今日もありますやります。一時間三語。お題は、「煎茶」「ダウジング」「手のひら」。多少の時間オーバーはかまいません。作品の未完結だって問題ありません。楽しめるように書いてください。十二時あたりまでに、あ、やってみたいかも、と思う方は投稿してください。
そんなもので、本当に探し出せるの?と、いう怪訝な顔をするサツキがいた。「やってみい。きっと見つかるはずじゃ」 祖父がしわくちゃの手のひらに乗せた五円玉に糸を括りつけたものを渡し、湯飲み茶碗に入った煎茶をすする。 半信半疑で、彼女は祖父から手ほどきを受け、早速試してみた。 ふらふらと円を描く五円玉。地図に強く現れたその反応を書き込み、定規で線を引く。 地図に引かれた何本もの赤い線。そして、拡大されてゆく何枚かの地図。 世界地図から日本地図へそして都道府県へとなり、やがて彼女の住む町内へと移行した。 線は学校のところで交わっていた。「あっ……。そうだった。忘れて帰ったんだ」 サツキが思い出す。 それ以降だった。 彼女がすっかりダウジングに嵌ってしまったのは。 それから何年か過ぎて、祖父が亡くなった。すると、あれほど好調だったダウジングの威力も落ちて、全く当たらなくなっていた。 遺影の前に、入れたての煎茶を置き、彼女はため息をつく。 どうして当たらなくなってしまったのだろう。 すっかり糸がくたびれて、錆びていた五円玉もぴかぴかになっている。 新しい凧糸を結んで、彼女は試してみる。反応は相変わらずだった。でも新しい発見はあった。糸の長さだ。 少し長めにした糸にすると動きはかなりのものだった。 彼女が警察の刑事課に呼ばれたのは、ある夏の日のことだった。 何も悪いことをしてないのに、どうしてだろう、と思うと冷房よりも涼しく感じられる。 刑事は言った。 事件の解決に向けて、協力して欲しいと。 案件は死体遺棄の罪に問われて逮捕された男の供述にかかるものだった。 男の供述によれば、殺したあと山中に埋めた、ということなのだが、それがどこの山中なのかということは自白せず、いたずらに時間が過ぎるばかりである、とのことで彼女に声がかかったらしい。 早速彼女は地図を貰い、ダウジングを開始する。「わかりました」「どこですか?」「ここです」 彼女が指し示したのは、最近不穏な動きを見せ、活発化した火山だった。
世の中には不思議なことが山のようにある。 例えば、このダウジング。 折れ曲がった二本の針金を軽く持つと、地面に埋まっている金属の場所がわかるんだという。実際に、水道管工事に使われているらしいが、針金が一人でに水道管に反応するというわけではなく、人間の持つ潜在的な力によって、意識せずに針金を動かしているらしい。「ここ……か」 特に、霊感の強い俺――近藤義武にかかれば、この通り、瞬時に水道管の場所を突き止めることができるだけでなく、水漏れの原因となっている場所までわかる。何しろ、針金が現場につくとくるくる一周回り始めたのだから。どういう原理だ。「校務員さん、見つかりましたよ」 俺が学校勤続四十年、孫が最近できたらしく写真を常に持ち歩いている校務員さんに声をかける。「何? わしの孫の写真が見たいじゃと?」「もう七十二回見ました。それより、ここです」「なるほど、ここか」 校務員さんはそういうと、しゃべるを持ってきて、俺に手渡す。掘れということらしい。乗りかかった船だから、俺は仕方なく掘っていく。 しばらく掘ると、土がだんだんぬかるんできた。さらに掘り進めていくと、急に水が噴き出してきた。「よし、今、水道栓を閉めるからの」 そう言って、校務員さんが走り出す。 水漏れの場所がようやく見つかったので、あとの修理は任せればいいだろ そう思った時、水道管の横に何やら妙なものがあった。「なんだ? これは……」 水道管の横にあったのは、妙な金属箱だった。 世の中には不思議なことが山のようにある。 例えば、拾った金属箱。校務員さんいわく、「持ち主もわからんし、貰っても問題ないじゃろ」とのことだったが、その中身は確かに貰っても問題のなさそうなものだった。「急須か。どうしたんだ?」 翌日の放課後、リアル心霊研究部というふざけた名前の部がある部屋で、副部長の榊颯太が俺に声をかけてきた。「昨日拾ったんだよ。土の中で」 そう、金属箱の中にあったのは真っ黒な急須だった。お茶を淹れる道具。 それ以上でもそれ以下でもない。こすってみたけど急須の魔人も出てこないし、宝石も詰められていない。 それがなぜ金属箱の中に入っていたのか、全くの不思議だ。『わ、急須ですか。じゃあ、さっそく義武さんにお茶を淹れますね』 幽霊の美穂が笑顔で急須を持っていく「あぁ、ちゃんと綺麗に洗ってから使ってくれよ。