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RSSフィード [130] 即興三語小説 ―消去法の選挙になっている時点で、負けている―
   
日時: 2013/07/21 23:02
名前: RYO ID:VnXMFrhI

「『プリン!』という擬音を考えた奴は天才だと思うね」
「何を言い出す? プリンでも食べたくなったか? さっき弁当を食べたばっかりだろう」
 昼下がりの廊下で校庭を見下ろす。校内一の美人(と男子の間で人気)の英語教師の山本先生がクラスの女子たちと談笑している。
「山本先生やっぱいいわ。まだ新任して二年目って言ってたから、二十四くらいだろう。オレにもチャンスあるよな」
 完全にイッた目で山本先生を見つめるのは、同じクラスの達也だ。
「しらねーよ」
「あの歩くたびに揺れるケツがたまらん。プリン!プリン!と聞こえてくるだろう?」
「オレに同意を求めるな」
「胸はプルン!プルン!だぞ」
「プリンでもプルンでもどっちでも、オレはかまわないが、インプラントで何か入っているかもしれんぞ」
 ため息混じりに冗談めかして答えると、
「そ、そうなのか? オレの山本先生のイメージが……」
「おい、本気にするなよ」
 達也は頭を抱えて、オレの声はもう届かない。と、山本先生と目が合う。笑顔で手を振ってくる。
「おお!」
 それくらいで興奮するな、達也。心底うれしそうに表情が緩んで、崩れきる。
「やっぱ、これは脈ありだな。だな」
 達也が同意を求めきたのか分からず何も答えなかったが、とりあえず達也としては自分の世界のなかで満足らしい。
「ま、とりあえずお前を『お兄さん』と呼ぶ日は、ご勘弁願いたい」
 つぶやかずにはいられない。
「なんか、言ったか?」
「なんでもねーよ」
 先生とオレは姉弟であることは、当然のことながら秘密だ。
 それにしてもあの姉貴の一体どこがいいのか? 昨日、ぶん殴られたことが思い出される。
『一体何、この点数! それでも私の弟? 私が職員室でどんなに惨めかわかる?」
 ……こいつなら、殴られることすら喜びそうだ。
 山本先生に手を振り返す達也を見ながら、オレは深く深くため息をついた。

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●基本ルール
以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。

▲お題:「インプラント」「働いたら負け」「プリン!」
▲縛り:なし
▲任意お題:「ウイスキー」
▲投稿締切:7/28(日)23:59まで 
▲文字数制限:6000字以内程度
▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません)

 しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。

●その他の注意事項
・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)
・お題はそのままの形で本文中に使用してください。
・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。
・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。
・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。

●ミーティング
 毎週日曜日の21時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。
 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

●旧・即興三語小説会場跡地
 http://novelspace.bbs.fc2.com/
 TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。

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○過去にあった縛り
・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)
・舞台(季節、月面都市など)
・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)
・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)
・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)
・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)
・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)

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メンテ

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沢部という男 ( No.1 )
   
