リライト つとむュー様『お父さんのススリ泣き』 ( No.40 ) |
- 日時: 2011/01/30 20:36
- 名前: HAL ID:.XBZrO3I
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
隣の部屋から、すすり泣く声がする。 真夜中だ。一歩間違えればホラー映画のシチュエーションだけれど、うらめしそうな女の声ではなくて、野太いオジサンの泣き声では、なんとなくしまりがない。しかも、男泣きなんていう雄雄しいものではなくて、まさにめそめそという感じ。あれが自分の父親だと思うと、恥ずかしくてしかたがない。 母さんがいてくれれば、と思う。そうすれば、なだめすかすか叱りつけるかして、なんとか泣き止ませるなり、せめて隣の和室から引き剥がして、わたしの勉強の邪魔にならない場所にどかしてくれただろうに。 信じられないことに、もう三時間、この調子なのだ。弟はとっくに逃げ出して、友達の家に避難している。わたしだってそうしたかった。だけど受験生の友達の家に、急に夜中に押しかけて「今晩泊めて」なんていう度胸は、あいにく持ち合わせがない。 泣き声は収まる気配をみせない。まったく、大の男がいつまでも、情けないことこの上ない。聞こえよがしにため息をついても、襖の向こうの声は、さらに泣き声のトーンを上げただけだった。嫌味な。 こっちは受験も間近だっていうのに、いったい何を考えてるんだろう。おかげでイライラして、ちっとも勉強に集中できない。 襖に向かって、消しゴムを投げつける。投げるものを目覚まし時計にしなかった自分の理性を、誉めてやりたい。家庭内暴力をふるう男の気持ちが、ちょっとだけわかるような気がした。大きくため息をつく。 父さんに向かって「ウザい。死ねクソ親父」と吐き捨てたのは、三時間前のことだ。いくらなんでもいいすぎだろうか。いいすぎだろう。自分でもわかってはいる。だけど、それくらいのことは、いいたくもなるのだ。 センター試験まで、残り一か月。この追い込みの大事な時期に、風呂上りにパンツ一丁で部屋にやってきて、よりによっていうことが「週末、温泉にでもいかないか」ときた。 誰のせいで、と思う。いったい誰のせいで、こんなに必死で勉強する羽目になっていると思うのか。 一年前のことだ。四十もとっくに過ぎて、上司とそりが合わないからなんていう子どもみたいな理由で仕事をやめた父さんは、不況の中でどうにか働き口を見つけたはいいけれど、年収は当たり前のようにガタ落ちした。 どうして上司に辞表を突きつける前に、一瞬でも子どもたちのことを思い出してくれなかったのかと、なじりたいのを堪えに堪えて、わたしはそれから必死に勉強に追われている。どうせあんまり頭はよくないんだし、大学になんていかなくてもいいっていったのに、それはダメだなんていい張ったのも父さんだ。ローンの残るこの家もさっさと処分して、家賃の安い公営住宅にでも申し込もうよって、わたしがそういっても、思い出のある家を手放すなんて無理だとごねたのも、やっぱり父さんだ。あのおっさんの脳ミソには、現実を見るっていう能力が、最初から備わっていないに違いない。 そんな状況で、私大に通うような余裕はウチにはない。もともと受験に対して呑気に構えていたわたしが悪いといえば、そのとおりだ。だけど、誰のせいで、と思わずにはいられない。 すすり泣きはおさまらない。いいかげん腹に据えかねて、椅子を蹴立てて立ちあがった。どすどすと畳を踏み鳴らして、襖を開く。父さんは肩を落として、小さくなっていた。その丸まった背中がどうしようもないほど情けなくて、思わず拳をにぎりしめていた。 怒鳴ろうと、大きく息を吸い込んだ瞬間だった。父さんが手にもっている、一枚のカードに気がついたのは。 色あせた、けれどたしかに見覚えのある風景写真。それは五年前、家族旅行のときに買った絵葉書だった。 どうしてこれが、いま父さんの手元にあるんだろう。驚きのあまり、怒鳴りかけていた声もしぼんで、どこかにいってしまった。 それは、いまも遠い南の島の、街角にあるポストの底で、ひっそりと眠っているはずの品だった。
五年前のそのときまで、毎年かかさず、その南の島に家族そろって出かけるのが、わたしたちの習慣になっていた。だけど五年前、まさにその旅行の最中に、非常事態が起きた。火山活動が急に活発化したのだ。 その噴火は、最初の予想以上に大きくなって、最終的には全島民が避難するはめになった。わたしたちも夜中にホテルの従業員から起こされ、おおあわてで荷物をまとめて、船に乗り込んだ。そして数日後、島は封鎖された。 あれが家族そろっての、最後の旅行になった。翌年、三人でどこかに行こうといった父さんに、あの島でなければ絶対に嫌だと、わたしがごねたからだ。 本当は、旅行の場所なんてどこでもよかった。母さんがいないのに、三人で旅行なんてするのがいやだっただけだ。 「ごめんね」と、母さんはいった。家を出て行く前の晩のことだ。父さんとひどい喧嘩になって、言葉と皿とが飛びかった。わたしと弟は、わたしの部屋に避難して、うんざりだよねとか、いい加減にしてほしいとか、そんなことをいいあっていたと思う。いっときして、母さんがそこに顔を出して、たった一言、ごめんねといった。 わたしたちは、その「ごめんね」が、「みっともないところをみせてごめんね」だとか、「いやな思いをさせてごめんね」だとか、そういう意味だと思っていた。翌日、学校から帰ってきて、母さんがいなくなっていることに気が付くまでは。 家を出た直接のきっかけが、なんだったのかは知らない。たまに連絡してくる母さんも、母さんのことに触れると顔を歪めて黙り込む父さんも、ぜったいに話そうとしないからだ。 だけど、そういうことの原因が、ひとつきりのわけがない。日ごろの色んなことが、たとえばこういう父さんの無神経なところだとか、考えなしで現実を見ないところだとか、すぐにめそめそするところだとか、そういう不満やなんかがずっと積み重なって、混ざりあって、それである日、なにかのきっかけで堰を切るのだ。
