「賞味期限は美味しく食べられる期限だから、きっと食べても死にません」 ということは、きっと賞味期限が過ぎているんだろうな、という事実は目を瞑るしかないのだろう。とりあえず賞味期限が過ぎている、もとい消費期限がすぎていないことを祈るしかないこの現実はどうしようもないのかもしれないが。「たーんと食べてね」 にっこりと笑う彼女。ここで食べないとこの関係は終わってしまうのか? 改めて目の前の鍋を見る。「黒いな」「黒わよ」 彼女の微笑みは変わらない。 これは罰なのか? 浮気はしたことはない。が、疑われてしまったのは、そう俺の過ちだ。嫉妬深い彼女であったのは分かっていたはずなのに。 俺は震える手でレンゲを手に取る。「取ってあげようか?」 彼女の微笑が悪魔の微笑みに見える。俺はいつ悪魔と契約したのか?「い、いや、大丈夫だ」「そう。面白くないなー」 面白くない? 安全圏から一体なにを言っている? 手が震えて、スープはほとんどすくえない。それでも口元にもってくる。「なんとも言えない香りだな」 吐き気が喉を襲う。「それって褒めてる? それより早くたべてよ」 彼女の微笑みは変わらない。「まぁ、まてよ」 よくよくレンゲを見ると油は緑色をしている。「死なないよな?」 そう吐き気と共に出かけた言葉を飲み込む。手の震えでスープはほとんどなくなった。これくらいなら--「あ、もうほとんどないじゃない。まったく」 彼女はそう言って、レンゲをすくってみせる。「はい、あーん。美味しくて死なないでね」 彼女はやっぱりにっこり笑って、俺にレンゲを差し出す。こうなってしまえば、もうできることは限られている。「分かった、分かった」 俺は震えるあごを何とか開ける。開いた一瞬の隙を彼女は見逃さない。瞬時に、レンゲを俺の口に突っ込ませる。一瞬息が出来なかった。隕鉄で後頭部を殴られたような衝撃が走る。一気に意識が遠くに飛ばされて、芒野が目の前に広がる。「ばあちゃん!」 去年逝ったばあちゃんが、芒野の真ん中で手を振っていた。「あんたはまだこっちに来るんじゃないよ」 そう言ったかはわからなかったけど、そう言われた気がした。と、同時に意識が引き戻されていく。「ばあちゃん?」 そうつぶやいたときには、目の前に彼女がいた。「だれがばあちゃんだ!」 彼女の右ストレートが脳天を突き抜けていく。椅子ごと倒されて、目の前には部室の天井が広がる。「ま、その様子だと無事、成功したみたいね。ねぇ、これ全部食べてみて、ちょっと体験レポート書いてよ」 彼女はやっぱりにっこり笑う。 ここは、黒魔術研究会の部室。目の前の彼女は俺の彼女、もとい部長だ。「とりあえず、それが食えるものじゃないと、帰って来れ--」 彼女の右フックでもう一度ばあちゃんには会えたことは、言わなかった。時間的は25分くらい。書くのやめようかと思ってた。体調が悪くて。 -------------------------------------------------------------------------------- ●基本ルール 以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。 ▲お題:「隕鉄」「芒野」「賞味期限は美味しく食べられる期限だから、きっと食べても死にません」 ▲縛り: なし ▲任意お題:なし ▲投稿締切:9/16(日)23:59まで ▲文字数制限:6000字以内程度 ▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。 ●その他の注意事項 ・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要) ・お題はそのままの形で本文中に使用してください。 ・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。 ・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。 ・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●ミーティング 毎週日曜日の21時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。 -------------------------------------------------------------------------------- ○過去にあった縛り ・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など) ・舞台(季節、月面都市など) ・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど) ・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど) ・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど) ・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など) ・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など) -------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
お題は、「隕鉄」「芒野」「賞味期限は美味しく食べられる期限だから、きっと食べても死にません」です。プリンプリンプリン 食後に一個、お風呂上がりの一個のプリンを彼女は平らげる。一日四個が彼女の日課でもあった。 美味しい物を頬張る彼女を見ているだけで、僕も幸せを分かち合っている気がしていた。「プリン、プリン、何て素敵な色形。プリン、プリン、何て素敵な響きの名前。プリン、プリン、あなた無しでは生きられない私。甘い甘い、私の私の、プリンS様」 彼女がプリンに捧げた詩は、二百は下らないだろう。 彼女の夢の一つは既に叶っている。プリン三百個のプリン風呂、彼女の誕生日に叶えた僕。 彼女の要望で、せっかくだからと一緒にプリン風呂に浸かり、ドロンドロンに愛し合った僕達。それはもう、凄かったプリンまみれの僕と彼女。 風呂場はプリンの匂いが一週間は消えず、燃えないゴミの日まで、プリンな匂いが部屋中に充満して、プリン酔いした僕と彼女。 そんなプリンな日々が懐かしい。酷暑な夏も終わり、芒野が風にそよぐ秋にプリンは、いや、彼女は僕の前から忽然と姿を消した。 テーブルの上の書き置きには、「世界中のプリンを喰っちゃる。喰い尽くしちゃる。プリンが私を待っている」 追うにも手掛かりが何も無い僕は、冷蔵庫の買い置きのプリンを見て孤独を痛感するだけだった。減らないプリンがこれほど寂しく心に響くなんて思わなかった。世界のどこに居るのだろうとメールを送る。すると、すぐに隕鉄プリンゲットと写メとメールが送られてきた。真っ黒なプリンに感想はマズッ! だった。電話もメールも普通に返してくれる。聞くと隣町にプリン博覧会があり、そこに彼女は通っていた。だけだった。プリン愛好会なる会の人達とホテルに泊っているとも言っていた。メールと電話だけの二日間、二日彼女が居ないだけでも僕の寂しさは限界になり、「すぐにでも戻って来て欲しい」と本心のメールを送ったが、返事はそれっきり無かった。 プリンに取り憑かれた彼女は僕の事など忘れているのだろう。仕事で疲れて帰宅した僕を癒してくれる彼女が狂おしくも愛おしい。秋の肌寒さが僕を一層切なくさせる。夜道を歩く僕の心を、澄んだ夜空が楽しい想いでを吸いあげる感覚に陥ると、何故か涙が溢れ、彼女と別れるとまで追いつめられる。諦めきれないまま、家に帰ると。部屋に明かりが着いてあった。部屋を覗くと、「・・・グゥグゥ、プリン、プリン、賞味期限は美味しく食べられる期限だから、きっと食べても死にません。プリン、プリン、あなたは世界で一番美味しいですが。プリン、プリン、私の愛する人には敵いませんよ・・・ グゥグゥ・・・」 僕はプリンを、いや、彼女をベットに運び毛布を掛ける。
