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RSSフィード [10] リライト企画 Vol.1
   
日時: 2011/02/06 20:41
名前: HAL ID:XOUVmzNo
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ミニイベント板にてお試しで立ち上げてみたところ、思いのほかご好評をいただきましたので、あらためてこちらで正式にスタートさせていただきます。皆様ふるってご参加くださいませ!
 リライトとは……という説明は省略します。リライトってどんな感じなのかな、と疑問に思われたかたは、ミニイベント板のお試し版をご参照くださいませ。


■ 原作の提出について

* 原作の受付期間: 2011年2月6日(日)~2月13日(日)24:00

* 原作の長さ: おおむね原稿用紙20枚以内の作品とします。
「自分の作品を、誰かにリライトしてみてもらいたいな」という方は、期限内にこの板に、直接作品を書き込んでくださいね。
 また、今回は、お一人様につき一本までの提供とします。ほかの作品もお願いしてみたいんだけど……という方がいらっしゃったら、声をかけていただければ、後日第二回を設けますね。

* また、原作を提出された方は、最低1本以上、ほかの方の作品(選択は任意)のリライトをしていただくようお願い申し上げます。
(この制約はお試し版にはなかったのですが、今回から設けることにしました。なるべくたくさんのリライトがうまれたほうが、読み比べるのが楽しいという個人的な欲望です)

* リライトは、文章面の改稿という意味だけでなく、キャラクター、設定、構成等の大幅な改編、二次創作に近いようなストーリーの追加等もあり得るものとします。
 そうした改変に抵抗のある方は、申し訳ありませんが、今回の企画へのご参加は見合わせてくださいませ。

 せっかく提出したけれど、誰もリライトしてくれない……ということもあるかもしれませんが、そのときはどうかご容赦くださいませ。ほかの方の作品をたくさんリライトしたら、そのなかのどなたかが、お返しに書いてくださる……かも?

* 著作権への配慮について
「ほかの方からリライトしてもらった作品を、いただきもの等として、自分のサイトやブログに展示したい!」という方がいらっしゃるかもしれませんが、必ず、リライトしてくださった方の許可を得てからにしてください。
 また、許可がもらえた場合でも、かならず執筆された方の筆名、タイトルを付け直した場合は原題、企画によりご自身の原作をもとにほかの書き手さんがリライトしたものである旨を、目立つように表示してください。


■ リライトされる方へ

 どなた様でもご参加可能です。むしろどんどんお願いします!

* リライト作品の受付: 2011年2月14日(月)0時から受け付けます。
(原作とリライト作品が混在するのを避けるため、原作の募集が終わってから投稿を開始してください)
 書けたらこの板に、直接書き込んでください。

* タイトルまたは作品冒頭に、原作者様の筆名および原作の題名を、はっきりわかる形で表示してください。

* 投稿期限: 設けません。いつでもふるってご参加ください!
 ただ、何ヶ月もあとになると、原作者様がせっかくの投稿に気づいてくださらない恐れがありますので、そこはご承知くださいませ。

 こちらに置かれている原作のリライトは、原作者様の許可を得ずに書き出していただいてけっこうです。ぜひ何作でもどうぞ!
 また、「作品全体のリライトは難しいけれど、このシーンだけ書いてみたい……!」というのも、アリとします。

* 著作権等への配慮について
 この板へのリンク紹介記事などを書かれることはもちろん自由です。ですが、リライト作品を転載されることについては、原作者様の許可を明確に得られた場合に限るものとします。
 また、許可を得て転載する場合にも、オリジナル作品と誤解を受けないよう、原作者様のお名前および原題、原作者さまの許可を得てのリライトである旨を、かならずめだつように明記してください。


■ 感想について

 感想は、こちらの板に随時書き込んでください。参加されなかった方からの感想も、もちろん大歓迎です。よろしくお願いします。

 また、リライトした人間としては、原作者さまからの反応がまったくないと、「あまりにも改変しすぎたせいで、もしや原作者様が怒っておられるのでは……」という不安に陥りがちです(←経験談)
* ご自分の原作をリライトしてくださった方に対しては、できるかぎり一言なりと、なにかの感想を残していただけると助かります。


■ その他

 好評でしたら、いずれ第二回を設けたいと考えています。でももちろん、こちらの板でどなた様か、別のリライト企画を立ち上げられることには、まったく異論ありません。

 そのほか、ご不明な点などがございましたら、この板に書き込んでいただくか、土曜22時ごろには大抵チャットルームにおりますので、お気軽にお尋ねいただければと思います。

 どうぞよろしくお願いいたします!

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リライト希望作品 星野田作「杞にしすぎた男」 ( No.1 )
   
日時: 2011/02/06 20:53
名前: 星野田 ID:RB7Zt9Zs

 むかしむかし、杞の国の男がなにを思ったか「空が落ちてくるのではないか」と言い始めました。
 空が落ちてきたら潰されて死んでしまう。男はそうならないように空を支える柱を作り始めます。
 最初は皆一様に男を笑うだけでした。しかし真剣に毎日コツコツと煉瓦を積み重ねる男をみて、人々はいつのまにか男を手伝うようになります。いつしか世界中から男の元に集い巨大な空を支える柱作りに人が手伝いにきました。
 日ごと歳ごと煉瓦は詰まれ。歳月は過ぎ、何時しか柱は間近で見上げてもてっぺんが見えないほどに高くなりました。
 しかしそれに神様は気に入りませんでした。
 元々人間がどうこうするのに興味は有りませんでしたが、自分のところに来ようとするのだけは許せない。
 神様は雷や地震を起こし塔を崩します。そしてさらに、二度と世界の人々が結託できないように、人々の使う言葉をバラバラにしてしまったのです。
 男は頭を抱えました。空が落ちてくるのを止められない。そしてまた塔を作ろうとしても、紙に邪魔される。それにもう、世界中から彼のため集まってくれる人を望む事が出来ないのです。
 彼は上に立ち向かい柱を立てる事が無理ならば、せめて上から逃げて地下へ進み穴を掘ろう、としました。
 そして地中を掘り進む事三年、男は地中へと深く掘り勧めすぎたか地獄へついてしまいます。
 恐怖に震える男。しかし地獄の門番は「お前はまだ死んではいない。地上へ返してやろう」と言ってくれました。そして土産に重箱を持たせてくれたのです。
「だがこの箱を開けてはいけない」
 門番はそう言いました。そして男は奇妙な動物の背に乗せられ地上へと戻されました。
 戻ってきた男はまた「空が落ちてくるかもしれない」と言って毎日をビクビクと怯えて暮らしました。貰った箱を開ける勇気は男には有りませんでした。
 ある日仕事を終えた男が家へ帰ってくると、箱の中から声がします。
「開けて開けて。ここは暗いよ、寂しいよ」
 しかし男は恐ろしくなって開けません。
「開けて開けて。でないとお前を食い殺すぞ」
 箱の中の声はそう言います。男はますます恐ろしくなって開けません。
「開けて開けて。そうしたら、あなたの願いを叶えてあげましょう」
 ある日、箱からの声がそう告げました。男は聞き返します。
「ならば空が落ちてこないように出来ますか」
「それは難しい。しかしやってみよう」
 男は箱を開けました。とたん、白い煙がもくもくと立ち込めたのです。
 煙は男の家の中を一瞬にして満たし、外に漏れ国中を真っ白に変え、やがて煙は世界中を白く覆いました。
 慌てた男は急いで蓋をしめようとします。しかし煙のせいでよく見えず、なかなか上手く行きません。閉じる事が出来たのは世界を煙が覆い終えたころでした。
「こうすれば空は見えないだろう? もう空は無くなった。落ちてくる心配も無くなった」
 男の周りで煙の向こうから、箱の中からした声と同じ声が聞こえました。
「かわりに一面真っ白。何も見えなくなってしまった。お前は誰だ」
「私は"嫉妬""疑い""憎しみ""嘘""欲望""悲しみ""後悔"。ありとあらゆる閉じ込められていた不の感情。人はもう互いに信じる事すらかなわん」
 そして声は消えました。男はしてしまった自分を叱咤しました。しかしもう煙を箱の中に戻す事は出来ません。
 箱の中から違う声がしました。
「お願いです。私も出してください」
「もう騙されん。お前は誰だ」
「私は"未来""希望"。悪い心を拭えなくとも、視界を塞ぐこの煙を払う事くらいは出来ますよ」
 もうままよと男は蓋を開けました。すると箱から一陣の風が飛び出し、そして世界中の煙を吹き飛ばしました。
「もう大丈夫。嫉妬する事はあっても、あなたは忍耐する事が出来ます。疑う事はあっても、信じる心ももっています。嘘があっても、あなたは見破る目をもっています。欲望に負けそうでも、それに勝とうとする意志があります。悲しみに沈んでも、まだ次への希望があります。後悔の念を抱いても、明日という未来があります。そして私は目の前を隠す煙を吹き飛ばしましょう」
 そして風は世界中へと散っていきました。
 煙の無くなった家の中。男は窓から身を乗り出しました。そして上を見上げます。
 眩しいほどに青い青い空が見えました。


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この作品がすでにリライト!!!

メンテ
リライト元作品「黒猫夜想曲-BlackCatNocturne-」 ( No.2 )
   
日時: 2011/02/06 20:56
名前: 紅月 セイル ID:8YnhAqpc
参照: http://hosibosinohazama.blog55.fc2.com/

正式始動ということで。
やってもらえるかどうかはわかりませんが……。


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 佇む月は、明るく輝き、せわしなく光る星は、綺麗でちょっぴり手を伸ばしたくなる。時折吹く夜風は、ふわりとボクの体を撫でて心地いい。
 静かで優雅な夜に自然と「尻尾」が揺れる。静かな夜に今にも飛び出したい衝動にかられてしまう。・・・・・・まぁ、本気でそんなことはしないけど。こんな夜にボクがいなくなると、探す人がいるから。
「クロー?あ、いたいた」
 声に振り返る。そこにはパジャマ姿の女性がいた。お風呂上がりらしく栗色の髪はまだ少し濡れて光沢があり、首にはバスタオルがかけてある。
 ボクの飼い主であり唯一の同居人、真子さんだった。
「外寒くない?」 
そう言いながら、ベランダに出てくる。
「わっ・・・・・・。さ、寒っ!!」
 それはそうである。今は10月も終わる頃なのだ。秋というより冬に近い気温の中、お風呂上がりに出るのは関心しない。
 心配して一鳴きしてみるが「あはは、平気、平気!」とにこやかに笑ってボクの横に座った。と、思ったら「あっ!」と言ってすぐに立ち上がり部屋に戻る。
 相変わらず忙しい人だ。・・・・・・まぁ、退屈しなくていいのだけど。
「はい、クロ」
 しばらくしてベランダに戻ってきた真子さんの手には、湯気が昇るマグカップとボクの水飲み用容器があった。その容器を真子さんは朗らかに笑ってボクの前に置いた。
 いつもは鏡のように透明な液体が入っている容器。しかし今、それを満たしていたのは真っ白な液体だった。
「ホットミルクだよ。もちろん温めのね」
 少し手で掬ってみる。
「温度は大丈夫だよ。ちゃんとクロが飲めるくらいだから」
 ・・・・・・なるほど。確かに温めだ。
「さ、さっ。ぐいっと」
 ぐいっと、って・・・・・・。さすがにそんなこと出来ませんよ、真子さん。
 顔を近付けてぺろぺろと舐める。そんなボクを見て真子さんもホットミルクの入ったマグカップを仰いだ。
「・・・・・・ぷはぁっ。いいねぇ~、暖まるね、クロ」
 ・・・・・・うん。確かに、温まる。
 心地良い夜のノクターンであった。

メンテ
Re: リライト企画 「昇降機」 ( No.3 )
   
日時: 2011/02/06 21:32
名前: 山田さん ID:eXmU7qug

 リライトしてもらいたい第一希望作品はちょっと長すぎたので、この作品でお願いします。
 どんな風にリライトされるのか興味がとてもありますし、自分ではわからない視点なども見えてくるかと期待しています。
 あまりリライト向きの作品ではないようにも思えますが(リライト向きの作品って? と質問されても答えられないですが……)。
 リライトしていただけるかどうかはわかりませんが、よろしくお願いいたします。

*********************************

 昇降機


 その日おかあさまは、春物のお着物を揃えましょうと、私を従えて近辺の百貨店に向かわれました。
 百貨店は二つの階と地の階から成り立っております。
 昨今の風潮なのでしょうか、人の目を忍んで秘境に入り込むが如く、足や腰を折り曲げ、屈んだ構えでないと通過を許されないはいり口になっております。
 さて、おかあさまを先に、私は、屈んだ構え故に、ゆとり無く突き出されたおかあさまの臀部を眼前に、そろりそろりと百貨店のはいり口を通過いたしました。
 一の階をそのまま奥へと進みますと、階の半ば辺りに二台の昇降機が設けられております。
 左手の昇降機は一の階から二の階へ、右手の昇降機は二の階から一の階へ移る為と、それぞれに役割が定まっております。
 左手の昇降機の傍らには、操舵輪を思い起こさせる大きな輪と、それを操る屈強な殿方が、表情筋を渋面に整えて客人を出迎えております。
 百貨店が定めた衣服なのでしょうか、臍から上を鮮やかな葡萄色の半袖襯衣に、下を臙脂色の短袴と灰褐色の巻脚絆に包まれたその殿方は、大きな輪をくるりくるりと輪転させ、昇降機を一の階から二の階へと移し動かすお役目を担っておられます。
「さあさ、早速ですが、私どもを二の階へ持ち上げて下さいませ」と、おかあさまが用件を伝えると、殿方は渋面もそのままに、がらりがらりと昇降機の引き戸を開き、まずはおかあさま、そして私をと、鉄で囲まれた小部屋のような昇降機の中に導き入れて下さいました。
 葡萄色に包まれた大木の様な腕でもって、引き戸を思い切りよくがちゃんと閉められますと、その空間はおかあさまと私のみが幽閉された地下牢のようでもあり、固い鉄板で堅固に組み合わされた棺に迷い込んだようでもあり、それはそれは落ち着くことがないのです。
 天上に装置された排球大の照明器より発光される深紅の光線が、私の落ち着かぬ様をせせら笑うかのように照らし出します。
 私は慰めを請うように隣のおかあさまに顔を向けますと「何も面倒は御座いません。しばしの忍耐です」と、まるで滑らかな血の液で丁重に塗りたくったが如く、深紅色に染まったお顔に、おかあさまは微笑みを浮かべて下さいました。


「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 昇降機を操る殿方の力強いお唄が始まりました。
 ききき、という響きと共に空間の全部が前後左右に小さく揺さぶられます。
 おかあさまのお顔をちらりと伺いますと、先ほどまでの微笑みなどは跡形も無く、両のまなぶたをかっちりと閉じ、紅をさした上下の唇をきっと結び、気を引き締めているご様子がぴりぴりと伝わってまいります。
 前の月に都の百貨店で起きた悲惨極まりない事故を思い出されたのでしょう。
 常に手を入れて、よい状態を保持すべき、という至極当然の行状を怠ったが故に起こり生じた事故であったとのこと。
 万有引力に逆らうべく昇降機を上に上にと持ち上げるはずの綱が、その役目を無事に果たすことに嫌気が差したのかぷつりと断ち切られ、母体から切り離された胎児さながらに、万有引力の導くままに下に下にと堕ちていったのです。
 その百貨店の一の階に勤務しておられる、昇降機を操る殿方が事に気が付き、瞬く間に床に仰向けになったかと思うと、その体躯の上から半分を昇降機の通りとなっている筒の中まで迫り出させ、近くのもう一人の殿方に向かい「おおい、俺の足をしっかりと持っていておくれ」と頼んだのだそうです。
 堕ちてくる昇降機の底面を、その屈強な腕力と腹部及び背部の筋力でもって、押し留めようなどという、道理に逆らう行いに打って出たのですが、憐れ道理には勝てるはずはなく、底面は殿方の臍から上の体躯もろとも一の階をあっさりと通過、地の階の底にどーんと辿り着き、やっとのことで万有引力の呪縛から解放されたのでした。
 殿方の変わり果てた体躯は、煉瓦と煉瓦をひと所に定めておくための漆喰かと見紛うように、昇降機の底面と地の階の底の狭間に、隙間無く押し潰され埋まっていたかと思うと、一の階に取り残された臍から下の体躯からは、十二指腸、小腸、大腸が順序正しく地の階へとぴんと直ぐに伸び、その一本のぬめりとした淡紅色の表面に、赤い細かな血の管が絡まりつく様は、まるで昇降機と殿方とを結ぶ臍帯を思わせる程に、妙にしっくりとするありさまだったそうです。
「ああ、なんと美しき光景か」というのが、この殿方のお足を動かぬようにと、しっかりと抑え留めていらした、最も近い位置で事の始めから仕舞までを、夢見心地で見守っておられた、もう一人の殿方の、感嘆と共に漏らしたお言葉だったそうです。
「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 前後左右に小さく揺さぶられていた空間が、殿方のお唄に拍を併せるように、上に上にと引き寄せられる気配を伴ってまいりました。
 上に上にと引き寄せられる気配は、一つに連なっている様子ではなく、やっとこせと些か引き寄せられたかと思うと、そのようなそぶりはふいと失われ、前後左右の揺ればかりの静寂ののち、再び上に上に引き寄せられるという、秩序正しい反復なのです。
 殿方のお唄にこの上なく巧みに操られた、押しては返す波のような反復の恩恵により、深紅の光線に照らし出されたおかあさまと私は、ちょっとづつではあるものの、一の階を遠ざかり、万有引力なにするものぞと、二の階を目指して引き寄せられて行くのです。
「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 心成しか、お唄が遠ざかったように思えたその時でした。
 どうしたことでしょう、お唄がふぅっと私の耳に届かなくなりました。
 訪ねるべき上に上にの波が、それまでの実直な拍を無残に遮られたかのように、前後左右に揺れる波を最後に、訪ねて来なくなったのです。
 昇降機はおかあさまと私を、外に出られない囲みに残し留めたまま、前に、後ろに、右に、左にと、振子で丸を表すかのように揺れるのみなのです。
 その丸も一つのぽちに納まるかのように、活動の源を喪失しては、いよいよ万有引力の意のままに、網膜に映ることにさえ応じない、下に下にとぴんと張られた綱のような物で、ひと所に固められては、もはやその揺れ動く作業をすら、投げ捨ててしまったのです。


「おおい。痛いよう。痛いよう。物凄く痛いよう」お唄の代わりにあの殿方の悲痛な大声が聞こえてまいりました。
 足下から落ち着かない様子が騒騒と伝わってまいります。
 私は、今までに試したことがない程に、表情筋を気掛かりにと固めては、おかあさまのお顔をお伺いしますと、ちらりと見た所では、先ほどまでとは別段変化無く、まなぶたをかっちりと閉じ、上下の唇をきっと結んではおられるのですが、よくよく拝見いたしますと、幾粒もの汗が不揃いのままに、お顔のあちらこちらにあるのです。
 深紅の光線によって、光を浴びた汗は、まるでおかあさまのお顔から、幾粒もの血が滲み出ているようにも映ります。
 私は目の方向を動かすことも儘ならず、不意の邂逅に打たれたかのように、ただただじいっとおかあさまのお顔を、目を凝らして拝むことしか出来ないのです。
「おいおい。いかがなされました」何方かが、殿方にお声を掛けて下さったようです。
「裂けたのです。わたくしの大切なこの腕の筋が、ぷつりというおぞましい響きを伴い、裂けたのです」
「それはそれは困難なことでしょう。お医者にお連れいたしましょうか」
「痛いのです。物凄く痛いのですが、この場を離れることは出来ないのです。わたくしは今、支えております。この輪転を、まだまだ筋が裂けてはいないもう片方の腕で、支えております。両の腕が揃わぬと昇降機を持ち上げることは出来ないのです。せめてもと思い、もう片方の腕で、輪転がさかさまに転がらぬよう支えているのです」
「それでは、昇降機を操れる、他の殿方を呼んでまいりましょう。それまでは辛抱が肝心です」
 その何方かはそう言い残しますと、喘ぎ声を漏らす殿方を後に、昇降機を操れる他の殿方を捜しに向かったようでした。
「おおい。痛いよう。痛いよう。物凄く痛いよう」
 殿方の悲痛な大声が足元から響いてまいります。
 昇降機はもはや、上にはおろか、前後左右にも揺れはしないのです。
「駄目です。駄目です。もう片方の腕の筋も裂けます。痛いのです。とてもとても痛くて堪らないのです」
 おかあさまと私に申し訳を立てているのでしょうか。
 殿方の力の無いお声が聞こえてきたかと思うと、それまで微動だにしなかった昇降機が、くくくと、ほんの僅かではありますが、下に下にと引っ張られた気配を感じました。
 私は初めて落ち下るという感情に慄き始めました。
 思い出すのは、あの都での悲惨極まりない事故のことです。
 臍から綺麗にふたつに死に別れたあの殿方の体躯。
 下に下にぴんと直に伸びる腸。
 あの時の昇降機には、どれくらいの数のお方が乗っておられたのでしょうか。
 おかあさまと私のようにお二方だったのでしょうか。
 そのお方達はどのような心境だったのでしょうか。
 いえいえ、そもそも何方かが乗っておられたのでしょうか。
 ただの空の箱ではなかったのでしょうか。
 あのふたつに死に別れた殿方のお話だけが、面白おかしく伝えられているのみで、まさかその昇降機の中に人様が乗っていようなどとは、きっと何方もお気にはしなかったのでしょう。
 果たして、おかあさまと私のことを、お気になさる方がいらっしゃるでしょうか。
 腕の筋を裂きながらも、限りを尽くして昇降機をお守りした殿方の、それはそれは勇敢なお話のみが、美談として風に乗り、皆様のところに届くだけではないでしょうか。
「申し訳御座いません。申し訳御座いません。申し訳御座いません」
 もはや必死に申し訳を立てることで、己の気根を持ち堪えさせているかのような、殿方の悲痛な声が木霊しております。
 くくくと、再び下に引っ張られたようです。
 昇降機はそこで前後左右に少なく揺れると再び静寂を取り戻したのですが、今度はなにやら小刻みに、今までに覚えが無い揺れに見舞われています。
 私は縋るようにおかあさまに顔を向けますと、どうしたことでしょう、先ほど以上の汗にお顔はてかてかに濡れ、まなぶたをその周りがくしゃくしゃになる程に思い切り閉じ、歯をこれでもかと食いしばり、お手を血の気が失せるほどに握りしめ、ぶるぶると震えておられるのです。
 今までに覚えが無い揺れというのは、そんなおかあさまの震えが、外に出ることを許されないこの囲み全体に、伝わってくる揺れなのです。
 深紅に照らされたそんなおかあさまのお姿は、まるで地獄の焔の中、ひとむきにその高い熱に耐え忍んでいるようでもあり、あるいは、お体の内部から、必死に何かを搾り出しているようでもあり、自身の不安もそこそこに、どうしていいのやらと、私はただただ狼狽えるだけなのです。
 くくく、またひとつ、下に引っ張られたようです。


「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 あと少しで観念の覚悟を固めましょうとした矢先、先ほどとは同じではない殿方のお唄が聞こえてまいりました。
 それと供に昇降機は再び前後左右に揺れたかと思うと、上に上にと引っ張られる気配に包まれたのです。
 どうやら昇降機を操る新しい殿方が、腕の筋が裂けたしまった殿方と入れ替わったようです。
 昇降機は前のように、上に上に引き寄せられると、前後左右の揺ればかりの静寂に包まれ、再び上に上に引き寄せられていくのです。
 おかあさまに目を向けますと、襟の辺りまで汗で湿ってはおられるのですが、ぶるぶると震えることも無く、静かにまなぶたを閉じておられるのです。
 ごとん、という大きな響きと供に昇降機の揺れも収まりました。
「二の階到達。二の階到達。万象真理に我ら打ち克つ」
 がらりがらりと昇降機の引き戸が開かれますと、眩いばかりの光と供に、そこは薬品売場なのでしょうか、消毒剤のような香気が昇降機の中まで漂ってまいりました。
 昇降機の中を照らし続けた、血の色のような深紅色の光が、外からの白色光に負けじと、自我を張るように外を照らす様は、消毒液のような香気と相まって、まるでたったの今、昇降機の患部を切開し、外科的処置を施すことを始めた、治療施設を思わせるのです。
 すると、おかあさまは何も仰らずに、すっと昇降機から外に出られますと、私の方にお顔をお向けになり、にこりと微笑むのです。
 百貨店の方々なのでしょうか、おかあさまの周りには、上も下も真っ白なお着物を着られた、十名程の殿方がおられます。
 目を凝らし、よくよく拝見してみますと、その中にはご婦人も混ざっておられるのですが、皆、にこやかなお顔をしておられるのです。
 その中のお一人が、不意に手をぱちりぱちりと叩き始めました。
 それを待っていたかのように、他の方々もぱちりぱちりと手を叩き始めるのです。
 激励や祝意に包まれたかのような、ぱちりぱちりの大合唱は、まるで「早くこちらに出ておいで」と仰っておられるように響きます。
 私はどのようにすれば良いのか、皆目見当が付かずにおりますと、にこやかなお顔のまま、おかあさまが私に両の手を差し伸べ、こう仰いました。
「さあさ、いらっしゃい。ここがあなたの生なのですよ」
 その言葉を聞いた私は、怖くもあり、嬉しくもあり、昇降機を抜け出すと、おかあさまの胸の中に飛び込んでいったのです。
 そして、私は、赤子のように、慟哭しました。

メンテ
リライト希望作品 「歌と小人」 ( No.4 )
   
日時: 2011/02/06 22:03
名前: 弥田 ID:hRl6.ywU

 夜の帰り道、田舎のあぜ道。あたりは薄暗い。めまいがしそうなほど広い田んぼのなか、月が、りんごのように丸い月が、わたしを蒼く照らす。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。心にもやがかかっている。自分の気持ちがよくわからない。
「そこのお嬢ちゃん」
 暗がりから、緑のこびとがとびだしてきた。頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。
「歌いたいのかい?」
 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとはことばを続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている。ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ?
 ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。
「ねぇ、この踊りはなんていうの?」
「月の踊り。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。
 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。
 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかいいじゃねぇか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
 月が、りんごのようにまるい月が、冷たく地上を照らしている。


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よろしこおねがいします。

メンテ
リライト希望作品 『月を踏む』 ( No.5 )
   
