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RSSフィード [120] 即興三語小説 ―五月病なんて幻想です―
   
日時: 2013/05/12 23:13
名前: RYO ID:0x7OxxNA

 五月病――すなわち、無の境地と言える。何も考えない。たとえ目の前に荒ぶる神、もとい、顔を真っ赤にして、額に血管がぴくぴくと怒りで震える上司が立とうと関係ない。
「我が社を潰す気か!」
 部長は右手でパンパンと左手に持った企画書を叩く。
「それもいいですね」
「貴様、あれほど数字には気をつけろと口をすっぱくして、いつも言っておるだろうが!」
 部長が言うには、どうやら数字の桁が一桁違っていたらしい。ゼロが多かったのだ。ゼロが。あんまり頭に血が上ると、その綺麗なおでこはさらに後退すると思うのだが――ここだけの話、部長はおでこだけは美形だ。あのつやとテリはなかなかない。あの怒りっぽい性格は、あのおでこを後退させるためにある、そういってのけたのは、社長だった。
「まぁまぁ部長、そう怒らなくても。部長がしっかりチェックしてくれているから、私たちも安心して働けるってもんですよ」
 そう助け舟を出したのは、課長だった。部長よりも年上。社内の孤島ともいう窓際にいる。出世コースから外れて、今では部長の緩衝材となってくれるありがたい人だ。
「そうか。課長がそういうなら、いいが。とにかく、数値の間違いはすぐさま--」
 課長になだめられながら部長は席に戻っていく。散々部長から指摘された新人社員は、課長があごで早く仕事に戻れと、苦笑いするのを見てようやく緊張を解く。とりあえず、部長に上がるまで誰も数値の間違いに気がつかなかったり、我が社の五月病は深刻なようだ。
 ……係長の私が思うことではないのだろうが。
 苦笑しながら、窓の外へ目を移す。ここからの外の眺めはそんなに悪くない。私は、仕事にはいつだって無の境地で、書類は右から左に流す。ここは社の孤島、万年五月病でも誰にも文句は言われない。ちなみに私は、部長よりも年上だったりする。ここは読書にはもってこいだ。

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●基本ルール
以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。

▲お題:「荒ぶる神」「赤字」「無の境地」
▲縛り:「美形を登場させる」
▲任意お題:「孤島」

▲投稿締切:5/19(日)23:59まで 
▲文字数制限:6000字以内程度
▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません)

 しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。

●その他の注意事項
・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)
・お題はそのままの形で本文中に使用してください。
・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。
・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。
・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。

●ミーティング
 毎週日曜日の21時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。
 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

●旧・即興三語小説会場跡地
 http://novelspace.bbs.fc2.com/
 TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。

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○過去にあった縛り
・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)
・舞台(季節、月面都市など)
・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)
・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)
・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)
・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)
・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)

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流れる ( No.3 )
   
日時: 2013/05/13 23:15
名前: ID:jY4phvCQ

 とある大陸の遥か東方、濤を枕に幾由旬かを距てた海に孤島というべき島がある。
 元来人の住めたところではない。水はなく、草木生うる能わず、あるのはただただ脈々と連なる巌のむれだ。剥きだしの岩肌へ斑痕のようにして地衣類が貼り附いている。
 ――海の底から顕われた。
 あるいはより説話的に「いまはむかし」のかみの頃、
 ――<八度なゐふりて>大陸が揺らいだ際に<波割り><いわほの鋒[きつさき]光>らせて隆起した。
 そういうふうに云われている。
 荒ぶる神の顕現、来臨。それを鎮撫するために、ひとりの高僧が島へ航った。ひたむきの去私、無の境地で祈りを奉り、遂に瞋恚はおさまった。日月はその間九度廻った。舟はといえば流されていた。高僧はそのまま島にのこり、岸壁にできた洞に篭もって死ぬまでをなおも神に捧げた。のちになって島を訪れたものたちはこの洞を拡げ、石室をなし、朽ちた高僧の亡骸にあっては持ちかえり、そして手厚く葬った。

