新年明けましておめでとうございます。今年も三語をよろしくお願いします。 今回はお年玉?ということで、縛りがありません。 ドシドシ投稿をお待ちしてます。 -------------------------------------------------------------------------------- ●基本ルール 以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。 ▲必須お題:「慟哭」「再会」「明日、仕事なんだ」 ▲縛り:なし ▲任意お題:「置いてけぼり」「ヒットエンドラン」「能面」 ▲投稿締切:1/9(日)23:59まで ▲文字数制限:6000字以内程度 ▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。 ●その他の注意事項 ・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要) ・お題はそのままの形で本文中に使用してください。 ・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。 ・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。 ・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●ミーティング 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。 -------------------------------------------------------------------------------- ○過去にあった縛り ・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など) ・舞台(季節、月面都市など) ・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど) ・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど) ・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど) ・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など) ・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など) -------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
風邪をひいた。 朝の七時、鳴り響く目覚ましを止めようと起き上がった瞬間に気づいた。 関節が軋むし、喉も腫れている。瞼は目やにで開かないし、体全体が重くてだるかった。手足の先に鉄球を仕込まれている感じ。 睫毛の先にまでこびりついた脂を爪でこすって落とし、水を求めて布団から這い出した。立ち上がると眩暈がした。頭の奥ががんがんと痛み、体の核が熱い。 何とか台所に辿りつき、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを掴んだ。ついでに製氷機の氷をひとつ口の中に入れる。 幸い今日は、大学の講義を入れていなかった。汗に濡れたシャツを脱ぎ、ぶ厚いパーカーを着こんで再び布団に潜る。 目を閉じると、温かな闇に包まれる。けれど意識が落ちる気配はなかった。 仕方がないので、風邪を引いた原因を考えることにした。 昨日は朝の十時に起きて、そのまま大学へ行った。昼食を挟んで講義をふたつ受け、それから校内清掃のバイト。帰りに丸善に寄って正月用の餅を買った。 大したことしてないじゃん、私。どこで風邪なんか拾ってきたんだろう。 うつらうつらとしながら窓の外に目をやる。白く煙った空気の向こうに並んだ木立と、曇り空が見えた。 風邪をひいたときは決まって変な夢を見る。子どもの頃もそうだった。 気がつくと野原に立っていた。空はピンク色で、草は群青に染まっている。流れる川の色はオレンジだった。 意味が分からない、と首を傾げながら歩いていくと、小さな人影がいた。ちっちゃい私だった。 不機嫌そうに歪んだ眉と濁った瞳。髪は油でてかてかと光っている。