ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
RSSフィード [64] 卵物語
   
日時: 2014/05/03 00:50
名前: 片桐 ID:BO2fx.UY

来ましたね、GW。
こういう時はミニイベントです! ミニイベントです!
ということでw、テーマは〈卵〉。卵にまつわるお話を書いてください。
投稿は、このスレッドに返信する形でお願いします。
出来が良いから、一般板に投稿したくなった、というならそれもOK!
締め切りは六日二十時。枚数制限はありません。
六日二十時から合評も行うつもりですので、もしお時間に余裕のある方はチャットに入ってみてください。
もちろん、投稿だけ、感想だけ、というのも大歓迎。
GWに予定がある人もない人も、よりGWを楽しむために、奮ってご参加ください。

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

翼人たち ( No.2 )
   
日時: 2014/05/06 21:36
名前: 片桐 ID:bAHnLEhE

 翼をもぎたいと考える僕は、すでにまともな翼人ではないのだろう。
 僕らは飛ばねば生きていけない。そうせねば、たちどころに心を病んでしまうから。
 風を受けて空を舞えば自由を感じる。僕らの心はたちどころにいやされ、地上で塗れた灰色の感情を洗い流す。大切な人が死んだのなら、一日中空を飛ぶ。そうすればたちどころに、否応なく、僕らの心は恢復してしまう。事実今まで何度も堪えられない悲しみの果てに空に向かい、まるでそんなことなどなかったようにして、僕というニンゲンは生きてきた。
 でもだとすれば、僕はどうして彼女に惹かれたのだろう。彼女に惹かれ、求婚し、ともに生涯を過ごそうと誓ったのだろう。
 彼女は翼人でありながら、空を飛ぶことを嫌うヒトだった。忘れることが怖い、忘れ去られることが怖い、そう言って、誰もがこぞって空に向かう中、ただ一人背中の翼を硬く閉じて、寂しそうに空を眺めていた。今にして思うと僕は、彼女の中に自分が遠くの昔に忘れてきた何かを見出していたのかもしれない。
 その彼女が今はいない。僕が心惹かれたあの時の姿でいない。今そこにいるのは、彼女のなれの果てなのか、彼女の源なのか、それさえも僕にはよくわからないことだった。

 
 翼人の暮らすパンセルの里にも、春の気配が訪れ始めている。里に流れ込む小河の水は勢いを増して、西の山の雪解けを知らし、河岸に咲いた黄色い花々の香りを孕んだ薫風が、鼻腔をくすぐる。その風を受けて、幾人もの翼人が空を舞う姿が見て取れた。
「やあ、ヨードリ、今日の風は最高だ。キミも早くこちらにおいでよ」
 声の方を見上げれば、僕の友人ルーダが、青い背景の中で翼をはためかせていた。ルーダは上手く空を飛ぶ。風に逆らわず、かといって風に弄ばれることなく、その瞬間、一番心地よく飛ぶ方法を熟知している。
「ありがとう。でも今はそんな気分じゃないんだ。僕は彼女と散歩中だからね」
 そう言って、腰に巻いた丸いポーチを示した。
「ああ、ああ、そうか。ヨードリ。ヨードリは彼女が一番なんだったな。まったくキミも変わったヒトだ。一体いつまで卵になったヒトを大切に温めている気だね。確かに僕も知っている、卵に戻ってしまったヒトが、ごく稀に、万が一という程度に再び孵ることがあるとはさ。しかしそれも五年のうちというぞ。彼女が、さて、すまない、名前は忘れたけど、とにかく彼女がそうなってしまってから、もう五年過ぎたんじゃないか?」
「まだ五年目の途中だよ。五年目が終わったわけじゃない。まだ半年ある。それに五年という期間だって、誰が言ったかわからない適当な期間だと僕は思うんだ。十年経とうが、百年経とうが、孵るヒトはきっといるさ」
「百年ねえ。その時はきみも立派なじいさんになってるな」
「その時はその時さ。もっと早く孵ると僕は信じているけどね」
 僕はそう言ってルーダに笑みを浮かべて見せた。
「キミは本当に変わったヒトだ。そう言えば、昔キミに似たようなのがいた気がするな。その娘は、翼人のくせに空を飛びたがらないんだ。綺麗な翼をしていたのに大層もったいないと思ったものだ。さて、何という名前だったろう」
「それは――」
 僕が言葉を続けようとした瞬間、ルーダに声が掛かった。見ればまだ若い翼人で、空を飛ぶのが上手なルーダに、コツを教えて欲しいということだった。ルーダはそれを快諾すると、僕に軽く手を振って別れを告げ、たちどころに遥か彼方へ飛んでいった。
「それはピサ。僕がただ一人愛したヒトだ」
 誰もいなくなったことを分かりつつも僕は呟く。言葉が空に消えてしまったような感覚が嫌で、腰に巻いたポーチの上から卵を撫でた。まるで、先ほどの発言は、彼女に対して告げたのだといいわけするように。
 