だけどどうして、この絵葉書がいまごろになって……。 そう考えて、やっと思い出した。ついこのあいだになって、ようやく島民の人たちの帰島が叶ったと、ニュースでたしかに聞いたのだった。 ではこの絵葉書は、熱い灰の降ってくる町の一角の、あの国独特の形をしたポストの中で、焼けずに耐えていたのだ。そして、戻った島民たちの手によって、五年越しに送り出されてきた。面白がってそれを投函した、当のわたしも、とっくに忘れたころになって。 絵葉書の裏には、記憶違いでなければ、わたしたち四人の署名がそれぞれ入っているはずだ。 父さんの肩は細かく震えている。厭味のためのウソ泣きには見えなかった。なにも考えきれない人なのだ。相手の気持ちになってみるっていうことが、とことん下手くそなだけの。 何もいわずに襖を閉めて、自分の部屋に戻る。椅子を軋ませて座り、イヤホンを耳に突っ込んで、ボリュームをあげた。おっさんのすすり泣きよりは、フルボリュームのロックのほうが、まだ勉強の邪魔にはならないだろう。耳は悪くなるかもしれないけれど。 明日の朝になったら、と、数学の参考書を睨みながら、頭の隅のほうで思う。温泉、行ってもいいって、いってみようか。ただし、受験が終わったあとにねって。 謝るのは癪に障るけれど、それくらいは歩み寄ってやってもいい。どうせ大学に受かったら、次の春にはこの家を出るのだし、わたしのほうがちょっと大人にならないと、どうやら仕方がないみたいだから。
---------------------------------------- ごめんなさい、勝手ながらだいぶ設定いじっちゃいました。えらく口汚い娘さんになってしまった……。 お目汚し、大変失礼いたしました!
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感謝>HALさんへ ( No.41 ) |
- 日時: 2011/01/30 21:19
- 名前: つとむュー ID:bbh.YHKM
HALさんへ
「お父さんのススリ泣き」をリライトしていただきありがとうございます。 これはすごい勉強になりますね。感謝、感謝です。 それにしても、まさかお母さんが……(笑) 僕のブログに載せても、いいですよね?
紅月セイルさんの「孤高のバイオリニスト」のリライトの感想もありがとうございます。 他の方のリライトは読まずに書いているので、ネタが被ったということは、 もしかすると原作にそういう雰囲気があるのかもしれませんね。 ♪や~は、やはりなにか軽い感じがしますね。
さて、リライトは順番にチャレンジしたいと思います。 (すいません、紅月セイルさんの「ノワール・セレナーデ」は一巡してからにしたいと思います) 次は「自動階段」。ヘンテコなアイディアは浮かんだのですが、はたして文章にできるかどうか。
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返信と反省 ( No.42 ) |
- 日時: 2011/01/30 22:03
- 名前: HAL ID:ey1OGXso
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
> つとむュー様 どうぞどうぞ!>転載 勝手な設定を付け加えてしまってごめんなさい……!(汗)年齢も変えちゃったし、弟まで増やしちゃったし。 原作で、お母さんの描写がどこにも出てこなかったので、お父さんが泣いていても別室で知らん振りを決め込んでいるのか、家族を置いてお泊まり旅行にでもいっているのか、それともすでにいないのか……と。
> 反省 これだけ複雑な家族構成に改変するんだったら、もっと尺をとって、じっくり腰をすえて書くべきだったのではないかと……。 お母さんが、子どもたちを連れて家を出るのではなく、ひとりで出て行ったところに、事情への鍵があるっていうか、ほんとうは非はお父さんにばかりあるのではないのだけれど、娘は無意識に母親の味方をしている……っていうのをなんとなく匂わせたかったのですが、どう考えてもうまくいっていませんねorz わたしはロコツに書くところとにおわせるところと伏せるところの選別を、もうちょっとどうにか身につけないといけないなと思いました。反省。
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『千年後の自動階段』 片桐秀和さん作「自動階段の風景 ――行き交う二人――」のリライト作品 ( No.43 ) |
- 日時: 2011/02/05 16:44
- 名前: つとむュー ID:KpRbfyUw
片桐秀和さん作「自動階段の風景 ――行き交う二人――」のリライト作品
『千年後の自動階段』
紅かった。月が。 輪郭がぼんやりしているのは、まだユウキの意識が朦朧としているからだろうか。 その紅い月は、ちぎれ雲ひとつない透き通った青空に浮かんでいた。 そしてユウキの体は、その青空の中を上昇しているようだった。 ――このまま天国に行くのだろうか。 そう思ってユウキは、はっと意識を取り戻す。 ――あれからどうなったんだろう? 意識を失う直前にユウキが見たのは、猛スピードで突っ込んでくる建築資材を運ぶ大型トラックのボンネット。とても避けられたとは思えない。 ――きっと俺は死んだんだな。 ユウキは体を動かそうとしたが全く動かせない。体を横たえているのは、白く細長い床のような場所。手探りで形状を探ると、細長い床の片方は壁のようになっていて、もう一方は下に切れ落ちている。 まるでそれは階段のようだった。しかも、エスカレーターのように上昇している自動階段。 丸一日階段に横たわっていたユウキは、やっと体を動かせるようになった。 相変わらず月は紅い。 なんとか上半身を起こして周囲を見渡すと、ユウキが居たのはやはり階段だった。上にも下にも人が居るようだ。それよりも驚いたのは、反対側には下りの自動階段もあることだった。 二日目になると、ユウキは元通りに体を動かせるようになった。 ユウキは階段に座って紅い月を眺める。 自動階段は相変わらず上昇を続けている。反対側の下降する階段を見ていたこともあったが、乗っている人はみな同じ顔に見える上に、それがものすごいスピードですれ違うものだから気持ちが悪くなってしまった。 だからユウキはずっと月を眺めていた。なんであんなに紅いのだろうと思いながら。 すると突然自動階段が止まり、空の彼方から中性的な声が響いてきた。