見た目は綺麗だけど、いつのかわかんな……て、いまさらだけど本当に馴染んだなぁ」 世の中には不思議なことが山のようにある。 だが、まぁ、幽霊なんていまさら珍しくもなんともないので、俺は全く気にしていなかった。「僕としては、急須が一人でに空を飛んでいくように見えるから楽しいよ」 榊は美穂の姿が見えない。美穂から触ったり、榊を持ち上げたりすることはできるが、榊からしてみれば、触られているという感覚や、持ちあげられているという感覚が全くないらしい。颯太が言うには、もしこのまま首を絞め殺されたとしても、彼が死んで幽霊になるまで気付かないだろうという。そして、それが世に言う幽霊の呪いらしいが、美穂のように力の強い霊はめったに存在しないらしい。『榊さんもお茶淹れましょうか?』「榊もお茶飲むのか? って訊いてるぞ」「いや、僕はいい。さっき珈琲を飲んできた」『はい、わかりました』 聞こえていないのに律儀に返事をし、美穂は俺にお茶を淹れる。「近藤、それがお前の言ってた金属箱か? かなり古いな」 榊が興味深げに見つめる。『はい、義武さん。どうぞ』 美穂が出してくれた煎茶を、手の平で温度を感じながら飲む。うん、うまい。「ん? 何か文字が彫られているな」「へぇ、なんて書いてあるんだ?」 お茶を飲みながら訊ねる。「この急須は闇の急須である」「変な名前だな」 お茶を飲みながら相槌を打つ。「この急須で淹れし茶を飲むもの、半刻の間、地獄の如き不幸に見舞われる」 お茶を飲みながら――お茶を全部噴き出す。「汚いぞ、何をする」 お茶をかけられた榊が文句を言ってくるが、そんな場合じゃない。「何をする、じゃねぇ。茶なら全部飲んじまったぞ」「そうか。まぁ、半刻、つまり一時間我慢しろ」『す、すみません、義武さん。私がお茶を淹れたから……う……ひっく』「美穂、お前のせいじゃないから泣くな。よく確認しなかった俺が悪いんだ」『もし……義武さんが幽霊になったら、ちゃんと幽霊としての生き方を教えてあげますから』「うん、とりあえず死なない方向で頑張らない……がっ」 突如、背中に鋭い衝撃が与えられる。 なぜか、棚の上に積んであったボウリングの玉が滑り落ちてきて、俺の背中に直撃したらしい。不幸だ。ていうか、そんなところにボウリングの玉を置いたバカは誰だ。「榊、他に何か書いてないのか?」「ん? 何か封筒が入っているな」「何? もしかして、この呪いを解く方法が……」「いや、校務員さんの孫の写真だ。昨日手伝ってくれたお礼だそうだ」「あの爺さん、何を考えてやが――ぶっ」 突如、床が抜けて前のめりになって倒れた。そして、そこはちょうど美穂の真下でスカートの中が――『きゃあぁぁぁ!!!』 見えると同時に美穂に思いっきり後頭部を踏みつけられる。「じゃ、僕は巻き込まれるのが嫌だからお前を見捨てて帰る」 といい、逃げ出す榊。『す……すみません、急に。わ……私、私もお茶を飲みます』「おい、美穂がお茶を飲むって」『だって、義武さんばっかり不幸な目にあわせられません』 美穂はそういい、急須の中のお茶を飲んだ……その時。『あ、お迎えが……』 その時、空から若い男の姿をした死神が舞い降りてきた。『義武さん、残念ですけど、ここでお別れです。たぶん、私の一番の不幸は義武さんとのお別れだったんですね』「……美穂、行くな。こんなの、こんなの不幸で片づけられるかよ」 何が不幸だ。そんな、運とかそんな問題で、美穂の一生を決めるな。いや、死んでるのに一生という言葉もどうかと思うが、でも、こいつは――『義武さん…………あれ?』 その時、美穂は足元にお茶がこぼれているのを見つける。『あ、そっか。私、幽霊だからお茶が飲めないんだ』「何? じゃあ、あの死神は誰を迎えに」 その時、部室に一人の幽霊が――というか榊が入ってくる。『階段から足を踏み外してショック死したらしい』「そういえば、お前、俺の噴き出したお茶がかかったんだよな。それが口に入って」『どうやらそのようだ』 その後、義武は死神をぶん殴った。 怒った死神が放ったアンリミテットデスボールなる必殺技を、校務員さんの孫の写真にやどる純粋な心で跳ね返して死神を焼き尽くした。 無事、榊は生き返った。 ------バカげたオチです。