日時: 2011/02/07 06:00
名前: とりさと ID:fZXA5jA6


 月を踏む





 小鬼のチャボは生まれて三日で母に先立たれ、この世界にひとり放り出された。
 チャボの身体は大体が土くれでできていて、そこに木の葉っぱが練りこまれることで動いていた。小鬼とは、元来からそういうものだった。チャボの母親が己の死期を察して作ったのがチャボであり、チャボは作られたその瞬間から彼女の記憶と知識を受け継いでいた。ただ、チャボはチャボであって母親ではなかった。これまで連綿と受け継いでいるどの小鬼でもなく、強いていえばその総体がチャボであった。
 チャボは、平原にたった一本生えている木に住んでいた。家族もおらず、仲間のひとりもいなかった。淡い月光に身をまかせながら、何をするでもなくぼんやり過ごしていた。仲間を増やそうと思えば、茂っている葉っぱの分だけ増やせるのだけれど、チャボにそんな気は起らなかった。母親のように、死期を悟っても自分の記憶を受け継がせる器をつくらないだろうということも半ば確信していた。チャボは一人生き、一人で死のうと決めていた。チャボが死んだ時は小鬼という種族が滅びる時だったが、それで構わないとチャボは月を見上げて達観していた。
 チャボは、月が好きだった。
 この世界で月という存在は、空という天蓋に唯一あいた穴だった。この世界の大地は一枚岩でできており、そこに半球の蓋をかぶせるように空があった。世界の果てには真っ暗な空と同じ壁があり、決して傷つけることは叶わない。この広い広い世界は、そうやって完結していた。
 ただ、その世界から抜ける穴がある。それが月だ。天上で終始輝く月は、世界にぽっかり空いた穴である。閉じられた世界から、動かず欠けることなどない丸い月を抜けると楽園が広がっていると信じられ、この世界の住人はそこにたどり着く事を望みとしていた。 
 チャボとて例外ではなかった。
 チャボだけではなく、いままでのどの小鬼もそれを望んでいた。その想いは、小鬼だけものではない。この世界に生きるものの原初に刻まれた本能といってよかった。しかし小鬼の寿命はそう長くはない。幾世層と続いた小鬼の歴史でも、結局月に辿り着くことは叶わなかった。チャボは月に行くことをとうに諦め、代わりに純粋な憧憬の想いを月の向こうに向けていた。
 チャボより十代ほど昔の小鬼が、偶然出会った人間からその種族が月を抜ける手段を手に入れたと聞いていた。たまさかここを通りかかったその人間は、全身で月光を反射させ、ぴかぴかと輝く顔で「もうすぐ私たちは月を抜けられる」と嬉しそうに語っていた。後日、遠く離れた場所から先のとがった筒型のものが何本も月に向かって打ち上げられ、空の抜け道を通り過ぎて行ったのを目撃していた。
 受け継いだその記憶から、チャボは人間という種族は月を越えたのだろうと判断していた。もう人間はこの世界に存在しないと、そう思っていたからこそ人間に出会ったときチャボはとてもとても驚いた。
 その人間はチャボ古い同族の記憶にある人間と違って、暗い印象を与えた。鈍く月光を反射させるその身体は、どことなくくすんで見えた。ぴかぴかと輝いていた顔にいたっては、どこか錆付いているようにすら見えた。
 チャボがどうしてここに、月を抜けたのではなかったのかと疑問をぶつけると、人間は溜息をついて語りだした。
「月を抜けたころ、か。随分と昔の話になるねえ。当時の私たちは喜んだ。半狂乱になったと言ってもいい。当然さ。月を抜けることが私たちこの世界に生きるものの望みなんだからね。何台も何台もロケットを発射させ、月を抜けていくのを見て無邪気に心を躍らせた。自分の番はまだかと、待ちきれなくてうずうずしていた。ただその中でふと誰かが呟いたんだよ。
 誰一人として帰ってこないな、って。
 多分それは、本当に純粋なただの疑念に過ぎなかったんだ。でもね。その一言は私たちの胸に波紋を投げかけた。私たちは盲信的に月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だって証拠はどこにあるんだい。分からないじゃないか。
 向こうに何が待っているか、知ってから行きたいっていう人が増えてきた。それから往復用のロケットがつくられたけど、結局誰も戻ってこなかった。涙ながらに、絶対も戻ってくるって家族を残して調査にいった人もいた。どんな障害にでも立ち向かえるような装備を組んで、自信満々に飛んで行った人もいた。でも、戻って来なかったんだ。誰も、誰の一人も。
 そうすると、怖くなるじゃあないか。だんだんと変な噂が広まっていった。月を抜けたらそこは楽園だなんて、嘘っぱちなんじゃないか。あの向こうには、もしかしたら想像を絶するような地獄が待っているのかもしれない。月を抜けた人たちは、いまなおあそこで苦しんでいるんだ。そんな、噂だ。
 噂はどんどん広がって定着した。最終的にはそれが人間の常識になってしまったのさ。飲み込まれたら最後、二度と抜け出ることのない煉獄に縛りつけられるかもしれない。噂に過ぎなかったそれが強迫観念になって、いまでは私たちは月に行くことはないんだ。本能がどんなにあそこに行きたいって叫んでもね」
 人間は語り終えると、金属の身体を動かして歩き去っていった。やはりどこか錆ているのか、足を動かすたびにぎしぎしと鳴る不協和音がもの悲しかった。人間と呼ばれる彼らは、かつては自分の整備に余念がなかったというのに。
 人間の語りを聞いても、チャボの月への憧憬は薄れることなく続いた。空の穴たる月から漏れる、青白い光に照らされた平原。そこに奇跡のように生えているひょろりとした木からチャボは世界を見て、月を見ていた。小鬼の一生ではどうあがいたところでたどり着けない場所だからこそ、人間とは違い一途に憧れることができた。
 月。
 チャボにとってみればやはりそれは生涯美しく、この世界で唯一の救いであり、無二の鑑賞物であり、果てなき想像を広げてくれる楽園への入り口だった。いつか月を抜け、その先にある世界を踏む。チャボは、そんな素晴らしい夢に身をゆだねた。

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昔に書いた習作です。置かせてくださいませ。

メンテ
リライト希望作品「ひるがえる袖」 ( No.6 )
   
日時: 2011/02/15 16:59
名前: 笹原静 ID:uvCjKkNg

  ひるがえる袖


祭りの夜
灯がともり
ゆれる提灯

君の声
遠くより
さまよい来る

風受けて
ひるがえる
矢絣の袖

結いあげた
黒髪に
ひかる簪

我知らず
駆け寄りて
君の名を問う

頬染めて
うつむいた
君の愛しさ

お囃子よ
今しばし
止んでくれるな

君は立つ
都へと
明日の朝に

我は知る
逢えぬこと
祭り終われば

この炎
消えずとも
ひそめることを

お囃子よ
今少し
止んでくれるな

ひるがえる
ひるがえる
矢絣の袖

我の手に
残された
君の簪


*********
おそらく詩でのリライトになりますが、参加させていただきます。
詩はダメという方はお言いつけくださいませ。

メンテ
Re: リライト企画 Vol.1 ( No.7 )
   
日時: 2011/02/09 00:40
名前: みーたん ID:HRQ7fHkc

「タイトルなんて迷う」

これが病み期って奴かな
何もおもしろくない
サッカーもギターも読書も、何もかも

いや、死にたい。とか皆死んじゃえ。とかそんなんじゃなくて
もっとこう本質的な
この世界
この現実
この社会
がおもしろくない、つまらない
だって皆して周りの目とか気にして生きてるじゃん
世間体とか印象とか
そんなの気にせずに生きればいいのに
無理して我慢して必死で
模範でいたい
ちょっと怒られるくらいで
いい自分でいたいって

そうやって私の周りは
どんどんどんどん
福祉? 公共の福祉? だっけかを気にするんだろうね
馬鹿みたいに、あれはいいこと。悪いこと。って言われるんだろうね

今朝見た猫の死体はなかなかよかったと思う
腕が千切れかけてて、血がどばあってなってて、四肢がだらーんって伸びきってて
目があったときは思わず笑ったくらいに、よかった
あれはあれで芸術かも。命の芸術。みんなああなるんだね
悲しいようで、悲しくない
おもしろいようで、おもしろくない

世界はこんなに正直なのに、そこに住む人間はそうじゃない
嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき
ばか。しね。

あなたは何を思う?
ああ、明日も生きたい
あの人と付き合いたい
あれがほしい、これがほしい
毎日が楽しい
平和で嬉しい
ばかみたいだね
君はおかしいね
死ねばいいのにね
ここにいるのは何故何故何故

さあ命のシンフォニーを奏でよう
今日は今日、明日は明日
心臓が鳴っている
胃がぎゅるぎゅる鳴っている
いいよ君達、最高だ
一緒にがんばろう
生き抜こう
正気の沙汰じゃないよねわかってる
ありがとうありがとう


Q:この社会は好きですか?
A:私がいる限り、大好き。愛おしい


**       *         *
手帳に書いてあったメモというか詩というかはっきりしない文字の羅列です。
1ページにずらぁっと書かれていました。今思い出しても、いい気はしない。
最後の2行は隅っこにぐちゃって書かれてた自問自答。
どんだけ好きなんだ自分。

リライトしにくいでしょうが、お願いします。

メンテ
リライト希望作品 『歌う女』 ( No.8 )
   
日時: 2011/02/09 19:58
名前: HAL ID:Ukr5LDQc
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 彼女がいなくなったのは、秋口だった。残暑も忘れさったかのように、涼しげな風の吹く日があったかと思えば、また急に真夏に戻る。けれど水道を捻ってみれば、手に触れる水は思いがけず冷たい。そういう、季節の移ろいにふと気づく朝のように、彼女の姿も、気づけば部屋から消えていた。


 彼女がぼくの部屋に住み着くようになったのは、祖母がひっそりと逝った去年の初夏、葉桜の季節のことだった。
 祖母は口がきけなかった。耳は年相応以上にしっかり聞こえていたが、喉が悪く、言葉を発することができなかった。
 祖母はとても物静かなひとで、それはもちろん彼女の障害のためということもあったけれど、それ以上に、自分の意見を前面に押し出そうというところのない女性だった。どうしても何か伝えたいことがあれば、いつも持ち歩いている広告の裏を綴じたメモ帳に、ちびた鉛筆を持って、筆談をする。ちんまりとしてあまりきれいとはいえない、けれどひどく丁寧な字で、祖母はときおり短い言葉をつづった。
 幼い頃のぼくはお祖母ちゃんっ子で、物言わぬ祖母が、どんな話にでもにこにこと笑って頷いてくれるのが嬉しく、何かあると、うれしいことでも辛いことでも、まず祖母に話した。
 そして、にもかかわらず、就職してからはずっと疎遠になっていた。祖母の住む故郷は遠く、上京したぼくも、生家とは離れたところに職を得ている両親も、祖父なきあと彼女に一人暮らしをさせていることに、抵抗はもちろんあった。けれど、口のきけない祖母は、知らない人ばかりの都会にうつるよりも、誰もが顔見知りで気安い田舎のほうがずっといいと、めずらしく強く主張するように、何度も帳面に書いてみせた。うちの両親にしても、ふたりとも昼間は働きに出ていることもあって、そのほうが安心だという思いがあったようだ。
 けれど田舎は遠く、ぼくの足は次第に遠のいていった。もう長いこと、年に一度、盆と正月のどちらかに顔を見せればいいほうだった。
 そういう次第だから、ぼくは祖母の訃報を耳にしたとき、まずなによりも先に、罪悪感を覚えた。倒れていた祖母を見つけたのは近所に住む親戚だった。両親はかろうじて死に目に間に合ったものの、ぼくは駆けつけようとする途中で、携帯電話越しに涙ぐむ母の声を聞いた。
 祖母がひとりで暮らしていた郷里の家で、通夜も葬儀も行うというので、ぼくはそのまま会社に電話を入れ、その足で帰省した。
 普段はあまり弱った様子を見せない祖母だったが、それでもじきに八十という年で、大往生とまでは言わないにしても、客観的にはしんみりとした、いい葬式だったと言っていいだろう。遺影の祖母は、帰省するたびに眼にしていたのと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。
 もう少しまめに顔を見せればよかった、もっと電話もすればよかったと、後悔をもてあましたまま二日を郷里で過ごし、東京に戻るために、バス停まで向かっているときだった。ぼくは後ろからついてくる、若い女性の姿に気が付いた。
 歩きながらちらりと振り返ってみたところでは、少し野暮ったい印象の格好だった。暗い色の服も、少し派手な化粧も、けして不恰好ではなかったものの、いまどきの若い女性の装いにしては、どこか時代遅れな感じがした。
 そのときは、その服装に違和感を感じはしたけれど、あまり気にしてはいなかった。何せ、交通機関も限られた田舎のことだから、駅まで行く道が誰かと重なったところで、不思議もない。
 けれどバスに乗って駅に着き、電車に乗って、乗り換えのために改札を出たときに、ぼくはまた同じ女性の顔をホームで見た。
 その瞬間は、偶然かとも思ったが、電車を乗り換えて、一人暮らしをしているアパートの最寄り駅を降りたところで、自分のあとに続いて彼女が降りてきたときには、偶然だの気のせいだのという考えは頭から飛んでいた。女の子に後をつけられるような覚えはないつもりだったが、どう考えても、はるばる郷里からぼくを追いかけてきたとしか思えない。
「何か」
 話しかけると、その女性は驚くようすも、怯むようすもなく、ただにっこりと微笑んで、小首を傾げた。十代の終わりか、二十代の前半か、それくらいの年頃に見えるが、その割にはどこかあどけないような、夢見るような表情だった。
 あまりに彼女が平然としているので、実はぼくの単なる思い違いで、よく似た別の女性だったのか、それとも本当にたまたま同じ道行きになっただけなのかと思えて、「失礼」と会釈をして元通り、家路に着いた。
 ところが、女性はいつまでもあとをついてくる。もの問いたげな視線を何度となく向けてみても、目が合うたびににっこりと笑うばかりで、彼女はやはり、ぼくの数歩後をのんびりと歩き続ける。
 そうこうするうちに、とうとうアパートに着いてしまい、階段を上がって三階にある部屋の前までやってきたところで、立ち止まり、振り返って睨みつけたけれど、それでもやはり彼女は笑顔のままで、何の気負いもないように、のんびりと歩み寄ってきた。そうして、さも当然のような顔をして、ぼくの部屋のドアノブに、手をかけようとする。
 鍵がかかっているのだから、そうされたところでドアが開くはずもなかったが、ぼくはとっさに、「ちょっと」と声を上げて、彼女の腕をつかもうとした。
 その指が、すり抜けた。
 背筋をいやな寒気が駆け上った。何の感触もなかった、というわけではない。指がそこを通過したその瞬間、靄のような湿った、冷えた手触りがあった。
 ぼくはまじまじと、彼女を見下ろした。そうして間近に見てみると、袖からのぞく腕が、ひどく白いけれども、若く見えるわりには張りがなく、すこし疲れているようなのが、まず見て取れた。手の甲にある小さな黒子や、その上に並ぶやわらかな色の薄い産毛まで、くっきりとこの眼に見えた。
 それなのに、触ることができない。
 彼女は首を傾げると、凍りついたぼくから眼を逸らし、なんなくドアノブを捻って、ぼくの部屋に上がりこんでいった。
 スチール製のドアの向こうに、彼女の姿が隠れ、音を立てて鉄扉が閉まった。鍵をかけわすれていたのかと、そんな日常的なことに思いが及んだところで、ようやくぼくの体は動いた。
 けれど慌ててドアノブを捻ると、鍵のかかった、たしかな手ごたえが返ってくる。
 思わずよろけて後ずさると、手すりが背中にあたった。独身者くらいしか住まない安アパートは、廊下も階段も手すりが低く、もう少しぼくの足取りがたしかだったなら、真っ逆さまに転落しようかというところだった。結果的には、最初から腰砕けだったのが幸いして、汚い廊下に座り込むだけですんだのだけれど。
 どうにか立ち上がって、震える手でキーを差し込み、ドアを開くと、見慣れた物の少ないワンルームの隅に、当然のような顔をして、彼女がくつろいでいた。


 幽霊らしいその女は、何をするわけでもなかったが、低めのかすれた声で、よく歌をうたった。
 それは古い歌謡曲であったり、懐かしい感じのする童謡であったり、聴いたこともないような、中国語やフランス語の歌であったりした。彼女が歌うと、どんな曲も、気だるげでしっとりとした調子に聞こえた。
 最初のうちこそ、怯えて近所のホテルに泊まったり、過労で頭がおかしくなったのだと思って、いい精神科は近所にないかと電話帳を開いてみたりしていたぼくだったが、十日もしたころには、彼女が歌う以外に何も害のないらしいことを、ようやく飲み込んだ。
 それから、彼女との奇妙な同居が始まった。
 その、幽霊にしては祟るでもなく恨み言をいうでもない女は、ただぼくの部屋の、何も置いてはいない片隅を占拠して、気まぐれに歌ったり、ぼくがなんとなく点けているテレビを、興味深そうに眺めたりしていた。かといって、話しかけてもにこにことしているだけで、返事が返ってくるでもない。
 彼女は、驚くほどたくさんの歌を知っているようで、毎日、違う歌が部屋には流れた。残業に疲れて深夜に帰った夜などは、彼女の気だるげな歌声が、ひどく胸に沁みるような思いがした。ぼくがときどき思わず我を忘れて熱心な拍手を送ると、女は、幼い少女のように無邪気に微笑んで、優雅な礼をしてみせるのだった。
 何を思ってぼくについてきてしまったのかしらないが、ただ歌うだけの、何の害もない幽霊だ。そう思う心の片隅で、けれど、昼間に仕事の波がふっと途切れて、職場の喫煙スペースで煙草を吸っているときなどには、もしかしたら彼女が祖母をとり殺したのではないだろうかと、そんな考えが頭をよぎりもするのだった。そういうときには、何も害のないような顔をしていても、何かしらの未練があるからこそ幽霊として出てくるのだろうし、それならば何をしたっておかしくない。そんなふうに考える自分と、あんな歌をうたう女性が、そんなふうにたちの悪いものであるものかと思う自分と、心が真っ二つに割れて、かみ合わない平行線の議論を始めるようだった。
 といって、誰に相談できるでもない。霊感なんてありもしない(たぶん、ない)ぼくに、あれだけ鮮明に眼に見える幽霊ならば、他者にも当たり前に見えるのかもしれなかったが、過労で幻覚を見るようになったと、心療内科を紹介されるのは恐ろしかったし、まだ職場にも未練があった。それに、もしその治療を受けた結果、彼女の歌声が聞こえなくなってしまったなら、それはそれで、惜しいような気がした。


 やがて夏が過ぎ去り、残暑に悩まされる日中と涼しい明け方の落差に戸惑うような、そんな頃のことだった。
 それまでご機嫌で、古い歌ばかりうたっていた彼女が、ある日、目を細めて懐かしそうに、なぜか子守唄を歌っていた。曲名もしらないが、いつかどこかで聞いた歌だ。幼いころに母が歌ってくれたのかもしれない。
 彼女の心にどういう変化があったのかはしらない。けれど、それまではどこか気だるくもの哀しい歌ばかりだったのに、その子守歌だけはひどく温かい調子で、本当に幼い子どもに聴かせてでもいるかのような、やわらかな声がぼくの耳を撫でた。
 その歌を聴いているうちに、いい年をして子どものようにあやされでもしたものか、ぼくはしらず、眠っていた。
 明け方、電気も点けたままの部屋で目を覚ますと、そこにはもう、誰の気配もなかった。
 それきり、彼女の姿は見ていない。隙間風の吹く夜に、その中にもしや彼女の声が混じってはいないものかと、思わず耳をそばだてる習慣だけが、ぼくに残された。


 にこにこと笑むばかりであった祖母が、口を利けなかったのは、生まれつきのことではなく、若い頃にたちの悪い腫瘍にやられて、喉の手術をして以来のことだったそうだ。
 まだ声を失う前の若い頃、祖父と出会う前の一時期に、祖母が酒場で歌をうたっていたらしいと、父からそんな話を聞いたのは、ずいぶんあとになってからだった。

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 よろしくお願いいたします!

メンテ
リライト作品 星野田さま『杞にしすぎた男』 ( No.9 )
   
日時: 2011/02/14 00:04
名前: HAL ID:ZLsdrgFo
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 本題の前にちょっと事務連絡。本日0時をもちまして、原作の投稿を締め切らせていただきました。と同時に、リライト作品の投稿がスタートいたします!
 リライト作品の投稿は無期限です。もちろん、どなた様でも参加していただけます。皆様ふるってご参加くださいませ!

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 ……ということで、本題。星野田様の作品『杞にしすぎた男』のリライトに挑戦しました。
 星野田さまのファンの方に先に謝っておきます、改悪にしかなっていませんが、どうか広いお心でお読み流しいただきますよう……!(土下座)

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 それは遠い遠い昔、まだ平らな地面の上を太陽がめぐっていた時代のことだ。空の上には高天原(たかまがはら)、地の底には根の国があって、人々はその狭間、豊葦原(とよあしはら)の山野に海辺に、細々と己らが国を築いていた。
 そのひとつ、杞の国に、ある男がいた。それはひどく神経の細い男で、ぎょろりと剥いた目でせわしなくあたりを見回しては、よくもまあと人が呆れるほど、そこらじゅうからこまごまとした不安を拾いあげてくるのだった。田を均(なら)しては、今年は雨が降らないのではないかと空を見上げ、道を歩いては、石に躓(つまづ)いて転ぶのではないかと足元に目を凝らす。
 常からそのような調子であったから、男がある日急に、
「あの空はいったい誰が支えているのだ」
 などと言い出したときにも、邑(むら)の人々は軽く男をあしらって、
「誰も支えていなくても、空はそこに浮いているものだ」
 そういいきかせるのだが、男はぶるぶると震えだし、木鍬(こくわ)を放り出して駆け出した。そうして己の田畑(でんぱた)にはもう目もくれず、そこらじゅうから土を掻きだし、一心不乱に積みあげてゆく。
 周りのものがあきれて、いったい何をしているのだと訊けば、男は真顔で、
「天を支えなくては、いつかは落ちてきてしまう。あの空が落ちてきたならば、みなひとたまりもないだろう」
 という。
 はじめは誰もが笑って、また心配の虫が湧いてでたといったけれど、あまりに男が真剣なものだから、近所の童らが気の毒がって、石や小枝などを拾ってきては、男の積みあげる土に混ぜるようになった。
 男はきまじめに童らに礼をいい、また黙々と土を積んだ。己が田畑が猪だの鴉だのに荒らされても、そんなことには気づきもせずに、ただただ、天を支える柱を積みあげる。やがて一人の邑人が、呆れ顔でふらりと畑を離れ、
「そんな土くれでは、じきに崩れてしまって、天に届くほどには積み上がらんだろうよ」
 そういいながら、仲間とともに柱を担いで戻ってきた。古くなった櫓(やぐら)を解体したときにあまったもので、それは大きな柱だったが、それでも天に届くはずはない。それからも、彼らはときおり野良のあいまを見て、樹を伐り、削っては運んできて、男とともに組みあげるのだった。
 そんな日々が、何年ほど続いただろうか。男を手伝う人々は、驚くほどに増えていた。柱をつくる手伝いをするものばかりでなく、男に食べるものを差し入れる女たちもいた。己の口を糊(のり)するための田畑を蔑(ないがし)ろにしてでも、みなを落ちてくる天から守ろうと不恰好な柱をつくり続ける、そういう男の必死さに心を打たれたのだった。たとえその方法が、どんなに滑稽なものだとしても。
 雨が降ろうと、不作におそわれて飢えようと、寝食も忘れんがばかりに男はせっせと柱をつくり続けた。大工連中に教わったわざで、男は足場をつくる。土の柱では重過ぎて、柱自身の重さを支えることさえ叶わなくなっていたから、足元の低いところには土をさらに厚く積み、上の高いところは丁寧にこまかく木を組んで、なるたけ軽く、頑丈な構造をつくっていった。
 何年も、何年もの時間をかけて、徐々に柱はその高さを増してゆき、この調子であと何年か苦労を重ねれば、ほんとうに天まで届くのではないかと思われた。邑人たちは男をはげまし、ときに手を貸し続けた。
 そんなある年の冬だった。真夜中、自分のねぐらで休んでいた男は、轟音で目を覚ました。
「なんだ、いまの音は」
 あわてて駆けだすと、冬の夜空には分厚い雲が垂れ込め、雪が降りしきり、その上を、激しい白光が荒れ狂っていた。
 辺りには、木の燃える匂いが立ち込めている。森のほうで、あかあかと火が踊っているのが見えた。
 男は弾かれたように走り出し、毎日毎日精を出して積みあげた柱へと向かった。
 近づいても柱のすがたが見えないことに、男はおののいた。はじめは必死に走っていた、その足取りが緩み、力のない歩みに変わる。蹌踉とした足取りで、男は歩き続けた。
 柱は燃えていた。天から降ってきた神の怒りに打たれて、ごうごうと音を立てて燃え盛っていた。
 男は立ち尽くした。稲光が光っても、降りしきる雪に体が冷えきっても、ただただそこにいつまでも立っていた。
 邑人たちは皆怯え、それぞれのねぐらに引っ込んで、頭を抱えて小さくなっていた。あんな柱をつくったせいで、高天原の神々がお怒りなのだと、かれらは口々にいいあって、その慈悲を乞うた。
 夜が明けるまで、神鳴りは轟き続けた。


