見紛うように、昇降機の底面と地の階の底の狭間に、隙間無く押し潰され埋まっていたかと思うと、一の階に取り残された臍から下の体躯からは、十二指腸、小腸、大腸が順序正しく地の階へとぴんと直ぐに伸び、その一本のぬめりとした淡紅色の表面に、赤い細かな血の管が絡まりつく様は、まるで昇降機と殿方とを結ぶ臍帯を思わせる程に、妙にしっくりとするありさまだったそうです。「ああ、なんと美しき光景か」というのが、この殿方のお足を動かぬようにと、しっかりと抑え留めていらした、最も近い位置で事の始めから仕舞までを、夢見心地で見守っておられた、もう一人の殿方の、感嘆と共に漏らしたお言葉だったそうです。「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」 前後左右に小さく揺さぶられていた空間が、殿方のお唄に拍を併せるように、上に上にと引き寄せられる気配を伴ってまいりました。 上に上にと引き寄せられる気配は、一つに連なっている様子ではなく、やっとこせと些か引き寄せられたかと思うと、そのようなそぶりはふいと失われ、前後左右の揺ればかりの静寂ののち、再び上に上に引き寄せられるという、秩序正しい反復なのです。 殿方のお唄にこの上なく巧みに操られた、押しては返す波のような反復の恩恵により、深紅の光線に照らし出されたおかあさまと私は、ちょっとづつではあるものの、一の階を遠ざかり、万有引力なにするものぞと、二の階を目指して引き寄せられて行くのです。「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」 心成しか、お唄が遠ざかったように思えたその時でした。 どうしたことでしょう、お唄がふぅっと私の耳に届かなくなりました。 訪ねるべき上に上にの波が、それまでの実直な拍を無残に遮られたかのように、前後左右に揺れる波を最後に、訪ねて来なくなったのです。 昇降機はおかあさまと私を、外に出られない囲みに残し留めたまま、前に、後ろに、右に、左にと、振子で丸を表すかのように揺れるのみなのです。 その丸も一つのぽちに納まるかのように、活動の源を喪失しては、いよいよ万有引力の意のままに、網膜に映ることにさえ応じない、下に下にとぴんと張られた綱のような物で、ひと所に固められては、もはやその揺れ動く作業をすら、投げ捨ててしまったのです。「おおい。痛いよう。痛いよう。物凄く痛いよう」お唄の代わりにあの殿方の悲痛な大声が聞こえてまいりました。 足下から落ち着かない様子が騒騒と伝わってまいります。 私は、今までに試したことがない程に、表情筋を気掛かりにと固めては、おかあさまのお顔をお伺いしますと、ちらりと見た所では、先ほどまでとは別段変化無く、まなぶたをかっちりと閉じ、上下の唇をきっと結んではおられるのですが、よくよく拝見いたしますと、幾粒もの汗が不揃いのままに、お顔のあちらこちらにあるのです。 深紅の光線によって、光を浴びた汗は、まるでおかあさまのお顔から、幾粒もの血が滲み出ているようにも映ります。 私は目の方向を動かすことも儘ならず、不意の邂逅に打たれたかのように、ただただじいっとおかあさまのお顔を、目を凝らして拝むことしか出来ないのです。「おいおい。いかがなされました」何方かが、殿方にお声を掛けて下さったようです。「裂けたのです。わたくしの大切なこの腕の筋が、ぷつりというおぞましい響きを伴い、裂けたのです」「それはそれは困難なことでしょう。お医者にお連れいたしましょうか」「痛いのです。物凄く痛いのですが、この場を離れることは出来ないのです。わたくしは今、支えております。この輪転を、まだまだ筋が裂けてはいないもう片方の腕で、支えております。両の腕が揃わぬと昇降機を持ち上げることは出来ないのです。せめてもと思い、もう片方の腕で、輪転がさかさまに転がらぬよう支えているのです」「それでは、昇降機を操れる、他の殿方を呼んでまいりましょう。それまでは辛抱が肝心です」 その何方かはそう言い残しますと、喘ぎ声を漏らす殿方を後に、昇降機を操れる他の殿方を捜しに向かったようでした。「おおい。痛いよう。痛いよう。物凄く痛いよう」 殿方の悲痛な大声が足元から響いてまいります。 昇降機はもはや、上にはおろか、前後左右にも揺れはしないのです。「駄目です。駄目です。もう片方の腕の筋も裂けます。痛いのです。とてもとても痛くて堪らないのです」 おかあさまと私に申し訳を立てているのでしょうか。 殿方の力の無いお声が聞こえてきたかと思うと、それまで微動だにしなかった昇降機が、くくくと、ほんの僅かではありますが、下に下にと引っ張られた気配を感じました。 私は初めて落ち下るという感情に慄き始めました。 思い出すのは、あの都での悲惨極まりない事故のことです。 臍から綺麗にふたつに死に別れたあの殿方の体躯。 下に下にぴんと直に伸びる腸。 あの時の昇降機には、どれくらいの数のお方が乗っておられたのでしょうか。 おかあさまと私のようにお二方だったのでしょうか。 そのお方達はどのような心境だったのでしょうか。 いえいえ、そもそも何方かが乗っておられたのでしょうか。 ただの空の箱ではなかったのでしょうか。 あのふたつに死に別れた殿方のお話だけが、面白おかしく伝えられているのみで、まさかその昇降機の中に人様が乗っていようなどとは、きっと何方もお気にはしなかったのでしょう。 果たして、おかあさまと私のことを、お気になさる方がいらっしゃるでしょうか。 腕の筋を裂きながらも、限りを尽くして昇降機をお守りした殿方の、それはそれは勇敢なお話のみが、美談として風に乗り、皆様のところに届くだけではないでしょうか。