 卵化、というのだと老いた知人から聞いた。成人したはずの翼人がある日を境に卵の状態まで戻ってしまうことをいうのだそうだ。そうなってしまう原因は様々だが、多くは空を飛ばず、大地の悲しみに触れ続けてしまうことが関わっているらしい。ピサは確かにほとんど空を飛ぼうとしなかった。どうしようもなく辛い時は空を飛んだが、それさえごく短い時間のことで、彼女の心が回復するのに十分だったとは思えない。僕がピサを空に誘い出そうとすると、何かに理由をつけて彼女は拒んだ。今日は寒いから。地上を散歩したい気分だから。わたしは空を飛ぶのが上手くないから。そう言う彼女をなお無理に誘うと、彼女は懇願するように、忘れたくないの、と漏らし、静かに涙を流した。
 忘れたくない。その気持ちは僕にも分からないでもない。僕とて、親を亡くし、友を亡くした時、同様のことを思いはしたのだ。しかし、時は過ぎる、風は吹く。
 やがて訪れれる空へ向かいたいという欲求が抑えがたく、ついには風を受けて盛大に飛び立ち、悲しみに染まった心を洗ってしまう。その後に残るのは、ただ晴れやかな気持ちで、過去のことは過去のこととしてだけ、記憶の奥底に仕舞い込まれた。
 

「僕はキミに似てきているのかもしれないね」
 自宅までの帰り道、周りに人がいないことを確認して、僕はピサに向けて語りかけた。
「確かに僕は飛ばなくなった。それは翼人としてはやっぱりおかしなことさ。それから僕は、難しいことを、今まで考えてもみなかったことをよく考えるようになった」
 ピサが応えてくれるわけもない。しかし僕は、彼女が相槌を打ってくれていると勝手に決めつけ、奇妙な一人芝居を続けた。暮れなずむ夕陽を背に受けて伸びる、自分自身の長い影を見つめながら。
「キミはこんなことを考えて、こんなふうに苦しんでいたんだろうか。今ならキミの気持ちが少しは分かる気がするんだ。忘れたくないということ、忘れ去られたくないということ。僕たち翼人は、きっととても脆い存在なんだろう。悲しいことを心に溜めたままではいられない。だから僕らは空を飛ぶ。心を風に変える。それは悪いことじゃない。だけど僕は思うんだ。それなら、キミという人はどうして生まれてきたんだろうって。そして、そんなキミに僕はどうして惹かれたんだろうって。僕にも忘れたくない何かがあったのかもしれない。それを忘れた自分を責めていたのかもしれない。キミという人を好きになって、キミという人を失って、そんなことを、思うようになった」
 風が冷たくなってきた。伸びた影さえ闇に呑まれていく。
 不意に、飛びたい、と思った。もう全てを忘れてもいいではないか。僕はもう十分やれることをやっただろう。彼女を失った悲しみを背負い、彼女が抱えていただろう悲しみを背負った。そうすれば、そうすることが、彼女の為になると思っていた。彼女が今もなお卵のままでいるということは、彼女は永遠に孵ることを拒んでいるか、僕の言葉が彼女の心に届いていないかの、どちらかなのじゃないか。だったら僕ももう、楽になってしまいたい。
 背中の翼を拡げ、羽根の一枚一枚に風を感じた。
 行こう、行くんだ、行ってしまえ!
 僕はとっさに翼の羽根を毟った。激痛が身体を駆け巡り、その場に崩れこむ。うめき声を上げなら、その苦痛に耐えた。ようやく落ち着いた頃、ただ夜空を見上げる自分がいた。星々が冷えた空気の中でクリアに煌き、その明滅を見ていると、堪らず涙が溢れた。もし次この衝動がやってきたなら、僕は間違いなく空に向かってしまうだろう。そのとき、僕の中で何かが終わる。それはもう逃れようのないことだ。
 絶望感にとらわれながら、僕はただひとつのことを考えていた。
 僕に、やり残したことはないだろうか?
 時間の感覚が曖昧な中で、それでも長いと分かる時が過ぎた。
 「――ああ、そうか」
 僕は脳裏に過ぎったある考えに一人頷き、明日で最後にしよう、と決めて、そのまま夜空の下で、眠りについた。
 