 男はそれからしばらくのあいだ、呆然としてすごした。日が昇って、また沈んでも、ただ焼け落ちた柱のあとを見つめ、力なくうずくまっている。そういう男を、邑人たちは気の毒がりながらも、声をかけはしなかった。神の怒りが、己らが身に及ぶのをおそれているのだった。
 男はやがて、立ち上がり、じっと空を見上げた。そしていった。
「もう一度、やるぞ」
 しかし邑人たちはぎょっとして、いっせいに男を止めにかかった。
「あんな高い柱をつくろうとしたから、高天原の神々がお怒りになったんだ。もう馬鹿なことはよせ。柱なんかなくったって、空は落ちてはこん」
「だけど」
「どうしてもつくるというなら、頼むから、邑から遠く離れたところでやってくれ。おまえの怖がりに巻き込まれて、神鳴りに撃たれるのは真っ平だ。もう誰も手伝わないぞ」
 その言葉は真実だった。もう誰も、男に手を貸そうとはしなかった。あの神鳴りで、柱ばかりか、森のかなりの範囲が焼かれたのだった。長年のあいだ彼らに恵みをもたらしつづけてきた森が。
 男はしょぼくれて、焼け落ちた柱の前にうずくまっていたが、やがてのろのろと腰をあげた。この数年ですっかり荒れ果ててしまった畑へ戻り、土の手入れを始めた男は、しかし、その目処もたたないうちに、はっと顔を上げた。
「そうだ。天を支える柱がつくれないのならば、穴を掘って、地の底に隠れればいい。俺は穴を掘るぞ。いざ空が落ちてきたときに、みんながもぐれるだけの穴を」
 邑人たちはぎょっとして、男をひとしきり止めたけれど、男はきかなかった。
「誰も手は貸してくれなくていい。ひとりでやる」
 男はそういって、自分の畑だった場所に、深い深い穴を掘り始めた。邑人たちは、困惑して、一心不乱に穴を掘る男の背中を見下ろした。
 柱をつくっていたときに身につけた大工の技で、木組みの支えを穴に添えることを、男は怠らなかった。そしてそれは、地上から穴の底に降りるための、足がかりをも兼ねた。いずれちゃんとした梯子をつくるにしても、ひとまずは己が降りられるほどのものでいい。
 男は延々と、地面を掘り続けた。これで充分だろうかと、ときおり顔を上げて、そこにぽっかりと開いた青い空を見つめては、あの日のおそろしい神鳴りを思い出し、ぶるぶると震える。たったあれだけの神鳴りでさえ、あれほどに頑丈につくった柱を粉々にしたのだから、いざ空そのものが落ちてきた日には、こんな浅い穴でどうにかなるはずもない。
 邑人たちは、今度は手を貸しはしなかった。それでも、男がひとやすみするために地上に上がると、誰か気の毒に思うらしいものが、黙ってその穴のわきに、握り飯なりと置いていてくれているのだった。ぼろぼろになった木鍬の替えが置かれていたときもあった。
 男は、邑人たちのすべてが隠れるだけの場所をつくりたかったから、穴はしぜんと広くなった。そのぶん、深く掘るのには時間がかかる。ときには地中の岩に突き当たり、それを掘り起こしては、かついで、不安定な足場に苦労しながら、地上に運び出さねばならなかった。それでも男は根気強く、毎日毎日穴を掘り続けた。
 ときおり誰かの差し入れがあったとはいえ、男はだんだんとやせ細ってゆき、また陽に当たる時間が短いためか、その肌は不健康的に青白くくすんでいった。たまに外に出ると、男は眩しげに空を見上げ、まだそれが落ちてくる気配がないことに安堵の息をついて、また穴の底に戻るのだった。
 掘り続けていったある日、男は地面の底に、おかしな手ごたえを感じた。そのまま掘り続けたものかどうか、男は迷ったが、それでも、空を見上げてたしかめれば、それはまだ充分な深さではないような気がした。
 ためらいためらい、男が地面に鍬をつき立てた、次の瞬間だった。男の足が地の底を抜けたのは。
「これはいったい、どうしたことだ」
 男はどうにか穴のへりにしがみ付いたが、やせ細った指では、たいした力も入らなかった。そのうえ脆い土のことだ。だんだんと崩れていく。やがてつかむべきところもなくなって、男は穴からすっぽ抜けると、真っ逆さまに落ち始めた。
 自分の命もこれまでかと、男が観念して、かたく目をつぶったときだった。男の体を受け止める、何ものかがあった。
「なんだなんだ。いったいどうして、人間が降ってくるのだ」
 呆れ声がして、おそるおそる目を開ければ、男の体の下には、ふさふさとした毛皮があった。真っ白で、つややかな毛並み。その内側にはゆるやかに躍動する筋肉があり、男の体の下からは、にゅっと大きな翼が突き出していた。それはまるで、鳥の翼のような形をしてはいるけれど、まじまじと見れば見るほど、その生き物は鳥のようには、とても見えなかった。
 それは、男がこれまで見たこともない生き物だった。体つきは狼に似ているだろうか。しかしこれほど巨大な狼など、男は見たことも聞いたこともなかったし、そもそも狼に翼はない。獣の額には二本の頑丈な角が生えていて、尻尾には蛇のような鱗があるし、その瞳はぎょろりと赤く光っていた。何より、
「訊いているのだから、答えたらどうだ。どうして人間が、こんなところにいる」
 そう人の言葉で訊かれて、男は驚きのあまり、身動きひとつとれなかった。もっとも、空中を飛ぶ獣の背中に乗っている以上、身動きなどとろうものなら、真っ逆さまに落ちていくしかなかっただろうが。男がおそるおそる、下のほうをのぞきみれば、その先は真っ暗で、地面は見えなかった。
「ここは根の国なのか。俺は死んでしまったのか」
 男が震えながらいうと、獣はあきれたようにため息をついた。
「根の国は、まだこのはるかに下のほうだ。お前はまだ死んではいないが、ここから落ちたら、まあ、死ぬだろうな。ところで人間、おれの質問に答える気はあるのか、ないのか」
 男ははっとして、獣の毛皮にしがみ付きながら、これまでの経緯を話しはじめた。いつか空が落ちてくるのではないかと、不安になったこと。それがおそろしく、天を支える柱をつくろうとしたが、叶わなかったこと。地面の下に隠れれば安心かと思い、村の地面を掘りすすめてきたが、もっと深く、もっと深くと思ううちに、こんなところまでやってきてしまったこと。
 獣は面白がるように相槌をうちながら、男の話を聴いた。男は話しながら、汗を掻いていた。太陽の光もろくに届かないというのに、地の底はほのかな赤い光に照らされており、何よりひどく暑かった。獣がこれほどの毛皮に身を包んでいて、なお平然としているのが不思議なほどだった。
「妙なことを考える人間もいるものだ。こんなところまで、自力で掘りすすんできた人間は、きっとお前がはじめてだろうよ」
 男が話し終えると、獣は興がるようにそういって、ぐるぐると喉を鳴らした。
「ちょうど小腹が空いていたから、お前を喰らおうかとも思ったが、お前はたいした食いでもなさそうなことだし、面白い話に免じて、見逃してやろう」
「それはありがたい。見逃しついでに、俺をあそこまで、運び届けてもらえはしまいか」
 男はおっかなびっくり、自分が掘った穴を指さしながら、獣にそう願い出た。獣は呵呵大笑し、
「臆病なのか、度胸があるのか、よくわからんやつだ。どれ、ついでだ。地上まで送ってやろうよ。つかまっておれ」
 そういって、悠然と翼をはためかせた。
 男の掘ってきた広い穴の中を、獣はぐいぐいと上りながら、もう一度笑った。
「よくもここまで掘ったものだ」
 男が何年もかけて掘った穴も、獣の翼にかかれば、あっという間に上りきってしまった。地上に出ると、あたりは夜更けで、獣は月明かりを仰いで、眩しそうに赤い目を細めた。
 邑人たちはすっかり寝静まっているようだった。男は礼をいうと、穴の脇に誰かが置いていてくれた握り飯を、おずおずと獣に差し出した。獣はぐるぐると喉を鳴らして笑うと、ひと呑みで握り飯を食べてしまった。
「たいした腹の足しにはならんが、まあ、礼に、土産のひとつもくれてやろう」
 獣はそう笑うと、男に、自分の翼の付け根を探るようにいった。
 男がいわれるがままに、そこに手を突っ込むと、翼と胴体のあいだには、いくつかの小さな箱が埋もれていた。
 その中のひとつを手に取ると、それは、螺鈿のみごとな細工の入った箱で、その紋様は、月明かりにきらきらと輝いた。そんな高価な細工など、一度も見たことのなかった男は、仰天し、ためらいながらも、そっと手のひらの上に箱を載せて、ため息をついた。
 ありがとう、と男が礼をいうと、獣は赤い目をきらめかせ、
「その箱は、開けないほうがいいだろうな。まあ、うまく使うことだ」
 そういい捨てて、穴の底へ飛び込んでいった。


 命拾いしたことに、しばらくは喜んでいた男だったが、やがてまた、空を見上げては、ため息をこぼした。柱をつくることもかなわず、地に隠れることもかなわなかった。空が落ちてきた日には、みな圧しつぶされて死んでしまうしかないのだろうか。
 男は邑人たちに、獣の話はしなかった。ただ、穴の底を突き抜けて、広い空洞にたどりついてしまったことを告げ、けして中に落ちぬよう、子どもらを近づけぬようにというばかりだった。
 邑人たちの好意で、男は邑のはずれに、新しい畑を耕すことを許された。空の落ちてくる日に怯えて鬱々とすごし、それでもその日がやってくるまでは、とにかく食わねばなるまいと、力なく新たな畑を耕していた男だったが、ある日、野良を終えて戻ると、誰もいないはずのねぐらの中で、奇妙な声がした。
「開けてくれろ。開けてくれろ。この箱のなかは昏(くら)い。とても昏いのだ」
 男は飛び上がって驚いた。箱は小さく、男の手の平に乗るくらいなのに、声は大人の男のようだった。
「開けてくれろ。開けてくれろ。この箱の中は寂しい。とても寂しいのだ」
 声はあわれっぽく訴える。男は思わず、箱を開けそうになったけれど、すんでのところで、獣の忠告を思い出した。
「騙されないぞ。お前を出したら、きっと、何かよくないことをするに違いない」
 そう男が虚勢を張ると、箱はひとしきり、すすり泣くような音を立てて、沈黙した。
 だがそれからも毎晩、箱は男に、開けてくれろとあわれっぽく訴えるのだった。
「開けてくれろ。開けてくれろ。ここから出してくれたなら、お前の願いをかなえてみせよう」
 何日めかに、箱の声はそういった。男は思わず考えこんだ。それから、おそるおそる箱に訊ねた。
「空が落ちてこないようにできるか」
「それは難しい。しかしやってみよう」
 箱は答えた。男はさらに考えて、慎重にいった。
「開けるなり、俺を喰おうという魂胆じゃないだろうな」
「お前に危害を加えることはしない。約束しよう」
「邑人たちを喰ったりしないか」
「しない。私はただ寂しいのだ。この狭く、昏く、窮屈な箱から出たいだけなのだ」
 男は迷い迷い、箱の蓋に手をかけた。危害は加えないと誓ったことでもあるし、声の主が、だんだんと気の毒になってきてもいた。
 男が箱の蓋をそっと持ちあげると、はじけるように、白いものが箱の隙間からあふれ出した。男はぎょっとして後じさったが、煙はもくもくと箱から立ち上り、ねぐらじゅうを覆って、さらにその外へとものすごい勢いであふれていった。あわてて男が箱に蓋をしなおしたときには、一面が真っ白に煙り、何も見えなくなっていた。
「なんだ、なんだ。どういうわけだ」
 男が問うと、くつくつと笑い声がした。
「お前の願いはかなった。もう空はない。落ちてくる心配もいらない」
 煙の向こう、どこともつかない場所から、箱の中からしたのと同じ声が響いた。
「だが、空以外のなにもかも、すっかり見えなくなってしまった。お前は何者なんだ」
 男が声を張りあげると、姿のない声は、楽しげに答えた。
「私の名は嫉妬。私の名は疑惑。私の名は憎悪。虚飾。欲望。悲哀。後悔。私はありとあらゆる負の感情。私はもう自由だ。人々は互いに信じあうことさえ叶わないだろう」
 声はけたたましく笑い、やがて飽きたように笑い止むと、ふつりと黙り込んだ。あとは男がいくら呼びかけても、何の答えも返ってこない。邑はしんと静まりかえっている。ありとあらゆる音が、白い煙に飲み込まれてしまったかのようだった。
「なんということだ」
 いったい己は何をしでかしてしまったのか。男は顔を覆って嘆いた。空が落ちてこないようにとは思ったが、太陽もすっかり覆いつくされてしまったいま、作物はきっと育たないだろう。邑人たちは飢える。負の感情というものが人の世に何をもたらすのか、まだ男ははっきりと理解してはいなかったが、来年の不作のことだけは、ありありと想像がついた。
 ねぐらに戻り、うずくまって後悔にくれる男に、とつぜん、何者かが声をかけた。
「もし。どうか、私も外に出してくださいませ」
 声は、箱の中からするようだった。
「もう騙されん。お前もまた、さっきのやつの仲間ならば、この世界に仇なすものに違いあるまい」
 男はいって、がっくりとうなだれた。
「ああ、なんということだ。俺はくるかもわからない先のことに怯えるあまり、もっと救いのない災いを、この世に解き放ってしまったのだ」
 男は顔を覆ってすすり泣いた。柱をつくるあいだ、ずっと手助けしてくれていた村人たちの顔を思い出し、穴を掘っているあいだ、握り飯をそっと置いてくれた誰かもわからない人々のことを思った。
 嘆く男に、声はいった。
「もし。私を出してくれれば、この煙を払うことくらいはできます」
 男は箱をじっと見つめ、いっとき沈黙していたが、やがて自棄のように、箱の蓋に手をかけた。これ以上わるくなることなど、なにもないような気がしたのだった。
「ありがとう」
 男が箱を開けたとき、その中から一陣の風が飛び出した。その風は、どこまでもどこまでも吹き渡り、世界中を覆いつくした白い煙を、きれいに吹き払ってしまった。
 男がねぐらを飛び出すと、夜空が戻っていた。そこには星明りが煌々と瞬き、月が中天から静かな光を注いでいた。
「もう大丈夫。闇夜にも星が光るように、空を覆う雲がいつかは途切れるように、人々の心を覆う昏い感情も、いつかは晴れることでしょう」
 声は静かな調子で続ける。「人々はときに嫉妬にかられても、やがて忍耐することを覚える。疑い合う日がきても、やがては信じる心を取り戻す。虚飾を見抜く目を、人々は養うことができる。欲望に突き動かされても、優しさを思い出して自制することができる。哀しみに沈む夜にも、残ったぬくもりを取り出して耐えることができる。闇の深い夜には後悔に暮れても、やがて陽が昇れば、明日を生き抜くために立ち上がるでしょう」
「お前はいったい、何者なのだ」
 男は呆然として、声に問いかけた。風は小さく笑うような気配をさせて、
「私の名は希望」
 とだけ答えた。そうして次の瞬間には、世界中へと散っていった。
 男は長いあいだ、呆然と地面の上にへたり込んでいた。やがて鶏の声が響く。男が顔を上げると、空の端がわずかに白み始めていた。
 夜が、明けようとしている。

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 自分のペースで描写を突っ込んでいったら、無駄に長くなりました。冗長感あふれてるう!(涙)
 ……ごめんなさい……orz

メンテ
リライト作品 笹原さま『ひるがえる袖』 ( No.10 )
   
日時: 2011/02/14 00:02
名前: HAL ID:ZLsdrgFo
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 笹原さま『ひるがえる袖』のリライトに挑戦しました。
 勝手な舞台の改変、設定の追加等々、どうか寛大なお心でお許しいただきますよう、前もってお願いしておきます……!

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 あれは祭の夜だった。小さな神輿が一台きりに、神社の境内にいくらか屋台が並ぶだけの、至極ささやかな縁日で、その頃世間には戦争の足音がひしひしと押し迫ってはいたけれど、まだ実感は湧かずにいた、そんな時分のことだった。
 本来であれば学業に勤しむべき時節ではあったものの、末の妹にせがまれて、渋々下駄をつっかけた。がま口の小銭を確かめて、飴の一つも買ってやらねばなるまいかと、ため息をつきつつ家を出た。
 境内には、思ったよりも人出があった。橙色の提灯が、人々の顔を照らし出している。下駄を鳴らして人波の合間を縫ううちに、金魚すくいの屋台に行き会い、妹がぱっと顔を輝かせて、あれがやりたいと駄々を捏ねた。すくうのはいいが、とても家では飼えないよ、それともお前、すくうだけすくって残らず死なせるかいと、そういって脅かすと、ぎゃあぎゃあ泣いて、ひどく閉口した。
 その口に飴を突っ込んで泣き止ませ、どうにかお社の前まで歩かせると、二人して五銭玉を一枚ずつ、賽銭箱に放り込んだのだった。小さな手で律儀に拍手を打つ妹の、必死の顔つきがおかしくて、いったい何をそう真剣にお願いしているのだいと訊くと、兄ちゃん知らないの、願掛けは人にいったら叶わないんだよと、一丁前の口を返された。
 呉服屋のご隠居が杖を突き突き、おぼつかない足取りでお社に向かってゆく。角の豆腐屋の洟たれが、坊主頭の友達と連れ立って走り回り、しまいには飴を落として泣き出した。見知った面々が殆どではあったが、わざわざ隣町からやってきたものか、知らない顔もちらほらとあった。どこの女学生だろう、華やかな装いの娘さん方が、鈴の鳴るような声を立てて笑っている。
 途中、妹が尋常小学校の友達と行き会って、灯篭の脇で話し込みだした。まだ小さくとも女は女ということか、話には際限がない。手を繋いだまま、呆れて見守っていると、不意にどこかで、涼やかな声がした。
 祭囃子に負けまいと、大声で言葉を交し合う人々の、耳の痛くなるような喧騒の中で、その声だけがひときわ澄んで、風が淀んだ空気を吹き払うように、まっすぐに耳へと飛び込んできた。
 思わず声の主を目で追えば、どうやら十七、八ほどの可憐な娘御で、矢絣の着物がよく似合っていた。髪を結い上げて、年頃からすれば少し背伸びしたような、上品な簪を挿している。かの女は友人らしき女性と、何か談笑しているようだった。ときおり袖で口元を覆って、くすくすと笑う。
 ぼうっと見とれていた私の視線を感じたのだろうか、かの女は友人と別れたあとで、振り返って私を見た。目が合うと、戸惑うようにその視線が揺れた。不躾を詫びるつもりで、小さく会釈をすると、かの女もまた遠慮がちに頭を下げかえしてきた。
「あの、貴女は」
 気が付けば、声を掛けていた。その声があまりに大きかったのだろう、かの女は吃驚したように目をぱちぱちさせてから、恥らうように慌てて俯いた。
 年頃の男女が並んで立ち話をするだけで、口さがない人々の好奇心をさそうような時代だった。突然呼び止めたことの迂闊さに、自分自身が何よりも仰天して、私は慌てふためいた。
「いや。その、失礼」
 しどろもどろになりながら、かろうじて謝ると、かの女はうつむきがちにはにかんで、いえ、と首を振った。
 振り返ると、妹はまだ友達と話しこんでいた。その視線につられたのか、かの女は私の手の先の幼い妹を見て、まなじりを緩めたようだった。子ども連れということで、警戒心も和らいだのか、かの女は小声で名前をいい、私も大慌てて名乗り返した。
「その。お一人でいらしたんですか」
「ええ。明日の朝にはこちらを発つものですから、最後にもう一度と思って」
 かの女はそういって、東の空を仰いだ。その横顔の、透き通るように白かったこと! 空はよく晴れていて、満月からほんの僅かに欠けた月が、ひどく明るかったのをよく覚えている。
「東京へ?」
「ええ、東京へ」
 かの女は頷いて、どこか寂しげに微笑んだ。当時、東京市が東京都へと名を変えてまもなくの頃で、復興はずいぶん進んでいたとはいえ、まだかつての大震災の記憶は、人々の中に新しかった。しかし、初対面の相手に事情を訊くのも不躾に思われて、私は口を噤んだのであった。
 もう一度、会えませんか。たったその一言が、当時の私にはどうしてもいえなかった。この先の我が身の振り方も、まだ確とは定まっていなかったし、知った顔ばかりの周囲の視線も、頬に突き刺さるようだった。
「兄ちゃん、行こう」
 妹に手を引かれて、私ははっとした。しかし、少し待てというわけにもいかない。繰り返しになるが、年頃の男女が往来で口を利いているというだけで、見咎められるような時代のことだ。下手なことを口に出すだけで、かの女の評判に傷がつくかもしれなかった。
「失礼」
 ただそういって、頭を下げるほかなかった。ただ視線だけに、名残惜しい思いを託して、一度だけ私は、正面からかの女の瞳を見つめた。かの女はかすかに、睫毛をふるわせたようだった。
 すれ違いざま、妹と繋いでいるのとは逆の手に、何か硬く細いものが触れた。とっさにそれを掴んで振り返ると、かの女は凝っと、私を見つめていた。その瞳が、かすかに潤んでいるような気がしたのは、私の自惚れだっただろうか。
 疲れて歩けないといい出した妹を負ぶい、人目を忍びつつ掌を開くと、そこには簪があった。
 驚いてもう一度振り向いたけれど、もう、かの女の姿は人混みに紛れて、確かに見定めることさえできなかった。ただ、矢絣の袖が揺れるのが、道ゆく人と人との間に、垣間見えたような気がした。


 戦後、かろうじてフィリピンの地から生きて戻った後になって、ようやく近隣の人々にかの女の行方を訊ねたけれど、誰も東京に越していったという、その先を知らなかった。どうにかしてあの空襲の難を逃れていればよいがと、ただそう願うほかにできることもなく、あのときいま少し勇気を振り絞ってかの女の行く先を訊ねてさえいれば、何かが違っていただろうかと、そんな漠然とした後悔ばかりが、いつまでも胸に残った。
 私の手元には、今も件の簪がある。

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 原作のうつくしさを壊してしまった気がする……! ごめんなさい!(土下座)

メンテ
リライト作品 ヨセフどん (原作:星野田さん『杞にしすぎた男』) ( No.11 )
   
日時: 2011/02/14 15:28
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 悪ノリしすぎてしまったようで、星野田さんに怒られそうな気がして怖いです……ドキドキ。
 なんかぼくの人格が疑われそうだなぁ(え? もう疑っているって……)。

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 ヨセフどん (原作:星野田さん『杞にしすぎた男』)



 眩しいほどに青い青い空を眺めながら、ヨセフどんはふとこう思いました。
「もしかしたらよ、空が落ちてくんじゃね?」
 これはあながち突拍子もない考えでもありませんでした。
 だって神様ときたら、この間も海やら川やら湖やらを氾濫させて、大洪水を引き起こしてます。
 ノアどんのアークがなければ今頃みんな水の底に沈んで、文字通りどん底の暮らしだったわけです。
 でもなんでノアどんはアークなんか買ったんだろう。キャバクラに行きたいんだけど奥さんが怖いから、キャバクラにいった「つもり貯金」をして小金を貯めているという噂は聞いたことあるけど、その小金で買ったのかな。それにしてもなんであんなでかいアークなんだ? キャバクラといえば「エデンの園」のイヴちゃんは元気かな? そういえば浦島どんはキャバクラ通いが祟って、水の底に沈んでいないのにどん底の暮らしを送っているよなぁ。
 なんてことをツラツラと考えていたら、「ニュニュニュ」と空が少し落ちてきたように見えました。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」
 もはやヨセフどんの「もしかしたらよ、空が落ちてくんじゃね?」という妄想は「落ちてくっべ! 落ちてくっべ! 空がよ、アソラソラ!」と確信へと変わりました。
 なにしろ神様がやることです。あんなの計画性の欠如した気まぐれ野郎の何物でもありません。実際に後でリサーチしたところ、神様はこの時ほんの少し空を落としてみたそうです。発注した天窓と空の寸法が合わず雨漏りがひどかったので、空の位置をチョチョチョと調整してみたら、ニュニュニュと空がずれちゃったとか。発注した際に寸法を測り間違えたのが原因だったようですが、そもそも思いつきで空に天窓をつけようなんてのが計画性の欠如した気まぐれ野郎な証拠です。困ったもんですね。
 それはさておき、ヨセフどん。空が落ちてきたら潰されてしまう、潰されたらもう明治製菓のアーモンドチョコを貪り食うことも、とんねるずのみなさんのおかげでしたのきたなシュランで紹介されたお店に食べにいくこともできなくなります。なによりもまだ「みひろFINAL 最後で最高のイカセ技、全部見せます」をレンタルしてないじゃないか! みひろパワー全開! 志村けんなんかに負けるな!
 ということでヨセフどんは空を支えるための竿をおったてはじめ……違った……柱を組み立て始めました。
「なんだ、ヨセフどん、朝もきちんと立たない奴に空を支える柱なんか組めるわけねえべが!」
「ソラを支える? いつからヨセフどんは巨乳好きになっだんだ? 蒼井そらちゃんはおめえにゃ無理だ。今まで通りみひろで我慢しとれ」
「だいたいが蒼井そらだとかみひろだとか言っていることが軟弱なんじゃ! やっぱり伝説のグラインド長瀬愛だろ!」
 とまあカンカンガクガク。みんなヨセフどんに口は出すけど手助けはしない。そもそも空が落ちてくるなんてのは荒唐無稽な話じゃないか。水が溢れればこの間みたいに洪水にはなるけど、一体何が溢れれば空が落ちてくるんだい。雲が溢れるのかい? 虹が溢れるのかい? それとも風が溢れるのかい? エトセトラエトセトラ。
「じゃかましいやい! 俺は空がニュニュニュとほんのちょこっとだけど落ちてきたのを見てるんだよ。いいか、空が落ちてきたら潰されちまうんだよ。潰されたらチョコもきたなシュランもみひろもパーなんだよ。だからこの柱を組んで空を支えるんだよ。この柱を立てなかったら、お前らの○○○も一生立たなくなるんだぞ! それでもいいのかよ?」
 ○○○が一生立たなくなって「いいのかよ?……はい、いいんですぅ」なんて答える男はそうはいない。みんな「アワアワアワ」とあわててヨセフどんの手助けを始める。ちなみに「○○○」には「メンツ」という三文字が入る。違う三文字を想像してはいけない。
 こうして柱はあっという間に神様のところまで届いてしまいました。
 面食らったのは神様。挨拶も手土産もなしになんなんだよ! だいいち、蒼井そらだみひろだ長瀬愛だとのたまっている奴らに侵入される筋合いはない!
 ちなみに神様のお気に入りは「なんといっても松島かえでだ!」。
 激怒した神様は「二度とボーイズトークができなくしてやる!」と男どもの使う言葉をバラバラにしてしまいました。
 例えばAさんはハナモゲラ語、Bさんは女子校生語、Cさんはコバイア語、Dさんは落語、Eさんは業界用語、といった感じです。
 そして「目障りじゃ!」と柱に向かって昔話に出てくるようなおじいさんとおばあさんの、あんな写真やこんな写真をこれでもか、と見せびらかしました。
 哀れ柱よ柱よ哀れ……あれよあれよと「フニャフニャシュポン」と崩れ落ちてしまいました。

 さて困ったヨセフどん。もう仲間を集めて柱を組むどころか、ボーイズトークもできなくなってしまいました。しかもツタヤには「みひろFINAL 最後で最高のイカセ技、全部見せます」の在庫がありませんでした。もう泣きっ面に蜂です。
「それでも空は落ちてくるっぺ……」
 そこでヨセフどんは以前、ダンテどんと一緒に煉獄・地獄食い倒れツアーに出かけたことを思い出したのです。
「そうか、上がダメなら下があるじゃないか」……短絡的というなかれ……。
 ダンテどんと一緒にたどった道は何となく覚えています。だからその道をたどることにしました。ダンテどんと一緒なら心強いのですが、彼は先のツアーで親密になったベアトリーチェ嬢と駆け落ちをしてしまったのです。今頃どこで何をしているやら……ハァ。
 はてさてとトコトコと地下へ降りていくヨセフどん。地獄の門を通り過ぎ、辺獄を抜け、ケルベロスに餌をやり、ブルネット先生と談笑し、アニェールの合身に拍手し、下へ下へと降りていきます。
 そして贋金造りたちがたむろしているところまで降りていくと、そこに懐かしい顔を見ました。
「おお、ウェルギリウスどん、こんなところでお目にかかるとは!」
 それはヨセフどんの幼馴染であるウェルギルウスどんでした。
「これはこれはヨセフどん。僕は今ここの管理人をしているんだよ。派遣社員だけどね。それよりもなんでまた地獄に?」
「いやいや実は云々(省略)」
「ははぁ、でもヨセフどん、ここから先の地獄はいま改装工事中なんだよ。アトラクションを増やすみたいだ」
「なんですと!」
「残念だけど、地上に戻ってもらうしかないな。ほんと、ごめんね」
 せっかくここまできたのに、もう先へは進めないヨセフどん。不憫に思ったウェルギルウスどんはヨセフどんにお土産を手渡しました。
「これ、質流れの品なんだけどさ、玉手箱。よかったらもってかない? あけちゃいけないんだけどね」
 そうです、キャバクラ通いの借金で首が回らなくなった浦島どんは、大切にしていた玉手箱まで質に入れていたんです。
「もらってくれる? 実は手に余っていたんだ。ありがとう。でもあけちゃいけないんだけどね……ウフフ」
 こうしてヨセフどんは浦島どんの質流れの玉手箱をもって、地獄をあとにしました。