「おじさん」「んー、なんだ」 目覚めざま、すっきりしない意識のまま階下に降りると、同居人であるカズミがいつものようにきっちりとした服装でカズオミを睨み付ける。こちらは寝間着にしているTシャツと短パン。トランクス一丁でないだけ今日はまし、なのだが……、カズミの眼光の鋭さに、無意識に腹を掻いてた手が止まる。「いくら朝だからって、もう少し、しゃっきりできないわけ?」「ああ、オレは良いの。家主だから」 食パンをトースターに差し入れる。コーヒーを入れようかと思ったが、近頃胃の具合が良くないのでミルクにしておこうか。カズミがグラスにミルクを注いでくれる。朝買いの新鮮なヤツだ。こういうとこ、マメなヤツがいると良い。「なんでも家主って言えば切り抜けられると思ってる?」 収まったのかと思ったら、まだ怒っていた。「思ってる。悔しかったら早く大人になりたまえ、少年」「ボクはもう充分な大人だよ!」「あと十センチ背が伸びたらな」「それは関係ないーー!」 いつもの朝のやり取りだ。カズミのヤツもよく飽きずにふっかけてくるもんだとカズオミは欠伸がてら思ってみる。ま、これもコミュニケーションのひとつだろう。「で、芒野で拾った隕鉄ってのは?」「これだよ」 椅子に掛けた鞄から黒銀の塊を取り出す。「ふーん。普通の金属とどう違う?」「知らない。地面から出て来たか、空から降ってきたかってことじゃない?」「てきとーだな」「知らないよ。ボクは学者じゃない」「学者じゃなくても知ってるだろう」「じゃあ、なんでおじさんは知らないんだよ」「鉄に興味はない」「そんなのボクにもないよ」 はぁぁとわざとらしい大きな息を漏らしてカズミは、カズオミに瓶詰めの何かを勧める。ちょうどトーストが焼き上がって、ちーんという間抜けな音とともにポップアップするところだった。 ちなみに、トースターのこの仕組みはなんとなくけっこう好きだ、と言ったら子供っぽいと馬鹿にされそうだから言わずにおく。カズミは自分が子供っぽいだけに、こういうことにやたらこだわって突っ込んでくる。まったく、面倒臭い。 で……、「いちおう聞くが、これは何だ?」「ジャム」「……、黒いぞ」「あぁ、ブルーベリーのジャムなんだ」「嘘を吐け、ストロベリーと書いてあるぞ」「……」「なぜ、遠くを見る」「冷蔵庫の奥に残ってたんだよ、もったいないじゃないか」「これはもはやそういう問題じゃないだろう」「賞味期限は美味しく食べる期限だから、きっと食べても死にません」「なんで言い回しが片言なんだよ」「いらないなら良いよ、捨てるから」「最初から捨てておけ。ていうか、お前は喰う気なしかよ」「こんなもの、食べられるはずないじゃないか」「お前なぁ」 カズミがそそくさと瓶をゴミ箱に捨てる。恐ろしいヤツだ。 新しいジャムを出してくれたが、それは賞味期限内だった。 それはそうと、「で、その隕石がどうしたって?」「隕鉄だよ」「どっちでも良い。それをオレ達にどうしろと?」「詛われてるからどうにかしろって」 カズミとカズオミはふたりで探偵業を営んでいる。探偵と言っても二束三文で雑用をこなすだけで大きな事件などは扱わない。切った張っただの、人に恨まれたりだのは、それ専門のヤツらに任せておけば良い。基本、呑気に暮らせればそれで良いのだ。 で、これもカズミが近所で有名な変人のおっさんから取ってきた依頼なのだが……。「なんか、やたら軽くないか? 鉄ってこんなもんか?」「宇宙の鉄は軽いんじゃないの?」「本当かよ」 そのおっさん、遺産だか何だかで金はある癖にやたらケチで、人を寄せ付けず、ひとりで邸に閉じこもっている。悪い人間ではないようで、近所の子供に庭先を自由に使わせたり菓子を配ったりと、子供には優しいらしい。本人も子供っぽいところがあって、子供と一緒に妙な悪戯を仕掛けたりするのが困りもので、近所でも警戒が呼びかけられてたりする。 カズミが好かれるのは、互いの子供っぽさゆえだろう。「呪いって、どんな呪いだよ」「分かんない」「おい。分かんないでどうにかなんてできるのか?」 ただまあ、そういわれれば、なんとなく邪悪なオーラを感じなくもない。鼻に近付けると妙な匂いもする。食欲が失せた。「ボクは魔法使いじゃないよ。おじさん、なんとかしてよ」「オレがそんな器用なモンのはずがないだろう」「じゃ、良いよ。貸して」 手の中で弄ぶのをカズミに奪い取られる。まぁ、未練はない。というか、二度と返さなくて良い。「mvぱえ:b¥p*AqKGQ#Kgaxspogjva4p9ejkapvma]q3pw0kq」「なんだって?」 カズミが隕石に手をかざし妙な言葉を発する。「呪文だよ」「本当かよ」「気持ちの問題だよ、こんなのは」「良いのかよ」「良いよ、どうせあの人の依頼だもの」「まあな」 と納得して良いものなのかどうか。