このあたり……たしかにこの辺りなんだ。俺は口の中で何度も同じ言葉を繰り返しながら、ふらふらと歩き続けた。深い山の中である。辺りは天をつくような大木ばかり。足元に目を落とせばかろうじて道はあるものの、土と同じ色をした枯れ葉にほぼ埋もれた有様で、長い間人どころか獣すら通っていないことがわかる。俺は右手を体の正面につきだし手の平を地面に向けるという妙な姿勢で歩き続ける。何度も転んだせいで泥にまみれた中指には銀色の鎖が蛇のように絡みつき、その先には同じ色の四角すいのおもりがぶらぶらとゆれているダウンジング。その起源は古く隠れた地下水脈、金脈、はては埋めた場所を忘れてしまった水道管まで探し当てることができる不可思議な術だ。オカルト、眉つば、迷信といわれながら、今でも地中の探しものには欠くことができず、術者は結構引っ張りだこだ。俺はこの道5年の中堅で得意な探し物は貴金属。つまり金とか銀とかつまりはお宝だ。埋蔵金ってものにとっつかれた頭の半分いかれた奴らが一番の御得意先。2週間山を歩きまわれば一ヶ月遊んで暮らせるだけの金が手に入る。しかし、こいつは厄介だ。俺はついに立ち止まって空を仰いだ。うっそうと茂った木々の間からほんのちょっぴり見えるそれはどよんとした灰色で重苦しい気分を更にかきたてる。シャツの内側を汗が気色悪く伝っていった。頑丈な登山靴につつまれたかかともひりひりしてきた俺の全身が疲れたと悲鳴を上げている。はあ、とため息をついて立ち止まると、「一服して行かんかね」行き成り目の前ににゅっと茶碗が差し出された。ぎょっとして俺が差し出された方向を見るといつの間にか白いひげを伸ばしたじいさんがにこにこと笑ってたっている。「そんなに焦ったらみつかるもんもみつからんよ」ほれ、ほれと突き出される茶碗を思わず受け取る。煎茶だろうか緑色の透明感のある液体が八分目まで満たされ芳ばしい匂いが鼻をくすぐった。ふいにおれは酷く喉が渇いていることに気がついた。ゆらゆらとまるで手招きをしているようにゆれる芳ばしいお茶にごくりと喉が鳴る。知らない奴に飲食物をもらうという不安はあっという間に乾きの前に砕かれた。喉を鳴らしてお茶を飲む。空になった茶碗を老人はにこにことうけとった。「あんた、何を探してなさる」「何って」尋ねられて俺は首を傾げた。そういえば何だったっけ。徳川の埋蔵金か、武田の隠し金山かいや、もっと大切なものだったような気がする。「えっと」口ごもる俺に老人は茶碗を持った手で器用に俺のすぐわきを指した。「これじゃ、ないかね」「え?」そこには枯れ葉に半ば埋もれて何かが横たわっていた。おれはおそるおそる登山靴の先っぽで枯れ葉をどける。暗い赤のジャケット、綿のパンツ がっしりした登山靴そして、胸の上に置かれた手のひらに巻きつかれたチェーン「じいさん、これ」「いい加減自分が死んだことに気づきなされ」爺さんの声がまるで水中で聞いているようにぼやけ、にじみ、俺の意識はゆっくりと遠ざかっていった終わり
ふわふわ浮かぶそれは、たしかに彼の声なのでした。 そのときわたしは、クッションをお尻のしたに敷いて、ゆったりとした、異国風の、三拍子の曲をきいていました。オーディオから流れてくるやわらかい弦楽器の音が、ときにぱつりとはじける心地よさにゆらゆらとただよいながら、膝のうえにのせた雑誌を、みるともなしに眺めていたのです。 近所のお店から買ってきたサンドイッチに、ひとくち、噛みついて、甘すぎないたまごの味を舌のうえで転がしていると、玄関の扉があけられた気配がして、それから、あの人が帰ってきたのです。「ただいま」といって、不器用なていねいさで靴を脱ぎ、あいもかわらないかるさで、たん、たん、た、とあがってきて、それからもういちど「ただいま」 というと、ほそめた眼でこちらをみるのです。「おかえりなさい」 やっとそれだけいうと、手のひらについたパンくずを容器のうえにはらって、わたしはまたサンドイッチに口をつけました。「そんなものを食べているんなら、もうすこしちがうものを買ってくるんだったな」 彼はそういうと、手に提げた紙袋のなかから背の低い箱をとりだして、わたしの顔の前にさしだしました。宇治煎茶、と書いてあります。「どこで買ってきたの?」「ちょっとそこまで」「でも、宇治って」 近所に京都のお茶っ葉なんか売っていたかしら。「なにもダウジングをしようなんてのじゃないんだ。電車にのればいいんだから」 わたしはなんだかおかしくなって「そうね。そうね。でもこのお茶、淹れましょう。せっかくだから」 クッションからたちあがると、キッチンまでいって、やかんに水を入れて、コンロにかけて「ね、封を切っておいてちょうだい」 といいました。 オーディオから流れていた曲はだんだんとフェードアウトしてゆきます。コンロの火がこもった呼吸のような音をさせているのをよそに、「どれどれ」といいながら箱をあける彼の声も耳のうしろに置いて、次はどんな曲だったかしらと、思い出そうと、しはじめました。