『ご利用の皆様にお知らせします。ただ今、当自動階段は定期検査を行っております。七分間の停止が予想されます。お急ぎの皆様にはまことにご迷惑をおかけいたします。繰り返してご利用の皆様にお知らせします――』
――なんだよ、点検かよ。 ユウキは少しふて腐れるように反対側の下り階段を向く。案の定、下り階段も止まっていた。そしてそこに乗っていた人と顔を合わせて、思わず声を上げた。 「えっ!?」 「あっ!」 反対側の階段からも驚きの声が聞こえてきた。そこに乗っていたのは――なんとユウキと瓜二つの顔をした男性だったのだ。 「あなたも……」 「そうです、私もタイプEです」
西暦二五○○年。 人類は存続の危機に面していた。 男性が持つY染色体が、子孫を残せないほどに小型化してしまったのだ。 もともとY染色体は修復が効かない染色体だった。しかも、突然変異を繰り返すたびに小型化していった。 ――このままでは人類は絶滅してしまう。 そう判断した科学者達は、Y染色体があまり小型化していない人々を選び出し、そのクローン人間を作ることで人類を存続させようと計画した。 そしてその計画の発動から五百年が経った西暦三○○○年には、人類の男性はタイプAからEまでの五種類だけになってしまったのだ。
ユウキはタイプEのクローンだった。そして反対側の階段に居た男性も同じくタイプEのクローンだった。 「珍しいですね」 「僕も同じタイプの人間に会うのは初めてです」 クローンにはAからEまでの五タイプが存在していたが、その存在比は著しく偏っていた。例えばタイプAが七○%、タイプBが二○%、という具合に段々と減っていき、タイプEはわずか○.○○○一%の存在だったのだ。 「俺は武本ユウキ」 「僕は丹羽ミキオ」 二人は何か運命的なものを感じていた。 「俺、一昨日交通事故で死んだんです」 ユウキは淡々と切り出した。 「それは、ご愁傷さまでした。痛かったですか」 ミキオが弔いの言葉を口にした。彼としても死んでいることには変わりなく、不可思議な会話とも取れるが、その表情にからかいの色は一切ない。 「いや、一瞬だからどうということも。はは、気づいたらこの変な階段に乗って上昇していました」 「そう、良かった、っていうのはおかしいな。不幸中の幸いでしたね」 ミキオもあくまで軽快な調子で話すユウキに合わせたのか、おどけた様子を見せた。 「ああ、それ、それです。俺って変なところで運が良いんですよ。あれ、この場合は運が良いとは言わないか」 コウキが頭を掻くと、ミキオは楽しそうにお腹を抱えて笑った。和やかな雰囲気が一段落すると、ミキオが静かな調子でつぶやく。 「じゃあ、僕は明後日かな」 「何がですか?」 「生まれるのが」 ああ――、とユウキは息を漏らす。 「そうか。俺が二日来た道をこれから行くわけだから、明後日生まれることになるんですね」 「ええ」 「それはおめでとう」 「ありがとう。今はとっても楽しみです」 「そうですよね」 人間界ではタイプEの男性は大変珍しいので、どこに行ってもモテモテだった。そりゃ世界の男の七○%が同じ顔をしているのだから、そうなるのは当然だ。 「俺がこれから行くところはどんなところですか? まさか地獄だったりは――」 人間界に戻るミキオに比べて、ユウキの方は不安で一杯だった。 「いや、名前は天国でした。着いた先の看板にそう書いてあったから。でも、ある意味地獄かもしれませんね。だってこの階段は男性専用だから」 「げっ、それは難儀だな」 つまり行き着く先には、タイプAの同じ顔をした男性がうじゃうじゃ居るということだ。 「だから見てはいけないんです」 「というと……?」 「考えるんです。人類とは何なのか、ということを」 溢れんばかりの同じ顔をしたクローン人間。天国をそのような状況にしてまでも人類が存続し続ける意味は一体何なのか。 「僕はずっと考えていました。二十年くらい。そしてある日、気がつくとこの下り階段に乗っていました」 「それで答えは出たの?」 「いいえ、何も答えは出なかった」 「そうか……」 ユウキが沈黙すると、ミキオはおもむろに夜空に浮かぶ紅い月を見上げた。ユウキも自然とそれに倣う。ユウキがこの二日間ひたすらに見ていた月だ。 「ねえ、どうしてあの月は紅いんだ?」 ユウキは長らく疑問に思っていたことを口にした。答えがあるなら知りたいと思っていたが、今は何よりミキオならどう思うかが知りたかった。 「命の色なんだと思う」 「命?」 「うん、尽きた命と生まれる命。いくら取り替えが効くクローン人間だって、命に色があってもいいんじゃないかって思ったんだ」 「へえ、難しいな」 「僕にもよく分からないんだけど、死ぬことも生まれることもきっと同じくらい大切なんだってそう思った。うまく言葉に出来ないけれど、あそこで過ごした二十年で分かったような気がする」 「大切か――」 「ああ」 ユウキははっと息を呑む。一瞬意識が揺らいだ後、絶対に解けないはずの数式の答えが電撃とともに去来したように、強烈な衝撃がユウキの魂を打った。 「聞いて欲しいことがある」 そう切り出したユウキの表情は固い。強張った頬が震えると、唾をゆっくり飲み込んだ。 「おかしいな奴だって思ってくれてかまわない。だけど聞いて欲しい。ずっと君に伝えたいことがあったんだ」 どこか苦しそうにも見えるユウキに心配そうな表情を見せながらも、ミキオは深く頷いた。 「俺は君だよ。そして君は俺なんだ」 「え?」 