 さて、地上に戻ったヨセフどん。悶々としています。空が落ちてくる恐怖や、あけたいのにあけちゃいけない玉手箱。それにいまだに「みひろFINAL 最後で最高のイカセ技、全部見せます」が在庫切れなんです。これで悶々としない男はいません。
「おい、あけろよ、この野郎!」
 たまに玉手箱が悪態をつきます。
「それが人にものを頼む態度か!」
 ヨセフどんは取り合おうとしません。
「てめぇ、食い殺すぞ! ゴルァ!」
「おおおお、上等じゃねえか、やれるものならやってみそ!」
 ヨセフどんも負けてはいません。
「暗いよ~ 狭いよ~ 怖いよ~」
「お前は面堂終太郎か!」
 わからない人はウィキペディアで調べましょ。
「わかった。わかった。じゃどうすればあけてくれるんだよ」
「じゃ『みひろFINAL 最後で最高のイカセ技、全部見せます』を借りてきてくれ」
「それは無理な相談。玉手箱は吉沢明歩ファンだと相場が決まっているんだ」
 ボコ! 玉手箱に一発グーパンチを入れるヨセフどん。
「いてーなこの野郎。暴力反対! 暴力反対!」
「わかったわかった。じゃみひろはあきらめるとして、空が落ちてくるのを止めてくれるか?」
 しばし沈黙……玉手箱の思考がグルグルと回っている様子……そして。
「それは難しい。しかしやってみよう」
 ということでヨセフどんはそっと玉手箱のふたをあけてしまいました。
 どこかからウェルギルウスどんの「ウフフ」という笑い声が聞こえた気がしましたが、もうあとのまつり。
 玉手箱の中からは白い煙がモクモクとモクモクとモクモクとモクモクとモクモクと……とにかくいっぱい出てきました。
 あわてて蓋をしめるヨセフどん。でも時すでに遅し。その白いモクモクは部屋いっぱいに広がると、家の外へ漏れ始め、国を覆い、山河を越え、やがて全世界一面に広がってしまいました。
「ワワワワワワワ! なんじゃこれ!」
「こうすれば空は見えないでしょ? だったらもう空はないも同然。落ちてくる心配も無くなったでしょ?」
「お前は一休さんか! トンチくらべしてるんじゃねえんだ。だいたいこの白いモクモクはなんだ?」
「それではお答えしましょ。このモクモクは "嫉妬" "疑い" "憎しみ" "嘘"" 欲望" "悲しみ" "後悔"。つまりありとあらゆる負の感情の盛り合わせで構成されております」
「そうか、そうだったのか……騙された……お前……玉手箱じゃなくて……」
 ヨセフどんは以前は玉手箱だったものをキっと睨みつけるとこう言い放ちました。
「玉手箱じゃなくて……パンチラの箱だったんだな!」
 ボコ! ヨセフどんにグーパンチを入れる以前は玉手箱だったもの。
「アホか! パンチラじゃなくて、パンドラじゃ! チラじゃなくてドラじゃボケ!」
「……シャレのわからん箱だ……。騙しやがって……」
「……」
「おい、なんとか言ったらどうだ?」
「……」
「おーい!」
「……」
 パンドラの箱からの声が消えてしまいました。
「パンドラさん?」
「……」
「パンドラさぁんってばぁ?」
「……」
「おい! パンチラ!」
 ボコ! 無言のグーパンチ。
「あーあ、どうしよ……」
 途方に暮れている、というかもはや諦めきってボーっとしているヨセフどん。すると先ほどとは違う声がパンチラの……違った……パンドラの箱から聞こえてきました。
「ねぇねぇ。僕も出してよ!」
「ふん。声色を変えたってもう騙されないもんね!」
「いいじゃん。騙されたと思って出してよ」
「人はそう言われて本当に騙されるんだよ」
「そんなこと言わないでさ。さっき出払っていった負の感情を拭い去ることはできないけど、モクモクを吹き払うことくらいはできるよ」
「だいいち、お前誰なんだよ?」
「本名は "希望"。 ニックネームは ”期待”。ペンネームは ”未来”。ハンドルネームは……」
「わかったわかった。もうどうでもいいや」
 再び蓋をあけるヨセフどん。すると箱から一陣の風が飛び出し、あっという間に世界中のモクモクを吹き払ってしまいました。
「これでもう安心。嫉妬しても耐えることができます。疑う事はあっても、信じる心も持っています。嘘を言われても、見破る目をもっています。欲望に負けそうでも、勝とうとする意志があります。悲しみに沈んでも、次への希望があります。後悔の念を抱いても、明日という未来があります。とにかくまぁ……そういうこと。それでは……ドロン!」
 モクモクの消えた家の中。ヨセフどんは窓から身を乗り出しました。そして上を見上げます。
 眩しいほどに青い青い空が見えました。でももうヨセフどんには空が落ちてくるという恐怖はありません。恐怖に打ち勝つための希望に燃えているからです。
 そうです。希望に燃えるヨセフどん。
「そうか。こうしてメラメラと燃えているうちに行ってみよう!」
 ということで希望に燃えるヨセフどんは再度「みひろFINAL 最後で最高のイカセ技、全部見せます」を借りにツタヤに向かいました。
 ツタヤに向かう道すがら、希望に燃えながら再び空を見上げるヨセフどん。
 そこにはやはり眩しいほどに青い青い空が見えました……そしてそれはニュニュニュと少しずつ落ちているのでした……ウフフ。

メンテ
リライト作品 夜想曲 (原作:紅月 セイルさん『黒猫夜想曲-BlackCatNocturne-』) ( No.12 )
   
日時: 2011/02/14 00:58
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 原作がきちんとした完結した世界を持っているので、リライトが難しかったです。
 結局は原作とほとんど変わらない内容になってしまいました。

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 夜想曲 (原作:紅月 セイルさん『黒猫夜想曲-BlackCatNocturne-』)



 ボクが真子さんとの同居を始めた夜もこんな感じだった。お月様の佇まいは柔らかい外套のようで、そんな月光の回りに群がってくる無数の星々は、両手ですくい上げたくなるほどにせわしなかった。夜風がボクの体をフワリと撫でていくと、その夜風を追いかけてこの静かな夜に飛び込んでいきたくなる。もちろん、飛び込んだりはしない。今宵は真子さんのそばにいるべき夜であり、そんな夜にボクと真子さんは同居を始めたんだ。
「クロー? あ、いたいた」
 振り返るとそこには淡い桃色のパジャマに身を包んだ女性。お風呂上がりなのか、肩まで伸びた栗色の髪はまだ少し濡れて光沢があり、頬は薄紅色に上気している。首にかけたバスタオルでその薄紅色の頬を撫でながら近づいてくる。これがボクの恋する人であり唯一の同居人でもある真子さんだ。
「寒くないの?」
 そう言いながらボクのいるベランダに出てくる。
「きゃ……。さ、寒い!!」
 それはそうだろう。もう十月も終わるころ。晩秋というよりは初冬に近い夜風は、お風呂上がりの肌には余計に辛いに違いない。
 心配して一鳴きしてみると、「あはは、平気だよ! 平気、平気!」とにこやかに笑ってボクの横に座った。と、思ったら「あっ! そうだ!」とすぐに立ち上がり部屋に戻っていく。相も変わらず忙しい人だ。まぁ、退屈しなくていいし、そんなところが好きなんだよね。
「ただいまぁ。はい、クロ、これ」
 しばらくしてベランダに戻ってきた真子さんの手には、湯気が昇るマグカップとボクの水飲み用容器があった。その容器を真子さんは朗らかに笑ってボクの前に置いた。
 はて、なんだろう。ボクの容器には、いつもは鏡のように透明な液体が入っているのに、今夜それを満たしていたのは真っ白な液体だった。
「ホットミルクだよ。もちろん温めのね」
 ホットミルク……初めてだ。少し手で掬ってみる。
「温度は大丈夫だよ。ちゃんとクロが飲めるくらいにしたから」
 なるほど。確かに温めだ。
「さ、さっ、ぐいっと」
 いやいや、ぐいっとって……。さすがにそれはできないですよ、真子さん。
 顔を近づけて、おそるおそる一舐めしてみる……暖かくて、ちょっと甘くて、優しい味がする……おいしい!
 あとはもう夢中でペロペロと舐めはじめる。そんなボクを見て真子さんもホットミルクの入ったマグカップを仰いだ。
「……ぷはぁっ。いいねぇ~、温まるねぇ、クロ」
 ……うんうん。温まる。とてもとても温まるよ、真子さん。
 それはそれは心地の良いノクターンであった。

メンテ
リライト作品 薄墨色の歌 (原作:弥田さん『歌と小人_』) ( No.13 )
   
日時: 2011/02/14 00:59
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 原作が持っている雰囲気に共感できる部分が多々ありました。
 なのに中途半端なリライトになってしまいました。

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 薄墨色の歌 (原作:弥田さん『歌と小人_』)



 緑のこびとに出会ったのは夜の帰り道、めまいがしそうなほど広い田んぼの中を通る、一本の田舎のあぜ道でのことでした。林檎のような丸いお月様が、わたしを蒼く照らし出す、酔ってしまいそうなほどに幻想的な夜でした。妙に心が弾むようで、それでいてなんだか無性に寂しい、心に変なもやがかかってしまって自分の気持ちがよくわからない、そんな夜でした。
「そこのお嬢さん」
 暗がりから飛び出してきたその緑のこびとの第一声です。
「歌いたいのかい?」
 その緑のこびとは頭のてっぺんが、わたしの腰の高さまでしかありませんでした。
「ねぇねぇ、どうなんだい? 歌いたいのかい?」
 それは質問ではなく、自信に満ちた、強く念を押すような語りかけでした。緑のこびとは言葉を続けます。
「歌いたいんだろう? 答えなくてもわかっているさ。お嬢さんは歌いたがっているんだよね。ぼくは緑のこびとだからさ。それくらいお見通しなんだよ」
 まるで急流のような早口でそれだけ言い終わると、ゆったりとした、今までに見たことのない踊りを始めました。ゆっくりと、ゆっくりと、両手で大きな円を描きます。両足で小刻みに拍子を取っているんだけど、体は全く上下に揺れていない、まるで空中に浮かんでいるような踊りでした。そんな緑のこびとの踊りを見ていると、わたしの胸のあたりが、わたしの体から切り離されて、まるで緑のこびとと一緒に空中を舞っているような感覚に襲われ始めました。
「さあ、歌いたいんだろう?」緑のこびとが再び訊ねてきます。いや、それはむしろ歌を歌うための合図のように思えました。
 ……そうなのかもしれない。緑のこびとの言うとおり、わたしは歌いたいのかもしれない。いやわたしは歌いたいんだ。
 わたしは深く息を吸い込み、もう少しで空中に霧散しそうになったわたしの胸のあたりの感覚を取り戻すと、今度はわたしが緑のこびとに訊ねました。
「ねえ、緑のこびとさん。それはなんという踊りなの?」
「月の踊りだよ。さあ、お嬢さん。早く歌いなよ。歌詞がわからなくても、節を知らなくても、どうってことないんだよ。思いつくまま気の向くままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだし」
 歌いたい。歌いたい。わたしはこんなにも歌を歌いたかったんだと、自分でもびっくりするくらいにそのことに気が付いたのです。だけど、何を歌えばいいのでしょう。一番好きな流行り歌にしましょうか。それとも学校で教えてくださったお歌にしましょうか。なかなか決めることができません。いえ、決められないのではなく、歌を歌いたいのに、歌いたい歌がないのです。なんというもどかしさ。このままでは、わたしの中の何かが荒れ狂ってしまいそうです。たとえようもない波にさらわれてしまいそうです。そんな何とも言えない感覚に襲われます。それは今までに味わったことのない焦りと恐怖でした。歌を歌いたいのに、歌いたい歌がないなんて……。
 緑のこびとはそんな焦りと恐怖に駆られているわたしを踊りながら無表情に見つめていましたが、ふいに不敵な笑顔を見せるとこう提案してきました。
「歌いたい歌がないのなら、お嬢さん自身が歌になればいいんだよ」
 一体どういうことでしょう。わたし自身が歌になるとは。わたしのことを歌えばいいのでしょうか。それともわたしが歌に変身するべきなのでしょうか。
「さあ、思いついた詞を歌ってごらん。思いついた旋律を歌ってごらん。何も考えず、何も心配せず」
 そう言われてわたしはやってみました。大きく息を吸い、頭の中を一度空っぽにして、そうして思いついた詞を、思いついた旋律にのせ、ゆっくりと歌い始めました。
 先の詞なんて心配することはない。前後のつながりなんて気にすることはない。一言一言、一文字一文字を大切に旋律にのせて。歌う。歌う。歌い続ける。あぁ、いい気持ち。とてもいい気持ち。なんていい気持ちなんだろう。わたしの中にあった焦りと恐怖が、荒れ狂ってしまいそうになった何かが、詞とともに、旋律とともにわたしの体の中から流れ出ていきます。
「なかなかいいじゃないか、お嬢さん」
 流れ出ていく感覚と入れ替わるように、これまた今までに味わったことのない不可思議な感覚が、胸を中心にして体中に拡散していきます。いえ、そうではありません。感覚ではなく、わたし自身が拡散しているのです。わたしの手が足が体が、林檎のような丸いお月様に蒼く照らし出された夜のしじまに拡散していくのです。それは肉体の消滅です。それは精神の消滅です。そしてそれは存在の消滅です。それでも恐怖は全くありません。拡散していく存在に反して、歌が高く高く澄んでいくのがわかります。さぁ、もっともっと冴えわたるがいい! あのすまし顔のお月様に届くくらい、高く高く、もっと高く、ずたずたに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 緑のこびとはわたしの歌に合わせて踊っています。わたしは歌の拍子をどんどんと速くしていきます。緑のこびともそれに合わせてどんどんと踊りを速めていきます。もはやそこには緑のこびとはいません。わたし自身もいません。そこにいるのは「踊り」と「歌」だけなのです。
 いまや月光ですら、わたしたちを照らし出すことはできません。緑のこびとは踊りとなり、わたしは薄墨色の歌になったのです。
 蒼く明るい満月の夜。わたしは緑のこびとと共に世界を祝福します。わたし自身の旋律となり、緑のこびとの踊りの周りを舞います。もっともっと高く透きとおって。もっともっと鋭くなって。みんなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してさしあげます。
 林檎のような丸いお月様が、冷たく地上を照らしていました。

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リライト作品 チャボ (原作:とりさとさん『月を踏む』) ( No.14 )
   
日時: 2011/02/14 01:01
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 どうリライトしようか迷った作品です。
 結局は時勢をいじって、ちょっと気になった箇所を直したくらいしかできませんでした。

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チャボ (原作:とりさとさん『月を踏む』)



 チャボは、月が好きだ。

 この世界で月という存在は、夜空という天蓋に穿たれた唯一の穴だった。この世界の大地は一枚岩でできており、そこに半球の蓋をかぶせるように空があった。世界の果てには真っ暗な空と同じ壁があり、決して傷つけることは叶わない。この広い広い世界は、そうやって完結していた。
 ただ、その世界から抜け出すことができる穴がある。それが月だ。天上で終始輝く月は、世界にぽっかり空いた穴である。閉じられた世界から、動かず欠けることなどない丸い月を抜けると楽園が広がっていると信じられ、この世界の住人はそこにたどり着く事を望みとしていた。 
 チャボとて例外ではなく、だからチャボは、月が好きだ。

 小鬼のチャボがこの世界にひとり放り出されたのは、チャボが生まれて三日目のことだった。わずか三日でチャボの母親は先立ってしまったのだ。
 チャボの身体のほとんどは土くれでできており、そこに木の葉が練りこまれることで動いていた。チャボの母親が自分の死期を察して造られたのがチャボであり、チャボは造られた瞬間から母親の記憶と知識を受け継いでいた。元来、小鬼とはそういうものだった。ただ、チャボはチャボであって母親ではなかった。これまで連綿と受け継がれているどの小鬼でもなく、強いて言えば、その総体がチャボであった。

 丸い月を抜けて楽園にたどり着くこと。それはチャボの望みでもあり、いままでのすべての小鬼の望みでもあった。そしてそれは小鬼だけの望みではなく、この世界に生きるものすべての原初に刻まれた本能であった。月を抜ければ楽園がある。それは動かず欠けることなどない丸い月の存在と同じくらいに揺らぎのないことだった。しかし小鬼の寿命は短い。何世代も続いた小鬼の歴史においても、結局は月にたどり着くことは叶わなかった。チャボは月に行くことをとうに諦め、代わりに純粋な憧憬の想いを月の向こうに向けていた。

 チャボは、平原にたった一本生えている木に住んでいた。家族もおらず、仲間のひとりもいなかった。淡い月光に身をまかせながら、何をするでもなくぼんやり過ごしていた。仲間を増やそうと思えば、茂っている葉っぱの分だけ増やせるのだけれど、チャボにそんな気は起らなかった。母親のように、死期を悟っても自分の記憶を受け継がせる器をつくらないだろうということも半ば確信していた。チャボは一人生き、一人死のうと決めていた。チャボが死んだ時は小鬼という種族が滅びる時だったが、それで構わないとチャボは月を見上げて達観していた。

 チャボより十代ほど昔の小鬼が、偶然出会った人間からその種族が月を抜ける手段を手に入れたと聞いていた。たまさかここを通りかかったその人間は、全身で月光を反射させ、ぴかぴかと輝く顔で「もうすぐ私たちは月を抜けられる」と嬉しそうに語っていた。後日、遠く離れた場所から先のとがった筒型のものが何本も月に向かって打ち上げられ、空の抜け道を通り過ぎて行ったのを目撃していた。
 受け継いだその記憶から、チャボは人間という種族は月を越えたのだろうと判断していた。もう人間はこの世界に存在しないと、そう思っていた。

 ある日、チャボは人間と出会った。人間なんてもう存在しないだろうと思っていたのでとても驚いた。その人間はチャボが持つ古い同族の記憶にある人間と違って、暗い印象を与えた。鈍く月光を反射させるその身体は、どことなくくすんで見えた。ぴかぴかと輝いていた顔にいたっては、どこか錆付いているようにすら見えた。
 チャボがどうしてここにいるのかと疑問をぶつけた。もうとっくに月を抜けたものだと思っていたと。すると人間は深い深いため息をついて、ぽつぽつと少しずつ語り始めた。

「月を抜けたころ、か。随分と昔の話だな。当時の私たちは喜んだ。月を抜けることがこの世界に生きるものの望みなんだからね。何人もの人間が月を抜けていくのを見て無邪気に心を躍らせた。自分の番はまだかと、待ちきれなくてうずうずしていた」
 そこまで話すと人間は一息いれた。チャボは先を急かすことはせず、ゆっくりと次の言葉を待った。
「ただその中でふと誰かが呟いたんだよ……誰一人として帰ってこないな、って」

 人間というのは、何か新しいもの、信じられないもの、とても愉快なもの、とても素晴らしいものに遭遇したら、誰かれ構わずに教えたくなる性を持つ生き物である。チャボの知識の中にもその情報は刷り込まれている。だから楽園にたどり着いたのであれば、誰かひとりくらいはその素晴らしさを伝えに帰ってくるはずである。たとえ多くの人間が楽園の生活に安住して、その性を蔑ろにしてしまったとしても、ひとりくらいは「教えたい」という欲求を抑えることができないはずだ。それなのに誰一人として帰ってこない……これは一体何を意味するのだろう……。

「多分それは、本当に純粋なただの疑念に過ぎなかったんだ。でもね。その一言は私たちの胸に波紋を投げかけた。私たちは盲信的に月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だって証拠はどこにあるんだい。分からないじゃないか」
 人間は悲しそうに首を振ると、続きを話し出した。
「向こうに何が待っているか、ちゃんと知ってから行きたいっていう人が増えてきた。涙ながらに、絶対に戻ってくると家族を残して調査にいった人もいた。どんな障害にでも立ち向かえるような装備を組んで、自信満々に飛んで行った人もいた。でも、誰一人として帰ってこなかったんだ。誰の一人も」

「そうすると、怖くなるじゃあないか。だんだんと変な噂が広まっていった。月を抜けたらそこは楽園だなんて、嘘っぱちなんじゃないか。あの向こうには、もしかしたら想像を絶するような地獄が待っているのかもしれない。月を抜けた人たちは、いまなおあそこで苦しんでいるんだ。そんな、噂だ」
「噂はどんどん広がって定着し、最終的にはそれが人間の常識になってしまったのさ。月を抜けたら最後、二度と帰ってくることのできない地獄が待っているってね。噂に過ぎなかったそれがいつしか真実となって、いまでは私たちは月に行くことはないんだ。本能がどんなにあそこに行きたいって叫んでもね」

 人間は語り終えると、金属の身体を動かして歩き去っていった。やはりどこか錆ているのか、足を動かすたびにぎしぎしと鳴る不協和音がもの悲しかった。人間と呼ばれる彼らは、かつては自分の整備に余念がなかったというのに。
 人間の語りを聞いても、チャボの月への憧憬は薄れることなく続いた。空の穴たる月から漏れる、青白い光に照らされた平原。そこに奇跡のように生えているひょろりとした木からチャボは世界を見て、月を見ていた。小鬼の一生ではどうあがいたところでたどり着けない場所だからこそ、人間とは違い一途に憧れることができた。
 月。
 チャボにとってみればやはりそれは生涯美しく、この世界で唯一の救いであり、無二の存在であり、果てなき想像を広げてくれる楽園への入り口だった。いつか月を抜け、その先にある世界を踏む。チャボは、そんな素晴らしい夢に身をゆだねた。
 だから、今でもチャボは、月が好きだ。

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リライト作品 祭囃子が聞こえる (原作:笹原さん『ひるがえる袖』) ( No.15 )
   
日時: 2011/02/14 01:02
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 詩に関しては全くわからないので、開き直ってリライトしたような感じです。
「仄めかし」を取り入れたつもりなんだけど、どうもうまくいっていないようです。

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 祭囃子が聞こえる (原作:笹原さん『ひるがえる袖』)



 あなたは気づいてくれたでしょうか
 うすむらさきの矢絣に
 包み隠したわたしの想い

 あなたは気づいてくれたでしょうか
 止んでくれるなお囃子と
 あなたと同じ心の祈り

 あなたは気づいてくれたでしょうか
 気持ちを託した簪は
 旅立つわたしの最後の証

 さようなら さようなら

 あの日の夜と同じように
 祭囃子が聞こえます
 あの日の夜と同じように
 祭囃子が聞こえます

 わたしが都についたとき
 それがほんとうのお別れ
 あなたは気づいていましたか?

 さようなら さようなら
 祭囃子が聞こえます

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リライト作品 大好き (原作:みーたんさん『タイトルなんて迷う』) ( No.16 )
   
日時: 2011/02/14 01:03
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 原作の持っている意図をどう読み取るのか迷いました。
 その結果、こんな中途半端な作品になってしまいました。

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 大好き (原作:みーたんさん『タイトルなんて迷う』)



 それで君はギターを弾いてロックスターを目指すのかい。
 サッカーボールを追いかけてスタジアムの大歓声を浴びるのかい。
 読書なんかして何を得ようとしているのかい。
 くだらないくだらないくだらないくだらないくだらない。

 え? そうじゃないんだよ、君の思っていることとは全然違うんだよ。
 死んでしまいたとか、人類なんか滅亡してしまえとか、そんな次元の話じゃないんだよ。
 生きるの死ぬの命がどうのなんてみみっちい話じゃないんだよ。
 人間の存在そのものがくだらないんだよ。
 今の人間、今の世界、今の現実、今の社会、今今今今今今今今今今今今、それがくだらないんだよ。
 みんなみんな周囲の目ばかり気にしているじゃないか。
 みんなみんな戸締りばかりを気にしているじゃないか。
 みんなみんな世間体ばかりを気にしているじゃないか。
 本音で生きようと言いながら建前で武装してるじゃないか。

 なんなんだよなんなんだよなんなんだよそれって。
 
 お芸術のお話をしましょうよ。

 猫の死体、あれは素晴らしかった。
 真っ白い猫。
 道路にあおむけに寝転んでいるんだ。
 お腹に桃色の内臓がむにゅっと飛び出しているんだ。
 後ろ足が不可能な方向に折れ曲がっているんだ。
 前足はどうだったかな……あったかな。
 見どころは目だよね、目。
 猫の目だよ目目目目目。
 閉じようとしないんだ。
 じっと一点を見つめているんだ。
 なかなかできることじゃないよ。
 不動の目だよ。
 そうそう君に鑑賞するさいの心構えを教えてあげよう。
 出来る限り想像するんだ。
 この猫が生きていたころの姿を。
 かわいらしいしぐさを。
 かわいらしい鳴き声を。
 かわいらしい寝顔を。
 想像できたかい。
 そしたらそれを忘れないうちに見るんだよ。
 不動の目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を目を。

 あれこそ命の芸術。
 生きとし生けるものの末路。
 現実だよ、これこそが現実だよ。
 嘘も建前も関係ない。
 そうだろ?
 死体はロックスターなんて目指さない
 死体はサッカー選手なんて目指さない
 死体は知識を得ようなんて目指さない
 嘘も建前も関係ない。
 世間体なんて絶対に気にしない。
 それがお芸術ってもんだろ。

 猫にだってできるのになんで人間にできないんだ?
 人間なんて嘘つきじゃないか。
 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき
 ばか。しね。

 君は何を思うの?
 明日も生きていたい?
 あの人とセックスしたい?
 あれがほしい?
 これもほしい?
 毎日が楽しい?
 平和でうれしい?
 ばかみたいだね。
 君はおかしいよ。
 死ねばいいのに。

 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死ねばいいのに
 君なんか死んでしまえよ
 君なんか死ねばいいのに

 そろそろ命のシンフォニーを奏でましょう
 今日は今日 明日は明日
 むなしく拍子を刻む心臓の鼓動
 きゅるきゅると悲鳴をあげる胃袋
 君の子宮も君の精巣も声をあげずに泣いている
 いいよ君 いいよ君たち いいよ人々

 最高じゃないか

 生き抜こう
 恥ずかしいけど
 生き抜こう
 残酷なことだけど
 生き抜こう
 一緒にがんばろう
 正気の沙汰じゃないよね
 うんうんうんうんうんうん
 わかっているよ

 だからさ

 ありがとうありがとう





Q:この社会は好きですか?
A:私がいる限り、大好き。愛おしい

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リライト作品 遠い子守唄 (原作:HALさん『歌う女』) ( No.17 )
   
日時: 2011/02/14 01:44
名前: 山田さん ID:44EMoiRA

 途中で力尽きてしまいました……ごめんなさい。
 もっともっと時間をかけてリライトしてみたい作品です。

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 遠い子守唄 (原作:HALさん『歌う女』)