十歳くらいだろうか。「あんたいくつ?」 ふいに訊かれ、驚いた私はうろたえながら「にっ、二十一」と答えた。 ちっちゃい私はなぜか不服そうに私をじろじろと眺め回し、そして忌々しそうにそっぽを向いた。我ながらむかつくガキだ。 むかつくついでに右手で頬をつねってみた。けれどいくら強くつねっても目が覚めない。「ああ、それ迷信だよ。じっと待ってなきゃ」 ちっちゃい私が言うので、仕方なく私はその場に腰を降ろした。毒々しいカラーリングの世界が目に痛い。 ちっちゃい私は黄色いレインコートを着て赤い長靴を履いていた。実に子どもらしい派手さだ。「なあ、でっかいあたしも風邪引いてるのか?」 赤い長靴が目の前で揺れる。つるんとした感触のゴム製。 百均で充分だという母に泣きながら頼み込み、デパートの雑貨屋で買ってもらったやつだ、きっと。「風邪……うん、風邪引いてる。あんたも?」 ちっちゃい私はまっすぐ頷いた。「インフルエンザ。昨日、学級閉鎖になって喜んでたらあたしもかかってた」 うわードンマイ、と言うと、ちっちゃい私はふて腐れたようにうつむいた。「でっかいあたしって今何してるの?」「大学行って時々バイトもしてる。そうだ、明日、仕事なんだ」「じゃあ今日中に風邪治るといいね」 ぽつぽつとした会話の後、しばらく沈黙が続いた。 やがてちっちゃい私が口を開いた。「あーもうそろそろ起きる気配がする」 どぱ、と音がして、ちっちゃい私が傘を開いた。くるくると回しながら言う。「ママが仕事から帰ってきたっぽい。じゃあばいばい、でっかいあたし。さっさと彼氏作れよ」 次の瞬間、開いた傘だけ残してちっちゃい私はいなくなった。と同時に私も目が覚めた。染みのある天井が目に入る。外はもう薄暗くなっていた。試しに起き上がってみると、さっきより大分楽になっていた。 変な夢だった。しかもやけに鮮明に覚えている。 私がちっちゃい私だったとき、夜中に熱を出して泣いた記憶があるのをふいに思い出した。 もしかして、あの毒々しい色をした野原が怖かったんじゃないだろうか。おまけに自分そっくりの女もいる。 負けず嫌いなところは今と変わってないな、と私は笑ってみた。少し涙が出た。 そういや最後に泣いたのはいつだっただろうか。覚えていない。 少なくとも大人になってから泣いたことはない。慟哭する必要がなくなったのだ、恐怖や悲しみを自分の中に閉じ込めておけるようになったから。 溜めた涙を流す機会もないから、だんだん体の調子が悪くなる。風邪を引く。夢を見て、また元気になる。これを「風邪と夢スパイラル」と名づけよう。ぼんやりとした頭で考えた。とても眠いのだ。 先ほどの夢の輪郭は既にぼやけている。会話の内容もよく思い出せない。 けれど、もしまた風邪をひいていつかの私と再会したときは、迷わず私から声をかけてあげようと思う。 ついに眠気に負け、私は目を瞑った。今度はきっと、夢を見ない。----------新TCでは初参加になります、沙里子です。一時間で1850字程度。皆様も風邪には充分お気をつけ下さい。
拝読しました。 失礼ながら、感想です。というか、印象を少し……。見当違いならすみません。どうか広い心で以ってご容赦を。 過去の自分に出会うという話しが良いと思いました。鬱ぎみの子供時代に迷わず自分から声をかけてあげようという終わり方も微笑ましく思いました。倦怠感の中のいい話、良かったです。 以前拝読した掌編のイメージがあるので、一時間ということもあり、やや荒い印象を受けました(一時間で書けない自分がこんなこと言ってすみません)。ちょっと欲を言うと、現代の主人公が明るい印象があるので、鬱ぎみの子供時代からどういうふうに変わったのか興味があります。「風邪と夢のスパイラル」、興味があるテーマと思いました。時間をかけて出来上がった作品を読みたいと思いました。