まず最初に信じてほしいんだが、幼馴染で小中高の同級生で俺らのバンドのボーカルであるところの杉下潤一が、音楽バカばっかりの仲間うちでひとりだけ、ちゃっかり一流企業に応募して安定した人生を送ろうとしているからといって、それを妬んだりだとか、まして足をひっぱろうだとか、そんなさもしいことを考えるような俺じゃない。それがアイツの幸せだっていうんなら、寂しいけれど、笑って送り出すのが友というものだ。そうだろ? な?「だから、なあ、邪魔しになんかいかないって。俺だって、いくらなんでもそこまでバカじゃねえし。約束する。だからこれほどけ? な?」 俺はそう、せいいっぱいの猫なで声を出した。 朝からずっと、柱に縛られている。小便にいきたいっつっても無視された。あと二時間ガマンしろだと。たしかにな、あと二時間もたてば、アイツの採用試験も終わる頃だし、邪魔のしようもないだろう。だけどなあ、これ、あんまりじゃないのか。一歩間違ったら監禁罪とかになるんじゃないのか。なあって。 叶はにこにこ笑っている。いつもとかわらない、人のよさそうな笑顔。「なあ、俺だって、潤一にはちゃんと幸せになってほしいんだよ。そりゃ、バンド解散なんて寂しいには違いないけど、だからっていって、アイツの足をひっぱったって何にもならないって、ちゃんと分かってるさ」「うんうん。ちゃんと分かってるよ、竜はそんなことするバカじゃないよね」「だろ? だからこれ、いいかげん外してくれよ」 哀れっぽく叶に向かって訴える。油断して近づいてきたところでタックルをかまそう、などと考えていると、俺の顔をじっと見ていた叶は、立ち上がってなぜかタンスに向かった。引き出しを開けてなにやらガサゴソやっている。「なんだそんな針金出してきて。ダウジングでもやる気か?」 叶はにっこりと微笑んで、何も答えなかった。無言で近づいてくる。それもきっちり回り込んで、背中のほうから。俺の考えることくらいお見通しってわけか。 縛られたままの腕をぐいと引かれて、バランスを崩した。叶はひょろっとした外見をしていて、じつは力が強い。いつだったかわけのわからない理由で絡んできたガタイのいい不良を、右ストレート一発でK.O.していた。「おいおい、勘弁してくれよ」 すでに背中の柱にロープで括りつけられているというのに、さらに両手の親指どうしを針金で括られた。このやろう、この天才ギタリストの黄金の手にいったい何してくれてんだてめえあとでぶっ殺すぞ。もがいても痛いばかりで、ちっとも手に力が入らない。くっそ、いったいどこでこういうことを覚えてくるんだ、こいつは?「煎茶の一杯でも出してほしいもんだね」 しかたなく暴れるのをやめて、せめてもの負け惜しみで、やれやれという余裕の態度を作ってみせた。叶はちょっと考えるような顔になって、立ち上がる。なんだ、どこに行く気だおい。せめてこれほどいてから行きやがれよ! ちょっと本気でトイレに行きたくなってきた。まさかこのまま放置か。放置プレイか。相手が美女ならともかく昔なじみの腐れ縁の野郎に放置されたって、何一つうれしかねえよバカやろう。 などと罵っていたら、本気で煎茶を淹れてきやがった。目の前にでんと置かれる湯のみ。叶はにこにこしている。嫌がらせか。「飲めねえよ」「わがままだなあ」 なんとなくうれしそうに、叶は立ち上がった。湯のみをもって近づいてくる。「ほら、のみなよ」「熱あつあつい! てめえ絶対わざとやってるだろ!?」 あっははと、やけに明るい笑い声を立てて、叶は湯のみを遠ざけた。時計をちらりと見上げる。「あと一時間四十分くらい、ガマンしてなよ。そうしたらタクシー使っても間に合わないだろ。トイレ我慢できそうにないんだったら、ペットボトルをもっててあげようか? それとも大人用紙オムツがいい? 爺さんのがあるけど」 本気だ、こいつ目が本気だ。戦慄しつつ、首をぶるぶると振った。「あー、今日のわんこ見逃しちゃったなあ。予約録画とかしてないよね、竜」 してるわけあるか。あとで本気でぶん殴ってやるこいつ。 叶はふっと笑みのトーンを変えた。にこにことわざとらしい笑顔から、少し力のぬけた苦笑に。「そんなに心配しなくても、バンドは大丈夫だよ。潤一がどういうつもりだって、なんとかなるって。少なくともおれはやめたりしないし」 その声が、思いがけず真面目な調子だったので、俺も縛られたままで、ちょっと姿勢を正した。「……なあ、お前だって分かってるんだろ。俺が本気で、アイツの幸せを台無しにするようなマネをするわけないって」「分かってるよ。だからこんなことしてまで止めてるんじゃないか」 あっけらかんと叶はいって、さめかかった煎茶を啜った。こきこきと首を鳴らす様子が、年寄りくさい。「あいつが音楽から離れて、ホントに幸せに生きていけるわけないって、そう思ってるから、竜は本気で止めようとしてるんだろ」 思わず黙り込んだ。そこまで分かってるんなら、なんで縛ってまで止めようとするんだよ。潤一に頼まれたからか。 潤一もバカだ。いまさらネクタイなんか締めて、毎日通勤電車に揺られて、上司にへこへこ頭下げて、懇親会のカラオケで杉下君歌上手いねえなんて酔っ払いに拍手されて、そんな生活に耐えていけるわけがない。