 こんな寡黙な夜には、ぼくはいつもその静寂に思わず耳をそばだててしまう。彼女の歌声が聞こえてきそうな気がするから。もちろんそんなことはないのだけれど、それでも彼女の歌声が、夜のしじまの表面を波打ってくるのを待ち望んでしまう。彼女が消えた今、そんな習慣だけがぼくに残された。
 彼女が消えたのは、逝きそびれた蝉の鳴き声も沈黙を始めた初秋のころ。長くなりかけた影法師が、涼しげな風にゆらゆらと揺れるようになったかと思えば、はっと我に返ったかのように真夏に戻る。けれども水道の蛇口を捻ってみれば、指の間を流れる水は思いがけず冷たい。そんな季節の移ろいにふと気が付く朝のように、彼女の姿も、ふと気が付けば部屋から消えていた。

 彼女がぼくの部屋に居座るようになったのは、父方の祖母がひっそりと逝った去年の初夏、道一面に散らばった桜吹雪もきれいに片付き、初々しい若葉が顔をのぞかせ始めた葉桜の季節のことだった。
 祖母は聴唖者だった。耳は年相応以上にしっかり聞こえていたが、言葉を発することができなかった。先天的な発話障害ではなかったそうだが、祖母がいつ頃から言葉を失ったのか、どうして言葉を失うことになったのかは知らなかった。ぼくが物心ついた頃には、すでに祖母は言葉を失っていた。だからぼくは祖母の語り口はおろか、どんな声をしていたのかすら知らない。
 祖母はとても物静かなひとで、それはもちろん祖母の障害のせいということもあったのだけれども、それ以上に自分の意見を前面に押し出そうというところのない祖母の性格によるものだった。引っ込み思案というのではなく、大抵のことはすんなりと受け入れられる、器の大きさによるものだったと思う。
 祖母の方からどうしても何か伝えたいことがあれば、いつも持ち歩いていた広告の裏を綴じた帳面に、ちびた鉛筆を持って筆談をする。ちんまりとしてあまりきれいとはいえない、けれどひどく丁寧な字で、祖母はときおり短い言葉をつづった。
 幼い頃のぼくはお祖母ちゃんっ子で、物言わぬ祖母がどんな話にでもにこにこと笑って頷いてくれるのが嬉しく、何かあると楽しいことはもちろん、たとえ辛いことでも、まず祖母に話した。ときには学校で習ったばかりの歌を歌ってあげることもあった。そんなとき祖母はじっと目をつぶり、ぼくの歌の一節一節を愛おしく吟味してくれているようだった。帰宅すると、背中からランドセルを解放してあげるよりも前に、まずは祖母を探し、そのそばに駆け寄るのがぼくの日課だった。にもかかわらず、中学高校と大きくなるにつれて、祖母のもとに駆け寄る回数は減っていき、上京して仕事を始めるようになってからはずっと疎遠になってしまっていた。
 祖母の家から少し離れた都市部に新たに家を買った両親は、祖父亡きあと祖母に一人暮らしをさせていることに、かなり強い抵抗があった。両親は祖母に何度か新しい家での同居を持ちかけた。けれども、普段はめったに自分の意見を押し通そうとはしない祖母が、この持ちかけにはがんとして首を縦に振らなかった。知らない人ばかりの都会なんかに移るよりも、誰もが顔見知りで気安い田舎のほうがずっといいと、めずらしく強く主張するように、何度も何度も帳面に書いてみせた。うちの両親にしても、不慣れな生活を強いるよりも、そのほうが精神的に気楽だろうという思いがあったようだ。
 上京したぼくも、ふとした多忙の狭間に祖母を思い出しては、年老いた障害者の一人暮らしに不安を覚えたものだった。けれども故郷は遠く、申し訳ないことをしていると思いつつも、もう長いこと年に一度、盆と正月のどちらかに顔を見せるだけになっていた。
 そういう次第だから、ぼくは祖母の訃報を受けた時、まずなによりも先に罪悪感を覚えた。台所に倒れていた祖母を見つけたのは、たまに祖母の様子を窺ってくれていた、祖母の家の近所に住む親戚だった。両親はかろうじて死に目に間に合ったものの、ぼくは駆けつけようとする途中で、携帯電話越しに涙ぐむ母の声を聞いた。祖母がひとりで暮らしていた郷里の家で、通夜も葬儀も行うというので、ぼくはそのまま会社に電話を入れ、その足で帰省した。
 両親が病院に到着したころには、祖母は絶望的な状態だったそうだ。意識は全くなく、じっと目をつぶり、長いこと言葉を発することのできなかった唇を固く閉じ、あとは最後の時を迎えるだけの状態だったそうだ。そんな、長い年月言葉を失っていた祖母の唇が、天に召される直前にまるで何かを歌っているかのように、ゆっくりと力強く動いたそうだ。時間にして数秒だったそうだか、まるで誰かに歌いかけているかのような動きだったそうだ。その静かな歌が終わったと同時に、祖母は天に召された。享年八十歳。両親の話によれば、少しの苦しみもなく安らかに天に召されたとのこと。大往生と言ってよいと思う。

 祖母はぼくが病院へ到着するのをきっと待っていてくれたんだと思う。頑張って頑張って、それでも堪えきれなかったんだと思う。そんな祖母の遺影は、帰省するたびに眼にしていたのと同じ、穏やかな笑みを浮かべていた。そしてその笑みは、死に目にすら間に合わなかったぼくの罪悪感を洗い流してくれているようでもあった。
 それでも死に目に間に合わなかったことは、思った以上にぼくを悲しませた。それに、もっとまめに顔を見せるべきだったと、自責の念に苛まれたまま二日を郷里で過ごした。これ以上仕事に穴を開けることもできないので、両親に見送られたあと、東京に戻るためにバス停まで向かっているときだった。ぼくは後ろからついてくる、若い女性の姿に気が付いた。
 歩きながらちらりと振り返ってみたところでは、少し野暮ったい印象の格好だった。暗い色の服も、少し派手な化粧も、けして不恰好ではなかったものの、いまどきの若い女性の装いにしては、どこか時代遅れな感じがした。
 そのときは、その服装に違和感を覚えはしたけれど、あまり気にはしなかった。交通機関も限られた田舎のことだから、バス停まで行く道が誰かと重なったところで何の不思議もない。
 けれどバスに乗って駅に到着し、三両しかない電車に乗り、乗り換えのための駅で降り、改札を出たときに、ぼくはまた同じ女性の顔をホームで見た。
 その瞬間は、偶然かとも思ったが、電車を乗り換えて、一人暮らしをしているアパートの最寄り駅を降りたところで、ぼくのあとに続いて彼女が降りてきたときには、偶然だの気のせいだのという考えは頭から飛んでいた。女性に後をつけられるような覚えはないつもりだったが、どう考えても、はるばる郷里からぼくを追いかけてきたとしか思えない。
「何か」
 思い切って彼女に話しかけると、その女性は驚くようすも、怯むようすもなく、ただにっこりと微笑んで、小首を傾げた。十代の終わりか、二十代の前半か、それくらいの年頃に見えるが、その割にはどこかあどけないような、夢見るような表情だった。
 あまりに彼女が平然としているので、実はぼくの単なる思い違いで、よく似た別の女性だったのか、それとも本当にたまたま同じ道行きになっただけなのかと思えて、「失礼」と会釈をして元通り、家路に着いた。
 ところが、女性はいつまでもあとをついてくる。もの問いたげな視線を何度となく向けてみても、目が合うたびににっこりと笑うばかりで、彼女はやはり、ぼくの数歩後をのんびりと歩き続ける。
 そうこうするうちに、とうとうアパートの前に着いてしまった。彼女は、さもそれが当然のことだというようにそこにいた。ぼくは階段を上がり三階にある部屋の前までやってきた。彼女もぼくについて上がってきた。ぼくは立ち止まり、振り返って彼女を睨みつけたけれども、それでもやはり彼女は笑顔のままで、何の気負いもなく、のんびりと歩み寄ってきた。そうして、またもやさもそれが当然のことだというように、ぼくの部屋のドアノブに手をかけようとする。
 鍵がかかっているのだからドアが開くはずもなかったが、ぼくはとっさに、「ちょっと」と声を上げて、彼女の腕をつかもうとした。
 その指が、するりとすり抜けた。
 背筋をいやな寒気が駆け上った。何の感触もなかった、というわけではない。指がそこを通過したその瞬間、靄のような湿った、冷えた手触りがあった。
 ぼくは怯えながらもまじまじと彼女を見下ろした。間近で見る袖からのぞくその腕はひどく白く、若く見えるわりには張りが殆どないのが見て取れた。そして手の甲にある小さな黒子や、その上に並ぶやわらかな色の薄い産毛まで、くっきりとこの眼に見えた。彼女の腕はきちんとそこにあるのだ。
 それなのに、つかむことができなかった。
 彼女は首を傾げると、狼狽えているぼくから眼を逸らし、なんなくドアノブを捻って、ぼくの部屋に上がりこんでいった。そして、スチール製のドアの向こうに彼女の姿が隠れると、音を立てて鉄扉が閉まった。鍵をかけ忘れていたのかと、そんな日常的なことに思いが及んだところで、ようやくぼくの体は動いた。
 けれども慌ててドアノブを捻ると、鍵のかかった確かな手ごたえが返ってくる。
 思わずよろけて後ずさると、手すりが背中にあたった。独身者くらいしか住まないこの安アパートは、廊下も階段も手すりが低く、もう少しぼくの足取りがたしかだったなら、真っ逆さまに転落しようかというところだった。結果的には、最初から腰砕けだったのが幸いして、汚い廊下に座り込むだけですんだのだけれど。
 どうにか立ち上がって、震える手で鍵を差し込み、ドアを開くと、物の少ない見慣れたワンルームの隅に、当然のような顔をして彼女がくつろいでいた。

 幽霊らしいその女は、何をするわけでもなかったが、低めのかすれた声でよく歌をうたった。
 それは古い歌謡曲であったり、懐かしい感じのする童謡であったりした。彼女が歌うと、どんな曲も気だるげでしっとりとした調子に聞こえた。
 最初のうちこそ、怯えて近所のホテルに泊まったり、何らかの用事をでっち上げて友人の家に上り込んだりもしていたが、十日も経過したころには、彼女が歌う以外に何も害のないらしいことを、ようやく飲み込んだ。
 それから、彼女との奇妙な同居が始まった。
 幽霊にしては祟るでもなく恨み言をいうでもない彼女は、ただぼくの部屋の何も置いてはいない片隅を占拠して、気まぐれに歌ったり、ぼくがなんとなく点けているテレビを興味深そうに眺めたりしていた。かといって、話しかけてもにこにことしているだけで、返事が返ってくるでもない。食事もせず、それ故かトイレに立つこともせず、ただただ部屋の片隅に存在した。
 彼女は、驚くほどたくさんの歌を知っていた。毎日、違う歌が部屋に流れた。残業に疲れて深夜に帰った夜などは、彼女の気だるげな歌声がひどく胸に沁みるような思いがした。ぼくがときどき我を忘れて熱心な拍手を送ると、彼女は幼い少女のように無邪気に微笑んで、優雅な礼をしてみせるのだった。
 何を思ってぼくについてきてしまったのかわからないけれども、ただ歌うだけの何の害もない幽霊だ。そうは思うものの、仕事の波がふっと途切れて、職場の喫煙スペースで煙草を吸っているときなどには、「一体何をたくらんでいるのだろう」と疑心暗鬼に陥ることもあった。この世に何かしらの未練があるからこそ幽霊としてこの世に戻ってきたのだろうし、それならば何をしたっておかしくない。そのうちにとり憑かれて、殺されてしまうことだってありうる話だ。
 かといって、誰にか相談できる事柄でもない。霊感なんて多分ありもしないぼくに、あれだけ鮮明に眼に見える幽霊なのだから、きっと他者にも見えるのだろうけれども、「過労でどこかいかれちゃったか?」と精神科の治療を勧められる可能性は充分にあるし、それは本望ではない。それに、もしそんな治療を受けた結果、彼女の歌声が聞こえなくなってしまったなら、それはそれでとても惜しいような気がした。いつの間にか、彼女の歌声はぼくの生活の一部になっていたようだ。

 やがて夏が過ぎ去り、残暑に悩まされる日中と涼しい明け方の落差に戸惑うような、そんな頃のことだった。
 それまでご機嫌に、古い歌謡曲や童謡ばかりうたっていた彼女が、ある日、目を細めて懐かしそうに子守唄を歌い始めた。それまではどこか気だるくもの哀しい歌が多かったのに、その子守歌だけはひどく温かい調子で、本当に幼い子どもに聴かせてでもいるかのような、優しさに満ちていた。曲名も知らないけれど、いつかどこかで聴いた覚えがある歌だ。遠い遠い、どこか記憶の、意識の奥深くに大切にしまいこんでいた歌だ。一体、どこで聴いたんだろう。
 その歌を聴いているうちに、ぼくはだんだんといい気持ちになってきた。どうやら眠りに就こうとしているらしい。どんどん薄れていく意識と入れ替わるように、遠くから、本当に遠くから子守唄がぼくに近づいてくるのがわかった。やがて子守唄はぼくの意識全体をすっぽりと包みこんだ。とても暖かい。とても柔らかい。
 そして、あと一歩で完全な眠りに就く刹那、何故そう思ったのか自分でも不思議だったが、こう思ったことを今でも鮮明に覚えている。

「間に合ったよ、おばあちゃん」

 どれくらい眠っていたのかわからなかった。ふと目が覚めると、部屋の中はまだ暗く、夜空がまだそこに居座っている様子だった。枕が濡れていた。きっとぼくの流した涙の跡だろう。電気を点けようとしたがやめた。点けなくてもぼくにはわかった。
 彼女は消えてしまったと。

 随分とあとになって、父からこんな話を聞いた。
 祖母が言葉を失ったのは、ぼくが生まれて一年ほどしてからだったとのこと。たちの悪い腫瘍にやられて、喉の手術をしたのが原因だったそうだ。
 祖父と出会い結婚をするまで、祖母は酒場で歌をうたっていたのだそうだ。本当にたくさんの歌を知っていたらしい。
 そして、ぼくがまだ言葉もしゃべれず、やっと這い這いができたころまでは、よく祖母の子守唄で眠りについていたそうだ。もちろん、その頃の記憶は全く残ってはいないのだが、ごくたまにどこか遠い遠い意識の奥から囁くように聞こえてくる歌がある。そして、それこそは忘却の彼方に置き忘れてきた祖母の子守唄なのではないか、と思えてくるのだ。

メンテ
リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その1 ( No.18 )
   
日時: 2011/02/14 01:08
名前: 水樹 ID:e1Dp.YVY

恥ずかしながら、先週、見事にフライングした作品です。
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 夕暮れの帰り道、田舎のあぜ道。鮮やかなオレンジ色も消え失せようとしている。あたりは薄暗い。
 子供達も家に帰ったのだろう、人の姿が全く見えない、いつもの道なのに眩暈がする。なぜこんな感覚が起こるのだろうと、広い田んぼの中、ふと見上げると、月が、りんごのように丸い月が、堕ちて行く太陽をあざ笑うかのように、わたしを蒼く照らす。全てを蒼に染めている。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。この場にあった歌を口ずさもうとするが、心に靄がかかって出て来ない。こんな気持ちは初めてだった。
「ちょいと、そこの嬢ちゃん」
 と声が聞こえた。
 見渡すも田んぼ、何も誰もいない。身震いし、気のせいだろうと早足で家を目指す。正面の月を追う私。
「嬢ちゃん、何も怖がる事はねぇぜ」
 今度は背後からはっきりと声が聞こえた。同時に腕を掴まれる。私の動作は止まった。振り返るが何もいない、良く見ると、私の影に隠れている何かがいたのだった。
 頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。全身緑色のこびと? が腕を掴んでいる。
「歌いたいのかい?」
 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとは言葉を続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるってなもんさ。嬢ちゃんは歌いたがっている。あっしは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだぜい」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ?
 ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。
「この踊りはなんていうの?」
「月の踊りを見るのは初めてかい? 一から説明するのも面倒だ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。
 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。
 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかやるじゃねえか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。
 みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
「嬢ちゃん、ありがとよ」
 こびとの声で我に帰る。はて? ここは一体どこだろう。私は家に帰っていたはずなのに。
 風も無いのに波打つ草が膝をくすぐる。瑞々しい草は血に染まったように紅かった。どこをどう見ても、見た事もない世界が広がっている。不安を伴う脈打つ鼓動、動悸が治まらない。無意識に鼻息が荒くなる。紅の先には翠、蒼、漆黒、白銀。あたかも四季が織り混じり、色彩も、何もかもが自由に、不安定に存在していた。私だけが場違いに存在している。
 もう元の世界には戻れないと諦める、そう悟る。私はここの世界の住人になってしまった。
 涙で回りの全て、輪郭がぼやけて見える。
 泣いた所でと、顔をあげる。ふと目に付いたのは月。
 いつも目にした唯一変わらぬ月、りんごのようにまるい月は、嘲笑にも似た、冷たい蒼い光で、私を照らしている。



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出来るだけ弥田様の世界観を残し、最初と最後を少し手直しさせていただきました。
その2は続編ではなく、好き勝手にリライトしようと、思っていたりしています。

メンテ
ありがとうございました……!! ( No.19 )
   
日時: 2011/02/14 01:44
名前: 弥田 ID:weDJxDdk

>山田さん
なるほど! と思いました。
なんというか、ぼくが誤魔化したり、上手く書けないまま放置したりした部分がちゃんと書かれていて、こう書けばいいのか、とすごく勉強になりました。
ありがとうございました。

>水樹さん
オチの不思議な世界観が好きすぎて夜も眠れませんでした。
その2がどうなってしまうのか、今からワクワクしています。
眠れない夜はまだ続きそうです。楽しみに待たせて頂きます。
ありがとうございました。

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『おーい』/リライト 『月を踏む』 ( No.5 )とりさとさん ( No.20 )
   
日時: 2011/02/14 03:42
名前: 星野田 ID:.6nuytUk

 さてはて、今宵は何を謳いましょうか。ある口伝えによりますと、夜の伯爵が東から西へと駆けていき、翻ったマントが太陽の光を遮るために大地は暗闇で追われるのだそうです。伯爵は歴戦の戦士であり、激戦をくぐり抜けたマントは継ぎ接ぎだらけ。細かいほつれから漏れ出す空の光が星々という訳です。さて、この伝承に従うと、夜の伯爵のマントには一等大きな穴がひとつありますね。そう、お月様がそれでございます。有史以来、我々を惹きつけてきた美しき月。我々だけではなく、鳥も、獣も、魚も、精霊も、夜の闇にぽっかりと穴を開ける月を見上げ、ほうとため息をつき、恋焦がれるようなあこがれをいだいてきたのでございます。
 お集まりの紳士淑女の皆様がご存知の通り、野山には小鬼というものがございます。南の山に住むチャボは、博物学者が『鶏』と分類する小鬼でございました。身体は大体が土くれでで、そこに木の葉っぱが練りこまれることで動いているという、誠に精霊とは不可思議なものでございます。小鬼の母は土からわが子を作り、己の記憶を子に写します。その母は、さらにその母から記憶を受け継ぎ、というように、小鬼は原子の母より連綿と記憶を伝え続けておりました。かといって、チャボは母やその母と同じ存在ではなく、チャボはチャボとして存在し、チャボの考えは母のものとは違うチャボ特有の考えであったのです。
 小鬼のほとんどがそうであるように、チャボも月を愛しておりました。月に行くことが、小鬼たちの宿願であると、博物学者たちは口を揃えて言うのでございます。彼らの分析通り、ああ愚かかな、翼のある小鬼は浮かぶ月を目指し羽ばたき、そうでない小鬼は水面の月をめざして身を空に投げ出し、ある小鬼は水平線に半分だけ顔を出した月を目指し海の彼方を目指して泳いでいくのです。しかしチャボは『鶏』でありまして、空を飛ぶ翼も、大地を駆ける脚も、波を叩くためのヒレもございませんでした。
 さて話はかわりますが、皆様はロビンクック船長をご存知でしょう。月を目指してロケットを飛ばし、ついぞ帰ってこなかった男でございます。地上から望遠鏡を覗いても、月に船長の影は見えません。さて今頃は月の向こうにある楽園でどうしているのか。私たちは盲信的に月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だって証拠はどこにあるのだろう。やはり月の向こうの伝説なんて狂言で、ロビンクック船長とその船員は、伯爵のマントに引っかかり星々のひとつになってしまったのか。船員の残された家族は、夫や息子をそそのかした船長と月をどれほど憎んだことでしょう。
 我々がかつて抱いた月の向こうへと熱狂も、いまでは昨日見た夢。もはやどんな冒険家も、月に行こうとは考えません。しかし、ああ無邪気な小鬼たちはまだ月の向こうに憧れているのでございます。
 しかし、小鬼とっても月への憧れは彼らを殺す毒でありました。土でできた小鬼たち。空を目指した小鬼はやがて乾燥し砂となり、水に入った小鬼たちは泥となり海に溶けてしまいました。ああ翼も、脚もヒレも持たぬチャボ。チャボはいつまでも月へたどり着けぬでしょう。だからこそ世界でただチャボにだけ、月は永遠に美しいものであり続けるのです。

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雰囲気を残そう残そうと思って書きました。
設定を全然生かせなかった……

メンテ
あまりある言葉/リライト「歌と小人」 ( No.4 )弥田さん ( No.21 )
   
日時: 2011/02/14 04:48
名前: 星野田 ID:.6nuytUk

 こんにちは! 私は弥田月子といいます。可愛い中学生です。身長はりんご十二個分くらいでしょうか。体重がりんごいくつ分なのかは秘密です。こういうふうに自己紹介をしますと、なんだか私の機嫌がいいような印象を与えるかも知れませんが、それは違います。むしろ機嫌は悪いです。最悪です。サイアークです。というのも、お母さんに人参とじゃがいもを買って来いと言われて、ルンルンした気分で買い物に言ったのに、夕飯はカレーではくて肉じゃがだったからです。なんで肉じゃがだったの? 肉じゃがにするんなら、どうしてりんごも一緒に買わせたのです? 私はてっきりりんごが入ったカレーという、自家製バーモンドカレーを予期していたのに。りんごは明日ウサギさんになって私のお弁当に入るそうです。いまどきの女子中学生がそんなもので黄色い悲鳴をあげると思うなよ。肉じゃがなんて、料理を習い始めた中学生でも作れるような初等料理ではないですか。一方、カレーはちがいます。どう違うのか、ここで語ってもいいのですが、そうすると紙面が足りなくなるのは目に見えているのでやめておきましょう。
 ともかく、気分を害した私が、夕飯が終わってから家出をしたと考えてください。真っ暗な道は、怖くないんだよ。
「そこのお嬢ちゃん」
 まあ。こんな夜遅くに可愛い中学生に声を駆けてくるだなんて、怪しいおじさんか緑の小人以外に考えられません。運のいいことに声の主はおじさんではなく、緑の小人でした。頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。だいたいりんご七個分ですね。つまり私の頭から腰までと、腰から靴までの比率は五対七くらい。私は暗算が得意なのです。それにちょっと私って、スタイルよくありませんか?
「歌いたいんだろう?」
 緑の小人は言いました。そんな、唐突な。でも小人はいつだって唐突です。私は小人にりんごを差し出しました。明日うさぎになる運命のりんごです。でも小人は首を振って「そうじゃないだろう」と言いました。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている」
「そんなの決め付けです」
 決め付けはよくありません。人参とじゃがいもを買ったからって、今夜はカレーだとは限らないのです。私は今日それを学びました。
「ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 それから小人は踊り始めました。ポロンポロロンずんたった。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。たとえば黒猫のタンゴとかどうでしょう。CMソングは、世代を超えて誰でも乗ってこられるので、ファミリーでカラオケをトゥギャザーするときに盛り上がります。何が盛り上がるか、なんてことを考えながらカラオケの本をめくり曲を探っている時って背中がざわざわしますよね。ああ言うとき、私は歌いたい曲を歌っているのではなく、その場が求めている歌を歌わされているのかも知れません。歌うって自由なんでしょうか。歌えば支配から卒業できるなんて本当なのでしょうか。アイラビューが言いたくて言っているのではなく、歌詞にあるから読みあげているだけなのではないでしょうか。カラオケの語源は「空っぽのオーケストラ」。そういう事を含めて、小人はお見通しなのかも知れません。
 小人の踊りはめちゃくちゃで、なんていうか、とても自由そうに見えました。
「ねえ、その踊りはなんて言うの」
「名前なんてないよ。しいて言えば月の踊りかな。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 そうでしょうか。ご近所さんが見ているかも知れません。写真に取られて、来週の特報王国に『怪奇!月夜に小人と踊る中学生(りんご十二個分)』とかいうタイトルで投稿されるかも知れません。そんなのごめんです。私は今夜カレーだと思っていたらいつの間にか肉じゃがだった、何を言っているのか分からねーと思うが、私にも分からない。そんな気分でちょっと夜のミッドタウンを散歩しに出かけただけなのです。なのに翌週テレビで報道されてたらますますワケが分からねーじゃないですか。ドゥーユーアンダスタン?
「私はマイクがないと歌わないことにしてるの」
「嬢ちゃん。なかなかわかってるじゃねえか」
 小人は胸ポケットからカラオケマイクを取り出しました。
「さあ、シャウトしな。お前の翼を羽ばたいて見せな!!」
 そこまで言われて歌わないのは、流儀に反します。私の美声に夜が昼になっても、後悔するなよ。私は歌いました。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! カレーじゃなくてもいいじゃない。肉じゃがもカレーも、人参とじゃがいもが入っているという点で何も変わらない。そもそも構成原子がせいぜい水素と炭素と窒素と硫黄と言う点で、どんな食べ物も変わらないのです。肉も、野菜も同じ原子から出来ている。私たちも、ブロック塀も、木も山も月も星も。そう考えると
身体の中からもやもやが抜けていきました。明日はカキフライが食べたいだなんて思っていたけど、どうでもいいじゃないそんなこと。梅干しとうなぎの食合せなんてどうでもいいじゃない。
 するとどんどん、私が歌っているのか、歌っているのが私なのか分からなくなってきました。ソビエトロシアでは歌が私を歌う!! みたいな。そういえばせっかくの綺麗な月夜なのに、月の描写を全くしていませんでした。とても綺麗な月です。りんご四個分綺麗です。いえ、そもそも美しさを数値化する必要はあるのでしょうか。数値化って大切なのでしょうか。心が割り切れないように、美しさも割り切れないのです。割り切れないということは余りがあるということ。美しいものには余りがあるのです。余りある美しさってそういうことなのね。ああ月の描写でした。ええっと、月面でうさぎがぺったんぺったんお餅を突いています。これは月と突きを掛けた古代人の隠したダジャレでしょう。そのうさぎのついた餅が地上に降り注いでいるかのような、純白の光が私と小人を照らしていました。。
 小人の踊りが私の歌を引き出します。私の歌が小人の踊りを誘います。踊りが先か、歌が先か。まあ、小人から先に踊りだしたという事実を突き合わせれば、答えは自ずと導かれますが。ともかく、この疾走感。チーズフォンデュのなかからエッジのきいたブロッコリーが飛び出してきた!!みたいな感覚でしょうか。悪くありません。
「HEY!!いいぜいいぜ!のってきたぜ!歌え歌え」
 緑の小人が私を調子に乗せました。私の歌は小人と一緒にホップステップジグサクダンシングってかんじで、月光をズタズタに引き裂き、コンクリートをチーズにして、特報王国への投稿を狙うカメラ小僧をずんだ餅にしました。いまのは私一流の比喩表現です。ずんだずずんだずんだ餅。東北のリズム天国度合いをなめてはいけません。小人のリズムと私の歌が、私の中までもを切り裂いていきます。もしも出会ったのが怪しいおじさんで、おじさんと私の歌が私の中を切り裂いていたら警察をよばなければいけないところでした。いまさらどうでもいい話ですね。とどのつまり、私はいま歌にけずられているのです。鉛筆削りみたいな。鉛筆が主役なはずなのに、鉛筆は削られている。同様にして、私が歌い手のはずなのに、私が削られていく。ごりごりごり。いまのは「ゴリラ学名はゴリラゴリラ」の略ではありません。どうでもいいですが、しりとり、りんご、ごりら、の流れは日本人の魂に染み付いた心の故郷なのかも知れません。心の故郷ってどこにあるんでしょうか。家は合掌造りとかなんでしょうか。囲炉裏で五平餅とかを焼くんでしょうか。そんな偏った故郷感を我々は許していいのでしょうか。四畳半のコンクリートアパートや、シャンデリアのある西洋風の部屋が心の故郷ではダメなのでしょうか。そんな気持ちを歌にしました。ごりらごりら!!
 言葉を出す。ということは、言葉が抜けていくということなのかも知れません。いつしかここにあるのは私の言葉と、踊る小人だけになっていました。コンクリートはチーズになってしまいましたしね。チーズとカメラの「はいチーズ」を掛けた私のダジャレに気がついた方は何人いるのでしょうか。古代人に負ける弥田月子ではありません。ああこれでもう、私のいいたいことは大体言い切ったような気がします。
 突き立ての餅のような月光が、地上を照らしていました。私はもういません。あるのはりんごだけです。

********:
ごめんよ

メンテ
No.22に対する返信 ( No.23 )
   
日時: 2011/02/17 21:25
名前: HAL ID:iMW9hH7c
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

> レイス様
 はじめまして、リライト企画へのご参加、そして拙作のリライト、ありがとうございます!
 おたずねの件ですけれども、リライト企画参加作品であることさえ表示していただければ、転載はまったく問題ありません。掲載されるサイトのURLを教えていただければ、なおうれしいです。
 素敵にリライトしてくださって、ありがとうございました! ちゃんとした感想はまた後日、改めて書きに参りますね。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

メンテ
Re: リライト企画 Vol.1 ( No.24 )
   
日時: 2011/02/18 06:14
名前: OZ ID:wpR5cr8.