明けましておめでとうございます。 今回、本当にすみません。 タイトル あめつちの初め ただ鳴る。 高くもなく低くもなく、熱くなく冷たくもないたくさん詰まったものが一定に動き、丸い隙間を通っては高くもなく低くもない、荒くはなく穏やかでもないただただ一定の音を出す。 どうしたいの? 見る? 触る? 怒る? 叫ぶ? 弾む? 笑う? 泣く? 泣く? どうしようもなく泣き叫ぶ? 慟哭、慟哭、前に後ろに上に下に道が鳴る。その音は前後上下に並んでいる数を結び離れながらも数える。 1、2、3、4、5、 音は道なりにではなく前上前下、後上後下45°に進む。 6、7、8。 明るくなく暗くなく、黒くなく白くなく、音に響きながらグレーが生まれては広がる。 9。座標の9。 45°の9は互いに無い世界を求めて90°上にいる二人を見る。方形の初め。 45°の9は互いに繋がりたくてぐるぐる回る。円の初め。 3.14……、 ……41.3、 あめつちの初め、あめつちの初め、あめつちの初め。 前後上下、0°、90°、180°、270°の9は互いに時間空間を越えた45°に憧れる。 どうしたいの? 見たいの? 聞きたいの? 嗅ぎたいの? 食べたいの? 触りたいの? 1.618……、上下左右、四角い生命の受け皿の初め。 命の初め、命の初め、命の初め。 どうしたいの? 見る? 触る? 怒る? 叫ぶ? 弾む? 笑う? 泣く? 泣く? どうしようもなく泣き叫ぶ? 同じ座標を持った円がいる。求め合い、反発し、それはだだの一本道。互いに繋がりましょう。3.14……、……41.3、認め合って子供が産まれる。三角の初め、 光の初め。光の初め。光の初め。 互いに二人を垂直に見つめていると、その中には中心が生まれます。繋がりましょう。繋がりましょう。3.14……、……41.3、円の中には時間空間二つと二つの三角形、天と地下、過去と未来、別れて再開、別れては再開。 1、2、3、4、5、6。 その雪の結晶はフラクタルに広がり、溶けて雨になり、あめに昇る。わたしたちの命に流れる。 阿波礼 阿那於茂志呂、阿那多能志、 阿那佐夜憩、 をけ。 男がいる。 子供なのか、老人なのか、兄なのか、弟なのか、それとも父なのか。「ねえ、遊ぼう」「明日、仕事なんだ」 振り返った顔には目鼻口が無い。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー すみません。 書いて同じ支離滅裂ならとことん支離滅裂に、同じ読者おいてけ堀ならピンポンダッシュを、と思いました そういえば、旧TCにあった「三語はいつもフリーダム」のありがたいお言葉が見当たらないのが少し心配です。 失礼しました。
楠山様明けましておめでとうございます。大変興味深く読みました。意図された通り支離滅裂で意味が分かりませんでしたが、とても読みやすかったです。リズムが良いからでしょうか。書かれた内容よりも、どういう発想でこのような文章ができあがるのか興味深かったです。こういう文章は普段読むことがないので、とても新鮮な読後感でした。
>楠山歳幸様拝読しました。音のリズムというか歯切れの良さが印象に残りました。内容は抽象的で理解すらできなかったものの、文章全体としてのバランスは取れていたように思います。支離滅裂、それでいて音が鳴る文章。大変興味深かったです。>自作荒い、の一言です。書きながら次の展開を考えたものだからオチもないし。何が言いたいのかさっぱり分かりませんでした……精進します。
ふわりと鼻をくすぐるセブンスターのにおい。煙草やめてって頼んだら、わかった、やめるよって頷いたのに、ぜんぜん約束を守る気なんてない、あなたがキライ。だけど、バレてないとか思ってる、あんがい抜けてるところが、ちょっとスキ。 もぞもぞと枕に顔を埋める。肌の上をすべるさらさらのシーツ。守ってくれる誰かの隣でまどろんでいるときが、人生で一番幸せな時間だって思う。だけどきっと、あなたはそろそろ、あたしの肩に手を置く。ほら、こんなふうに。「そろそろ起きなよ」 そういって、ぜったいに泊めてくれないあなたがキライ。だけどやさしく肩をゆさぶる、あなたの手はスキ。骨ばった、長い指。意外に整った爪。爪のかたちがきれいねなんて、男のひとにいう誉め言葉じゃないけれど。「ん、うん。んー」 わざと眠そうな声を出して、シーツにしがみつく。後ろ頭に降ってくる、困ったような気配。眠いのなんて、ただのフリだって、わかってないの? それとも気づかないフリしてるだけなの。「明日、仕事なんだろ」 そんなふうに、やさしい声でいうあなたがキライ。「送るし。車の中で寝てなよ」「ん。うん……」 不承不承、シーツから抜け出すと、エアコンの音がやけに耳につく。いつだって寒すぎず暑すぎないこの部屋。白々として、家具の少なすぎる、生活感のない部屋。 ほんとはあなたひとりのときは、エアコンなんて使わないんだって、ちゃんと知ってる。自分は暑いのはへっちゃらなくせに、あたしがくるときの設定温度はいつも23℃。あたしは、あなたの、そんなところが。 目を擦って、わざとゆっくり服を拾う。あなたは急かさないで、じっと待ってる。