叶ならどこでもやっていけるかもしれないが、俺よりもよほど潤一のほうが、骨の髄まで音楽の虜になっている。 きつく縛られすぎているのか、手のひらがじんじんしてきた。くっそう。どいつもこいつも、バカばっかりだ。「お前はなんで、そんなふうに平気な顔してられるんだよ。アイツが本気でサラリーマンなんかになって、つまんねえオッサンになって、あとんなって後悔してるところ見ても、お前は平気なんかよ」 噛み付くようにいうと、叶は破顔した。「竜はバカだなあ」 どっちがだよ、そういいかけた俺を遮って、叶はいった。「潤一みたいなバカが、あんな会社に採用されるわけないじゃん」 さらっとひどいことをいって、叶は顎をなでた。「過去のあの会社の入社試験問題、竜、見てないだろ? 文章問題ばっかりだから、三択の神様にも頼れないし、あのバカの頭じゃどう逆立ちしたって採用になるはずないよ。神様に誓ってもいい」 ぽかんとした。「青春も音楽漬けでやってきて、世間には疎いっていうのはわかるけど、いくらなんでも一般常識がなさすぎるよ」「じゃあなんでここまでやるんだよ」 手をふっていうと、叶は首をかしげた。「変に止めて潤一に怨まれたくないだろ、どうせ落ちるんだし。大体な、潤一だって、どっかで分かってると思うよ。あれはポーズなの。一般人になろうと努力したけど、バカすぎてダメでしたって、そういう形にしたほうが、誰にとってもいいわけがたつだろ。本人も諦めがつくし」 叶はしみじみといって、また煎茶を啜った。「そうでなけりゃ、潤一ももっと無難な会社を受けてるよ。わざわざ無謀なことやってんのは、最初から採ってもらうつもりがないからだって」 脱力した。本気で心配した俺一人が、バカみたいじゃないか。「……ったく、それならそれで、最初からそう説明しろよ。そしたら俺だって……」「いや、面白かったから」「てめえいますぐこれ外せ、ぶっ殺してやる!」 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、頭の片隅では、今ごろ潤一はどうしているだろうかと考えていた。試験問題を前に、訊かれていることの意味さえわからずに、解答用紙にパンクな落書きしている姿が目に浮かんだ。すごすご帰ってきたら指さして笑ってやる。
お題は、煎茶、ダウジング、手のひら、です。太陽、は任意です。前回のあらすじとオチの予想。僕と彼女は妖怪の合コンで知り合った。スライムさんからドラゴンさんまで、それもう、多種多様な合コンだ。僕は彼女のマタタビを口いっぱいに頬張る姿に釘付けだ。彼女の目的はあきらかにマタタビの食べ放題だった。彼女は化け猫、他を寄せ付けない様は何とも勇ましくて逞しい、邪魔する物は爪で容赦なく引っ掻く、それはまさしく一目惚れだった。決してFカップはあろう豊満な胸ばかりは見ていない、見ていない。凝視など決してしていない。鼻息など決して荒くはなっていない。人魚さんのEカップも見事だ。それでも僕は鼓動が早まり間違いなく赤面していただろう。こればっかりは透明人間で良かったと親に感謝した。彼女のツンとした猫耳もキュートで可愛い。マタタビの食べ過ぎでへべれけのベロンベロンになり、「ニャンらてめぇら、このばかぁ野郎ぅ! あらしは酔ってらいニャン! もっとマタタヒ持って来らいと、肉球爆弾でこの会場木端微塵にしてやるニャ…」酔いつぶれて、丸くなって眠り込んだ彼女。回りと言えばほとんどがカップル成立していた。ミイラ女さんと死神さんや、雪女さんと溶岩男さんなど、面白いカップルが携帯のアドレスを交換していた。僕と言えば彼女の介抱に無我夢中だった。それがあったおかげで、僕達は付き合いだした。ああ、後三十分しかない、あらすじの方が長くなりそうだ。オチもまだ思い浮かばないどうしたものだろうと悩んでいる人がいるだろう。そんなこんなで僕達は破局の危機を無事に乗り越える事が出来た。オチはまだない、この出会いだけで十分だろうと言う人もいそうだ。さて、どうしたものだろう、彼女の両親が是非僕と会いたい、見て見たいと言っている。透明人間なのに。僕の親父から恥ずかしくないよう、代々受け継がれてきた正装を渡された。どうあしらったか分からないが、無色透明のスーツだ。これなら着ても着なくてもわからないだろう。箪笥にそっとしまった。気持ちを整え、手土産だけが浮く格好となり、僕は彼女から渡された地図とダウジングを頼りに、猫の里へ向かった。太陽も応援してくれている、雲一つなく、苦も一つなく、バスをただ乗りし、スーパーで煎茶を拝借、いやお金を置き、喉を潤してはポテトチップ片手に、どうにか、何とか待ち合わせ時間の七分四三秒前に猫の里に辿り着いた。「ゴホン、君かね、私の娘の彼氏と言うのは」「は、はい、初めまして、お父さん、よろしくお願いします」本当なら正座だが、あぐらをかいている僕がいる。