笹原静様、「ひるがえる袖」のリライトです

タイトル:ひるがえる袖

春祭り、十七歳の私は
提灯にともされて
遠くからさまよい来る風を受けながら
これから十八歳になります

十八歳になったら
私は十七歳の自分の抜け殻の黒髪を結いあげて
そっと簪を飾ってあげよう
そして人形のように静かにしまっておこう
ひるがえる矢絣の袖の奥に

十八歳の私は息せいて駆け寄ってきて
私に名前を問いかけます
一体あなたは誰ですか、

私はうつむきながら答えるすべを知りません
お囃子、止まないでください、
卒業したら東京へ行ってしまうあなたと
明日の朝を迎えるまでは、
ひるがえる時間のなかで。

新しい私が
からだの内側に
吸い付くように濡れてくるのがわかります

二十歳の未来の自分は
私の十八歳の抜け殻を
きれいに埋葬してくれるでしょうか

二十五歳の未来の自分は
二十歳の抜け殻に
共感してくれるでしょうか

いまの私が暗がりにひそんで
冷え切った抜け殻となってしまう
この間際に

好きですと
まっすぐに伝えておきたいから
だからお囃子、もう少しだけ
止まないでいてください

****************

笹原様、拙い作品で申し訳ございません。

原作のもつ音感と男らしさの清々しさを完全に壊してしまいました。
色々な意味で恥ずかしい仕上がりですが、思い切って投稿しました。

作品の底流には原作の雰囲気をとどめたつもりですが、
気分を損なってしまうようなことがあれば、申し訳ない限りです。

メンテ
ひとまず、ここまでのお礼と感想と反省 ( No.26 )
   
日時: 2011/02/19 21:22
名前: HAL ID:kT6rLFLY
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

>>9 『杞にしすぎた男』リライトの反省とか
 和風にアレンジしてみました。そして投稿直前まで紀の国だと思い込んでいたのは秘密です……。うわ恥ずかしい!
 己が無知を恥じつつ調べてみたら、杞の国って古代中国なんですねー。杞憂の杞なんだ。そして杞憂のもとになった故事成語なんですね、おお……!(いまさら!)
 リライトの不出来はひとまず高い棚の上に放り投げて、普段の自分だったらまず書かない構成のお話なので、すごく新鮮で楽しかったです。


>>10 『ひるがえる袖』リライトの反省
 む、無理やり感が拭えません……。あれですね、時代背景も知らないのに戦前の話にするとか無謀すぎましたね……。
 原作にあるきれいさというか、切実さがぜんぜん出せなくて、無念であります。
「がま口」って書きながら、「この時代にがま口財布は一般的だったんだろうか」とか、「あれ、この頃は尋常小学校でよかったんだっけ」とか、「金魚すくいって多分あったよね……」とか、いちいち迷いました。時代小説を書けるひとはすごいなあとつくづく思いました。


>>11 山田さん様『ヨセフどん』への感想
 わあなんだろう、思い切りシモネタだらけなのに、エスプリな香りがする、不思議。「それでも空は落ちてくるっぺ……」は「それでも地球はまわっている」にかけてあるんだと思うんですけど、ヨセフどんのやる気のなさが絶妙に可笑しいです……(笑)


>>12 山田さん様『夜想曲』への感想
 おお、こまやかな描写が。クロの性格がちょっとだけかわって、「真子さんラブ!」っていう感じが強調されましたね。かわいいなあ。猫ってつれない子とものすごい甘ったれの子といますよねー。


>>13 山田さん様『薄墨色の歌』への感想
 語り口調を変えられたことで、原作の鋭い感じが少しやわらかくなって、前半の語りがややスローテンポで湿った感じになりましたね。後半の激しい転調が、そのぶん際立った感じがします。
 原作のたたみかけるような鋭い怖さと、こちらのリライトのゆるりとくるみこむような不気味さと。雰囲気がけっこう変わったなと思いました。


>>14 山田さん様『チャボ』への感想
 原作がチャボのことから語り始めたのに対して、こちらのリライトでは世界観のほうを前にもってこられたのですね。
 原作の「誰一人として帰ってこないな、って。」の呼吸がすごく好きなんですけど、そこをシーンの末尾にもってきて強調されたのですね。原作と大きくはかわっていないのだけれど、それでも呼吸が違えばけっこう印象も変わるんだなあと思いました。


>>15 山田さん様『祭囃子が聞こえる』への感想
 詩→詩へのリライト! リライトというか、続編というか、対詩というか。
 詩、というよりも、詞、という印象でした。言葉のリズムでしょうか。


>>16 山田さん様『大好き』への感想
 原作の思春期っぽい感じが、さらにサイコな感じにバイアスがかかってる感じがします。
 うまく感想がかけませんが、「むなしく拍子を刻む心臓の鼓動」の一行が好きでした。


>>17 山田さん様『遠い子守唄』への感想とお礼
 わあ、ありがとうございます……! 伏線が丁寧になって文脈がわかりやすくなってる!
「何かを歌っているかのように」……追加されたエピソード、お祖母ちゃんの最期が涙を誘います。
 リライトしてくださってありがとうございました! 勉強になりました。


>>18 水樹様『歌と小人』リライトへの感想
 おお、ラストの解釈が加わってるんですねー。歌になって消えてしまったあと、かのじょの意識だけが異世界に。ありがとよ、ということは、かわりに小人が現実世界に実体を持ったとか、そういうことなのかな。
 その2も楽しみにしています!


>>20 星野田様『おーい』への感想
 チャボがチャボになってる……! いやえっと合ってるけど違う、チャボがニワトリになってる! 人間と出会うエピソードが削られている分、すこし展開というか、話の動きが物足りなかったかな……? 筋書きのある物語というよりも、きれいな一枚絵になったような感じがしました。
 ほかの種類の小鬼たちが月を追うあまりに辿った、それぞれの末路が物悲しいです。


>>21 星野田様『あまりある言葉』への感想
 コミカルになってるう! キャラ濃! そして不可解さが増してる……!
 なんだろう、くだらなさと不気味さの加減がなんともいえないバランスです。最初の一文で吹きました。そしてラスト、消えるんじゃなくてりんごになってる……!
 なんていうか、いろいろと衝撃的なリライトでした(笑)


>>22 レイス様『彼女は僕の傍で口ずさむ』
 リライトありがとうございました! 感想は一般板でということでしたが、むこうで感想を書くなら、リライト作としてよりも、単独の一作品への感想のつもりで書いたほうがよさそうですから、こちらでは原作との比較としての感想を。
 といいつつも、あんまりリライトっていう感じでもないかな。設定もですけれど、ストーリーの構造もがらりとかわりましたものね。
「誰もが彼女のように、意識せずに他人の心の枷を外してしまう笑顔をしていた時期があったはずだ。」の一文がすごく好きでした。
 この冒頭と結びからすると、主人公は件の少女=祖母っていうことに気がついていないか、あるいは、生前のその人とあらわれた霊とはほとんど別人のようなものと考えている……という感じでしょうか。
 最後、幸せを手に入れたはずの主人公が、まだ少し不安を抱えている感じがして、そこの余韻が好きだなと思いました。
 素敵にリライトしてくださって、ありがとうございました!


>>24 OZ様『ひるがえる袖』への感想
 こちらも女性サイドからのリライトですね。十七歳の私の抜け殻、という少女らしい繊細な描写が素敵だなあと思いました。「いまの私が暗がりにひそんで/冷え切った抜け殻となってしまう/この間際に」のくだりが好きです。
 それにしてもいいなあ、詩から詩へのリライト。わたしも詩が書ければなあと、羨ましく指を咥えてながめつつ。
 ご参加ありがとうございました!

メンテ
弥田さま『歌と小人』のリライトに挑戦しました ( No.27 )
   
日時: 2011/02/19 21:21
名前: HAL ID:XGsQ.d36
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/


 夜のあぜ道を歩いている。周りは見渡す限りの稲穂の海。むしゃくしゃしながら歩き続けているうちに、家からずいぶんと遠ざかってしまった。
 まだ青々とした稲が、ときおり風に吹かれて、ざあっと波のような音を立てる。その音に紛れるように、母さんの声が耳の奥で谺していた。
 ――無理に続けなくたっていいのよ。
 本気でいっているのがわかるから、かっとなった。わざと乱暴にドアを叩きつけた。困ったような呼びかけを背中越しに聞きながら、家を衝動的に飛び出して、それからずっと、あてもなく歩いている。
 誰のせいで、と思う。
 子どもの頃から、母さんの声楽教室に通わされていた。自分から望んだおぼえはない。それは、母さんにとっては小さい娘を家にひとりで留守番させておくわけにもいかず、それならいっそほかの生徒たちと一緒にみていたほうがいいかと、それくらいの理由であって、もとからそこには特別な期待なんて、なかったのだ。そんなこと、とっくにわかっていたはずだ。
 親が声楽の先生なんだ、それだったらねって、そんなふうな目で見られるのがいやで、中学の友達の誰にも、母さんの職業をいったことはない。ちょっと遠い私立校にバスで通っているから、家が近い子は誰もいない。音楽の授業だって、カラオケだって、目立たないようにわざと手を抜いて、へたくそに歌ってきた。
 ――あなたが楽しくないんだったら、無理に続けなくたっていいのよ。
 母さんの声がしつこく耳の奥にはりついている。いまさら。いまさらそんなこというくらいだったら、どうして。
 びゅうと風が吹いて、稲穂の海が吹きたおされる。気の早い虫が機嫌よく鳴いていたのが、一瞬ぴたりと止む。
 街灯のすくない道だけれど、りんごのようにまるい月があたりを照らしているので、足元は明るかった。見渡せば、その蒼い光がいつになく冴え冴えとして、風景を幻想的に染めあげている。むしゃくしゃしていた気持ちが、それですこし凪いで、足取りが軽くなった。
「そこのお嬢ちゃん」
 声がして、とっさに足を止めた。
 稲の間から、無造作にこびとが飛び出してきた。稲とおなじ緑色。頭がわたしの腰までしかない。びっくりして目を丸くしていると、緑のこびとはきらりと目を輝かせて、
「歌いたいのかい?」
 といった。
 蘇ってきたむしゃくしゃに、驚きもわすれて、わたしはぐっと拳を握りしめた。
 誰が、と思う。誰が好きこのんで、歌なんてうたうものか。だけど怒りはとっさに言葉にならず、わたしが口をぱくぱくさせていると、こびとは訳知り顔でにやりとした。
「歌いたいんだろう? 答えなくてもわかるさ。きみは歌いたがっている。ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけいうと、こびとは何の前触れもなく踊りだした。
 それはゆったりとした、見たことのない踊りだった。両手で大きく円を描くのが特徴的で、その足は重力なんてないかのように、ゆらゆらとなめらかに揺れた。みているうちに、空に浮かんでいるかのような感覚が、胸の奥から膨らんでくる。肺の奥、横隔膜のうえをくすぐるような、それはむずがゆい欲求だった。
 歌わないのかい、と笑いぶくみの目線で、こびとは訊いてくる。わけのわからない衝動にあらがいながら、わたしはぶっきらぼうに口を開いた。
「それ、なんていう踊りなの?」
「月の踊りだよ。知らないの?」
 まるで常識だというように、こびとは踊りながらそういって、くすりと息で笑った。背中がざわざわする。心の奥、深いところで、何かが荒れ狂っている。
「さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞なんかわからなくってもいいさ。メロディをしらなくても、思いつくまま、気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 気がついたときには、頭の中をふっと横切っていくメロディを、口ずさんでいた。歌詞はまだ浮かばない。最初はスローな出だし。感情を抑えるように、固く、固く、じっくりと。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。
 歌いながら、自分でもわけがわからなかった。なんだって強制されてもいないのに、歌なんてうたわなければいけないのだ。だけど、いくらそう自分にいい聞かせても、喉からほとばしりでる声はとまらなかった。
 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言ひとこと、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ち! からだの中にあったもやもやが、このうえなくぴたりと声により沿って、からだの外に抜け出していくのがわかる。あぁ、歌うことを気持ちいいと、楽しいと思ったのは、いつ以来だっただろう?
「嬢ちゃん、なかなかいいじゃねぇか」
 こびとが楽しげにいう。その声に、わたしは自分の頬が上気するのを感じた。こびとのいうとおりだった。わたしは歌いたかった。ずっとずっと、歌いたかったのだ、こんな風に!
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして拡がっていく。体が、夜の空気に溶け出しているのだった。それに伴って、歌は高く澄んでいく。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 天に向かって伸ばした自分の指先を見て、わたしは目を瞠った。それは半透明に透けて、向こうがわには月のまるい輪郭が、うっすらと見えていた。
 こびとは踊りながら、ちらりとこちらを見た。そのつまらなさそうな瞳が、やめておくかい、と訊ねてくる。
 わたしはためらわなかった。ますます澄み渡る歌声に、こびとが楽しそうにステップを踏む。そのテンポがだんだんと上がっていく。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだっただろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは、同調しはじめているのだ。
 ――歌とこびとは?
 そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、こびとの踊りとわたしの歌だけだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨いろの歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとの踊りと共に、世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りのまわりを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭く澄んでいこう。皆を、すべてを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
 月が、りんごのようにまるい月が、冷たく地上を照らしている。


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 お目汚し、たいへん失礼いたしました!

メンテ
Re: リライト企画 Vol.1 ( No.28 )
   
日時: 2011/02/20 16:18
名前: 山田さん ID:lWKidpgM

 それでは僕もここまでの感想を。

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 HALさん「杞にしすぎた男」

 かなり力の入ったリライトだったように思います。
 細かいところの仕掛けにも丁寧に目配りがされているように思います。
 ストーリーを追いながら絵図がどんどんと浮かんできました。

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 HALさん「ひるがえる袖」

 こういう設定を持ってくるとは……ちょっとジェラシーを覚えちゃいました。
 もっともっと分量を加えることができる可能性をもったリライトですね。
 ちなみに……。
「妹が尋常小学校の友達と行き会って」
「当時、東京市が東京都へと名を変えてまもなくの頃」
 とありますが、東京市が東京都に変わったのが1943年。
 尋常小学校は1941年に国民学校に変わっているので、1943年にはもう存在していなかったんですね。
 実はこのあたりの時代に関しては、拙作「渦虫」を書くのにいろいろと調べた部分でもあったので、ちょっと気になったもので。
 なんて書いている僕自身も「渦虫」の中で尋常小学校を誤認して書いているんですね(きちんと調べたつもりだったのですが)。
 まぁ、何かの参考になればと思い、余計なこととは知りつつも書かせてもらいました。

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 水樹さん「歌と小人」その1

「ここの世界の住人」の「ここの世界」が一体どこなのか。
 元の世界には戻れない、と言いつつも夜空には元の世界のように月が浮かんでいる。
 このラスト、いいなぁ……思わず盗みたくなります。

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 星野田さん「おーい」

 語り口がいいですね、こういう語り口の世界は大好きです。
 最後の「空を目指した小鬼はやがて~」からの文章が、ものすごく無常観を感じさせてすごくいいな、と思います。

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 星野田さん「あまりある言葉」

 ジェラシーですね、ジェラシー。
 もうこんなリライトをされたら僕なんかはジェラシーしか感じませんよ。
 一体どうすればこんな作品を書けるんだろう……。
 ということでこんな作品を書ける星野田さんのセンスにジェラシーです。

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 レイスさん「彼女は僕の傍で口ずさむ」

 祖母、両親、自分たち、そして生まれてきた子供、と親子4代の作品になっているんですね。
 これ、もっともっと書き込むことによってもっともっと内容の濃い作品になりそうな可能性がありますね。
 こういう設定もあったんだ、と今更ながらに自分の至らなさに痛感してます。

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 OZさん「ひるがえる袖」

 僕も女性視線としてリライトしたんですけど、この作品を読んじゃうと「全然ダメだったなぁ」と反省しきりです。
 ここに書かれている感覚って、なんとなくわかりそうで、それでもあやふやなようで、そんなとても印象的な世界だと思います。
 僕も「いまの私が暗がりにひそんで~」が妙に心に残りました。

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  HALさん「歌と小人」

 非常に現実的な葛藤から一気に現実離れした世界に持っていく手法は「なるほど」と思いました。
「あぁ、歌うことを気持ちいいと、楽しいと思ったのは、いつ以来だっただろう」
 さて、この一文をどう読むか。
 これによってこのリライト作品が希望に満ちたものなのか、救いのないものなのか、二つに分かれるように思います。
 そしてあえてどちらに転ぶかを提示していないところが良かったように思います。

メンテ
とりさと様 『月を踏む』のリライトに挑戦しました ( No.29 )
   
日時: 2011/02/20 13:24
名前: HAL ID:OJJpIXfY
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 小鬼のチャボは生まれて三日で母に先立たれ、この世界にひとり放り出された。
 見渡すかぎりの氷原に、たった一本生える木。青白い月光に照らされて、足元に長い影を伸ばすその木の上に、チャボは住んでいる。家族もおらず、仲間のひとりもいなかった。淡い月光に身を任せながら、何をするでもなくぼんやりすごしていた。
 かつてはこの地に大勢あふれていたはずの小鬼という小鬼はとうに死に絶え、いまではチャボが最後のひとりだった。小鬼は従来、土と葉っぱと自分の髪の毛一本があれば、そこからいくらでも殖えることができる。地の底に秘された彼らの産屋をたずね、持ち込んだ材料を捏ねて放り込めばいい。あとは青白く光る産屋の中でじっと時を待つだけで、自らとすっかり同じ姿をして同じ記憶を受け継ぐ同族が生まれてくるのだった。
 それだというのに、小鬼のほとんどは絶えた。チャボも仲間を増やそうと思えば、繁っている葉っぱのぶんだけ増やせるのだけれど、そうする気には、ついぞなれなかった。自分の死期が近づいても、母親がそうしたように死に際に産屋に行くとも思えない。チャボはひとりで生き、ひとりで死ぬだろう。チャボが死ぬときが、小鬼という種族が絶えるときになる。それでかまわない、チャボは月を見上げながらそう思う。
 チャボは、月が好きだった。
 月は、空の天蓋にあいた穴だ。そこから、穴の向こう側の眩しい光が漏れ出て、世界を照らし出している。足元に広がるこの氷原は、どこまでも冷たく凍りついており、地の果てには眼を灼く白い光の壁があって、そこを超えた先には、この世の涯まで永遠に劫火に焼かれ続ける、灼熱の砂漠があるといわれている。氷雪と劫火に閉ざされた世界。それがチャボのいるこの大地だ。
 昔はこうではなかったのだと、チャボの中の遠い記憶がいう。氷原は氷原でなく、砂漠は砂漠ではなかった。木は一本きりではなく、世界にはたくさんの生き物があふれていた。けれどその記憶は、ひどく断片的であやふやなものだった。親から子に写され続けていくうちに、だんだんと劣化していったのだろう。
 ただ、この氷と炎に閉ざされた世界から、ゆいいつ抜ける道がある。それが月だ。天上で輝く月は、世界にぽっかりと開いた穴である。いつもそこにあり、形を変えることのないあの月を抜けると、その先には楽園が広がっているのだという。この世界に生きるわずかばかりの住人は皆、そこに辿りつくことを望みとしていた。
 チャボも例外ではなかった。
 この想いは、この世界に生きるすべてのものに、原初より刻み込まれた本能といってもよかった。小鬼の寿命は、そう長いものではないけれど、これまで連綿と受け継がれてきた小鬼たちの記憶には、もう途方もないほど昔から、その願いが刻み付けられていた。それにもかかわらず、結局その誰も、月に辿りつくことはかなわなかった。チャボは月に行くことをとうに諦め、そのかわりに、ただ憧憬の想いを月の向こうに向けている。


 ぼんやりと氷原をながめていたチャボは、おや、と声を上げた。月光に照らし出される氷原のなかほどに、小さく光るものがあったのだ。
 光るものはだんだんと木のほうに近づいてきて、やはり、おや、と声を上げてチャボを見た。そしてぎしぎしと関節を軋ませながら、立ち止まった。
 それは人間だった。
 チャボは意外に思いながら、木の低いほうの枝に飛び移った。チャボより十代ほど前の小鬼が、偶然この氷原でであった人間から、月を抜ける手段を手に入れたと聞いていた。チャボが受け継いだ記憶の中で、たまさかここを通りかかったその人間は、銀色の体に月光を弾いて、ぴかぴかと顔をかがやかせながら、「もうすぐ私たちは月を抜けられる」と語っていた。そのしばらく後に、小鬼は遠く離れた場所で、先の尖った細長いものが何本も月に向かって宙を駆け上っていくのを見た。そしてそれきり、この氷原を通りかかる人間はなかった。だからチャボも前の小鬼たちも、もう人間はのこらず月を抜けていったのだと、そう思い込んでいたのだった。
 いまこうしてチャボを見上げる人間の顔は、どうしたわけかくすんで、かつてのようにぴかぴかと輝いてはいなかった。それどころか、ところどころ錆びついているように見える。チャボがそんな疑問を口に出すよりも先に、人間がいった。
「まだ小鬼というものが、生き延びていたのだねえ」
 その声は、しみじみとした響きを帯びていた。そして人間はひとつぷしゅうと、ため息のような音を立てた。そうすると、細い蒸気が人間の首からたなびいて、空中でそのまま凍りつき、その微細な粒がきらきらと輝く。
 人間は皆、月を抜けたのではなかったのかと、チャボがそう訊くと、人間はもうひとつぷしゅうと音を立てた。
「月を抜けたころ、か。ずいぶんと昔の話になるね」


「ロケットが完成した当時、私たちは、そりゃあ喜んだ。半狂乱になった。当然だ、月の向こうにいくことが、この世界に生きるものすべての望みなんだからね。何台も何台もロケットを作って打ち上げ、仲間たちが月に向かっていくのを見て、私たちは無邪気に心を躍らせていた。自分の番はまだかと、待ちきれなくてうずうずしていた。ただね、そんな中である日、ふと誰かが呟いたんだよ」
 そこで言葉を区切って、人間は空の月を見上げた。
「誰一人として帰ってこないな、って」
 人間は、いっとき無言で月を見つめていたけれど、その顔に浮かべる表情は、小鬼のそれとはかけはなれていて、この人間がいま何を思っているのか、チャボにはよくわからなかった。
「多分それは、本当に純粋な疑問に過ぎなかったんだ。でもね、その一言は、私たちの胸に波紋を投げかけた。私たちはずっと、月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だっていう証拠は、どこにあるんだろう。誰も見てきたものはいない。誰も戻ってきたものはいない」
 チャボは口を挟まなかった。ぷしゅう、と音がして、氷の微細な結晶が光る。
「それでも勇気のある人たちは、月へと旅立っていった。往復するだけの燃料を積んで、涙ながらに絶対もどってくるって、そう誓って出発した人もいた。どんなに遠くからでもつかえる通信装置を積んで、厳重な装備で出発した人もいた。だけど、通信は入らなかったし、誰も戻ってこなかったんだ。誰ひとり」
 人間は沈黙した。チャボはしばらく無言で待っていたけれど、もしかして凍り付いて動作を停止してしまったのではないかと、そう不安になるほど、いつまでも人間が黙っているので、思わずそれで、と先を促した。そうすると、人間はまたぷしゅうと音をさせて、口を開いた。
「いやな噂が立ちはじめた。月を抜けた向こうが楽園だなんて、嘘っぱちじゃないのか。あの向こうには、もしかしたら想像を絶するような、おそろしい地獄が待っているんじゃないか。月を抜けた仲間たちは、いまもそこで苦しんでいるんだ。そんな、噂だ」
 チャボは人間から視線をはずし、月を見上げた。月はいつもと少しもかわらず、ただ中天で青白く輝いている。その向こうには、おなじように明るく輝かしい世界が広がっているだろう。チャボにはやはり、そうとしか思えなかった。
「その噂はどんどん広がっていった。最終的にはそれが人間の常識になってしまったんだ。あの穴に飲み込まれたら最後、二度と抜け出ることのできない煉獄に縛り付けられるかもしれない。ただの想像、ただの噂だったはずのそれが、いつしか強迫観念になって、いまでは私たちは誰も、月を抜けようとはしないんだ。本能が、どれだけあそこに行きたいって叫んでも、ね」
 人間は語り終えると、それじゃあと軽く手をあげて、歩き去っていった。金属の足がぎしぎしと騒々しく不協和音を奏でるのを、チャボは聞いた。人間と呼ばれる彼らは、かつての記憶の中では、自分の整備に余念がなかったというのに。