日時: 2013/07/29 01:15
名前: かたぎり ID:sTKqH49U

 青く発光するバレーボールサイズの球体を撫でると、ガラス製の自動ドアが音もなく開いた。手のひらに埋め込まれたチップに反応して開くという仕組みだそうだ。さほど高級といえないこのマンションでさえ、こうした認証システムを取り入れているのだから、時代は確かにうつろっているのだろう。外観を変えないままに、世界はその内部ばかりを変えていく。
 エレベーターに乗り込み、六階のボタンを押す。静かに上昇していくエレベーターの階数表示を見ながら、私はこれから出会おうとしている男のことを思った。
 沢部隆一。
 変人といわれる部類の人間である。発言、行動ともども一般からかけ離れているが、当人は世間の冷めたい視線など意に介さず、たいがいは無視し、あるいはかえって哀れんだりする。そういう鼻持ちならない男なのだ。私のような平凡な三十路男と、なぜ長きにわたるつきあいがあるのかと問われれば、うまく返答できる自信がない。
 六階についたエレベーターから降りようとするとき、コツ、と手にした箱がドアの角にあたった。私は慌てて中身を確認する。保冷剤の横にふたつのカップタイプのプリンが並んでいるが、どちらも形が崩れたようすがないようで胸をなでおろした。
「あぶなかった」
 甘いものは、沢部と接するさいに必須となるアイテムである。彼は甘いものに目がなく、そういったものを持参するとしないでは、その日の態度ががらりと変わる。基本的に不機嫌な男だが、甘い物をちらつかせるとたいがいは笑顔を見せ、柄にもないお世辞さえ口にする。慣れてくれば、ある意味扱いやすい。
 沢部の部屋の前に立ち、インターホンを押す。数秒待って、入ってくれ、というお決まりのセリフがスピーカーから流れた。ロックが解除された音はしないが、それはいつものことだ。このご時世になってなお、彼には戸締りという習慣がない。私は取っ手に手をかけ、ドアを開いた。
 ソファに腰掛ける沢部の後ろ姿が見える。
 相も変わらず本に埋め尽くされた部屋だ。掃除もろくにしていないらしく、部屋の真ん中にあるテーブルとソファのセット以外は、まともな人間の生活場所とは思えない。
「やあ」
 私が呼びかながら近づいていくと、沢部は立ち上がることなく、左手を頭のよこまで持ち上げ、くるりと手のひらをこちらに見せた。彼流の挨拶というわけではない。沢部は左手で、正確には左手の小指の腹で、私を確認している。そうやって私を見ているのだ。
「小沼くん、久しいね」
 そういう沢部だが、今もなおその顔を私に向けてはいない。
「ああ、二か月半ぶりだろうか」
 私がいうと、次は左手の薬指がわずかに動いた。
「まあ、こちらに来て座ってくれよ。手荷物片手に歩いてきて、きみも疲れたことだろう」
「そうだな。そうさせてもらう」
 私は沢部の反対側のソファに腰を下ろした。
 目の前に見る沢部は、アイマスクをしている。べつに驚きはしない。今日に限らず、彼は緊急時をのぞいていつもそうしているのだ。私からは見えないが、きっと耳にも耳栓をしているはずだ。
「今日は、鼻栓はしていなんだな」
 私は皮肉まじりに言った。
「ははは、あれはさすがに見た目に難があってね。少なくとも人前ではしないことにしたよ。しかし、物を食べるときには鼻栓もしたくはなるね。何かを味わうというのは、味覚だけで足りるものではない。目で味わい、鼻で味わい、耳で味わい、触り心地を味わい、最後に舌で味わう。本当の食事とはそういうものだろう?」
「ああ、もっともだ」
「そうさ。五感のうちどれであろうと、それらは複合的な感知によって機能している」
 なるほど、それは正しい意見ではあるのだろう。だからこそ沢部は左手を私に向けて、五本の指を動かしている。目を封じ、耳を封じ、鼻をも封じようとするこの男にとって、五感とは左手の五本指そのものなのだ。沢部の指先に埋め込まれたインプラントにより、世界を感知する。小指は視覚、薬指は聴覚、中指は味覚、人差し指は嗅覚。唯一親指だけは、もとのままの姿、つまりは触覚を残している。
 人工的に作られた感覚器官を、身体の別の場所に植え付けるという技術が開発されたのは、数年前らしい。当然のことながら、主たる目的は先天的後天的に障害を抱える人々への医療的行為にあった。しかしこの沢部という男は、仮に五感のすべてを五本指に持った場合、神経系はいかに変化するか、という自らの疑問に答えを得るため、莫大な施術費を支払いそれにいたった。もちろんただちに指先が覚醒するわけもないようで、彼はもともと人体にそなわる五感を意識的に絶って、日々の生活をおこなっている。
「ところで、その、なんだ、その箱はどういったものだい?」
