あなたがキライ ( No.6 ) |
- 日時: 2011/01/09 20:09
- 名前: HAL ID:yYD0kHYw
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
ふわりと鼻をくすぐるセブンスターのにおい。煙草やめてって頼んだら、わかった、やめるよって頷いたのに、ぜんぜん約束を守る気なんてない、あなたがキライ。だけど、バレてないとか思ってる、あんがい抜けてるところが、ちょっとスキ。 もぞもぞと枕に顔を埋める。肌の上をすべるさらさらのシーツ。守ってくれる誰かの隣でまどろんでいるときが、人生で一番幸せな時間だって思う。だけどきっと、あなたはそろそろ、あたしの肩に手を置く。ほら、こんなふうに。 「そろそろ起きなよ」 そういって、ぜったいに泊めてくれないあなたがキライ。だけどやさしく肩をゆさぶる、あなたの手はスキ。骨ばった、長い指。意外に整った爪。爪のかたちがきれいねなんて、男のひとにいう誉め言葉じゃないけれど。 「ん、うん。んー」 わざと眠そうな声を出して、シーツにしがみつく。後ろ頭に降ってくる、困ったような気配。眠いのなんて、ただのフリだって、わかってないの? それとも気づかないフリしてるだけなの。 「明日、仕事なんだろ」 そんなふうに、やさしい声でいうあなたがキライ。
「送るし。車の中で寝てなよ」 「ん。うん……」 不承不承、シーツから抜け出すと、エアコンの音がやけに耳につく。いつだって寒すぎず暑すぎないこの部屋。白々として、家具の少なすぎる、生活感のない部屋。 ほんとはあなたひとりのときは、エアコンなんて使わないんだって、ちゃんと知ってる。自分は暑いのはへっちゃらなくせに、あたしがくるときの設定温度はいつも23℃。あたしは、あなたの、そんなところが。 目を擦って、わざとゆっくり服を拾う。あなたは急かさないで、じっと待ってる。ちょっと困ったようにほほえんで、車のキーを揺らして。 なんでそんなに優しいの、って。 一度くらい、正面から訊いてみようか。 だけど答えは、たぶん知ってる。あなたには、あたしとずっと一緒にいるつもりなんてないから。いまだけの、短いあいだのことだから、せめていい思い出ばかりになるように、無理してでもこんなふうに、ワガママもきいて、イヤな顔ひとつしないで……。 ねえ、そうなんでしょうって、問い詰めたい。でも訊けない。ホントはわかってる、だけど確かめたくない。そんな負け犬根性なあたしがキライ。
車のヘッドライトが、雨に濡れた地面を切り裂いていく。深夜の国道を、ゆっくりと流す。スピードを出さないのは、性格? それとも少しくらいは名残惜しいと思ってくれてるから? 口には出さない問いかけ。これまでいくつの言葉を飲み込んできたのか、もう自分でも、よくわからない。 あたしとずっと一緒にいるつもりなんて、あなたにはきっとない。でも、じゃあ、その理由はなに。仕事のこと? ご両親のこと? 前の恋人を忘れられないから? それとも全部? すべての質問を喉もとでのみこんで、あなたの横顔をじっと見る。眼鏡の下の、穏やかなまなざし。頬にちょっとだけ残るニキビあと。薄い唇。ときどき振り向いて目の端で笑う、その瞬間に寄る小さなシワ。 ずっと一緒にいられないんだったら、やさしくなんてしないでほしい。ときどき叫びだしたくなる。泣き喚いて、あなたに縋りたくなる。ウソ。やっぱりやさしくしてほしい。せめて一緒にいられるあいだくらいは。 あなたがスキ。あなたがキライ。 ふりまわされるあたしがキライ。
欲望も、執着も、恋情も、孤独も、焦燥も、嫉妬も、慟哭も、劣等感も、自己嫌悪も、なにもかも全部とおりすぎて、漂白されて、キレイに抜け落ちてしまえばいいのに。カミサマの愛みたいに、何もかも許して包み込む、優しくて、穏やかで、誰にも妨げられないかわりに誰のことも妨げない、そんな気持ちで、あなたをスキになれたらいいのに。そうしたらきっと、もっと……。 だけどどうしても願ってしまう、求めてしまう。ずっと一緒にいてほしい。そばを離れないでほしい。こんなふうに平気な顔で、あたしを家まで送ったりしないで、朝まであなたの横にいさせてほしい。明日の約束がほしい。明後日もこの週末も、来週も来月も来年も隣にいるって約束がほしい。離れていても、あなたが幸せだったらそれでいいなんて、とてもそんな風には思えない。 どれだけ思っても、車は確実に信号を過ぎ、交差点を過ぎて、街灯の下で止まる。あなたはゆっくりギアを入れ替え、サイドブレーキを引く。 「送ってくれて、ありがと」 飲み込んだすべての言葉のかわりに、あたしはいう。微笑んで、何もいわずにあなたは頷く。いつもそう。あたしはあなたの口から出る、次の約束がほしいのに。 「来週は、会える?」 しかたなく、あたしはそう、自分から訊く。あなたの答えは知っているのに、それでも虚しく問いつづける。 「わからない。電話する」 優しい声で、そっけのない返事。いつもそう。あなたは次の約束をしない。再会をほのめかす言葉さえ、口に出そうとはしない。 どうして、って。そう大声で叫びたい。深夜の住宅街なんて、そんなこと関係ない。あなたの胸倉を掴んで、問い詰めたい。 「待ってる」 だけどあたしはただ、小声でそう返す。あなたは小さく頷いて、ウインドウを上げる。そのままあなたはじっと待つ。あたしが家の中に入るのを。 あたしは部屋のドアを閉めて、背中にすべての神経を傾ける。あなたの車のエンジン音が、ゆっくりと遠ざかっていくのを、じっと背中で聞いている。夜に溶け込んで、完全に聞こえなくなるまで。そうしてあたしは、ひとりぼっちの部屋に崩れ落ちる。いっそあなたのことなんて、キライになってしまいたい。 こんな気持ちにさせる、あなたがキライ。呟いてみても、言葉はただ暗がりに吸い込まれていくだけで、誰の耳にも届かない。
---------------------------------------- 結局三時間くらいかかったような。純愛ものぽい何かを書こうと思ったけれど、ただの地雷女になってしまった予感がぷんぷんします……(斜め下を見つめながら)
|
|