 その人間に出会ってからも、チャボの月への憧憬はやまなかった。
 空の穴から漏れる、青白い光に照らされた氷原。そこに奇跡のようにただ一本、ひょろりと生えた木の上から、チャボは世界を見、月を見ていた。
 月。
 空の月は皓々と明るく、チャボの目には、あいかわらず希望に満ちて見えた。それはこの世界に残された唯一つの救いであり、涯なき想像を広げてくれる楽園への入り口だった。
 いつか月を抜けて、その先にある世界を踏む。チャボは今日も、そんな素晴らしい夢に身をゆだねる。

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 よりSF寄りにアレンジしてみました……が、原作の幻想感が台無しになった気しかしないっていう……orz とりさと様ごめんなさい(土下座)

メンテ
リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その2 ( No.30 )
   
日時: 2011/02/20 20:44
名前: 水樹 ID:1VWreF4A

リライトのリライトでもあります。ごめんなさいと先に謝っておきます。



 何でこんなにも私はちっぽけなんだ? 私が存在している理由って何だ? このままでいいのか?
 無性に何かをしてやりたい衝動に駆られるのは、リンゴのようにまあるい月が、思いっきり跳躍すれば、手に届きそうで届かない月が、冷たい蒼い光を発し、君がこんなにもつまらない人間だなんて正直がっかりだねと、私を挑発しているからだった。私にはそう見える。この私の思いはどうしたらいいんだ?
 何かしないと暴発しそうだ。しかし、何をすればいいんだ?
 仕方なしに、弟を苛めて、この忌々しい気分を晴らそうと思う。だだっ広い田んぼの中、いつもの家路を歩む。
「ちょいとそこのお嬢さん」
 今の私は機嫌が悪い。そんなに早死にしたいのか? 絡んで来るのは自殺行為だぞ。
「ちょいとそこのお嬢さん」
 私を呼びとめようと、口調が強まる、私は苛立つ。あん? と振り返ると同時に裏拳をかます。が、何も当たらず、空を切る、どうやら気のせいだった。風圧に稲が波打ち、田んぼに隠れていた雀達が一斉に飛び立った。私は何事も無く月へと向き直すが、
「ちょいと待っておくんなまし、そこのお嬢さん」
 今度ははっきりと声が背後から聴こえ、手首を掴まれ引っ張られる。ここで素人は引っ張り返すが、私は違う。相手の引っ張る勢いを利用し押し倒す。足を掛け相手の背中を地面に叩きつける。すかさずマウントポジションを奪う。この状態、相手は成す術もない。

 普通なら、顔面や腹を両腕で塞ぐのだが、こいつは違った。頭の帽子を両手で押さえている。
 すかさず容赦なく、こいつの鳩尾に五発パンチを入れて、悶える相手から、緑のトンガリ帽子を剥ぎ取った。
「数々の無礼を、お許しください。どうか殺生はおやめ下さい」
 私とこいつの回りを囲い、なんだこいつら? 小人達が土下座していた。
 良く見ると、ひい、ふう、みい… 赤、白、青… こいつを入れて七人か。
「七人の○人ってお前ら、ウォル○ト・ディズ○ニーに訴えられたら、こんなチンケなサイトなんてすぐに消されるぞ」
「隠せてない気もしますが、大丈夫です。私達は八人の小人ですから」
 本当にそんな設定で大丈夫か? 一人灰色の小人がヒョッコリと現れた。それはそれで何だかムカツク。
「あなた様の力を是非、私達の国の為に貸してはくれませんか? お願いします」
 いきなりの土下座、金銀財宝も差し出している。和菓子と思って開けたら万重もあった。
「まあ、この世界にも飽きていた所だ、いいだろう、ただし、つまらない事をさせたりでもしたら。私は容赦しないからな。いいか?覚悟しとけよ?」
「それでは、転送の為に踊りますので、あなた様は勝手に歌って下さいまし」
「歌う? まあ、いいだろう」
 私は小人の踊りとは関係なしに、好きに歌った。アカペラだ。
 迷う事も無い、歌うならブルー・ハーツだ。
 終わらない歌。リンダリンダ。どぶねずみ。
 トレイントレインでは、小人達も合唱していた。ちょっと気分が良かった。
 空間が歪む、世界が渦を巻いて私は吸い込まれる。

「ああ、ウッカリ、つい、トレイントレインどこまでもに先走って、ここに転送してしまいました」
「どういうことだ?」
「ここから私達の王国に行くのには、あの谷を抜けなければなりません。あの谷には、隻眼のレッドドラゴンがいるのです。この百二十年間で、私達小人を五十一万四千七百八十二人も喰らった恐ろしいドラゴンなのです。他にもドラゴンがいて、それを貴方様に退治して欲しいのです」
「ほう、ちったぁ、骨のある奴もいるんだな。それなら退屈しなくて済みそうだ」
「あのドラゴンに対抗できる力は今、これしかありません。どうぞこの武器と鎧と盾を身につけて下さい、光り輝くオーラソード、クリスタルの盾、プラチナの鎧です」
「そんなもんいらねぇ、重くて仕方ねえ」
 え? でもと、小人達は眼を丸くする。
「道具に頼ってどうするんだ? 私を誰だと思っている。私には、この拳で十分だ。丁度身体が鈍っていた所だ。ドラゴン退治か、準備運動には丁度いいだろう」
 私は拳を打ち鳴らし、首を回す。屈伸をし、思いっきり跳ね上がる。この世界でも変わらない、リンゴのようなまあるい月が一段と近づく。後少しで手に届きそうだった。ここまで来てごらんよと、蒼い光を発し、私を挑発している。今に見てろよと、月から眼を逸らさずに私は着地する。私が求めていたのはこういう事だった。心躍り、身体が軽い、どこまでもこの世界を駆け抜けてやろう。邪魔する奴は叩きのめす。さらば退屈な日常、この瞬間、生きていると実感させてくれ。小人達を喰らった血で染まった隻眼のレッドドラゴンよ、私の燃えたぎるこの血を浴びたくはないか? 谷底から威嚇する声が聴こえた。そうこなくっちゃ、嬉しいぜ、期待に応えてくれるんだな。今のお前の意気込み、準備運動って言った事は訂正しよう。お互い手加減はなしだ。だが、残念な事に、全力の私にお前はなすすべも無く、お前自身の血で紅く染まるけどな。
 私はレッドドラゴンを打ち消す雄たけびを響かせる。無音の後、またレッドドラゴンが威嚇する。お前も嬉しいんだな、今まで退屈してたんだな、せいぜい、この一瞬を無駄にする事無く、分かち合おう、楽しもうぜ!!
行くぜッ!!


 全く、姉さんといい、この殺人鬼といい、何がどうなっているんだ?
 姉は、ちょっと残りのドラゴン狩ってくる、と訳の分からない事を言って、着替えを持ち、三日間連絡も無く、家に帰って来ない。
 殺人鬼、話が長くなるので、過去の三語で何回か出て来たとだけ言っておこう。
身長二メートル、アイスホッケーのマスクをし、繋ぎの作業服を着た、心優しい殺人鬼、教授と僕によってこの世界に召喚された殺人鬼、その回は作者の都合により削除されている。はちょっと横になると言ったまま、三日間ベッドで眠りっぱなしだった。仕方なしに僕はソファで寝ていた。
 この時期には珍しく雷雨が鳴り響く。
 夜中、電気が落ちた。
 暗闇の部屋、明かりと言えば窓からの雷光。そこで見たのは、上体を起こしている殺人鬼。稲光の不規則なフラッシュ。コマ送りでゆっくりと殺人鬼は首を回しこっちを見る。これはホラーなのか?
「君のお姉さんの居場所が分かったのさ」
「どこに居るんだい?」
「それが。とても言いにくいんだけど」
「何だい? 言ってごらんよ」
「うん、小人の国を乗っ取っているんだ。今じゃ女王様だね。逆らう者はドラゴンだろうと素拳でボコボコだね。それはもう、やりたい放題さ。向こうの世界での通り名が、世紀末覇者、拳王(ラオウ)様、五十三匹のドラゴンを五十三時間でひれ伏せた女性、リアルモンスターハンター、二つの世界を行き来する自由人、などなど」
 色々と突っ込み所が満載だが、今更姉が何をしようと、どうしようと何も驚かない。そう言う人だからだ。
「そうなんだ」
「さあ、そんな悠長にしている暇はないさ、希少動物のドラゴンと小人の国を救えるのは僕達しかいない。今すぐレッツゴーさぁ」
「う、うん」
 自由に行き来できるなら、僕達は必要ないんじゃないかとちょっと思った。停電もすぐに復旧した。
 殺人鬼の説得に仕方なしに、姉を連れ戻す事にした僕。どうやって姉を説得し、連れ戻そうか悩む僕。今回は、一筋縄じゃいかないだろう。部屋を出ると。
「ふう、一仕事した後のビールはうめえぜ」
 風呂上がりの半裸の姉が缶ビールを一気飲みしている。
 悩みを打ち明けるなら、やはり身内だ、こんな姉でも僕が困っていたらきっと助けてくれるだろう。
「姉上様、ちょっと御相談があるのですが」
「うるせぇ、忙しいんだ、一昨日来やがれ」
 僕と殺人鬼は姉の素足で蹴散らされ、一掃された。
 家を追い出された僕達。お互いの埃を払う。
「じゃあ、行こうか」
 大人の対応、僕達は姉など居なかった事にした。
「それじゃあ、小人の国へと転送するよ。僕が踊っている間に好きな歌を適当に歌ってね」
 殺人鬼がぬるりと気持ちの悪いクネクネとした、記憶に残したくない踊りをおどる。殺人鬼は恍惚とした表情だろう。マスクで分からないが。僕は適当にアカペラで歌った。咄嗟に頭に浮かんだのは山下達郎のクリスマスの名曲だ。季節ともに踊りとは全く関係ない。このちぐはぐな行為、客観的に自分でもキモチワルイなと思いながら無駄に熱唱する僕。それでも、世界は揺らぎ渦を巻いて僕達を吸い込んだ。
 何か大事な事を忘れている気もするが気のせいだろう。
 一時間三語と変わらないなと、思ったりもしないでもない。
 時間を掛けた割にこんなんじゃ、作者も弥田様も浮かばれないなとちょっと思った。


「全くどいつもこいつも歯ごたえがねえぜ、今度はお前ら全員で掛って来な」
「私共が束になって掛っても、到底貴方様には敵いません。その変わり、いつでもどこでも貴方様の力になると約束しましょう」
「私よりも弱いお前らが、どうして力になれるというんだ?」
「ごもっともです。失言をお許しください」
「うるせぇ、いちいち謝るな。それよりも、疲れていないか? 大丈夫か? 少し休もうか? お腹空いて無いか? 家に帰らなくてもいいのか? 家族は心配してないか?」
「お気づかいありがとうございます。貴方様に敗れたとはいえ、私はドラゴンの王、隻眼のレッドドラゴン、この命の焔が燃え尽きるまで、どこまでも主の為に飛んでみせましょう」
「嬉しい事言ってくれるじゃねえか、それじゃあ、このままこの世界を飛び越える事は出来るかい? 私を退屈させない世界まで運んでおくれ、このまま私を最高潮のまま、エクスタシーを持続したまま、達成感で満たしてはくれないか? ほんの一時でもいいんだ、たった一時でもいいから、生きているって実感させてくれっ! そこが地獄であろうとも、地の果てだろうと、絶望の淵でも、そんなのはどこでもいいんだよ。止まりたくないんだ。ここで止まったら、私は私で無くなってしまうんだ! どこだろうとそこが私の死に場所なら、笑顔で死にたいんだよッ!」
「仰せのままにっ! どこまでも! 貴方様が望む所に! そこが例え地獄であろうと、貴方様が心安らぐ安息の地へと、私は運んで飛んで行きましょう。行きますよ。しっかり摑まってて下さいッ!」
 さらに力強く友は羽ばたく。
 上昇し、息苦しいぶ厚い雲を抜けると、目の前には月しかいない。リンゴのようにまあるい月がより一層蒼く不気味に光っている。ようやくここまで来てくれたねと不敵に笑っている。あまりの美しさに私は寒気がし、産まれて初めて身震いした。これから私は何かと対峙するだろう。何かは分からない。分からないからこそ、こんなにも心躍る嬉しい事はないだろう。
 一直線に月に向かって飛んでいる。今、この瞬間を生きているって言うのは、こういう事だろ?



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『全く、姉さんといい、この殺人鬼といい、何がどうなっているんだ?』 から 『時間を掛けた割にこんなんじゃ、作者も弥田様も浮かばれないなとちょっと思った』はスルーして下さい。無くても話は通じると思います。
書きたいように書いてしまいました。ええ、私の自己満足の作品です。
とても楽しく書かせていただきました。この二作品、弥田様には本当に感謝しています。
その3は… ないと思います。

メンテ
わわわわあ! ありがとうございます! ( No.31 )
   
日時: 2011/02/21 01:03
名前: 弥田 ID:6HQbZfHU

 たくさんのリライトいただき、感謝、感謝。です。作者冥利に尽きます。ありがとうございます。

>星野田さん
い、一行目から死にました……!!
ぱねえな、と思いました。僕なんかが言えることはなにもないのです。面白いのです。
ありがとうございました。

>HALさん
やっぱり上手いな-、と、才能ひしひし感じるな-、と思いました。
ラストが鬼気迫ってくるというか、ぐっと見え方が良くなっているというか。
なんというか、すげえなあ、と思うのでした。

>水樹さん
ロック! これはロックですね!!
ドラゴンとか超好きなのでよかったです。ステゴロとか超超好きなのでよかったです!!
こちらこそ、感謝感謝です。ほんとうありがとうございました!!


こんなリライトの仕方があったのか……! と目から鱗がぼたぼたぼらぼら落ちまくってます。みなさまありがとうございました。
ぼくもはやく書かなくては……!!

メンテ
リトライ作品 『小人と歌』 原作は弥田さんの『歌と小人』です。 ( No.32 )
   
日時: 2011/02/23 01:18
名前: とりさと ID:X3qIUvf.


 間違い探しの始まり始まりー

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 夜の道。田舎のあぜ道。あたりは薄暗い。めまいがしそうなほど広い田んぼのなか、月が、りんごのように丸い月が、ぼくを蒼く照らす。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。どきどきしていて、飛びだしたくなる。それでいてなんだかさみしい。心に靄がかかっている。自分の気持ちがよくわからない。
 こういうときは、踊ろう。歌いたがりの歌うたいを見つけて、心ゆくまで踊りつくそう。
「そこのお嬢ちゃん」
 暗がりから、えいやと飛びだす。今日の歌い手は人間だ。ぼくの頭のてっぺんは、彼女の腰までしかない。
「歌いたいのかい?」
 彼女が口を開く前に、ぼくははたずねていた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。
 ぼくはことばを続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるさ。君は歌いたがっている。ぼくは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだよ」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした踊りをはじめる。両手で大きく円を描くのが特徴的だ。
 躍っているうちに、彼女の表情が変化してきた。ふわふわした気持ちが膨らんでいる。それと一緒に、むずかゆい欲求も。歌いたいのかもしれない、と思っている。いや、歌いたいのだ。彼女は歌いたいのだ。だからぼくも躍りたいのだ。 躍るのだ。
「ねぇ、この踊りはなんていうの?」
「月の踊り。さぁ、きみもはやく歌いなよ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 彼女は歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからないか、口を開いて戸惑う。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。そんな風になかなか決められない。
 なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、彼女自身が、荒れ狂っている。急流のような、乱気流のような、いやとてもたとえようもない。だから、ああ! なにも浮かばなくていい。思いつくまま歌えばいい。無意識に、彼女自身が歌えばいい!
 そんな気持ちが伝わったのか、彼女が大きく息を吸う。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかいいじゃねぇか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。いっそ一層に躍る。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とぼくは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。ぼくはもうここにはいない。いまここに在るのは、彼女の歌とぼくの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。ぼくは薄緑色の踊りになった。
 蒼く明るい満月の夜。ぼくは少女と共に世界を祝福する。彼女自身の旋律となり、ばくは踊りをくるくる舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
 月が、りんごのようにまるい月が、冷たく地上を照らしている。

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 というわけで。極力文章を変えないリトライでしたー。

メンテ
リトライ作品 そして平和が訪れる  原作は星野田さんの『杞にしすぎた男』……に何かが混ざってます ( No.33 )
   
日時: 2011/02/23 01:33
名前: とりさと ID:X3qIUvf.


 みらいみらい、機械の国の機械が何を思ったか「空が落ちてくるのではないか」と言い始めました。
 そこはとある研究所の屋上に作られたちいさな世界でした。半円の蓋を被せて世界をもしています。機械で生態系真似たらどうなるのかという意味不明な実験です。
 そこでとある機械が思ったのです。空となっている蓋が割れて落ちてきたら潰れて死んでしまいます。
 機械はそうならないように空を支える柱を作り始めました。まわりの機械も同調して、大勢での建築がはじまりました。日ごと柱は高くなっていき、とうとう空の高さを越えて蓋にずぼっと穴をあけました。
 それを目撃した研究員がぷちっとキレました。世界の空となっている屋根の費用はけっこう高かったのです。怒りに任せるまま塔をばらばらに崩しました。ついで、二度と結託できないように機械の言語能力をリセットしてやりました。開いた穴は仕方がないと諦めて、機械たちには「あれは月だ」と新たな認識をアップロードしました。
 しかし機械はポジティブでした。上がダメなら今度は下に逃げようと地面を掘り進めました。
 そして掘り進めること三年。機械は深く掘り進めすぎたため、下の階にずぼっと落ちてしまいました。
 頭の上に落ちてきた機械に、研究員は考えました。心の中では、天井に穴を開けた機械を叩きつぶしたい気持ちでいっぱいでしたが、二度と同じことをやらせるわけにはいきません。そしてふと気がつきました。そういえば、機械に負の感情をインストールしてなかった、と。だからこいつら諦めないんだな、と。
 研究員は落下の衝撃で壊れていた機械を直し「お前はまだ死んでいない。地上へ帰してやろう」といってやりました。そして土産に負の感情のインストールボックスを持たせます。
「この箱ちゃんと開けろよ」
 研究員はそう言いました。しかし修理がやっつけ仕事だったため機械は半ばバグっておりすぐにその命令を忘れてしまいました。
 そのうちにとうとう機械が開けた穴からぴゅーぴゅーとロケットもどきが飛び出してくる段になって、研究員は箱に内蔵させていた通信機で話しかけました。
「おい、これを開けろ」
 しかし機械はバグっています。またロケットもどきが穴から飛んできて、床に落ちて炎上しました。研究員は無言で消火器を使って火を消します。
「開けないとお前の機能を停止させるぞ」
 しかし機械はバグっています。またもやロケットもどきが飛んできて、同僚の頭にぶつかって炎上しました。すぐさま水をかけましたが、同僚はアフロになってました。
「……開ければお前の願いを叶えてやろう」
「ならば空が落ちて来ないようにできますか?」
「おいお前バグってたんじゃないのか?」
 機械はバグっていたのでそれには答えずにパカッと箱を開けました。
 とたん、中に内蔵されていたプログラムが世界に満ちて機械にインストールされていきます。
 嫉妬、疑い、憎しみ、嘘、欲望、悲しみ、後悔、それらが機械に刻み込まれていきます。
 そうしてロケットもどきが飛びでなくなりました。どうやら外の世界が怖くなった模様です。研究員は機械との約束なんて、そもそも守る気はありませんでした。
「もう大丈夫だ。飛びでてくるロケットに忍耐する必要もない。ロケットの後始末をしたくないからと嘘をついて病欠したり、この実験をぶち壊したくなる欲求にかられることもなくなるだろう。明日は希望に満ちている」
 研究員は仲間に言い渡します。
 ロケットが飛びでなくなったので、あちこちが燃え上がることはなくなりました。煙のなくなった研究所の中、研究員は窓から身を乗り出しました。そして上を見上げます。
 眩しいほどに青い青い空が見えました。

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 大変楽しゅうございました。え、何かが混ざっている? 何のことやら。自分の作った世界観なんて知りません。矛盾なんて気にした事はありません。思いついたから何となくやってみただけです。
 あ、星野田さんはいくらでもののしってくださいませ……。

メンテ
一瞬、クローを九郞と読み違えた故の愚行でございます。某旧神とはまったく関係ありません。ごめんなさい。 ( No.34 )
   
日時: 2011/02/25 02:29
名前: 弥田 ID:EbiirMgI

 眼下にひろがる光景は星々。ベランダから眺める景色は、無限の田んぼと、ぽつぽつ点在する民家と電灯と、それだけだ。空と陸との境目は闇にまぎれて、世界は、夜空とぼくとあとは彼女と、たったそれだけで構成されている。
「きれいねえ」
 と、隣に佇む彼女は言って、ぼくのあたまをそっと撫でた。目を閉じれば、ふふ。とちいさく笑って。
「やあらかい髪」
 ぎゅう、と抱きしめてくるので、にゃあ、と一声、尻尾をふる。嬉しいです、わたしはワタシハとても嬉しいです。
 ひとしきりじゃれあって、すう、と腕が離れていく。体温が遠ざかり、開いた空白に、ひんやりと夜気が流れ込む。ぶるり、とぼくは震える。
「すこし、寒いね。九郞、ホットミルクでも飲む?」
 飲む。
 うなずけば、じゃあ、ちょっと待ってて、と部屋のなかにはいってしまった。ベランダに、ぽつんとひとりきりになる。世界の構成要素がひとつ減って、夜空がそれだけ間近になる。ふいにあらゆるものごとを鋭く知覚する。濃密にたちこめる暗闇。地平線の向こうの、工場の稼働音。パトカーのくるくるまわるサイレン。排煙と吐瀉物のまじりあった匂い。どこか遠くで犬が鳴いている。うぎゃあ、うぎゃあ、と鳴いている。うずくまって耳をふさいで、その声を聞かずにいられたらどれだけ良いのだろう。うぎゃあ、うぎゃあ、と鳴かねばならない犬を思って、ぼくはひとすじ涙を流した。
「おまたせー、て、あれ? なんで泣いてるの? どこか痛い? 大丈夫?」
 心配げな彼女に、ふるふる首をふってみせる。やさしい彼女は、それでもなお浮かない目つきをしながら、表情だけは笑ってみせて、
「飲む?」
 すとん、とおいた平皿には、あたたかな牛乳がなみなみと張られて、絹のようなつややかな湯気がほんわかと昇っている。舌でなめると、すこし、あまい。
「あつい」
「ほんと? 冷ましてあげよっか?」
「うん」
 彼女は四つん這いになって、ぼくとおんなじ姿勢で、ふう、ふう、と牛乳に息をふきかける。こういうときの彼女が、いちばん身近に感じられて、ぼくは好きだった。そっと身体を寄せると、しんぞうの、とくん、とくん、と音がする。
「まこ」
「うん? なに?」
「なんでもない。呼んだだけ」
「あら」
 彼女は笑って、ぼくも笑った。うぎゃあ、うぎゃあ、と悲しい声は続いているけれど。神さま、ぼくは悪い子です。どうか罰してやってください。マンションの最上階に住むというえらい神さまに、心のなかでそっとお願いする。だけど、神さまはおそろしいひとだ。ぼくがほんとうはそんなこと、ぜんぜんまったくこれっぽっちも望んでいないということをよく理解していらっしゃる。とくん、とくん。と、この音をいつまでも聞き続けていたい。いたいんだ。ぼくは本当に悪い子だ。
 人さし指で、彼女の頬をなぞる。やさしい気持ちになる。自分をゆるしてあげよう、と思う。しあわせになったって別にいいのだ、と思う。
 彼女の体温にくっついたまま、手の甲にそっとキスをした。
 うぎゃあ、うぎゃあ、うぎゃあ、うぎゃあ。
 とくん、とくん。とくん、とくん。
 それはここちよい夜のノクターンであった。


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紅月さんのをリライトさせていただきました汗汗汗。
リライトというか、二次創作ですね汗汗汗。
なんか、いろいろとごめんなさい汗汗汗。

メンテ
リライトありがとうございます>< ( No.35 )
   
日時: 2011/02/25 02:48
名前: 弥田 ID:EbiirMgI

>とりさとさん
わーわーわーわーわー!
>もう、月はわたしを照らしていない。ぼくは薄緑色の踊りになった。
なんというか、この一文にすっかりやられてしまいました。
これを起点にして、もういちど自分で書き換えてしまいたいくらいです。
ありがとうございました!