ちょっと困ったようにほほえんで、車のキーを揺らして。 なんでそんなに優しいの、って。 一度くらい、正面から訊いてみようか。 だけど答えは、たぶん知ってる。あなたには、あたしとずっと一緒にいるつもりなんてないから。いまだけの、短いあいだのことだから、せめていい思い出ばかりになるように、無理してでもこんなふうに、ワガママもきいて、イヤな顔ひとつしないで……。 ねえ、そうなんでしょうって、問い詰めたい。でも訊けない。ホントはわかってる、だけど確かめたくない。そんな負け犬根性なあたしがキライ。 車のヘッドライトが、雨に濡れた地面を切り裂いていく。深夜の国道を、ゆっくりと流す。スピードを出さないのは、性格? それとも少しくらいは名残惜しいと思ってくれてるから? 口には出さない問いかけ。これまでいくつの言葉を飲み込んできたのか、もう自分でも、よくわからない。 あたしとずっと一緒にいるつもりなんて、あなたにはきっとない。でも、じゃあ、その理由はなに。仕事のこと? ご両親のこと? 前の恋人を忘れられないから? それとも全部? すべての質問を喉もとでのみこんで、あなたの横顔をじっと見る。眼鏡の下の、穏やかなまなざし。頬にちょっとだけ残るニキビあと。薄い唇。ときどき振り向いて目の端で笑う、その瞬間に寄る小さなシワ。 ずっと一緒にいられないんだったら、やさしくなんてしないでほしい。ときどき叫びだしたくなる。泣き喚いて、あなたに縋りたくなる。ウソ。やっぱりやさしくしてほしい。せめて一緒にいられるあいだくらいは。 あなたがスキ。あなたがキライ。 ふりまわされるあたしがキライ。 欲望も、執着も、恋情も、孤独も、焦燥も、嫉妬も、慟哭も、劣等感も、自己嫌悪も、なにもかも全部とおりすぎて、漂白されて、キレイに抜け落ちてしまえばいいのに。カミサマの愛みたいに、何もかも許して包み込む、優しくて、穏やかで、誰にも妨げられないかわりに誰のことも妨げない、そんな気持ちで、あなたをスキになれたらいいのに。そうしたらきっと、もっと……。 だけどどうしても願ってしまう、求めてしまう。ずっと一緒にいてほしい。そばを離れないでほしい。こんなふうに平気な顔で、あたしを家まで送ったりしないで、朝まであなたの横にいさせてほしい。明日の約束がほしい。明後日もこの週末も、来週も来月も来年も隣にいるって約束がほしい。離れていても、あなたが幸せだったらそれでいいなんて、とてもそんな風には思えない。 どれだけ思っても、車は確実に信号を過ぎ、交差点を過ぎて、街灯の下で止まる。あなたはゆっくりギアを入れ替え、サイドブレーキを引く。「送ってくれて、ありがと」 飲み込んだすべての言葉のかわりに、あたしはいう。微笑んで、何もいわずにあなたは頷く。いつもそう。あたしはあなたの口から出る、次の約束がほしいのに。「来週は、会える?」 しかたなく、あたしはそう、自分から訊く。あなたの答えは知っているのに、それでも虚しく問いつづける。「わからない。電話する」 優しい声で、そっけのない返事。いつもそう。あなたは次の約束をしない。再会をほのめかす言葉さえ、口に出そうとはしない。 どうして、って。そう大声で叫びたい。深夜の住宅街なんて、そんなこと関係ない。あなたの胸倉を掴んで、問い詰めたい。「待ってる」 だけどあたしはただ、小声でそう返す。あなたは小さく頷いて、ウインドウを上げる。そのままあなたはじっと待つ。あたしが家の中に入るのを。 あたしは部屋のドアを閉めて、背中にすべての神経を傾ける。あなたの車のエンジン音が、ゆっくりと遠ざかっていくのを、じっと背中で聞いている。夜に溶け込んで、完全に聞こえなくなるまで。そうしてあたしは、ひとりぼっちの部屋に崩れ落ちる。いっそあなたのことなんて、キライになってしまいたい。 こんな気持ちにさせる、あなたがキライ。呟いてみても、言葉はただ暗がりに吸い込まれていくだけで、誰の耳にも届かない。---------------------------------------- 結局三時間くらいかかったような。純愛ものぽい何かを書こうと思ったけれど、ただの地雷女になってしまった予感がぷんぷんします……(斜め下を見つめながら)