「じゃあ、オレも」 おかしな気合いの声を発しながらスプレダーを振り上げ、コツンとぶつける。「御霊退散!」 すると、鉄のはずの隕石にひびが入り、そして……、「お、おじさん?!」「やばっ」 ぱっくり割れたそれは……「ミートボール?」「スコッチエッグ、じゃないか?」 表面炭化して、おかしなものとおかしなものとおかしなものが化合してできたっぽい、元は美味そうな食い物だったはずのもの……と思しい。封じ込めていた表面を割ったせいで強烈な匂いがする。もはや、朝食どころの惨状ではない。「もしかして、お祭りの?」「祭?」「あの人、卵大好きで、年に一回、子供たちにスコッチエッグを振る舞うんだよ」「なんだそれ」「知らないよ。あの人のことなんて分かる人いないよ」「だろうな」 しかし、これは……「これはさすがに賞味期限がどうって話しじゃないよな」「在る意味まぁ、詛われてはいるのかも知れない……」「お前、ちゃんと返してこいよ」「厭だよ、おじさん行きなよ」「お前が取ってきた依頼だろうが」「家主なんだから責任取って行ってきてよ」「お前なぁ」 こうしてまたひとつ、依頼が果たされた……のか?†==†今書きかけてる話しのキャラを使って見ました。おおよそ一時間半ほど掛かってます。かなり強引なネタになってしまいました。また、挑戦したいです。--二本立て---------------------------- * ルゥフェンウィリァ及び諸島王国の首都ウィリアフィリァから北へ数キロ、アラグニア火山の麓に、宇宙から飛来した巨石が落下、衝突した。周囲は芒野が広がり、被害を受ける建造物等は存在しなかったが、生態系、その他大気への影響などを計るために調査隊が派遣されるなど、大きな話題となった。「結局、何事というようなこともなかったのだろう?」 アキツグはぼんやりテレビの画面を見ながら、朝食の用意をしているカズミに声を掛けた。「みたいだね。噂じゃ、隕鉄の中から異星の生物が這い出て、密かにウィリアフィリァに紛れ込んでるらしいよ」「そうやって都市伝説の類は創られていくわけだな」「かもね」 味噌汁の香りが漂ってくる。ウィリアフィリァは日本の京都と姉妹都市提携しているだけあって日本の食材が普通に並んでいる。カズミの料理の腕もなかなかのもので、あっという間に、アキツグの怪しい知識を越えて和食をマスターしてしまった。インターネット万歳というところだ。 話題にも飽きたのか、アキツグは大きな欠伸を漏らす。「おじさん、まだ酒が抜けきらないの?」 日本風の献立をテーブルに並べるカズミが、心配とは程遠い表情で聞く。「ああ、少し飲み過ぎたかもしれん」「歳なんじゃない?」「ケツの青いガキには分からない、歳なりの魅力ってのがあるんだよ、少年」「モテてるうちは良いけどね、そのうち捨てられないように気を付けることだね」「全員に振られたら、お前に養って貰うよ」「な、なんでボクが……!」 何気なく言った言葉にずいぶん反応されてしまった。「そこまで厭がることもないだろう」「べ、別に厭じゃないけど。ボクはおじさんの嫁になんかならないんだからね!」「当たり前だろう、男同士なんだから」「ま、まあ、そうだけど」 おかしなヤツだな。アキツグは首を傾げつつも、用意できたらしい食卓に着く。白い飯に、玉葱の味噌汁、だし巻き、魚の干物。基本に忠実で悪くない。干物の魚があまり見かけない容姿なのは、この際仕方あるまい。 カズミは、キッチンの奥で胸に手を当て、無闇に跳ねる鼓動を抑えようと深い呼吸を繰り返していた。アキツグからは死角になる位置だ。シャツの下に巻いたさらしのズレかけているのを直す。こんなところを見られたら、一発でアウトだよ。 一瞬、バレたのかと思った。 バレていたのかと、思った。 でも、そうじゃないらしくて、ほっとする。 どういうわけか、ここ数日、カズミの身体が女性化し始めてる。どうしてこんな事になったのか分からない。気付いたら始まっていた。こんなの動物みたいで厭だ。でも、どうしたら止められるか分からない。 ボクは、女の子になっちゃうのだろうか。 こんなことおじさんに知られたら……、知られたら、どうなるんだろう。 ボクはおじさんの…… 違う、違う。そんなわけない。そんなことあるわけない!