ミキオは驚きのあまりそう言うよりなかったのだろう。それでも言葉の意味するところを、自分なりに必死に掴もうとしている。 ユウキは自分でも止められない激しい想い、けれど真摯な想いをゆっくりと言葉にしていく。 「何度も何度も、こうして俺達は出会っていたんだよ」 それを聞いたミキオが、あっ、とつぶやいた。 「僕にも分かった。僕達はここを何度も何度もすれ違っていたんだね。生まれる君と死んだ僕、死んだ君と生まれる僕。どちらか一方の世界で一緒に過ごしたことはないけれど、こうしてグルグルと入れ替わっていたんだ」 「お互いにな」 「そうだ、僕達は同じタイプEのクローンじゃないか」 「じゃあ、約束しよう。次に君が死んでもこうやってこの階段ですれ違うって」 「ああ、約束しよう」 二人は自然と右手を伸ばしあい、強く握手を交わした。 その時だった。 突然ユウキがミキオの手を強く引っ張ったのだ。そしてその勢いでミキオの体は宙を舞い、上り階段に着地した。一方、ユウキの体はミキオと入れ替わって下り階段に移動する。 「な、何を!?」 驚愕に震えるミキオ。何が起こったのかわからないという表情でユウキを見つめている。 その時、七分間停止していた自動階段が動き始めた。 「だから言っただろ。俺は君で、君は俺だって。だったら入れ替わったって変わりはしないんだ。また天国で二十年の瞑想にふけってくれ」 「くそっ、騙したな」 「もしかしたら君は、こんな感じでこの場所と天国とをずっと行き来しているのかもしれないぜ」 「そ、そんなことは……」 「ま、天国でゆっくり考えるんだな。じゃあな、またこの階段で会おうぜ。あばよ」
ユウキを乗せた階段が下っていく。あと二日我慢すれば、また人間界に戻れる。そうすれば、タイプEのクローンはモテモテの人生を歩むことができるのだ。まさか、タイプAに生まれ変わるということはあるまい……。
------------------------------------------------------- ゴメンなさい。こんな変な作品を書いてしまいました。 リライトというか、パクリに近いです(でも楽しかった)。 片桐さんの文章をそのまま使っている部分が多いので、文章力の差が浮き彫りに(泣) (この作品を僕のブログに掲載してもよろしいでしょうか?) 次は「Fish Song 2.0」。これは強敵ですね。 (紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」のリライト作品『河のほとりに』ですが、冒頭の部分を修正しました)
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【バンシーの歌】 原作:紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」 ( No.44 ) |
- 日時: 2011/02/06 04:02
- 名前: 星野田 ID:RB7Zt9Zs
日も暮れようとしたとき、旅人のパイアケトが墓場の前を通りかかりると何か女の啜り泣きが聞こえる。ぎょっとして墓場を覗き込むと、一つの墓石の前でうずくまる女がいた。旅をしていると気味の悪い噂話をいろいろと聞く。無念を晴らせずさまよう幽霊、墓場で死肉を貪る怪物、真夜中に呪いの儀式を執り行う狂人。迷信などを信じて必要に怖がることはないが、それでも旅の途中で気味の悪いものに近寄ろうとも思わない。恐ろしくなったパイアケトが足早に町に向かおうをしたとき、その女のしくしくという嗚咽に混じって、なにかを呟いているのが聞こえた。途切れ途切れだが、あれは歌だ。故人の霊魂が悪霊に汚されず、迷わず無事に天国へと行けるよう願う歌。嗚咽によって旋律も歌詞も消えかけているが、確かに彼女は歌っている。夫か恋人か息子か、ともかく誰か親しいものを亡くした女らしい。 押し寄せる哀惜の念に、我を忘れ、時がたつのにも気がついていないのだろうか。もうすぐ夜になる。こんなうら寂しい場所に女一人を残して立ち去ってはいけない。女への同情心とともに、倫理観がパイアケトの胸に湧き上がる。 「お嬢さん、もう一番星が天に昇っていますよ。何があったのかお察ししますが、私と一緒に町へ向かいませんか。この時間にはスープのやパンのこげる匂いが漂っていて、きっとほっとしますよ」 声をかけられた女がハッと顔を上げる。女は手に持っていたナイフをとっさにパイアケトにむけたが、慌てて手を上げたパイアケトを見てすぐに警戒を解いた。目元や耳のあたりに鱗を生やした見たことのない種族であったが、若い女であることは知れた。赤く腫らした目から、ずいぶん長い間泣いていたに違いないとパイアケトは思う。女は何かを言おうとしたが言葉にならず、パイアケトが差し出したハンカチを黙って受け取った。 女はすこしの間、落ち着こうと努力してからようやく「どなたかは存じませんが、親切にありがとうございます」と言い、しかし「私は今夜、この場を離れるわけには行きません」 ケケト族のポアラと名乗る彼女の話によると、彼らは霊感の鋭い種族なのだという。それゆえに悪霊たちにとって、死んだばかりのケケト族の無防備な霊魂は格好の餌であるという。男は娘や妻が死ぬと槍を持って悪霊たちを退く、女ならば歌を捧げて霊魂を導いた。ポアラはまだ娘といっても通じる外見であるが、つい先日伴侶を失った未亡人である。結婚してから二年、夫は夭折の人であった。ケケト族の慣わしに従えば、妻であるポアラは夫のために一夜を通して歌い続けなければならない。さもなくば夫の霊魂は現世をさまよい、いずれ悪霊に食い散らかされてしまう。 それまで黙って話を聞いていたパイアケトは、腹を立てて言った。 「しかし冷たい一族ですね。あなたが歌っている間、だれも付き添いさえしないとは」 「友人たちを起こらないでください。この辺りには獣も出ませんし、物騒な話もありません。それに一人でいさせてくれと、私が頼んだのです」 女は俯き、沈痛な言い方で続けた。 