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RSSフィード [48] にぶんのいち時間三語
   
日時: 2011/08/28 23:30
名前: 弥田 ID:XOchiGxA

「爪」「バラバラ」「最終」です。
24時を目安にがんばりましょー。

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きらきらと光る石 ( No.1 )
   
日時: 2011/08/29 00:02
名前: ねじ ID:QsTHV082

 聞いてるの? と聞かれて、いや、とも、ああ、ともつかない音を唇の端から漏らす。
 彼女の右頬がぴくんと糸でつられたかのように引き攣る。僕は目を伏せて、彼女の膝の上、淡いピンクに塗られた左の中指の爪、より正確には、そこに空いた歪な丸を、見つめていた。おととい会ったときには、ここにきらきらした透明な石がついていた。その石をラインストーンというのだと、いつか彼女から教わった。
 ふ、と糸が切れたようなため息が、鼓膜に落ちる。そして、ようやく僕たちの間に沈黙が戻ってくる。彼女の爪に空いた、歪な、汚れた、白い穴。そこにあったラインストーンは、一体どこに行ってしまったんだろう。彼女はその穴に、気付いていないのだろうか。
 その爪、と僕の口が、勝手に動く。もう少しで最終のバスが出てしまうから、こんなことで無駄にする時間など、ないはずなのに。気持ちと状況と行動が全てバラバラだ。全部、嘘のような気がしてしまう。一体どうして、こんなふうになったんだろう。
 何?
 ざり、と砂を含んだような声で彼女は尋ねる。その声に、僕はひるんでしまう。
 いや、なんでも。
 ほんの二ヶ月前なら、その声にさえ、微笑ましく思えたくらいなのに、そういう感じがもう、僕にはわからない。そういうこと、は確かに僕の中にあったはずなのに、そして、それはまだ捕まえられるような場所にあるはずなのに、もう、僕はそれを取り戻す気になれない。どうしてだろう。
 顔を上げる。白い頬が、半分髪の毛で覆われてしまっている彼女の顔。うつむいているので、自慢の長い睫がよく見えた。汚れているようにしか見えない、黒すぎるマスカラの、彼女の睫。口紅がはげてしまったせいか、色の悪い、小さな唇。それらはもう全て、僕には関係のないものに思えた。僕の手など届かない、ただの一人の、化粧の濃い女のように。爪に光る石をつける行為について、一年前の僕は、何も知らなかった。
 自分のことなのに、なんだかとても不思議だった。僕が彼女なしでやっていく、ということは、うまく想像がつかない。けれど、それでも今、彼女の髪の毛をかきあげて、頬に手のひらをつけるなんてことが、できる気もしなかった。
 もう、行くよ。
 だから、そう言って、立ち上がり、背を向けた。
 声がかかるのを、待ち望むように、恐れるように、僕はゆっくりと、彼女から遠ざかる。

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