 僕は山道を歩いている。飛べば一瞬でたどり着ける目的地へ向けて、一歩一歩と踏み出していく。途中で花を摘むことが、唯一の気分転換になった。これほどの距離を歩いたのは、生まれて初めてのことだった。そして僕は気づく。彼女は、ピサは、この距離さえ歩いて行ったのだと。
 僕らの子供が死んだ時、僕は何より空を飛ばねばと思った。一刻も早く、この気持ちから逃れねば、自分が瓦解してしまうと思った。空を何日も飛び回っていた僕は、地上で悲しみにくれるピサのことさえ忘れようとしていた。彼女を思えば、娘の死を思い出さざるを得ない。ようやく大地に降り立った僕を、ピサは憔悴しきった表情で迎えた。彼女が娘を埋葬するため、どれほど過酷な道のりを歩き、どれほどの心を痛めてそれをなしたか、その時の僕は想像さえ出来なかった。
 空を飛び回り全てを洗い流した気分でいる僕のそばで、彼女は誰にも話せない気持ちを胸に、ただ一人苦しんでいたのだ。墓地までの道を歩いたからといって、彼女の痛みを理解できるわけもない。それでも、最後にこれだけは為そうと決めた。
 生まれて初めて、僕は墓に花を手向けた。それ以外にどうしたらいいか分からず、小さな石碑の前に座り込み、そこに彫られた娘の名前を何度も繰り返し読んでみる。
「リトリア、リトリア、リトリア」
 そうしていると、記憶の奥底にしまった、小さな存在が僕の脳裏にも浮かび上がった。
 彼女が産まれてきた時、僕らはどれほど感謝しただろう、どれほど彼女の成長を願っただろう。親として幼い僕らは、翼人の子供は成人を迎える三歳までにその半数亡くなるという話など、自分たちの子供に限ってありえないと信じた。
 だから、ある朝ベッドの上で冷たくなっている娘を見たとき、取り乱した僕は、リトリアが冷たい、温めてやらなくちゃ、温めてやらなくちゃ、と娘をさすり続けた。事態を悟ったピサが、もうゆっくり眠らせてあげましょう、と言ったときには、キミはなんて薄情なやつなんだ、と彼女を罵った。僕はどこまでも愚かだった。そして、愚かしいなりに娘を愛していた。
「ごめんよ。リトリア」
 もう決して届かない言葉を、彫られた名前がある場所に繰り返し呟く。
 こんなことがあってさえ、僕らは生きていくのか。最愛のものが亡くなった世にさえ、なお生きていかねばならないのか。僕は全てを忘れることで生き続け、ピサは全てを抱えて生きた果てに、小さな球体に戻ってしまった。その白い殻の中で、ピサは静かな心でいられているのだろうか。それとも、今も尚娘を思って、悲嘆に暮れているのだろうか。
 僕は、生きるよりない。それでももう、二度と忘れたくない。
 

 風はその時凪いでいた。
 僕がそれでも翼を羽ばたかせたのは、他の何による力でもなく、僕自身の意志で、空を飛ぼうとしたからだ。風が全てを流すなら、今の僕には風はいらない。やがて風が吹き、僕をどこかに運ぼうとも、今この瞬間だけは、全てを抱え、全てを背負って飛んでみたいと思った。強がりだと分かっている。無理なことだと分かっている。それでも僕は、羽ばたきをやめようとはしなかった。
 長く使われていなかった翼から羽根が抜け落ち、すぐに飛ぶことは困難になる。僕もすでに疲れ果てていたのだろう。僕は自らを絶えず鼓舞した。あと少しは踏ん張れる。あと少しは。あとほんの少しは。
 意識が遠のく、現実が揺らぐ。僕は果たして飛んでいるのか、大地に落ちているのか、それさえ分からない。
 そんな中で僕は夢を見た。寄り添う二つの卵。二つの卵の間には、黄色い花が咲いている。
 その花の名は、リトリア。春を知らせる花の名だ。
 二つの卵がやがて孵るなら、その時にみた花の姿を決して忘れないだろう。そう、誰かが言った気がした。
 

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存