「私はその、恥ずかしい話ですが、音痴なのです」 音楽や芸能を愛すケケト族は皆、美しい歌声をもつ。その歌や踊りに乗せ出産を祝福し、運勢を占い、恋人を愛で、結婚を喜び、故人を偲ぶ。この種族の者にとって、歌や踊りができないことは人格を疑われるほどの恥ずべきことではあった。ポアラに親しい者たちは、彼女の音痴を知り彼女を嫌うことはなくても、激しく同情し、彼女自身も己の才覚のなさを情けなく思っていた。しかし、夫の魂を導く歌は妻の役割であり、他の誰かに変わってもらうわけには行かない。耳障りな歌声を晒してしまうくらいならば、誰にも聞かせることなく、一人で夜を過ごしたほうがよい。彼女はそう考えているようだった。 先ほどうずくまって泣いていたのも、夫を亡くした悲しみももちろんあったが、それよりも愛すべき人を満足に送ってやれない自分の歌声を嘆いてのことでもあった。「いくら歌っても、あの人の霊魂を導けず、あの様にさまよわせてしまう」と彼女は言い、情けなさそうに「あはは」と力なく笑った。その言い方はあたかも彼女にさまよう夫の霊魂が見えるかのようだったが、もちろんパイアケトにはそれが見えず、あいまいに返事を返すしかなかった。 なんと言うべきか思いつかずパイアケトがまごまごしていると、彼女はどこかに言ってほしそうな仕草をパイアケトに送ってくる。しかしパイアケトは心配であった。 ごほんと咳払いをしたパイアケトは、どうでしょう、と提案をする。 「私は旅人です。私にかく恥ならば、あなたもそこまで気にすることはありません。私に一晩、あなたのお手伝いをさせていただけませんか」 「手伝いとは」 なにが手伝えるのかと疑問に思うポアラに、これですと言いながらパイアケトはドサリと置いた荷物の中から楽器を取り出した。 「演奏があれば多少は歌いやすいでしょう。歌を教えてください」 彼女は迷ったが、「旦那さんが一生さまようのと、一時あなたが恥をかくこと、どちらが重大か」という旅人の言葉にしぶしぶ納得した。パイアケトに彼女が歌った曲は確かにひどい歌だった。音程は外れ、調子も悪い。しかしパイアケトはこの地方によく聴く音楽と照らし合わせ、何種類かの曲を再現してみせた。ポアラは「すごい、その曲で良いと思います」と驚いて「よく私の歌から、正しい音をつくれましたね」と目を丸くして言った。 「では弾きますね」 パイアケトが曲を奏でると、ポアラも意を決して歌い始めた。パイワケトは歌を聴きながら、そらで歌うよりもましになったと思ったが、もちろん口には出さず黙って楽器を鳴らす。最後まで歌い終えたら初めに戻り、また頭から歌う。自身の歌に満足できないのか、ポアラが涙ぐむこともあったが、そのときはパイアケトはあえて強い調子で楽器を弾き、彼女を元気付けた。パイアケトにとって難しい曲ではなかったが、夜が更けても何度も繰り返し楽器を引き続けることは体力を削る。ああしまった、こんなきつい事になるのなら引き受けるんじゃなかった。眠いし、つらいし、寒いし、そういえば夕飯を食べ損ねたのではないか、ちょっと休憩とか言ってご飯を食べてはいけないのだろうか、いやいや彼女は一生懸命やっているし、言い出した私がやめるわけにはいかない。パイワケトの体に疲労がたまり、思考が固まらなくなる。やがて風の音と、自分の演奏と、彼女の下手な歌と、虫の声と、心臓の鼓動と、何もかもが交じり合うころに、ぴたりとポアラの歌声がやんだ。 「あ、ああ」 ポアラが感極まったように、声を漏らし、涙を流した。 「よかった。本当によかった。私の声で、天へと逝けるのですね。こんな声でごめんなさい、今まで愛してくれてありがとう」 空中の何かに抱きつくように、ポアラが天へと両手を伸ばした。しばらく彼女はそうしてから、はっと我に帰ったように、パイワケトのほうを振り向いた。 「ありがとうございました。夫もこれで、あれ」 そこにもう、パイワケトはいなかった。
ケケト族の町では音痴の女が、無事に霊魂を天に送ったことが話題になっていた。もしも霊魂を送ることができなかったならば、慣習にそむくことではあるが、彼女の代わりに歌うつもりの者も何人かいたらしい。迷信を強く信じる風習のある村で慣習を破れば、白い目で見られることも多いと旅で何度も経験してきた。いい人たちの多く住むいい町だなとパイワケトは人々の噂を聞きながら思う。みな、彼女が霊魂を送れたことを喜んでいた。ケケト族のしきたりとはいえ、みんな彼女のことを心配していたのだ。彼女が儀式を上手くできなかったとき、命を絶つのではないかと心配していたという声も聞いた。その指摘は間違ってはいないのではないかと、パイワケトは思う。人を遠ざけ、一人で墓場で泣き暮れていた彼女を思い出す。彼女に声をかけたとき、とっさに振り向いた彼女は手にナイフを持っていた。獣もおらず、治安も悪くないこのあたりで、常に手に刃物を持って警戒ているというのは考えにくい。あの時、手に持っていた刃物はもしかしたら、と考えが及ばないでもない。 宿で昼食を取るパイワケトの隣で、若いケケト族の二人が話しをしている。 「なあなあ、ポアラさんの話を聞いたか」 「彼女、今まで歌のせいで自信をもてなかったみたいだけど、霊送りができて少しは元気になれたみたいだね」 「なんでも親切な旅人が絡んでいるらしいな。ポアラさんの歌にあわせて楽器を弾いたんだってな」 「そしてポアラさんが旦那さんの霊と話しているとき、気を使ってそっとその場を去ったらしい」 「夫婦の最後の会話だもんな。気が利く旅人だ」 「きっと、さわやかでかっこいい人なんだろうな」 さてと、とパイワケトは席を立った。この町はいい町だが早く去ろう。 あの時、女が歌い終わる直前、空中に浮かぶ男に「妻を救ってくれてありがとう」と微笑まれて、怖くなって逃げたとはまさか言えない。
**************************** ごめんなさい。 何度も書き直していたら、かなり原作から外れてしまった気がする。
仮面ライダーがけったり踏んだりの大活躍をするバージョンは封印(?