「どうした、喰わないのか」「片付け済んだから、今行くよ」 ボクは、おじさんの嫁になんかならなくても、ただここにいられるだけで良い。 海辺の高層貧民窟である魔窟出身というだけで蔑まれ、誰からもまともに相手にされず、ひとりで片意地張って生きてきた。あの頃にはもう戻りたくないし、なにより、おじさんと離れて暮らすことは、もう、考えられなかった。 * 山荘は、アラグニア火山の山麓にある。例の隕鉄の落下地点からそうは離れていない。呼ばれたのはアキツグだ。呼んだのはそこのオーナー。以前、別の用で泊まっていたとき、困った客の対処をしてやったことがあって、その縁で電話してきた。 オーナーは七十に近い老人で、息子夫婦と三人で山荘を経営している。しかしこの時期、しかも平日に客がいるとも思えない。いったい、どんな用だというのか。 山荘の中は、昼だというのに薄暗かった。 人の気配はない。客が皆無だという以前に、オーナーや息子夫婦のいるような気配も感じられない。「厭な感じがする」 人一倍、気配とか感覚とかに敏感なカズミが呟く。「そうだな」 用心深く進む。さほど大きな建物ではない。二階建て。客室は全て二階で確か五部屋か六部屋。一階の奥にオーナーたちの住む区画がある。「おじさん、この奥、凄く臭うよ」「何の臭いだ?」「たぶん、血じゃないかな」 カズミが言うなら間違いないだろう。カズミの五感は、やや人間離れしているのではないかと思うほど鋭い。アキツグにはまだ何も感じられないが、カズミが言うならその覚悟をした方が良いだろう。すなわち、異常事態だ。 通路の突き当たりに扉がある。 この先に家族の居間があったはずだ。一度だけ通されたことがある。「開けるぞ」 無言でカズミが肯く。 そこにいたのは……、「ねぇ、」 声を掛けてきたのは、女だった。 息子の嫁だと気付いたのは、以前にも来ていた給仕用のお仕着せ服を着ているからだ。あの時本人はあまり似合わないからと恥ずかしそうにしていた。 今その服は、赤く染まっている。「ねぇ、美味しいわよ。あなたたちも食べない? 少し賞味期限は切れてるかも知れないけど、大丈夫」 女は、にたり、と嗤って、それからくすくすと痙攣するように身を震わせた。「賞味期限は美味しく食べる期限だから、きっと食べても死にません」 真面目くさって言う。 その、齧り付く物。「お爺さんと、息子さん」 悲痛な声をカズミが漏らす。そうでなければ良いと思っている。アキツグに否定して欲しいと思っている。 アキツグにもそれは分かったが、しかし、カズミの望みに応じることはできない。食いちぎられて転がる二つの顔に見覚えがあったからだ。苦悶の表情に歪んではいるが間違いない。オーナーと彼の息子だ。「ねぇ、あなたたちが食べないなら。あたしが食べちゃっても良いかな? でも、こんな老いぼれとぶよぶよのデブより、あなたたちの方が美味しそう。ねぇ、あたしあなたたちが食べたいわ。良いでしょ、食べちゃっても」「おじさん」 カズミが、アキツグの上着の裾をぎゅっと握りしめ、哀れな女を見詰めている。こいつにも分かっているのだ。彼女が、本来の自分の意思で動いているわけではないことを。話す言葉も、仕草も、食人という行為も、彼女の意思によるものではない。「視えるか、カズミ」 カズミの超感覚は、実は五感に留まらない。六感あるいは七感とも言うべき感覚。つまり、見えないモノを視、聞こえないモノを聞き、感じられないモノを感じる。カズミのこの能力は、生家の習わしとして訓練してきたアキツグよりも数段優れている。「頸筋、延髄の辺りなのかな、その辺りに何かいる」「何か……、何だ」「ちょっと待って」 カズミは、仕事の時にはいつも筒状の二つの布包みを持ち歩く。背丈の半分以上ある長いのと、三十センチ程度の短い物。そのうち、短い物の方の封を解く。と、体長がせいぜい二十センチくらいの鼬のような動物がひょいと顔を出し、周囲を伺う。「アンクフィア、お願い」 カズミが声を掛けると、ピッ、と小さく鳴いて飛び出し、女の周囲をくるりと旋回して戻る。 この小動物は、カズミの超感覚をさらに補助する役目を担うらしい。本来、柏葉の家に伝わる遣い魔であるクダにそんな役割はない。これは、かつて魔窟内でカズミを助け育てたというアキツグの祖父から受け継いだものだという。そもそもアキツグがこの国に来たのも、建前上祖父を捜すという名目だった。