メンテ
山田さん様『昇降機』のリライトに挑戦しました ( No.36 )
   
日時: 2011/02/27 16:02
名前: HAL ID:TirdhzK.
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 わあ、無謀な挑戦すぎた……! はじめに予告を兼ねて謝罪しておきます。無残なことになっていると……orz

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 お隣の町にある百貨店について、おかあさまが話して聞かせてくださったのは、もうじき冬が終わろうかという時節のことでした。
 行ってみたいと、幼い私が申し上げますと、おかあさまはにっこりと微笑まれて、「では明日。お着物を揃えにまいりましょうか」と、それだけ仰いました。そのお返事がうれしくて、私はその夜、ほとんど眠ることができませんでした。なぜならそれは私にとって、初めてのお出かけだったのです。
 風は冷たいけれど、ぽかぽかとお日様の光が降り注ぐその朝、しっかりとおかあさまの手につかまって、私はおっかなびっくり百貨店に出かけました。
 百貨店は二階建ての、おおきなおおきな建物でした。お外から見あげると、そこには私たちのお家が、何十軒だってすっぽりと入ってしまいそうに見えます。それほどおおきな建物だというのに、何か理由があるのでしょうか、入り口は大変にせまく、体の小さな私でさえ、かがまないと入れないようなものでした。
 大人のおかあさまはなおさらのことです。きゅうくつそうにお膝をつかれ、にじるようにして、おかあさまは建物のなかにお入りになりました。そのお尻を追いかけるようにして、私もあとに続いて、おなじようにかがんで戸をくぐりました。
 そのまま奥へ進みますと、じきにぽっかりと広いお部屋にたどりつき、その中ほどに、昇降機が見えてまいりました。もちろんそれは私にとって、初めてこの目で見るものでしたが、おかあさまが昨夜お話してくださったので、それが昇降機だということは、すぐにわかりました。
 これもおかあさまのお話と同じように、昇降機のそばには、係の方が控えていらっしゃいました。それはたいへん体の大きな男の方で、その二の腕でさえ、私の体の幅よりも太いのではないかというほどでした。百貨店の制服なのでしょうか、葡萄色の服を着ておられ、上衣も袴も、ぴしりと誇らかに糊がかかっているようでした。その足元、灰色の巻き脚絆がたいへんもの珍しく思われて、私がそれに見入っておりますと、その方は、にっこりと微笑みかけてくださいました。
 それは厳ついお顔に似合わないような、とても優しい笑い方だったのですけれど、幼い私はすっかり怯えてしまって、とっさにおかあさまの袖にしがみ付きました。
「さあさ、早速ですが、私どもを二の階へと、持ち上げてくださいませ」
 おかあさまがそう仰ると、係の方は唇を引きしめて、がらりがらりと昇降口の引き戸を開かれました。それから丁重な手つきで、おかあさまと私とを、昇降機の中に引き入れてくださいました。
 昇降機は、鉄で出来た箱でした。それはおかあさまのお話で想像していたよりも、ずっと小さく狭いもので、おかあさまと私がふたり、中に並んで入るのがやっとというぐあいでした。係の方が、葡萄色に包まれた大木のような腕でもって、引き戸をがちゃんと閉められますと、その狭い場所はますますきゅうくつに感じられました。それがなんだか檻のなかに閉じ込められたように思えて、私はおかあさまの手をぎゅっとにぎりしめました。
 昇降機の天井には、赤く小さな照明が、ひとつだけぶらさがっていました。その光が私たちを、ぼうっと照らしだしています。おかあさまの白いはずの頬は、その光のせいで、まるで血を塗りたくったかのようでした。その色にますます不安になって、おかあさまを見上げますと、おかあさまはしっとりとした手のひらで、やさしく私の手を包んでくださいました。それから微笑んで「しばしの辛抱ですよ」と、はげますように仰いました。


「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 それは力強いお声でした。昇降機の外で、先ほどの男の方が歌っておられるのです。
 がたん、と昇降機が揺れました。きききと、こすれるような音が続きます。とっさにおかあさまのお顔を見上げますと、そこには先ほどまでの微笑みはありません。おかあさまは両の瞼をきつく閉じられて、唇を引き結んでおいででした。そのぴりぴりとしたようすに、私は怯えました。
 おかあさまはきっと、前の月に別の百貨店で起きたという、昇降機の事故のお話を思い出されたのでしょう。
 そのお話を、いつかおかあさまが青い顔でなさっているのを、私は眠ったふりをして、こっそり聞いておりました。昇降機を上へ上へと持ち上げるはずの頑丈な綱が、何がきっかけだったのか、ぶつりと切れて、あわれ昇降機は、一階の床へと叩きつけられてしまったとのことでした。それはどれほどの衝撃だったのでしょうか、とぎれとぎれに聞こえてきたおかあさまのお言葉からすると、中に乗っておられた母娘連れのお二方は、不幸にも、命を落とされたようなのです。
「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 はじめはただ小さく揺れていた昇降機が、係の方のお歌にあわせて、少しずつ上へ引き上げられていきます。それは滑らかな動きではなく、歌声の節にあわせて、ちょっと上っては止まり、またちょっと上っては止まりというふうな調子でした。
 歌声の合間に、おかあさまが小さな小さな声で呻かれるのを、私はこの耳に聞きました。見上げれば、おかあさまの首筋には汗が浮き、いつもはまるい眉が、きつく寄せられています。私が不安そうに見ているのに気づかれたのでしょう、おかあさまはふと目を開くと、私を安心させようと、汗の浮いた頬で、にっこりと笑いかけてくださいました。
 昇降機は少しずつ、少しずつ上っていきます。その動きはゆっくりで、中にいる時間は私には途方もなく長く思えましたが、それでもじっと辛抱していると、やがて昇降機はじょじょに二階に近づいてまいりました。
「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象……」
 きゅうに心なしか、お歌が遠ざかったような気がした、そのときでした。
 がたんと音を立てて、昇降機が揺れました。一瞬、上の階にたどりついたのかと思った私は、出口の扉をぱっと見ました。けれど扉の上にある針は、二階の表示のすこし手前のところで止まっています。心細くなって振り返ると、おかあさまはなにか、ひどく厳しい表情で、階数表示を睨みつけていらっしゃいました。
 昇降機は、おかあさまと私を狭い小さな場所に閉じ込めたまま、ただただ不規則に揺れるばかり。どうしたのでしょうかと私が呟くと、おかあさまは私の手をきつくにぎりしめてくださいました。けれどそれは、私を安心させるというよりは、ご自分の不安を紛らわすための仕草のように、私には思われました。
 ずずっと、昇降機がまたほんの少し、ずりおちたようでした。


「おおい。痛いよう。痛いよう。物凄く痛いよう」
 足元から、止まったお歌のかわりに、悲痛な泣き声が聞こえてまいりました。
 その声がとても哀れっぽくて、先ほどまでの力強いお歌とかけはなれていたものですから、私は一瞬おもわず我が身の不安も忘れて、足元を見下ろしました。けれどそこにあるのは鉄の床ばかり。階下が透けて見えるわけではありません。
「どうしたのでしょう」
 訊ねて見上げると、おかあさまは厳しい表情で、きっと唇を結んでいらっしゃいました。おかあさまの、きつく寄せられた眉根のしわに影が落ちて、うなじには、ほつれた髪が汗で張り付いています。ご気分がお悪いのですかと訊ねると、おかあさまは無言でかすかに首を横に振られました。
「いかがなされた。いかがなされた」
 大声でどなたか、係の方に呼びかけられるのが聞こえてきます。
「裂けたのです。わたくしのこの腕の筋が、ぶつりと裂けたのです」
「それは大変だ。お医者をお呼びいたしましょう」
「いいえ。いま私は、この場を離れるわけにはゆかぬのです。筋の裂けたこの腕で、輪転を支えるのをやめてしまえば、昇降機はまっしぐらに落ちてしまうでしょう」
 おかあさまが息を呑まれるのを聞いて、私はおろおろと、おかあさまのお顔と、昇降機の階数表示とを、交互に見上げました。
「それではまず、昇降機を操れるほかの方を、お呼びしてまいりましょう」
 足元からばたばたと、どなたかが走り去る音が遠ざかってゆきます。昇降機は小刻みに揺れ、ときにはくくく、と下がります。まっしぐらに落ちてしまうでしょう。係の方の苦しげなお声とともに、先月の事故のお話が思い出されて、私はおかあさまのお膝にすがりつくようにして、ぎゅっと体を縮めました。
 ときおり昇降機はゆれ、がたんと音が響きます。真鍮の文字盤の壱と弐のあいだ、弐にほど近いところを、針はさしています。それが、昇降機を揺れるたびにくくっと下がりました。
「痛いよう。痛いよう」
 すすり泣くような声が聞こえてまいります。それがひどく辛そうで、私までつられて、泣きたいような心持ちになってまいりました。
「あの、おかあさま。下の階へ、ゆっくりとおろしていただくわけにはゆかないのでしょうか」
 私がおろおろと訊くと、なぜだかおかあさまは、ひどく張りつめたようなお顔をなさいました。
「あなたは、下へ降りたいのですか」
 おかあさまは、じっと私の目を見つめて、ひどく真剣に、そうおたずねになります。そう訊かれても、私には答えようがありません。わかるのは、ただこのままでは、あの係の方が気の毒だということだけでした。
 そうしている間にも、またくくっと昇降機がすべり落ちます。おかあさまはまた苦しげに眉をひそめられ、小さく呻かれました。「痛いよう。痛いよう」とすすり泣く声も、階下から何度も響いております。
「一階に、戻りたいのですか」
 おかあさまから重ねて訊ねられて、私がお返事に詰まっていた、そのときでした。足元からはげますように、力強いお声が聞こえてきたのは。
「おおい。よく堪えたな」


「やいほー。やいほー。我らが輪転。いざ立ち向かわん万象真理」
 先ほどの声とは違う、けれど同じように力強い歌声が、そう高らかに歌っておられました。そしてそれにあわせて、昇降機はごとん、ごとんと音を立てて、上昇を再開したのです。
 ほっとして、おかあさまを見上げますと、先ほどまでの厳しいご様子が嘘のように、静かな表情に戻られて、じっと目を閉じておられました。その頬を、つと汗が滑りおちます。
 ごとん、というひときわ大きな音が響き、真鍮の階数表示が、弐の文字盤の上に止まりました。
「弐の階到達。弐の階到達。万象真理に我ら打ち克つ」
 がらりと音を立てて、昇降機の引き戸が開かれますと、その隙間からまばゆいほどの白い光が射してまいりました。思わず目をつぶりますと、百貨店というところにはお薬の売り場もあるのでしょうか、鼻をつんとさす、消毒液のにおいがたちのぼりました。
「さあ」
 おかあさまに手をひかれるままに、一歩を踏み出しかけて、私はおどろきに立ちすくみ、声を上げました。そこはお着物の売り場には、とても見えませんでした。
 白いお部屋。壁紙も照明もひどく白々として、昇降機の中の赤い照明になれた目には、それはまぶしすぎて、痛いほどでした。おかあさまはすでに、昇降機の外に出て、ふりかえって私を待っておられます。
 昇降機の外は、思いのほかに狭いお部屋となっておりました。そこには、何人もの方々が控えていらして、どなたも清潔そうな、真っ白のお洋服をお召しになっています。そして不思議なことに、その方々は一人残らず、そろってにこにこと微笑んでおられるのです。
 その中の誰も怖いお顔などしてはおられないのに、なぜだかとても不安に思われて、私は外に出るのをためらいました。先ほどまで、早くあの昇降機から出たいと、そう思っていたというのに。
 お一方が、不意に、手をぱちりぱちりと鳴らされました。
 それを待っておられたかのように、他の方々も、そろってぱちりぱちりと手を叩き始められます。よく見ると、その中には女の方も何人かいらっしゃいました。
 ぱちりぱちりの合唱は、次第に大きくなっていきます。それはまるで、私に「早くこちらに出ておいで」と話しかけてくるようでした。
 私が戸惑って、片方の手でおかあさまの袖口に、もう片方の手で昇降機の扉にしがみついておりますと、おかあさまはにっこりと笑って、両の腕を広げてくださいました。
「さあさ、いらっしゃい。ここがあなたの生なのですよ」
 その言葉を聴いた私は、わけがわからないまま、こみ上げてくる正体のわからない思いに突きうごかされるように、おかあさまの腕の中に飛び込んだのでした。たくさんの拍手に包まれる中、思うように動かない指で、せいいっぱいおかあさまの胸元にしがみつくと、胸いっぱいに息を吸い込みました。
 そして私は、声をはり上げて泣いたのです。

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 みごと玉砕。むずかしかった……!
 お目汚し、大変失礼いたしました。山田さん様、どうか寛大なお心でお許しくださいますよう、平にお願い申し上げます。

メンテ
「祭の夜」 ( No.37 )
   
日時: 2011/03/06 21:12
名前: 紅月 セイル ID:6EQCAaPs
参照: http://hosibosinohazama.blog55.fc2.com/

笹原様の「ひるがえる袖」のリライトに挑戦しました。
短歌形式でやってみました。

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祭りの夜(よ)
始まり告げる
灯(ひ)ともり
ゆれる提灯と
人待ち焦がる

君の声
人混む道の
遠くより
さまよい来たりて
訪れ告げる

風受けて
矢絣の袖が
ひるがえる
人ごみ分けて
君来たり

結い上げた
黒髪止める
簪が
君の可愛さ
ずっと引き立てる

我知らぬ
振りして駆け寄り
名を問うと
頬染めうつむく
愛らしき君

祭囃子
止んでくれるな
いましばし
二人並んで
歩くいまだけは

矢絣の
袖ひるがえし
過ぎて行く
祭りの夜(よる)が
ただゆるやかに

別れ際
震える口で
告げる君
もう逢えないと
涙零して

さよならと
告げて去り行く
君追えず
我が手の中に
簪一つ

祭囃子
止んでくれよ
今しばし
責め立てるなよ
頼むから

我の手に
簪残して
旅立った
愛しき君は
いまいずこ

ひそやかに
燃える炎は
まだ胸に
伝えることは
かなわずとも

夏の夜
果てより届く
祭囃子
今年もまた
祭が始まる

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本当はこのまま再会を……とも思っていたのですがちょっと切ない感じを残したくてここで終わりに。
楽しい創作でした。
字余り字足らずなところが結構ありますが、やれるだけのことはきっとやりました。

メンテ
HALさんのリライトへの感想 ( No.38 )
   
日時: 2011/03/04 20:12
名前: 山田さん ID:D4N23mTo

 HALさんのリライトへの感想。

 まさかリライトして下さる方が現れるとは思ってなかったので、とてもうれしいです。
 ありがとうございます。

 グロい箇所に関しては省かれたようですが、正直このグロい箇所は作品としては無くてもいいだろういな、と僕自身が思っていたので正解だと思います。
 それとはっとした箇所がいくつか。

「あの、おかあさま。下の階へ、ゆっくりとおろしていただくわけにはゆかないのでしょうか」
 この「下の階へ降りる」という表現。
 実はこの作品を書く際に、僕の当初の予定にも入っていたんです。
 この表現を使って「堕胎」を表現できるかなぁ、なんて思っていたんです。
 では何故書かなかったか……答えは単純……すっかり忘れてしまっていたんです(汗)。
 だからこうしてHALさんにリライトの形で書かれたことにより、やっと完成されたように感じました。
 とてもありがたいことです。

 それと最後の「胸いっぱいに息を吸い込みました」の一文。
 ああ、そうかそうか、そういう表現があったかと感心してしまいました。
 この一文、僕が書きたかった状況を僕以上に上手に説明していると思います。
 感服です。

 全体的に少女が僕の書いたときよりもより少女らしくなっているなと思いました。
 やはり男性の書き手と女性の書き手の違いになるのでしょうか。

 本当にありがとうございました。
 決して玉砕なんてしてませんよ!

メンテ
ここまでの感想(と反省) ( No.39 )
   
日時: 2011/03/06 17:15
名前: HAL ID:upjY9OLc
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

>>27 自分 『歌と小人』リライトへの反省
 原文がうつくしいので、自分で付け足した部分のみっともなさが浮いているっていうかなんていうか、うわーん!
 それが恥ずかしかったので、あえて前半劣化を承知で、追加した要素以外の文章も、自分の呼吸に書き換えようとしていたのだけれど、書けば書くほど原文のほうが圧倒的に美しいのが痛感されて、結局うしろにいくほどもとのままの箇所が多いっていう。うう。
 しかし、出来はさておき、この美しい文章をゆっくりなぞるのは、それだけでもすごく気持ちよかったです。お目汚し大変失礼いたしました!


>>29 自分 『月を踏む』リライトへの反省
 これもしかしてSFに出来ないかなー、とか唐突に思って挑戦したのはいいのですけれど、投稿した翌日くらいに、この設定では沈まない月の説明がつかないことに自分で気がついて、地味に恥ずかしかったです。月が地球のまわりを回っていないのだったら、月は地球に墜落するか遠くに飛び去ってしまうかしますよね……。どうせなら人工の月とか、そういう設定っぽく書けばよかった。
 あと、なんていうかすごく無粋な感じになりましたね……。あらためて、とりさと様、大変失礼いたしました!


>>30 水樹様 『歌と小人』リライトへの感想
 これは……! 三語で展開されてきたこれまでのシリーズを読んできた人間には、とても嬉しい夢のコラボ! もはや原作と関係あるようなないようなかんじですけれども(笑)、個人的にたいへん楽しく読ませていただきました。素手で戦うお姉さまの男前っぷりと優しさに、うっかり惚れそうです。


>>32 とりさと様 『小人と歌』への感想
 おおお、小人視点になってる! これは、ふたりの精神が混じって溶けてしまった……というふうに読みましたが、そういう解釈でよかったでしょうか。リライトというか、原作のあとに続けて読んで、あわせて一本の小説、みたいに読む感じかなあ。
 原作のラスト、わたしは「小人にそそのかされて少女が踊りになった≒実体が消滅してしまった」というふうに、額面どおりに読んでいたのですが、こちらのリライトを読んでいて、「いまここに在るのは、彼女の歌とぼくの踊りだけなのだ。」は、歌・踊りとの一体感を表現するための単なる比喩……と受け取ってもいいのかな、と思いました。


>>33 とりさと様 『そして平和が訪れる』への感想
 ちょっ……! 笑いすぎて腹筋が割れそうなんですけどどうしたら。「同僚はアフロになってました。」のやる気のなさがめちゃくちゃツボでした。「しかし機械はポジティブでした。」も。
 そしてなにげに物悲しく切ないです、ラスト。


>>34 弥田様 『ノクターン』リライトへの感想
 わあ、がらっと雰囲気が変わってる。そしてクロが人間になってる……! 想像するとかなり奇妙な図なのだけれど、どこか切ないです。九郎くんがどうしてこういう状況にいるのか、背景がわからなかったのですけども、元ネタはゲーム? なのでしょうか。
 うぎゃあ、と鳴く犬はきっと犬ではないのだろうなあとか、なんとなく怖いほうに想像力がむいてしまったりして。


>> 自分 『昇降機』リライトへの反省
 原作にぎゅっと詰め込まれている内容を、流れに沿ってもらさず書き出すには、到底筆力が足らず、苦し紛れにあちらこちらを減らしたり変えたりしながら、どうにかこうにか結びまで到着した、という調子でした。そして、己のあまりの悪筆に、悲しい気持ちになりました……。グロテスクなところを省略したのは、グロテスクなシーンをうつくしく描けるだけの度量がなかったせいなのでした(涙)
 冒頭はやや子どもっぽい語調なのに、途中から原文にひきずられて、中途半端に語彙や語調が、少しだけ育った子どものものなのか、完全に大人になってから振り返っているものなのか、語り口が安定していません……恥ずかしい!
 お目汚し失礼いたしました。そして山田さん様、快くお許しくださり、ありがとうございました……!


>> 紅月セイル様 『祭りの夜』への感想
 原作を読んだときは、初めて出会った男女がお互いに一目ぼれする話と思ったのですけれど、こちらのリライトでは、主人公は彼女を待ち伏せ(っていったら言葉が悪いかな?)していた感じでしょうか。
 あと、だいぶ印象が変わったなと思ったのが、原作が祭囃子に「止んでくれるな」と語りかけることによって、祭りよ(この時間よ)、どうか終わってくれるな、と願っているのに対して、こちらのリライトでは、囃し立てるな、になっているのですね。切ないところが、照れくささに置き換わっている、のかな。
 それにしても五七調でうたを書けるというのがすごい。私にも詩や歌が書けたらなー、と横目にうらやましく思いつつ。
 それにしても、なんだか無粋な感想になってしまいました。どうかご容赦くださいませ!

メンテ
黒猫夜想曲のリライト作品への感想と自作の反省 ( No.40 )
   
日時: 2011/03/06 21:48
名前: 紅月 セイル ID:J5HtV9qQ
参照: http://hosibosinohazama.blog55.fc2.com/

・山田さん様作『夜想曲』
自作よりずっとクロが生き生きしていますね。
ぼんやりとした自作と違って確固とした世界が見えてとても良い物に仕上がってると思います。
参考になりました。

・弥田様作
クロー=九朗は実は私自身も気にしてた場所です。
読み間違えるかも、と思ってたのにそのままでした。
しかし、それのおかげで広がった新しい世界が見れました。
独特の世界観がとてもよかったです。

・自作
もうちょっとうまくまとめられないものかと思います。
あと、10段落目の「囃し立てるな」を「責め立てるなよ」に変更しました。

メンテ
リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その4 ( No.41 )
   
日時: 2011/03/07 01:08
名前: 水樹 ID:SwbJT/Xw

 レースのカーテンがそっとなびく。冷たい風を部屋に受け入れる。
 耳を澄ましても何も聴こえない静かな一時、唯一心落ち着く時間帯。暗闇だったはずが、足元を薄らと照らしていた。窓から蒼い月が覗きこんでいる。
 りんごのようにまあるい月は、いつから見ていたのだろうか。淡い光が輪郭をぼかしつつ私の足元、回りを浮き出す。波打つカーテンからの光はこの狭い空間を揺らめかせ、冷たく幻想的な世界へと変える。
 それは蒼の世界へと浸食し、私のこの蔑んだ心をも塗り変えて、全てを忘れさせてくれる気にもさせてくれる。
 徐々に絵具を塗るかのように、蒼い光が部屋全体を照らし、完全に取り込んだ。漠然とは言えない、だけど、言うならば『寒さ』が支配しようとしている。
 それでも私は抗う事もせず。不思議な世界に身を置く。されるがままに受け入れよう。私は何もかもに疲れていたのだった。
「歌わなくていいのかい?」
 何度か言われた気もした。この世界に意識を戻される。
 どこからこの声は聴こえるのだろう。頭に直接響いている感触さえする。もしくは自身の欲求だろうか。
「歌わなくていいのかい?」
 質問を頭の中で反芻させ、私は問いを出そうとする。最後に歌ったのはいつだろうかと。いつから私は歌う事も忘れ、笑う事も忘れたのだろうかと。何故こんなにも自分を犠牲にしてしまったのだろうかと。忘れていた楽しい日々、過去を、声は蘇らせてくれる。
 歌には喜怒哀楽を表現する力がある事すら忘れていた。現在に満足できない人は過去の鮮やかな日々に思いを馳せる。すがりしがみつく。いつかまたと自身では何もせずに何かに期待して生きていく。その繰り返しの為に薄れゆく過去、仕方なしの現在、全てが色褪せて行く。自分を台無しへと進めて行く。
 何の答えも出ないまま、響いていた声はいつの間にか静まっていた。答え、答えは考えても出ては来ない。
 私は感情の赴くままに、声を発する。笑顔の自分、泣いている自分、激しく怒っている自分、閉じ込めていた剥き出しの自分を今、ここに存在させる。まだ自分にこんな力が残っていたとは思わなかった。
 他人として切り離していた自分を取り戻す。これからの生きていく力を取り戻す為に、精一杯、心ゆくまで歌った。自我の念を忘れるのに夢中で、声も枯れ疲れ果てた。それでいて心地よい疲労感に包まれていた。気になっていた、その気になっていただけだった。
 いつの間にか、りんごのようにまあるい月は窓から姿を消していた。
 あの声は何だったのだろうか。月の光の幻影か幻想か、蒼の世界の空想か妄想か、もはやそんなのはどうでもいい事。
 何もかもに疲れてしまった私。もう、溜息もでない。出せない。
 唯一の救いと言えば、私の足元にある、あの月と同じ色の蒼白い赤子が、二度と、けたたましい叫び声をあげない事だった。日夜関係なく、私の精神をグチャグチャに切り刻んでは、引き千切って握り潰す、人生を台無しにする、破壊するモノは無くなった。
 得る物と同時に全てを失った。もう、何も要らないし何も失わない。
 今はこの落ち着いた時間を堪能しよう。
 揺らぐ世界、揺れる私。
 カーテンが風でなびく度に、宙吊りの私がかすかに揺れる。



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想像力を働かせてくれた弥田様、ありがとうございます。
そしてこのイベントを開いてくれた主催者様、ありがとうございます。
とても楽しく書かせていただきました。
ミニイベント板のその3は、申し訳ありませんが、私の都合で削除しました。
機会がありましたら、また参加させていただきますね。

メンテ
わーわーわーわー生きてて良かったです! ( No.42 )
   
日時: 2011/03/07 00:14
名前: 弥田 ID:DUEu0/u2

>水樹さん
4つめ! めちゃくちゃくちゃめちゃめーちゃーくーちゃー嬉しいです! 感謝感謝です。ありがとうございます!
なんというか、いままでの狂躁的な作品があって余計に切ない感じですね。ほんと物音ひとつない! て感じです。すてきです。すてきすぎます。やるせない感じが爆発してます。
もうこの企画に参加できてわしゃあしあわせでした。重ねてありがとうございます!

メンテ
Re: リライト ( No.43 )
   
日時: 2011/06/16 23:55
名前: まるはしうめ ID:i6IlgMZo

星野田さん 「杞にしすぎた男」



そらの、

おちてくる国の、

男は柱に括られて、

手伝う人々の歳月に、

巨大なてっぺんが、

集う、

開けて、開けて、

頭を抱えた言葉が、

塔をつくる、そして、

二度にわけて、

世界と言葉を、

バラバラにしてしまった、

地下に穴を掘り、

お前はしんではいない、

男は聞き返します、

国中の空、

そして悲しみ、

見破る目を、

お前は、

悲しみ、

男は、

煙、

白いそら、

青い箱、

男は聞き返します、

地上へ落とされた奇妙な、

動物にむかって、









紅月 セイルさん 「黒猫夜想曲-BlackCatNocturne-」



綺麗な、

尻尾のしずかな、

ひかる星は、

手をのばし、

夜風にふれていく、

ふりかえる、

真子さんの10月に、

秋と、

冬の退屈を湯気にして、

のぼる風呂上りの、

退屈を、

マグカップに注ぐ、









弥田さん 「歌と小人」



夜のてっぺんの、

こびとの気持ちのあぜ道、

月の口をひらくうたに、

心臓の踊り、

感覚を田に植えて、

りんごのような寂しさに、

お嬢ちゃん、

薄墨色の祝福を、

照らして、









ーーーーーーーーー


ちょっと、まえの企画なのかな。

たぶん、意図とちがうとおもうけれど、

できれば全部、詩にリライトしていこうかなと。

リライトというか、語彙を拝借してるだけかもしんない。

まぁ、ぼちぼちと遊ばせてもらいますね。



星野田さん、紅月さん、弥田さん、作品を拝借しました。

どうもありがとうございました。







メンテ
Re: リライト2 ( No.44 )
   
日時: 2011/06/17 10:16
名前: まるはしうめ ID:3451gUYo

とりさとさん 「月を踏む」



チャボの観念に、

ほうられて、

つまさきですら、

冷えるつきのわ、

三日間つづいた、

夜に、

瓶に、

月明かりをためる、

楽園をおわれる、

小鬼の、

よだれ、









笹原静さん 「ひるがえる袖」





結いあげた、

炎に、

今、

しばしを灯す、

君の名が、

やんでくれるな、

君は立つ、

我の手に、

ひるがえる夜に、

逢えぬこと、

祭りの、

袖に、









みーたんさん 「タイトルなんて迷う」



Qに、

平和の死体をささげる、

猫のギターは、

わるいこと、

そうやって私のまわりに、

血がどばあってなって、

かなしい、

みんなああなるんだねと、

Aは、

ギュルギュルしてる、










---------------------------


基本、すべて即興なので、つくりが非常に粗いです。

とりさとさん、笹原静さん、みーたんさん、どうもありがとうございました。

メンテ
Re: リライト ( No.45 )
   
日時: 2011/06/17 16:45
名前: まるはしうめ ID:3451gUYo

HALさん 「歌う女」



いい人が、

死んだときには、

いい葬式が、

おこなわれるのかしら、

わるいひとが、

夏の片方にすわって、

それはシーソーだったから、

どうしたって、

あなたのほうに傾いた、

けして、

喋らないときには、

だれだって詩がかけた、

散文は幽霊を、

かたれないように、

あなたは、

そのように声をうしなって、









メンテ
Re: リライト企画 Vol.1 ( No.46 )
   
日時: 2011/07/17 00:39
名前: HAL ID:yL5nAd0o

> まるはしうめ様
 わ、ご参加ありがとうございます! 拙作のリライトも、ありがとうございました! 最近こちらをチェックしてなくて、気づくのが遅くなりました。失礼しました。

 どの作品も、原作とはだいぶ雰囲気が違うなと思いました。なんだろう、不思議な感じがします。短文の連なりが、なんだか浮遊感というか、ふわふわと落ち着かないような……。けして悪い意味ではなく。

 いずれのリライトにも、寂しさ、けだるさみたいなものを感じたように思います。
「退屈を、/マグカップに注ぐ、」のくだりがとても好きでした。

 詩心がないもので、うまく感想をまとめることができませんが、楽しく読ませていただきました。ご参加ありがとうございました!

メンテ

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