 私がしばし物思いにふけっていると、沢部が歯切れ悪く聞いてきた。こういうあたりが、この男に残された最後の慎ましさというものだろう。私がこの部屋に訪ねるときに持ってくるものは決まっているのだが、さすがに甘い物を催促する子供のようでばつが悪いらしい。
「おっと、そうだった。美影屋のプリンを買ってきたんだ。会社の同僚から、ここのは美味いという話を聞いてね。確かに大人気らしくて列ができていた。結局ふたつしか買えなかったんだけど、良かったら食べてくれ」
 私の言葉を受けて、沢部の薬指が、トン、と弾んだ。
「ありがとう。小沼君。きみほど気づかいのできる男を僕は他に知らないよ。きみという友人を持てたことを光栄に思う。色々抱えている案件があって気が滅入っていたのだが、今日という日はこれでなかなか意義深いものになりそうだ。さっそくいただくとしよう」
 現金なものだと思うが、悪い気はしない。こういう子供じみた部分があるからこそ、私は沢部とつきあえているのだと思う。
「しまった!」
 不意に沢部がおおきな声をあげた。
「どうかしたのか?」
「いやね、医者から甘いものを止められているんだ。血糖値が異常に高くなっているらしい。このままいけば命の危険もあるなどと脅されてね。まったくなんということだ。小沼君の気遣いにこたえられないとは」
 沢部が気遣いをむげにしてしまうことを悔いているとは思えない。たぶん、ただ純粋に、子供のように、大好物を食べられないと嘆いているのだ。
「そうか、それならしかたないな」
「いや待て、こういう時のためにこそ、僕の左手はあるんだ」
「しかし、薬指では味わうことはできても、食べることはできないだろう」
「緊急時にはやむをえない。見た目が悪くなるだろうが、中指で味あわせてもらいたい。どうだろう、こんな僕を許してもらえるだろうか?」
 アイマスク越しでは沢部の表情を読み取れるわけもないが、その声には切実なものさえ込められているようだった。
「ああ、きみに贈ったものだし、好きなようにしてくれよ」
「おお、そうか! それはありがたい! よし、せめて飲みものを用意しよう。コーヒーと紅茶しか用意できないが、きみの好きなほうをいってくれ」
 私がコーヒーを頼むと、沢部はキッチンへと小走りで向かった。視界を封じた男が、左手を身体の前に掲げたまま動き回る姿を見るのは毎度不思議な気分だが、沢部の足取りには迷いがない。左手の五指を使いこなし始めている証しなのだろう。
 その後、沢部とともにプリンを食べた。沢部の食べ方――正確には中指で味わうだけなのだが――は、案の定下品極まりないもので、中指をプリンに突き刺したり、潰れたプリンに中指で「の」の字を書いたりという有り様だった。それでいて、これは上品な味だ、などというのだからなおたちが悪い。沢部は私にも残りのプリンを食べるよう勧めたが、私は丁重に断り、ブラックのコーヒーを静かに飲んだ。
「ところで、小沼君。今日は僕にどんな相談があるというんだい?」
 さんざもてあそんだプリンにようやく満足したころ、沢部はそう聞いてきた。
「なんで相談があると思うんだ?」
 私が尋ねかえすと、沢部の薬指がぴくりと動いた。
「きみが僕のもとを訪ねてくる。それも手土産に甘いものを持って。となると、相談を持ちかける必要があってのことだろう。毎度のことだよ」
「確かにそうなんだが」
「だろう。気を遣うことはない。きみには一飯の恩があるし、我が家には一度この恩義を受けたなら、全身全霊をもってそれに報いよ、という家訓もある。さあ、何なりといってくれ」
 沢部家にそんな家訓があるとは初めて知ったが、私にとって好都合なことには違いない。沢部ほどではないにしても、私にも人生相談のようなものができる友人は限られている。私は腹をくくった。
「実は、転職を考えているんだ」
「ほう。きみは確か地元の金属加工会社で働いていたね」
「ああ、その通りだよ。ブルーカラーというのかな。沢部とは別の世界で働いている」
「過酷な労働環境だとは聞いたことがあるように思うが、三十を過ぎて転職とは、きみにしては思い切ったことを考えたものだ」
 そう、沢部の言うとおりだ。私という人間は変化を嫌う。新しい会社、新しい環境のもとで、一から仕事を覚え、一から関係性を作ると考えるだけで、気分が陰鬱になってしまうのだ。
「そう自分でも思うよ。でも、あんな会社で働いたら負けだと思うことがあってね。何に負けなのかは自分でもわからない。ずっと息苦しさを感じて、自分の気持ちを抑え込んであと数十年生きていくと考えると、たまらなく嫌になったんだ」
 私がいうと、沢部の五本の指が、鍵盤を叩くかのようにひとつの波を打った。
「詳しく聞かせてくれるかい?」
 沢部に問われて、私は語り出す。