そして、結果、祖父とは会うことができなかったが、そのおかげでカズミと出逢った。今はともに暮らしている。とんだ奇縁だ。「なに……これ」 何を見たのか、カズミが言葉を失う。「ねぇ、さっきのニュース。隕鉄が堕ちたって。噂話があるって言ったよね」 カズミの仕入れてきた噂話。が、しかし……「おい、冗談だろう」「そんなことって、あり得ると思う?」「ない、と言いたいところだがな」 視える、のだろう。他に比類しようのないモノが。ならば、信じるしかない。喩え、どんなに信じがたいことであろうと。カズミの言うのだから、信じるに値する。「斬れそうか」「ボクじゃ無理だよ。場所が微妙すぎる。わずかでもずれたら、あのお姉さんの精神(こころ)まで解いてしまう。でも、おじさんなら。おじさんの腕なら」 カズミが大きい方の包みを解く。 柏葉家重代の太刀「白尾丸」。今は、故和臣翁からカズミに受け継がれている。「おじさん、イメージを送るよ」「ああ、頼む」 カズミがアキツグの手をきゅっと掴む。 小さい手。けれど、温かい。 アキツグの脳裏にイメージが浮かぶ。「なるほど、こりゃ、エイリアンとしか言いようがないな」 その形状は深海生物のようでもあるが、そんなものが今ここにいるわけがないし、人の脳内に入り込んだり、人の精神を蹂躙し操ったりはしない。 手を放すと、イメージも消える。しかし、今ので充分だ。「我、放たん」 アキツグが、カズミの捧げ持つ太刀を抜き放つ。黒曜色の刀身。この太刀は、日本の国の、文明の曙を見る前に鍛えられた剣を打ち直されたものだといわれる。柏葉の家は、大和の民の歴史よりずっと古く日本に住まい生きてきた。ゆえにまつろわぬ者。現人の神を屠り地に根ざす神々を解き放つ者。しかしてこの太刀はいま異国の地、異国の少年の手にあって、今、その正当なる血脈の手に戻る。「我は放り人。解き放つ者。妄執により囚われし者をあるべきへ解き放つ者なり」 銀閃、一閃。 白尾丸はこの世の目に見える物を斬らぬ。眼に見えぬ心を、この世の物から切り離し、解き放つ。ゆえに神殺し。神を屠る太刀。神を「はふる」者。「カズミ」 糸の切れた人形のように崩れ落ちる女を、カズミが抱きかかえる。意識のないのは僥倖だろう。少なくとも今、この惨状を見なくて済む。問題は彼女の記憶がどこまであるかなのだが、それはこの場で推測のしようもない。願わくば、彼女が何も憶えてなければ良い。 そう、願わずにはいられなかった。†==†キャラ設定改変につき、再度の挑戦。カズミとカズオミではさすがに区別が付きにくいのでアキツグに変更。名前変えたら性格変わっちゃった。今回は2時間くらい掛かってます。細かい部分詰め切れてませんが、まぁ、前のよりは悪くないかな。
小型の携帯コンロにかけた小さな鍋の中で湯が煮えたぎっている。 とうの昔に賞味期限が切れた非常用のアルファー食にその湯を注ぎ、鍋に残った湯にレトルトパックを放り込み温める。 某山中に隕石雨が降り注いだ、隕鉄の夜、と呼ばれる日からすでに何か月も経っている。隕石雨が降り注いだ山中には大小様々なクレーターが開き、それはさながら爆撃を受けたような様相を呈している。 取るものもとりあえず、科学調査隊が結成され、その一員として私は派遣された。「賞味期限は美味しく食べられる期限だから、きっと食べても死にません」 某山中に近い、芒野と呼ばれる芒ばかりが生い茂っている野原に設営された仮設テントに届けられた食料はどれも賞味期限が切れたものばかりであり、届けた係員がそう告げたことを思い出す。 いくら予算がないとはいえ、せめてそれはないだろう、という不満が出たことも事実だが、ぜいたくは言ってはいられない。空腹には勝てない。 出来上がった物を食べ終わり、フィールド調査した結果をまとめる。「見事な結晶構造ですね」 降り注いだ隕石の欠片を分析していた学者に話しかける。「ウィドマンシュテッテン構造の結晶組織です。この一帯に降り注いだ隕石雨はみな隕鉄ですよ」 サンプル分析をしている学者が言った。 隕石が落下し、衝突する確率は高額宝くじに当選するよりも高い、ともその学者は言っていた。 数百万年、数千万年、私たちからすれば恐ろしく気の遠くなるような時間をかけ、冷えながらはるか宇宙の彼方から飛んできたそれらに思いを馳せている私がいた。