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感想的なもの ( No.45 ) |
- 日時: 2011/02/06 04:09
- 名前: 星野田 ID:RB7Zt9Zs
おさんの『バイオリン弾きのゴフシェの奇跡』を読んで、打ちのめされました。 ああいうのなんだ! ああいうのがリライトなんだ!!くっそー!
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「アイヤー」 藤村さん「ほらねんね」 ( No.5 ) ( No.46 ) |
- 日時: 2011/02/07 03:16
- 名前: 星野田 ID:RB7Zt9Zs
今日も熊がわたしの部屋に来た。狭い階段を二階までわざわざ登ってきたらしい。お疲れさん。でもこの部屋には何もないよ。わたしが布団に入っているけど、そんなもんだ。熊は器用に前足を使い、押入れのふすまを開けた。私が寝ている布団分、広くなっている押入れの中。熊はがんばってそこに体を入れてみようとしたが、ごめんね、その隙間はもう布団で予約済みなんだ。 頭まで布団にもぐって、寝たふりをして、熊の行動をこっそり観察する。なぜこんなことをするのか問われても答えられない。あ、押入れをあきらめて漫画読み出したぞ。それ読むの五回目じゃないか。おい毛が落ちるから尻をかくな。実はあいつ、漫画なんてほとんど読んでいないんだ。ちらちらとわたしのほうを見てくるからすぐ分かる。でも目なんてあわせない。わたしは「コンセントの穴ってなんであんなに黒いんだろう」みたいなことを考えて、熊の目を見ない。 しばらくして、熊は何かをあきらめたように首を振った。 「Yo、ちぇけらっちょ、アイヤー」 そう吠えてから屁をこいて、熊は一階に下っていった。匂いだけが部屋に残った。
------------------------------------- なんて無力なのだろう……手も足も出ませんでした。熊の無力感を描いたつもり。
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ここまでの感想 ( No.47 ) |
- 日時: 2011/02/06 09:21
- 名前: HAL ID:uS0yT6JY
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
> つとむュー様 『千年後の自動階段』への感想
ま、まさかのギャグ。予想外でした。 たしかに、わたしも原作をリライトしながらちらっと「これ、反対側に飛び移れたら蘇っちゃうのかな?」とか、そういうことを考えたりはしたのですが、しかしこんな展開がくるとは……(笑) 無粋を承知で贅沢をいえば、前半にギャグになりそうなにおいがしなかったので、違和感があったような。中盤までのシリアスな空気に対して、「モテモテ」という単語が軽すぎるのかな。このオチなら、序盤~中盤をもうちょっとコミカルに描いたほうがよかったかも? と思いました。
> 星野田さま 『バンシーの歌』への感想
わあ、さっそくのご参加ありがとうございます! きのうの夜に書き始められたはずなのに、すごい設定が……!(戦慄)少数民族の独自の風習って、なんていうか、すごくロマンを感じます。 そしてラスト一文、笑いました……。 チャットで仰っていた仮面ライダーが活躍するバージョンも気になるのですが……!
> 星野田さま 『アイヤー』への感想
こちらもまさかのギャグ。なんだろう、リライトを提案したとき、二次創作的・番外編的なリライトは想定にあったのですが、シリアス⇔ギャグみたいなリライトは思いつかなかったです。わたしの頭が固いのか…… お尻をかく熊、マンガを読む熊、可愛いです。アイヤー!