 ある日、工場内で事故があった。一人の工員がプレス機に巻き込まれ、片腕と片脚を失うという重症を負った。命こそ取り留めたが、今なお病院で寝たきりの生活をしているらしい。親しくはないが、それなりの期間を同じ職場で働いた仲だ。私なりに彼の人となりは知っている。真面目ばかりが取り柄といった、不器用で内気な男だった。どこか自分と似ている、そう感じていた。
 事故があった直後、私を含めた数人で血だらけのプレス機の清掃を任された。沈黙の作業がしばらくつづいた。そんななか、ふと、あいつもついてないぜ、と誰かがいった。奇妙なことに、ついで聞こえたのは、いくつかの笑い声だった。私には彼らがなぜ笑っていられるのかわからなかった。いや、彼ら自身にさえその理由がわからなかったかもしれない。
 工場長から、面倒ごとは起こすなという通達が入り、その日の作業はまた再開した。そして一日の作業が終わると、ようやく肉体労働から解放されたという喜びに、多くの作業員が笑顔さえ見せていた。私はたまらず、どうしておまえらは笑っていられるんだ、とひとりひとりの襟首をつかんで問いつめたくなった。しかしそんなことはできなどしない。誰にだって生活がある。労働環境をなげき、責任の所在を上に求めたところで、こんな小さな会社ではどうすることもできない。私たちにできるのは、自分の身は自分で守ると言い聞かすことだけなのだ。そんなことはわかっている。わかっているが嫌になった。
 説明を終えた私は少し興奮していたのだろう。ひどく喉がかわいており、今は冷えたコーヒーの残りをいっきに飲み干した。そして茶色くなったカップの底を見つめる。なんとなく、沢部のほうを向きづらい。
「ピアノに凝っているんだ」
 思いもしない沢部の一言だった。
「僕が試しているいくつかのことのひとつなのだがね。僕はピアノなど、この歳になるまで弾いたことがなかった。あまり興味のある分野ではなかったからね。しかし、僕は見ての通り、左手の五指に五感に相当する感覚器官を持っているだろう?」
 私には沢部がいわんとするところがわからない。しかし一方で、こういったとき、私が困り果てているとき、問題をはぐらかすようなことをする男ではないと知っていた。
 沢部はつづける。
「ピアノというのは、子供のころから練習していないと弾きこなせないとされる楽器なんだ。なぜかといえば、子供が育ち大人になっていく過程において、使われることの少ない神経の発達はわずかで、いちど身体が成熟してしまえば劇的な進歩は望めなくなる。特に小指はその傾向が顕著にみられる。それはきみも実感するだろう? 僕はこの宿命とでもいうものに逆らえないかと考えたのさ。そのため、左手の五指に五感を兼ね備えたわけだ」
 私はあらためて沢部のほうを見た。ソファに座る沢部は、相変わらずアイマスクをしており、その表情をのぞかせない。しかし、彼の眼前に掲げられた左手から伸びる五本の指を見ていると、今までとは違うものを見ている気分になってきた。
「視覚神経と触覚神経を繋ぎ、それを脳まで伝える。こうすることで、錆びついた神経系全体が新たに再構築されるかもしれない。そんな突飛な思い込みさ。科学的とはとても言いがたいものだ。僕は視覚だけに飽き足らず、聴覚、臭覚、味覚までもを指先に埋め込んだ。今のところどんな成果があったかというと、取り立ててどうといえるものはなにもない。きみの知る通りの有り様だ。しかしね、ようやく指が、手が、腕が、新たにつながってきたような気分はあるんだ。思い込みかもしれないが、それを証明してみたいがために、毎日ピアノの練習をしている」
 そういって沢部は、部屋の隅に置かれたピアノの前に移動し、カバーを開けて、鍵盤を叩いた。左手のみで弾かれる「きらきらぼし」の単調なメロディーが、部屋の空気を震わす。どこか愛嬌のあるような音、それでいて何か――、なんだろう、この心の奥に浮かんでくるイメージのようなものは。
「とまあ、今はまだこんなところだ」
 左手だけで一曲弾き終え、彼は苦笑まじりに言った。
「なんというか、味のある音色だったよ」
「それはありがとう。さて、きみは僕という人間を少し特殊な存在と見ているようだがね、実際は少しずつでも自分の可能性を広げようとしたり、自分という人間の今の有り様を嘆いてばかりのどこにでもいる男さ。そのくせまともに労働した経験もなく、きみの話を聞いてみても、こうしたらいいとはっきりいうこともできない。それでも友人としてもしいえることがあるとするなら、僕もまた、きみと等しく足掻いているもののひとりだということだ。まったく僕らはいったい何に足掻いているのだろうね。こんなものだと悟る自分か、それとももっと大きなものにか。小沼くん、きみは優柔不断なようで、看過できぬと思ったことには、自分としてのゆらぐことのない答えを出す人だよ。だからこそ、僕はそれがどんな決断であれ肯定し、どういった未来が待っていようと応援したいと思っている。いつでも好きな時に訪ねてきてくれ。僕は、この部屋の鍵をかけることなくきみを待っている」