「姿が見えない貴様にお父さんって呼ばれる筋合いなどないッ! 一昨日きやがれニャン!」なぜこうなった、時間がないからだろう、後五分しかない為、急展開だ。すみません、また出直しますと、手土産を差し出し、僕は去る。彼女も何も言えない状況だった。足取りも重く猫の里を出る僕。涙が止まらない、彼女の家から点々と涙の跡を付けていた。「待ってニャン」後ろから突然抱きつかれた。何だろう、僕の背中に彼女の手の甲、いや、手の平、肉球が当たる。ふくよかな、それでいて顔がニヤけてしまう感触だ。肉球? ニクキュウ? 彼女のふくよかなFカップの肉球。肉球万歳だ。「待ってニャン、是非戻ってくれってお父様が言ってるニャン、お願いニャン」戻った僕は渡した手土産で、へべれけになっているお父様と意気投合する事が出来た。ニャンだろうこれは♪
「それで片平君、探してもらいたい男がいるのだが」 とある家の座敷に二人の男がいた。一人は甚平を着た三十代の男。もう一人は黒いスーツを着た五十代くらいの男だ。先ほどと同じように黒スーツの男が口を開いた。「まぁた、人探しかい?」「ああ。我々の手では見つけることが困難なのだ」「・・・・・・しっかりしてくだせぇ。あんた方は警察でしょ」「申し訳ない」「はー、まぁいいや。いつもの品、持ってきてくださればこっちとしては仕事として受けますんで」「もちろん用意させてある」「そうかい。なら受けますぜ、その仕事」 甚平の男は立ち上がり壁に掛けてあった羽織を着る。「資料はいつも通り携帯にお願いしやす」「了解だ」 男はそういって座敷を出ていった。「ふぅ・・・・・・」 残った男は足音が聞こえなくなってから首元をゆるめ息を吐いた。どたどたと歩く足音が聞こえ次の瞬間襖が開いた。若い男が現れた。「辻本警部」「何だい、岡部君」「資料の送信終わりました」「ご苦労様」「あの、さっきの誰っすか?」「・・・・・・そうか。君は彼にあったことなかったね。」「はい」「彼はね、我々の秘密兵器だよ」「秘密兵器、っすか?」「うむ。警視庁特殊捜査課所属の捜査官片平吾土(あづち)。日本屈指のダウザーさ」「ダウザー?」「ああ。君はダウジングという言葉を聞いたことないかね?」「ダウジング?それって確かL字型の金属の棒を両手に持って石油とか温泉とか探すって言うあの?」「そう、それだ。そのダウジングをする人をダウザーと呼ぶ」「はぁ・・・・・・。それで、そのダウザーが何で捜査官なんか?」「ダウジングにも色々あってね。君がさっき言ったダウジング方法はロッド・ダウジングと呼ばれるもので主に水源や鉱物を探す方法なんだ。だがね、彼はそれとは違ってペンデュラム・ダウジングという方法を使う。鎖で繋いだ振り子を使って人や物を探す方法さ」「・・・・・・えっとつまり彼はその振り子を使って犯人を捜して捕まえるってことっすか?」「その通り。我々がどうしても犯人を捕まえられない事件には彼が出動して代わりに捜査させるのさ」「・・・・・・本当に出来るんすか?」「出来る。何分私の目の前で彼はとある事件を解決に導いたんだからね」「・・・・・・」「だからこそ彼を警視庁特別捜査官にしてもらったのさ。ま、彼は私以外の頼みは聞いてくれないが。っと、それより頼んでおいたもの取り寄せてくれた?」「あ、はい。明日あたり届きそうですが・・・・・・。でも何で高級煎茶なんて取り寄せさせたんです?」「彼への報酬さ。彼は煎茶が大好きだからね」 そういって辻本は床にあった湯呑みを持ち上げた。手のひらで湯呑みを回すと仄かに茶葉の匂いが漂った。 数日後無事事件は解決した。 そして、これを機に彼らの物語は動く。
「そういえば、博人君は昔からおじいちゃん子だったわよねぇ」親戚の佐織おばさんが不意に誰ともなく呟き、俺は俯いてあの「最後の日」のことを思い返していた。あの日は・・・そう、憎たらしいくらいに晴れた日だったと思う。「ダウジングマシン?」なんでそんなもん俺にくれんだよ?と、怪訝な声で問いかける俺には答えずに、じいちゃんは済ました顔で煎茶をすすった。「そうじゃよ。わしのような老人、通称暇人が一日の間に考えることなんての、可愛い孫の役に立ちたい、もっと美味しいお茶が飲みたいとせいぜいこの二つだけじゃ」「そりゃ・・・まあ、分からんこともないけどさ。というかその茶、30分前に淹れた奴だし」「そうかの、じゃあ淹れなおしてきておくれ」「その妙な改造品の用途を聞いたらな」「用途も何も、だうじんぐましぃんじゃと言っておるじゃろうが」俺の祖父・・・は、自称「発明家」という変わった人間である。その名の通り、もう90を越えようかと言う高齢なくせに足腰はしゃんと立っていて、背は曲がらず真っ直ぐに、子供だましな発明を続けていた。