 信仰はいまにも生きている。
 天変地異のあるたびに――飢饉、内乱、戦役しかり――僧寺からひとりが選みだされる。何代も以前には、それは伝承どおりの高僧であったという。
 いまは違う。そうではない。捧げらるべき崇高と高潔とは臆病と保身とに取って代わり、廟中のつまはじき、白眼視の対象者、はたまた手におえぬ厄介ものが海を航る。濤を越える。手足を縛られ、始終薬で眠らさせ、あらがう術なく舟に乗せられて島の石室へと置き去りにされるのだ。残されるのは木の実、真水が皮の袋にそれぞれひとつきり。それも同廟のものからではない。渡しの漁夫が供えていくのだ。朦朧としたまま岩のうえを引き摺られ棄てられた、あたらしい人身御供を鎮めるかのように。神の贄に供される供犠。おかしな話だ。
 もうどこにもゆくことはできなかった。石室の中は存外広く、立つことはできぬまでも膝立ちに辺りをさぐるくらいのことはできた。入口は岩また岩の蓋で全く塞がれている。

 洩れさす光もありはしない。視界は利かず、食いものとてなく、いうまでもなく渇きは癒えない。
 波の音、風の音だけが絶えないでいる。
 馴染みのまるでない鳥の声のするうちが昼間なのだろう。しかしそんなことがわかってなんになる。いっそ聞こえないほうがまだしも救いだ。

 身じろぎするだけで躰が痛む。動く気力も起らない。

 気がつくと雨が降っている。
 ――岩の蓋のむこうから流れ込んでくる! 水!
 石室入口の上方から、雨水がひとすじ訪うてくる。
 舌をあてると、そこだけが異様なまでに滑らかだ。
 (ああ、皆ここに舌をあてたのだ)
 さぐり盡したと思っていた終の牢獄に、こんな痕跡があったのだ。
 水、水、水。雨、雨、雨。

 ……以前までここにいた男のことを、思わないわけにはいかなかった。
 うつくしい男だったときいている。
 生まれは一切詳らかでない。
 みなしごだったのを寺院が引きとって育てたのだ。
 年をふり、一人前になるにつれて、うつくしく、うつくしくなりまさった。
 頭がよく、高慢で、だれよりもうつくしい男。みずからのうつくしさを知悉していた。鼻にかけ、利用しながら、けれど他人のどんな愛慾からも縛られることのないようにふるまった。
 ところがあまりにうつくしすぎた。
 肉に耽るばかりの生臭坊主どもにとって、男は天衣無縫に過ぎた。手に入らぬものがちらつけばちらつくほど、欲しくて欲しくてたまらなくなる。あれはいったいなんだ。そもそもどうして僧などに。そうだ、おかしい、奇態なことだ。――奴は魔性に相違ない。
 そうして男は流謫の身となった。
 その男もこうして岩戸へ舌をあてたのだったか。
 雨、雨、雨。水、水、水。

 降りつづいていた雨が止んだ。
 皮袋にもいくらか貯えができた。
 ――たれ流しにしていた汚物の臭いが蒸した石室に充満している。
 貯えなどしかしなんになる。露命を繋いで、それでどうなる。餓えと渇きとに苦しむばかりだというのに。わかっているのに……やめられなかった。
 あさましい。
 捨てられない。
 あ、あ。雨。水。

 ものを考えるも億劫だ。
 すっかり盲いてしまったように思う。瞼はいま閉じているのか、開いているのか。それすらわからない。いずれにせよおなじだ。おかしなものが視えるばかり。
 ぼんやりと赤い濁りのようなものが視える。暗黒のなかを、煙のごとくに漂っている。
 ほんとうは赤いのかどうかもよくわからない。ほかにいいあらわすべき色の名をしらないから、仕方なしに赤いということにしておくのだ。
 それがいつしか河のようになる。
 大陸でいちばん大きな河だ。そこをなにかが流れていく。ような気がする。それがなにかはわからない。いつまでもいつまでも流れていく。
 いつまでもいつまでも眺めている。
 河はだんだんに細くなる。
 細流になったと思ったら、それが何本にもぶれてみえる。目の前を何本も何本も赤い流れが流れていく。
 ――じつはそれらは経文だ。流れていくのは赤い字たちだ。
 赤字がなにで書かれているかは、やはりしらない。わからない。
 ただ読み習ってきた経文だということだけがはっきりとわかる。
 気づいた刹那、それを誦えはじめている。ほんとうに口にだしているのかはおぼつかない。ただ誦する声だけがどこかに響いている。
 (誦えている)(誦えている)と思うと、それに和するようにして
 (あさましい)(あさましい)という念が声とはべつのところに響きはじめ、あとはふたつのことばのうち響くままに、流れつづける経文をいつまでも誦えるばかり。

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