 私は沢部の部屋をあとにし、マンションの前を歩いていた。
 気づけば時刻は六時を過ぎ、夕陽もそろそろ落ちるころとなっていた。行きかうひとびとの多くはマンションの住人なのだろう。それぞれが今日という日をひとまず終えて、あるいは軽く、あるいは重い足取りを進めている。それぞれが何を思って歩いているのか知るはずもないが、誰もが何かを秘めて歩いているのだと思うと、言葉にできないなにかに圧倒される。そんなことをついつい考えてしまう。
 私にとって、今日の沢部の態度は予想外なものだった。彼ならば、私の悩み事など詰まらぬと一蹴するに違いないと踏んでいた。そして私は、彼の言葉を受ければ、これ以外ないという結論がなんとなく出せるように思えていた。
 ――結論か。
 いや、そんなものは私のなかでとっくに出ていたのだろう。とどのつまり、私は誰かの後押しを求めていたにすぎないのだ。それを覚った沢部はこうせよとはいわず、後押しだけに徹してくれた。遠回しにもほどがあるが、そうしてしまうのが沢部という男なのだ。
 マンションの上のほうから、ピアノの音が聞こえてくる。下手ながら愛嬌のある「きらきらぼし」だ。沢部がまた練習しているのだろう。それにしても、この演奏を聴いていると湧きあがってくる感覚はなんなのか。
「プリン!」
 不意にそんな大声がした方を見ると、小さな女の子が、買い物袋を提げた母親に話しかけていた。
「ママ、プリンが食べたくなった!」
「突然いわれても、今買い物してきたところじゃない」
「でも食べたい。プリン食べたい!」
 ――そうか!
 私はずっと気になっていた感覚の正体がようやくわかったように思えた。沢部の演奏を聴いていると、プリンのイメージが湧いてくるのだ。しかし、なぜそんなイメージが……。いや、思いあたる節はひとつしかない。私が彼に贈り、彼がさんざんもてあそんだ哀れなプリン。沢部はたいそう気に入っていたし、今もなおその余韻を味わっているのだろう。
 五感をもった沢部の指、そこから奏でられる音色。それがどういった理屈かわからないが、聞くものの五感にうったえかける力を持つ。突飛で、まるで科学的でない発想。しかし、かりにそうだとするなら、なんと斬新な演奏方法だろう。
 私は早速この発見を沢部に伝えようと踵を返す。しかし、一歩踏み出した途端、待てよ、と足が止まった。彼のことだから、これくらいの偶然があったからといって、早々とは信じまい。むしろ、私の安直な考えをせせら笑うことだろう。沢部の眼を丸くさせてみたいなら、こちらも相応の説得力をもって臨まなければならない。いくつもの証拠を積み上げてる必要がある。
「次はエクレアを持って行ってみるか」
 近隣住民が演奏を聞いた途端、エクレアが食べたくなるような音色。そんな想像に破顔してしまいそうになるのをおさえて、私は帰路につく。一つの決断と、今なお演奏に励む友の姿を思って。