とは言っても、せいぜいテレビのリモコンを隣の部屋からでも使えるようにするとか、掃除機の馬力・・・ここは敢えて馬力と表現させてもらうが、それを一般家庭で使うレベルじゃないものにまで引き上げたりすることくらいだから、発明というより改造に近そうだ。その珍妙な人柄からか近隣の住民、俺の家族ですらも微妙に距離を置いていたが、じいちゃんはそんなこと気にしていないようだった。勿論、俺も気にしなかった。昔から、好奇心旺盛な子供だった。・・・・と、昔の俺を知る人間からは高確率でそれをじいちゃんとの共通点として挙げられていた。嗚呼、否定はしやしない。現に俺はあの時あそこにに行っていた。家の地下を無断で改造した、始終油や何かの薬品の匂いの漂うじいちゃんの「研究室」に。幼い頃好奇心に任せて研究室を探検し、危うくじいちゃんの発明品・・・改悪品の失敗作らしきものに腕を切り落とされかけたことがある。あれは確か、植木の伐採用具の改造だったか。幼かった俺はその事実にトラウマを感じるどころか、発明家に秘密の研究室という最高に燃えるシチュエーションに感銘を抱き、それ以来改悪品を押し付けられるだけだと分かっていても毎日あそこに行くのが日課になってしまったのだが。そんなことを懐かしく思い出している間に、じいちゃんは俺の手のひらにぐい、と自らの発明品を押し付けてきた。ダウジングマシン。意味は分かる。テレビとかでよくやっている胡散臭いアレだろう?日本の折れ曲がった棒を持って歩き回れば地面に埋めてある何かが見つかるとかそういった類の。確かに、俺の手の中に納まったそれは大部分金属だったがそれらしい形状をしていて。「・・・ああそう。で?これが今回の発明なわけ?」「そうじゃよ。煎茶を淹れなおすのを忘れないでおくれよ」「うん忘れないけど。・・・何でまた、ダウジングマシン?」何か見つけなくてはならない過去の遺物でもあるのか、それとも家の庭に埋蔵金でも埋められていると言うマル秘情報でもキャッチしたのか。年頃男子なら誰もが考えるであろう「男の浪漫」を期待して問いかけてみる。・・・が、返ってきたのは拍子抜けの答えだった。「別に特に意味などありゃせんよ。お前がそれを持ってちょっと近所をうろついてみたら面白いことになるんじゃなかろうかと思っただけじゃ」「意味ねぇのかよ!?何かこう・・・お宝が埋まってるとかいうのじゃねぇの!?「そんなものでは無い。そのマシンはの、大切なものにだけ反応するんじゃよ」「どういう意味だよアホボケジジィ」「つまりの、そのマシンはの。・・・お前さんの大切なものを見つけるのに役立つんじゃ」じいちゃんは煎茶の入っていた湯飲みを俺に差し出し、にやりと少年のような笑みを浮かべて俺に言ったのだ。「大事に使え、博人」俺のじいちゃんとの思い出は、そこで終わっている。この上に新しい物語が刻まれることはもう永遠に無い。健康そのものに見えたあのアホボケジジィが、あの日の翌日に心筋梗塞で倒れるなんて、一体何処の誰が予想したのか。あのダウジングマシンは、今でも使えずに机の中にしまい込んである。大事に使えって何だよ、無理だよじいちゃん。意味分かんねぇ改悪品ばっか作って、最後に最高に意味分かんねぇモン押し付けて勝手に逝きやがって。あの研究所にも、じいちゃんが死んでからもう随分と足を運んでいない。あの機材も、あの薬品も、今じゃ使う人が居なくて埃を被っているんだろうか。「・・・・・沙織おばさん」「何?博人君」「研究・・・いや、うちの地下室ってどうなってるんだろ、今」「私に聞かれても分からないわよ。・・・ああ、でもね・・・」次の瞬間、俺の心臓は嫌な音を立てて飛び上がった。「貴方のご両親が、あのわけの分からないものを全部お掃除して物置にしちゃおうかなって言ってたわよ?」我にかえると、俺は自分の部屋の前に立っていた。どうやら夢中で走って二階まで上がって来たらしい。たったこれだけの距離走っただけなのに、心臓がバクバクと鳴っている。机に近づいて引き出しを開ける。そこには新品のままの、じいちゃんのダウジングマシンが入っていた。「・・・俺の、大切なもの」手にとって、地面に水平に構える。手の中で棒が少し振動した気がした。かと思うと、およそありえない勢いでブブブッと揺れ、回転して出口を指し示した。それに従い、部屋を出て階段を下る。再びどたばたと戻ってきた俺を見て訝しげな顔をした佐織おばさんの目の前を走りぬける。分かっていた。なんとなく、予想はしていたんだ。地下室の扉の前に辿りついたとき、マシンの振動は治まった。「・・・“大事に、使え”」俺にとって、大切なもの。それはモノじゃなくて、ここに詰まったじいちゃんとの沢山の思い出。扉を開ける。手のひらに伝わる馴染んだ感触。そこには、じいちゃんの研究室があった。当たり前だけど、じいちゃんの使っていた機材と、薬品と、空間があった。今度は俺が引き継いでいく。これを。いつか子供が出来て孫が出来て、一緒に発明して、じいちゃんの空間を伝え続けていこう。「ありがとう。大事に使うよ、じいちゃん」
