つめつめつめ ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/29 17:30
- 名前: 弥田 ID:NOrBUZtk
最終電車に飛び乗った。ホームに人はまばらで、生気のない彼らを後に、赤い車体がゆっくりと発進していった。警笛の残響が夏の夜を舞っていた。 椅子に座ると、隣の老婆が話しかけてくる。 「こんにちは。どちらまでおいでですか?」 「金山のほうまで出ようと思いまして」 「なるほど。わたしはね、もうちょっと先、名古屋で降りる予定なのです」 「そうなのですか」 「ええ」 老婆はにっこり、と笑い、それから照れたように額を掻いた。驚くほどに長い爪だった。長く、太く、逞しかった。それは黒ずんだ芋虫を思わせた。 それきり老婆は黙りこくってしまったので、私もなにも話さなかった。ただ視線だけは老婆の爪に、ちらり、ちらりと移ってしまい、どうしようもなかった。クーラーがききすぎていて、ひどく寒かった。 ふたたび。老婆が額を掻いた。ほう、と思わず息をついて、あわてて口をつぐんだ。老婆は何も気づいていないのか、顔色ひとつ変えないまま額を掻き続けた。血のにじむまで掻き続けた。 電車が駅につくと、バラバラと乗客が降りていく。乗りこんでくる人もある。そんな中、私と、老婆と、ふたりだけがじっと動かない。 「へんなつめ」 と、向かいに座った少女が呟く。 「そうですね」 老婆は笑い、そっと額を掻いた。
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