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> 事務連絡
お試し版ということでやってまいりましたが、おかげさまでご好評(?)をいただきまして、原作を出してみようかなというようなお声も、ちらほら聞かれましたので、「みんなの掲示板」に正式移行して、あらためてリライト企画を立ち上げたいと思います。 近々(今日明日?)、向こうに第一回正式版の記事を出そうと思いますので、皆様方、あらためてよろしくお願いいたします。
なお、こちらのお試し版も、リライト作品の投稿および感想コメントは無期限で受け付けておりますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。
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『Fish Song 2.06』 弥田さん「Fish Song 2.0」のリライト作品です ( No.48 ) |
- 日時: 2011/02/06 17:51
- 名前: つとむュー ID:K74kRgLw
- 参照: http://www.geocities.jp/tsuto_myu/
弥田さん「Fish Song 2.0」のリライト作品
『Fish Song 2.06』
歓楽街を歩く少女は、ライブハウスのネオンサインの前で立ち止まる。そして迷いもせずに地下へと続く階段を降り始めた。 ――今日は大好きな、ストリート・ムーン・マニアックのライブだから。 少女はこの日を心待ちにしていた。階段まで漏れ聞こえるギターの音が、少女の心をウキウキさせる。 そしてライブハウスの重い扉を開けると――ギーンと脳天を揺らすようなギターサウンドが少女の耳を突き抜けた。 ――これだ、この感覚だ。 破壊的なサウンドとは裏腹に、少女の心は嬉しさで飛び上がりそうだった。 受付でお金を払うと、少女は観客の合い間をすり抜けて最前列に出た。そしてステージを前にして直接床に座る。ここが彼女のお気に入りの場所だ。 目の前ではクララと呼ばれるギターの女の子が、歌いながら髪の毛を揺らしている。淡い栗色に染めた肩くらいまでの髪は、ふわふわとカールしていて可愛らしい。 少女はもう夢見心地だった。スポットライトを浴びたクララが飛んだり跳ねたりして髪がふわりと揺れる度に、走っていって抱きしめたい衝動に駆られる。 「クララ!」 思わず少女は叫んでいた。クララも少女に向かって手を振ってくれる。 すると今度は目の前に大柄な男性が立ちはだかる。ベースのピラクルーだ。親指を激しく動かして、小粋なチョッパーのリズムを刻んでいる。 ベースのソロが終わると今度はドラム。両足で連打するバスドラの迫力は、お腹の底から少女を突き上げるような衝撃を与えた。 「いいぞ、アルバート・フィッシュ!」 観客からドラマーに向けて声援が飛ぶ。バンドと観客が一体となった夢の空間に、少女はすっかり酔いしれていた。 ソロパートが終わると、またクララの歌声が響く。少女がクララを熱く見ると、彼女はウインクをした。 「さあ、行こうよ」 そう言われているような気がして少女は立ち上がる。曲に合わせて体を動かすと心はだんだんと上昇する。いつの間にか少女もクララと一緒にシャウトしていた。
それは一年前のこと。 「お前はクララだ」 有鳩雨雄は、ギターの倉田羅々に向かって宣言した。 「えっ、クララ? まさか、倉田羅々(くらたらら)でクララってわけじゃないでしょうね」 「その通りだ」 「ちょっと安易じゃない? それにデスメタルに『クララ』はちょっと……」 羅々は不満そうだった。 雨雄はそれに構わず、今度はベースの平野廻の方を向く。 「そして廻は……、平野廻(ひらのめぐる)の前と後を取って、ピラクルーってのはどうだ。図体でけぇし」 「……」 無口の廻は、まんざらでもないという顔をした。 「ふん。じゃあ雨雄、今度はあんたの番ね。メンバーのニックネームを勝手に決めたんだから覚悟なさい」 「お手柔らかに頼むよ、羅々」 「そうね……、有鳩は『ありはと』だから、『アルバート』というのはどう?」 「ほお。ナイスだね」 「それで、雨雄は……、『レインマン』?」 「おいおい、『アルバート・レインマン』って、長すぎねえか」 「なによ、文句あるわけ?」 「……フィッシュ」 「廻、何か言ったか?」 「……雨雄は、『うお』と読めるから……、『フィッシュ』」 「たまには廻もいいこと言うじゃん。『アルバート・フィッシュ』、いいんじゃない、これで」 「ちょっと恐そうだけどな」 「構わないわよ、デスメタルだし」 「じゃあ、今度はバンド名だな」 そう言いながら、雨雄は各メンバーに五枚ずつ白い名刺大のカードを配り始めた。 「これに各自好きな言葉を書いて一枚ずつめくるんだ。それでバンド名を決めよう」 「なんか、レミオロメンみたいね」 「……(キュッ、キュッ)」 廻はすでにカードに言葉を書き込んでいた。 三人がそれぞれ五枚のカードを書き終わると、雨雄がそれを集め、裏返しでテーブルに広げてかき混ぜた。 「じゃあ、羅々から引いてくれ」 羅々は、ど真ん中のカードを裏返す。そこには『ストリート』と書かれていた。 「誰? このカード書いたの」 「……」 廻が静かに手を上げる。 「じゃあ、次は廻だ。一枚めくってくれ」 すると廻はテーブルの端にあるカードをめくった。 「……」 「『ムーン』か。羅々だろ、これ書いたの」 「そうよ、なんか文句ある?」 「最後は俺の番だな。それっと」 雨雄がカードをめくると、そこには『マニアック』と書かれていた。 「はははは、自分が書いたカードを選んじまうとはね。でもちょうど良かったんじゃないか、三人それぞれのカードが選ばれて」 こうして、デスメタルバンド『ストリート・ムーン・マニアック』が誕生した。
「じゃあ、次の曲は『月の海』です」 クララが曲名を告げると、ピラクルーのベースが不気味なリズムを紡ぎ始める。 「純白に頸動脈が淡く走って――」 そして、先ほどの曲とは一転したクララのダウナーボイスが、ライブハウスに響き渡る。 「赤血球に思いを馳せる――」 観客も静まり返った。ピラクルーのベースとクララのボイスだけの異様な空間。 「指先から子宮まで――」 それは静かの海に居るかの如く、クララのふわりとした髪の毛が無重力に揺れている。 「身体中をめぐるちいさな細胞――」 そしてクララが突然シャウトしたかと思うと、アルバート・フィッシュのドラムの連打が激しく会場を揺さぶる。クララは後ろに倒れこみ、あおむけに寝ころがってギターを弾き始めた。 ゴホッ、ゴホッ。 舞い上がった塵を吸い込み、咳をしながらもクララはギターを弾き続ける。埃は少女ものところにも舞い上がった。 ゴホッ、ゴホッ。 少女が咳をすると、クララが少女を見てニコリと笑った。まるで「一緒に咳をしてるね」と言わんばかりに。 ギターのソロが終わると、次はドラムのソロだった。アルバート・フィッシュは不規則にリズムを刻み始める。 ある時は三拍子、ある時は四拍子。単純化したかと思うと、複雑なリズムを紡ぎ出す。身をねじるように、もがきあがくように、そして自由奔放に。そしてドラムを叩く手が激しく踊り始め、それが絶頂に達したかと思うと静かにスティックを持つ腕を円を描くように動かした。 にやり、とアルバート・フィッシュが笑った。