「申し訳御座いません。申し訳御座いません。申し訳御座いません」 もはや必死に申し訳を立てることで、己の気根を持ち堪えさせているかのような、殿方の悲痛な声が木霊しております。 くくくと、再び下に引っ張られたようです。 昇降機はそこで前後左右に少なく揺れると再び静寂を取り戻したのですが、今度はなにやら小刻みに、今までに覚えが無い揺れに見舞われています。 私は縋るようにおかあさまに顔を向けますと、どうしたことでしょう、先ほど以上の汗にお顔はてかてかに濡れ、まなぶたをその周りがくしゃくしゃになる程に思い切り閉じ、歯をこれでもかと食いしばり、お手を血の気が失せるほどに握りしめ、ぶるぶると震えておられるのです。 今までに覚えが無い揺れというのは、そんなおかあさまの震えが、外に出ることを許されないこの囲み全体に、伝わってくる揺れなのです。 深紅に照らされたそんなおかあさまのお姿は、まるで地獄の焔の中、ひとむきにその高い熱に耐え忍んでいるようでもあり、あるいは、お体の内部から、必死に何かを搾り出しているようでもあり、自身の不安もそこそこに、どうしていいのやらと、私はただただ狼狽えるだけなのです。 くくく、またひとつ、下に引っ張られたようです。「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」 あと少しで観念の覚悟を固めましょうとした矢先、先ほどとは同じではない殿方のお唄が聞こえてまいりました。 それと供に昇降機は再び前後左右に揺れたかと思うと、上に上にと引っ張られる気配に包まれたのです。 どうやら昇降機を操る新しい殿方が、腕の筋が裂けたしまった殿方と入れ替わったようです。 昇降機は前のように、上に上に引き寄せられると、前後左右の揺ればかりの静寂に包まれ、再び上に上に引き寄せられていくのです。 おかあさまに目を向けますと、襟の辺りまで汗で湿ってはおられるのですが、ぶるぶると震えることも無く、静かにまなぶたを閉じておられるのです。 ごとん、という大きな響きと供に昇降機の揺れも収まりました。「二の階到達。二の階到達。万象真理に我ら打ち克つ」 がらりがらりと昇降機の引き戸が開かれますと、眩いばかりの光と供に、そこは薬品売場なのでしょうか、消毒剤のような香気が昇降機の中まで漂ってまいりました。 昇降機の中を照らし続けた、血の色のような深紅色の光が、外からの白色光に負けじと、自我を張るように外を照らす様は、消毒液のような香気と相まって、まるでたったの今、昇降機の患部を切開し、外科的処置を施すことを始めた、治療施設を思わせるのです。 すると、おかあさまは何も仰らずに、すっと昇降機から外に出られますと、私の方にお顔をお向けになり、にこりと微笑むのです。 百貨店の方々なのでしょうか、おかあさまの周りには、上も下も真っ白なお着物を着られた、十名程の殿方がおられます。 目を凝らし、よくよく拝見してみますと、その中にはご婦人も混ざっておられるのですが、皆、にこやかなお顔をしておられるのです。 その中のお一人が、不意に手をぱちりぱちりと叩き始めました。 それを待っていたかのように、他の方々もぱちりぱちりと手を叩き始めるのです。 激励や祝意に包まれたかのような、ぱちりぱちりの大合唱は、まるで「早くこちらに出ておいで」と仰っておられるように響きます。 私はどのようにすれば良いのか、皆目見当が付かずにおりますと、にこやかなお顔のまま、おかあさまが私に両の手を差し伸べ、こう仰いました。「さあさ、いらっしゃい。ここがあなたの生なのですよ」 その言葉を聞いた私は、怖くもあり、嬉しくもあり、昇降機を抜け出すと、おかあさまの胸の中に飛び込んでいったのです。 そして、私は、赤子のように、慟哭しました。
夜の帰り道、田舎のあぜ道。あたりは薄暗い。めまいがしそうなほど広い田んぼのなか、月が、りんごのように丸い月が、わたしを蒼く照らす。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。心にもやがかかっている。自分の気持ちがよくわからない。 「そこのお嬢ちゃん」 暗がりから、緑のこびとがとびだしてきた。頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。 「歌いたいのかい?」 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとはことばを続ける。 「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている。ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ? ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。 「ねぇ、この踊りはなんていうの?」 「月の踊り。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。 「嬢ちゃん。なかなかいいじゃねぇか」 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く! だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。 「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう! 月が、りんごのようにまるい月が、冷たく地上を照らしている。 -------よろしこおねがいします。