週末に出かける商店街はほどほどに活気がある。人と肩をすれ違わせるほど混みあっておらず、うら寂しい気持ちにならないほどには行きかう人がいて、それが妙に心地よかった。 月曜から土曜まで工場で働き、日曜は毎週外にでる。小さな本屋に立ち寄り転職関連の書物を一、二冊買い、喫茶店でタバコをくゆらせながら本を開いてコーヒーを飲み、金にゆとりがあるならパチンコ屋によって、一万使って当たらなければ帰り、当たれば玉がなくなるまでだらだらと打ち続ける。そうしてときが過ぎれば、アパートに帰って寝入り、また一週間働き続ける。そんなものだ、と誰にでもなく呟く癖がついたのはいつからだろう。 その日、商店街のアーケードの下を通りながら、不意に、しまった、と思った。またやってしまった、まったく俺という奴はいつもこんな呆けた真似をする、と自分にあきれた。しかし私はそこで頭が真っ白になる気分を味わった。ガスの元栓は締めた、鍵の掛け忘れはないし、財布はズボンのポケットに入っている。では――、では私が忘れたものはなんだろう。 幼馴染の名前をど忘れした時のように、思い起こそうとする気持ちと裏腹に、いっこうに答えは見つからず、頭に掛かった負荷にいらつきが募る。タバコを吸おうと商店街の路地裏へ入る通りに置かれた灰皿に歩み寄り、ライターで火をつける。紫煙を吸っても気分は落ち着かず、深く吸い込んで咽せ、出掛かった答えを吐き出してしまったような気分が嫌だった。「探し物かい」 そう呼びかけられて、振り向いた先に老婆が座っていた。「占」と手書きしたダンボールを電信柱に立てかけ、その前に椅子を置いて、腰の丸まった老婆が置物のようにこちらを見ている。その口調はそっけないようで、無視できないような人懐っこさを含んでいた。「いや、それが」 私は言葉に窮する。そもそも何を探しているかがわからないのだ。焦りはつのるが、一向に自分が何に対して不安を抱いているかがわからない。「探しものならダウジングなんかもあたしはするよ。糸に五円玉ぶらさげて揺らすとさ、その人の探し物がどこにあるかわかるんだ。どうだい?」「それが、いや、恥ずかしい話なんですが、何を忘れているかがわからない。探し物だったような気もするが、では何を探しているかと言われると、頭が真っ白になるんだ」 そう言ってばつの悪い表情を作る私を、老婆は静かに見つめていた。「そういう人がたまに来るよ、ここにはさ。どこにいったかわからない、何を無くしたかもわからない。それが不安で、でもどうしようできない自分に腹が立つ、そんな人がね。そうさね、お代は見てのお帰りってやつでいいさ、あんたの無くしたもの、あたしが占ってやろうか?」「そんなことが?」「言っておいて出来ないとは言わないよ。あたしは占いで食ってんだ。まあ、最近は年金で喰ってるって方が正しいかもしれないけどね。さ、こっちに来て、あんたの顔をよく見せてくれ」 私は老婆に近づくと、背の丸まった彼女に合わせて腰を屈め、皴が刻まれた顔の中から覗く小さな黒い目を見た。 ああ――、と老婆は漏らす。「あんたが失ったもの、無くしたもの、教えてやることはできる。でも、それであんたはいっそう辛い気分になるかもしれない。それでもあんた知りたいかい?」「教えて欲しい。仮にどんなことがあっても、今みたいに不安な気分でいるよりはましだと思うんだ」 老婆はしばし逡巡し、私の右手を指差した。「手のひらを開いてよく見りゃわかるよ。あんたが無くしたもの、失ったものが何だったかさ。でもね――」 老婆が何か言い掛けているのをよそに、私は右手を目の前に持ち上げ、握った手をゆっくりと開いた。 どれだけ見つめても、何もない。いや、正確には、あるべきものがないという痕跡があった。 結婚指輪の跡だけが、薬指に残る。 気づけば私は慟哭していた。「俺は、そうか、彼女は、もう、だから、俺は忘れて、捨てて、すべてをなかったことに――」 懺悔でもしているように、言葉をこぼす私を老婆は変わることなく見ている。「たちどころに楽になる魔法なんてどこにもないもんさ。耐えて耐えて、とにかく生き延びる。そして自分なりに納得するもんが見つかれば、そこからまた歩けば良いじゃないか」 私は老婆の言葉に何度も頷きながら、ありがとう、と言った。 老婆は小脇に置いた魔法瓶から煎茶を注ぎ渡しに差し出す。「ありゃま」見れば小さなコップの中に茶柱が立っていて、老婆は笑顔を見せる。「ほら、こんなもんさ」 私は手渡された茶を一息に飲み、もう一度ありがとうと告げた。