『月の海』の後はラブソングだった。ストリート・ムーン・マニアックのレパートリーの中て唯一のラブソングだ。 クララは声の調子を元に戻し、アルバート・フィッシュとピラクルーが刻むエイトビートに乗せてラブソングを歌い始める。 クララの目の前にいる少女は、再び床に腰を下ろし、うっとりとその歌を聴いていた。 ――そういえば私も少女の頃は、ライブハウスの一番前でこうしてラブソングを聴いていたんだっけ。 クララは昔の自分を思い出していた。家を飛び出し、繁華街をうろついた十代。キラキラと光るネオンサインに目を奪われながら、勇気が無くてそのどれにも飛び込めずにいた。その時だ。ロックのリズムが地下に続く階段から聞こえてきたのは。 ――その時、わたし、あの子だった。 あの頃の私は、ボーカルのお姉さんを見上げながらあんな風になりたいと思っていた。 ――その時、あの子、わたしだった。 そしてこの気持ちが伝わるようにと、熱くお姉さんを見つめていた。 ――その時、ふたり、ひとりだった。 目が合うと心が繋がっているような気がした。 ――その時、ひとり、ふたりだった。 自分にも歌がうたえるようになれると信じたのは、あの頃からだったんだ。 「あっ……」 驚きに思わず漏らした声は、いったいどっちが発したものなんだろう。 互いに歩み寄りはじめたその一歩目は、いったいどっちが踏み出したんだろう。 成長したクララは、いつの間にかこうしてギターを弾きながら歌をうたうようになっていた。そう、あの時のお姉さんのように。
ラブソングが終わると、クララとアルバート・フィッシュがマイクを持つ。 「今日は、ストリート・ムーン・マニアックのライブへお越しいただき誠にありがとうございます」 バンドのメンバーが深々とお辞儀をする。 「それにしても、ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁ。皆さんの真っ赤なハートの中でも、くらくらくらくら笑っていると思いますが……」 「誰がクラゲじゃあ、こらぁ」 すかさずクララがツッコミを入れる。 「ていうか、そのネタあんまり使わないでね、って言ったよね。もう」 「なんでさ、いいネタだと思うよ」 「純粋に恥ずかしいんだよ」 「いいじゃんいいじゃん。きっといつかその恥ずかしさが快感に」 「ならないならない」 「照れるな照れるな」 「照れてない照れてない」 顔を赤らめるクララは本当に可愛いと少女は思った。スポットライトを背後から浴びると、クララの髪はにふんわりと光の中に浮かんでいるように見えた。 「さっきの歌、好きなんだ。すこし私に似ている気がして」 「似てない似てない」 「もう、ちゃちゃをいれないでよ。最後まで聞いて。……だからね、別にあんたが作った歌だから、とかそんなんじゃなくて、純粋にうたいたいからうたってるんだ。これは凄いことだと思うよ。六十億人の有象無象がいて、その中からこうして集まってくれた人達がそうとは気付かないシンパシーを持っていて、そうして、こんなに狭い空間に居合わせて、さ。とんでもない確率だよね。奇跡だよね。今なら宝くじだって当てちゃいそうだ」 「……」 「……」 「……、ねえ」 「なに?」 「そのセリフ、すっごくクサいよ」 「……、ごめんなさい」 すると、会場からどっと笑いが起きた。ミラーボールの光が反射するライブハウスの中で、みんなが楽しそうに笑っている。 「ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁー」 「もう。だから言わないでってば!」
自転車にのって坂をくだる。 クララ達は昨日のライブが終わった後、打ち上げに繰り出したようだ。今頃は二日酔いで頭痛に悩まされているに違いない。 ブレーキから手を離すとスピードが全身を駆けめぐる。このまま流れて風になってしまいたいけれど、わたしの確固とした境界線がそれを許さない。許してくれない。 シンパシーという現象。共鳴。ふたつの音叉。ふたりの人間。 坂が尽きていく。すこしずつブレーキを握って、すこしずつ減速していく。スピードがほどけていく。 地平線に煙突が屹立して、もくもくと煙をふきだしているのが見える。その上で、欠けた月が刃物のように輝いている。燐光に肌がちりちり震えて、いまにも切り裂かれてしまいそうだった。 口笛を吹く。自作の歌のメロディーを。作った翌日に友達に聞かせてみせて、夜中ベッドで死ぬほど後悔した曲を。 音の連なりが脳を満たすので、わたしは何も考えないですんだ。からっぽの頭のままペダルを踏む。そのスピードがチェーンを伝わって、自転車は進む。風をきって進む。
------------------------------------------------------ リライトというか、実写化に挑戦したという感じになってしまいました。 すっかり素人ビデオ映像になってしまい恐縮です(ペコリ)。 最後の部分は結構気に入っていたので、そのまま使ってしまいました。 他の方のリライトはまだ読んでいませんが、きっとどれも素敵なリライトでしょうから、 まあ、一つくらいはこんなのもあってもいいんじゃないかということで。 よろしくお願いいたします。
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リライト『荒野を歩く』HAL様 ( No.49 ) |
- 日時: 2011/02/15 16:58
- 名前: 笹原静 ID:kYrGzxQo
『吹きすさぶ風に乗って』
吹きすさぶ風に乗って 煌めく砂粒数多 照らす月の円 転がる岩の棘
吹きすさぶ風に乗って 夜を渡る鳥一羽 嘆く骨ばかりの木 嘆く殻ばかりの虫
ほむら ほむら 瞼に映る やいば くれない 天の蒼
吹きすさぶ風を抜けて 座り込む男一人 傾ける杯の雫 落ちる眦の涙
吹きすさぶ風を抜けて 寄り添う友数多 歌う骨ばかりの体 歌う身ばかりの命
ほむら ほむら 幽かに燃える やいば みえない 戦の跡
*************** かなり強引ですね(滝汗) 詩らしくカッコつけようとあがいた結果がこのありさま。 もはや(以下略)
HAL様、詩でのリライト許可ありがとうございました。
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