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また長くなってしまってすいません。どうも今はこういう書き方しかできないようです。
それでももし読んで下さった方がいらっしゃれば、感謝感謝でございます。

メンテ
Re: 即興三語小説 ―消去法の選挙になっている時点で、負けている― ( No.2 )
   
日時: 2013/07/29 02:41
名前: 星野日 ID:hXnnZyuw

「インプラント」「働いたら負け」「プリン!」

 魔法少女という言葉がある。
 広義には文字通り魔法を使う少女を意味し、狭義としては、魔法を使って悪と戦う少女を指し示す。
 一般には秘されているが、我らが住む日本にはワルイーダと呼ばれる悪の組織が暗躍している。そしてそのワルイーダの戦闘員を打ち負かせるのは、魔法適性を持ち、かつ清らかな心と体を持つ少女だけなのだ。
 しかし我が国際労働法には「健康、安全又は道徳を損なう恐れのある業務につかせることができる最低年齢は、18歳を下回らないもの」とする取り決めがあり、すなわち悪との戦いを社会的に強いる魔法少女というシステムは、国際的に違法なのである。
 世界会議にて日本治安省が「ワルイーダに対抗するため万全のサポートのもと魔法少女を導入することは、やむを得ないことである」と発言したところ、各国のロリコン共から猛反発があった。曰く「少女を危険に晒すなど言語道断」「日本は第二第三の白虎隊を作る気か」「少女は花のように愛でるべきであり、手折ることがあってもそれはぜひ私の手で」などなど。ともかく、この会議での承認が降りない以上、ワルイーダ対策に魔法少女達を狩りだすわけにもいかず、日本は窮地に陥ったのであった。
 もちろん日本やその他各国が手をこまねいているだけであったわけではない。日本は、自国を守る責任があり、他国にとっても日本の経済が傾けばその余波に当たることとなる。
 研究の末に開発されたのが、乙女回路である。F*ck'in。
 この乙女回路はもともと、インプラント・ブレイン・ハック、すなわち埋め込み型洗脳装置として亡国で開発され、禁制品となった装置を元にして作られている。心も体も清らかでなければいけないのならば、体が清らかな大人の心を無理やり綺麗にブラッシングしちゃえばいいじゃんという、腐ったロリコン共の歪んだ人権思想に基づいて作られた恐るべ装置だ。
 つまり、畜生、彼氏いない歴三十なんとか年の私のようないわゆる喪女ちゃんの脳味噌をファブリーズしてキャピるん乙女思想にすることで、擬似的少女を作り出し、本物少女たちを保護しようという魂胆なのである。
 いや、まだ私に危険は迫っていない。私が喪女であることは羞恥の、いや周知の事実であるのだが、魔法の適性があることは漏れていまい。これまでの身体検査でも、毎度巧妙に魔法の適性が無いように思われるよう策を張り巡らせてきた。
 このインプラント手術を一度受けてしまったらもう目も当てられないほどにひどいのだ。
 例をあげよう。このあたりの番を張っていた硬派な先輩が私にはいた。気に食わない奴は、老若男女構わず殴る。甘いものはほとんど口にせず、キシリトールガムを5個くらい一度に口に含み、下品にクッチャクッチャ噛んでいるようなどうしようもない女だった。それでいいのか四十歳独身。
 それがインプラント手術を受けた後は、転べば「いたい」と言って泣きそうに成るのを我慢し、雑誌の甘味特集を読んでは「喪女ちゃん!美影屋のプリン美味しそうだと思わない? プリン!プリン!」と体を揺らしてお出かけさいそく。もう何この可愛い生き物。でも今年で四十歳。
 一方、対ワルイーダ作戦でこの先輩は、魔法少女デビューの初戦から目覚しい結果をあげ、業界では期待の新人(40)と話題になっているそうだ。「キューティクル☆スプラッシュバスターぁ!」とちょっと舌足らずに叫び、キラキラした演出と共にワルイーダ戦闘員達を竜巻のようなデンプシーロールで血祭りに上げる様は、正に地獄絵図だった。これまで先輩が来に食わないと思った相手にこの技が放たれていたのかともうと、いやー、政府もたまにはいいことをしますなって思っちゃうよね。
 と、かのように恐ろしい政府の陰謀をのらりくらりと私が交わしつつ、情報をあつめられているのも、私の魔法能力のおかげだ。いわゆる千里眼。この能力に、魔法少女としてのワルイーダ対抗力が備わればとても強力だろうと自分でも分かる。しかし、あんなアホみたいな人格に変わってでも日本守りたいかというと、そんな愛国心無いっす。働いたら負けだ。日本とか政府とか、そんなものに大して義理も感じない。
 手術によって変わる前の先輩は、そりゃあもう恐ろしい人だったし、正直クソ女だし、へそ曲がりだし、頭も悪いし、いや手術後も頭は悪いんだけど、ともかく人間としてダメな人であったのは確かなのだが、私はそんな先輩が嫌いではなかった。積極的に好きだったかと言われると難しいが、少なくとも嫌いではなかった。
 先輩は自分には甘いが、他人には厳しい人で、不誠実や嘘を見逃さない人だった。私が先輩と知り合ったのも、オヤジ刈りをする不良を見咎めた先輩がやつらをボコボコにし、そのテンションで被害者のオヤジと、通りすがりの私含む他三名ほどの通行人をボコボコにしてくださったからだ。
 その先輩が、「敵さんを殴るなんて…そんなのサリーにはできないよ!」とか言ったり、「サリー。その気持ちはわかるわ。でも、私達がやらないと、みんなが苦しむの!」とか言われて、「う、うん……」とかころっと説得されてという回りくどいプロセスを毎回踏まないとワルイーダ戦闘員をボコボコにできないような性格になってしまったのである。恐ろしすぎる洗脳装置だ。
 その先輩が「ねえねえ喪女ちゃん。この服かわいいよね」とか言いながらティーンズ向けの雑誌を開いて見せてきた。ふりふり、ひらひらな服をきた若々しい娘たちの写真が載っている。未だ正気を保っている私にとって、このみずみずしいパワーは目の毒だぜ……
 あのね、あのね、と先輩がもじもじして何か言いたそうにした。「よ、よし言っちゃう!」だからなんなんのだそのあざとらしい可愛さ。「最近ね、私好きな人ができちゃったの」なんと。
 曰く、先輩がとあるクラシックライブに出かけたら(耳を疑って三度聞き返した)、そこで素敵な男性と出会ったそうなのだ。いくつかのライブで再開するたびに親しくなり、今度一緒に出かける約束をしたのだという。
「割井田さんっていってね。とっても紳士的な方なの」
 と、頬を赤らめる先輩。あーはいはいよかったねと思いながら私は先輩の買い物につきあうことになった。下着も派手なの買っといたらいいんじゃないですかと茶化したら「そ、そういうのは結婚してからなんだから! もう、喪女ちゃんってば!」と恥ずかしそうにデンプシーロールでボコられてしまった。

