Re: 即興三語小説 ―「春風」「狩猟」「サーバー」 ( No.1 ) |
- 日時: 2018/03/25 21:45
- 名前: もげ ID:ANuFAjr2
こんばんは。 継続は力なりと信じて投稿しております。 お題をセリフのみで回収するのはちょっと負けた気がしますが今回はこんな感じで。よろしくお願いいたします。 ------------------------
「人類は狩猟採集生活に戻るべきだわ」 「伺おうか」 キーボードを軽くはたいて言った私の言葉に、新庄英治は腕を組んだまま椅子をくるりと回してこちらを向いた。 新庄は決して派手な顔立ちではないが、引き締まった体つきとこざっぱりした出で立ちが年齢相応の魅力を感じさせる。まくり上げたシャツの袖から覗く腕がセクシーだ。 私はその様子を横目でちらりと見るだけにとどめ、パソコンのディスプレイの方を見たまま足を組んだ。 「かつて私達はその日の獲物はその日に得て生活をしていた。確かに明日食えぬ不安は常に付きまとい、弱い者は命を落とすだろう。だが、その代わりに今日生きる喜びがあった。季節を感じ、今日の糧に感謝し、日々を全力で生きる。常に「今ここ」を生きることができた」 視界の端で新庄が軽く顎を引くのが見える。先を促しているようだ。 「だが、今のこの生活はどうだ?春分を過ぎたが、春風を肌で感じたか?長い冬を越えて芽吹いてきた新たな命に喜びを感じただろうか?我々は今や常に未来を生きている。明日のため、来年のため、果ては老後のために。今ここに生きている者は誰だ?いつから私達はこの命をありのままに生きられなくなったのだろうか。今こそ、野に出て春風を自分の身をもって感じるべきではないだろうか!」 新庄は、ゆっくりと目を閉じて顎を撫でた。 「つまり……要約すると、今日はもう帰りたいということでいいか?」 私は心外だと言った風に大きく方をすくめて見せた。 「課長、私はもっと深遠な話をしているのです」 「もうそろそろサーバーは復旧する見込みだ。10分そこら花見をしてきて構わないから3時には戻ってこいよ」 私はがしゃこんとキーボードに頭から突っ伏した。 「違うのです、そういうことではないのです。我々は未来の見もせぬ相手に向かって過剰なサービスをですね……」 「データが全部消えちまったのは気の毒だが、納期は明日なんだ、やるしかねーだろ」 「これは神が一度立ち止まって本質を見つめろという啓示を……」 「ほら、コーヒー入れてやっから現実と向き合え」 「しくしくしくしく……」 かくして、社蓄たる私は野に出ることなくただひたすらパソコンに向き合うはめになったのであった。変わらぬ日常風景であった。 (おわり)
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