私は惨めな人間です。 母親が死んだときも小学校のクラスで飼っていたウサギが死んだときも悲しめませんでした。心のどこかに少しでも泣けることがあるだろうと思い自分を探りましたが、そのような物は何一つ出てきません。気付いたときには自分一人だけが泣いていない、という状況が多々ありました。 皆が涙することに涙せず、皆が笑うことに笑えず、他人にとっては普通のことが、自分にとってはアブノーマルでした。 そんな自分の素顔を知られるのがとても嫌で、家族はもちろん私が出会ったすべての人に道化を演じてきました。二人を除くすべての人は私のことを、優しくて放っておけなくて、とってもお茶目なのだけれど憎めない人間だと思っていたことでしょう。 しかし、彼らは違いました――。 道化とは恐いものです。自分の本当の姿が晒されたときのことを、日頃から犇犇と感じるのです。 私の姿が道化であることを見破られたとき、私と接する人に鬼の形相で追い掛けられ、腹を割かれ、内臓が引きずり出され、一瞬のうちに私は跡形もなく散るだろう。そういう妄想ではない、確かな確証に捕われました。 だから私は懸命に努力しました。どうすればバレないか。どうすれば理想の人間になれるか。あらゆる対象を研究し、私を知り尽そうとしました。そのおかげで、私が例の確証になることはありません。 なのに彼らは、私のすべてを見抜いたような目で蔑むのです。 だから私は彼らを恐れました。 恐れるが故に、何とか取り入れられようと、懐かれようとしました。 しかしそれでも尚、彼らの目はこう言いました。『お前のことはすべて知っている。お前が道化を演じていることも、俺のことを恐れていることも、すべてが見破られたときに起こることを勝手に確証していることも』 二人のうちの一人は寺田という名です。彼とは中学、高校と一緒に進み、最も交流を深めた仲でした。彼は、私と初めて出会った中学一年のときから私の道化を見抜いていました。 寺田は時折、私が道化で皆を笑かしていると、こちらを苛立っているような目で見てきました。哀れむような眼差しと、見たことのない素っ気ない態度で接するときもありました。 その度に私は言うのです。「寺田よ、お前は私と違ってすごい奴だ。この世に見え隠れすることに気付く。私はお前と違ってとても非力だ。何も満足に出来ない。だから、私はあなたに仕えよう」 寺田はそう言う私を哀れと思ったのか、救えないなと思ったのかはわかりませんが、笑いかけてくれるようになりました。 自分は、彼への道化は意味がないとわかっていても、それを止められるほど強くはありませんでした。自分は、以前にも増して、寺田へ寄り添い、讃え、服従していったのです。 しかし彼が生涯の敵であることに変わりはなく、高校卒業までに幾度となく、あの目で見られました。 彼の正しさに気付いたのは、その後でした。もう一人の寺田と再会したときです。 もう一人を野村と言いました。彼女は下宿先の娘で、それはそれは大層美人で周りの男すべてが振り向くほどでした。しかしそんなこととは裏腹に、私の道化を寺田と同じく見抜いていました。 彼女は寺田と同じような目で私を見、軽蔑していましたが私のことを好いていました。それは私の道化とは違い、野村の本当の気持ちでした。 だから、私は彼女の前では正直に生きられました。そういう意味では野村は寺田とはまた違う存在で、私にとっては神と等しい存在でした。野村の前で化けの皮を剥ぐのは意外と楽で、そこにはアブノーマルな自分しかおりませんでした。それは、野村と寝る布団の中でも変わることはありませんでした。 昨夜、夢の中の私は「よく頑張った。明日、仕事なんだろ? 早く寝ろ」と言いました。その声はとても穏やかで、寺田と野村の声とは違っていました。 そうです。今日、仕事です。私の最後の仕事です。後数行書けば終わります。慟哭も感動もない終幕です。 私は惨めな人間です。 仲間と同じものを喜び、悲しむことが出来ません。同じものを食すことも出来ません。仲間がいいと感じること――優しさや友情や愛を理解出来ません。 そんな私はまるで、白い雪見だいふくの中にぽつんと出来てしまった黒い雪見だいふくのようでした。だから私は白い粉を懸命に振りかけ、自分を白く見せようとしました。 しかし、それも今日で終わりです。粉は水に流され、ふっくらとした皮は水流で剥がされ、白いアイスは水圧によって微塵も残らないでしょう。 私はついに、寺田と野村から解放されるのです。 それは、何物にも変えがたい、至福なのです――。* *********ああ、なんて自虐的でシリアスな文章なのだろう。これを読んで、気分を害される方はいるでしょうか? もしいらしたら申し訳ございません。投稿時間オーバーしてすみません。椅子から転げ落ちた反動で、鐘が鳴ったのです。書き上げたかったんです。どうかお許しを(TT