===

まとまらなかった!!

メンテ
なつ休みのどく書かんそう文 ( No.3 )
   
日時: 2013/07/29 19:26
名前: かたぎり ID:eq5K7JtY

RYOさんの作品

 短い中にも、人間関係やそれぞれの性格がうまく表現してありますね。
 おしりはプリンプリン、胸はプルンプルンってところに笑いました。
 この擬音考えた人はいったい何を考えていたのだろうと思うと感慨ひとしおです。
 
 いつもホスト役ありがとうございます。


 
星野田さんの作品

 星野田さんらしい(けっ、てめーに俺様の何がわかんだよとか言われたら困りますがw、)作品ですね。面白い。悪ふざけも甚だしい設定やこれ面白いんじゃねという思いつきだけで書かれているようで、しっかりと読ませる力を持っている。嫌悪感を招く一歩手前で遊ぶことを、その楽しさを知っているから、こういうふうに書けるのだろうか。適当に書いてます、なんて言われる可能性もあるかもしれないけどw。
 文章力、ここぞというポイントでの言葉のチョイス、ギャグセンスと、バランスよく装備された書き手さんだと改めて思いました。

 それと、個人的なサービスもしていただき、それも感謝。実は、味影屋と書くはずだったのに、誤字ってました。美影屋って、何屋だよ。


自作

 読み返すと色々思うところはあるけど、書いてて楽しかったから良し。次に行こう。

メンテ
かんそう ( No.4 )
   
日時: 2013/07/31 07:05
名前: 星野日 ID:TgBjkVbU

> RYOさん
最近兄弟ものが多いですね…!!

> 片桐さん
美影屋使わせてもらいましたが、誤字だったとは……!
最初の方のSFっぽい演出が「きたきた!」って感じですね。こういうの好きです。
ピアノの演奏に憧れて指に五感を移したんだよとか言う沢部さんとか、そういうのはすごい素敵だと思いました。五感の移動とか、我々からするとオーバーテクノロジーを、我々にとっても理解出来なくもない身近な思いのために行なっているという感じが、サイエンスフィクションと人間が上手く混じり合っていて良かったです。
しかし、語り手の悩みがそんなSF世界と同じ文脈にあるのが、ちょっと違和感があったというか。現代っぽい感じになって来るのがちょっと上手くいってなかったかも。この未来世界だからこそ感じる悩みだったりすると作品世界の雰囲気が持続したのかなあとか。たとえば、この悩みのであっても、ディティールにちょこちょこと未来だからこそ感じる・起こることをいれてあげると、語り手の悩みもこの世界に馴染んだ、この世界の悩みになったのではないかと思います。
それと、
> 私は沢部の部屋をあとにし、マンションの前を歩いていた。
以降の部分が蛇足っぽいというか、なんか一旦、話としてまとまった(SF世界の奇人の思いが語られた)あとに、場面が転換し、「なぜピアノを退くのか」という展開や「「どうして変わろうと思うのか」という主題とは全く外れた「音色がプリン」というエピソードが語られるのが唐突に感じられました。
「起:語り手が沢辺を訪れる」「承:沢部は五感を手に移している」「転:語り手が悩みを語る」「結:沢部がなぜ手に五感を移したのか」という綺麗な流れをちょっと崩しているのかなあと。
プリンを味わった手が引く音色がプリンを連想させる、というのはそれはそれで面白いワンアイデアだとおもいます。沢部が突然ピアノを引き出してそれに主人公が「あ、プリンだ…こいつにエクレアを食わせたらやはりエクレアの音色になるのかな。今度試してみよう」とか思わせておいて「結:沢部がなぜ手に五感を移したのか」とか言う流れにすれば、「なぜピアノを退くのか・どうして変わろうと思うのか」というのを全体の主題としたまま物語が締まってよかったのではないかなあと……!

なんか、三語にこんな感想もらっても困るかも知れませんね・・・! ちょっと真面目に書いて見ました! だってSFなんだもの!!

メンテ
お礼 ( No.5 )
   
日時: 2013/07/31 18:37
名前: かたぎり ID:3VouuYiU

普段は三語作品へのご感想に返信はしていないのですが、
細かいところまでご指摘いただいたので、お礼と、自分なりに思うところを書いてみます。

星野田さんのご指摘、とても参考になりました。ありがたい。
確かに、SFっぽい設定でありながら、特に中盤以降の話の内容が、妙に現代じみていますね。時間制限があろうとなかろうと、世界観、雰囲気に統一感がないのは痛手です。。
語り手がその世界に生きているからこその悩みや問題を描く、あるいは、方向はこのままでもディティールに工夫する。どちらをするにしても、まずは作者がしっかりイメージできていないことにははじまらない。自分でも薄々気づいていましたが、あらためてご指摘をうけて、問題がクリアになった気分です
話の構成も綺麗にまとまっているとは言いがたいですね。最後の部分は蛇足感があると思います。
自分の中にあるテンプレ的なものに引きずられてしまったのかもしれません。いきたりばったりに書いていても、最後はこうすればとりあえずまとまるはずだという安直な経験則に甘んじたのだと思います。

と、上記のようなことが書かれていると、感想を送った立場としては、ひとつの意見にすぎないからあんまり気にしないで、と言いたくもなるもの。そこは承知しておりますので、ご安心をw。三語のように時間制限的に何かを書くと、書き手としての長所短所、どこを起点に、何を重視して物語を書いていき、そして何を軽視しがちか、という問題点が浮かび上がりやすいと個人的に思っています。あと何回三語をするかは決めていませんが、時にはこういったご意見もいただけると、なお嬉しいな、と。

ということで、なんだか大半が私一人で思っていればいいことを書いてしまいました。
星野田さんにはあらためて感謝を。ありがとうございました。

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