Re: 今日も今日とて60分三語! 今週は一週間三語とのコラボです ( No.5 ) |
- 日時: 2011/07/31 23:52
- 名前: 二号 ID:KnyFhoSc
ふとしたときに、何かを思い出させる光景というものが、僕にはある。それは例えば、遠くの空に浮かんでいる、夏の背の高い入道雲であったり、そのすぐ近くをまっすぐな白い雲を糸のように残していく飛行機の姿であったり、氷と冷たい飲み物を注がれたグラスが、汗をかいたかのように浮き出させる点々とした水滴の光だったり、ちょっと間抜けそうな犬の湿った鼻先だったり、塀の上で退屈そうに寝転んでいる猫の姿であったり、本当に些細な物事が、頭の中のちょっとした記憶とリンクする。 それは本当にどうでもいいような記憶だったり、楽しい思い出だったり、ちょっとうんざりするような思い出や、時には悲しい気分にさせられてしまう記憶だったりもする。それらは、まるで体の内側で嵐が起こっているかのように胸をざわつかせることもある。そういう時はどうすればいいのか。今はただ、なるべくじっと体をこわばらせて、ただ嵐が過ぎ去るのを待っている。 高校生の頃に、僕には遠いところに引っ越してしまった仲のいい友達がいて、僕はその子と頻繁にメールのやり取りをしていた。彼女は中学の同級生で、卒業と共に僕たちの住んでいた町から出て行ってしまった女の子だった。明るくて気持ちのいい女の子で、友達は多かったはずだ。だから彼女は町を出る前に中のいい友達とメールアドレスを交換しあい、僕も彼女の連絡先を知ることが出来た。 メールの内容は本当に些細なもので、互いの近況や、面白かった映画やマンガの話なんかを良くしていた。高校生になった僕にとっては、気軽に、しかも頻繁にメールのやり取りをする女の子がいるということは、ちょっとしたうれしい事で、彼女に送るメールの文面を考えることや、彼女から帰ってくる返事を待つということはとても楽しいものだった。
僕は高校生活に少しずつ馴染んでいきながら、彼女とのメールのやり取りを繰り返した。そんなふうにして僕の高校一年の一学期は終わり、夏休みに入っていった。夏休みの間僕は中学時代の友達と遊び、楽しい夏休みの出来事を、彼女に報告したりしていた。
そして夏休みが終わり、高校生活になじむにつれて、僕は新しい学校生活に夢中になり、少しずつ彼女とのメールの間隔が開いていくことになった。それは時間が経つにつれてだんだんと間隔を広げ、少しづつ文面は短いものになっていった。
それからしばらくして、冬休みを迎える少し前に、突然彼女とのやり取りは終わりを迎えた。
『いままで、たくさんのメールを送ってくれてありがとう』 話題の流れを断ち切って、突然送られてきた彼女からの最後のメールは、そんな文章から始まっていた。 『この町に来てすぐの頃は、みんながたくさんのメールを私に送ってくれました。本当にたくさんの数で、正直に言って全てのものに返事を書くのはとても大変でした。だけど、時間が経つごとにだんだんと、その数は減っていき、今では頻繁にメールを送ってくれるのは時田君だけです。みんなの記憶の中から私が消えていくのが分かります。そして、私はそれをとても恐ろしく思います』 彼女と彼女の友人たちをつないでいたものが、様々な理由で時間の流れと共に細くなっていく。そして何の変哲も無いある瞬間を境に、そのつながりはそれぞれに音も無く消滅していってしまう。 『でもそれはきっと仕方のないことなんだと思います。私はみんなからとても遠いところにいて、みんなはみんなを取り巻く新しい環境に少しずつ馴染んでいって、新しい友達を作るべきなんだってことが、私には分かります』
『そして、それはきっと私にも当てはまることなのです』 『正直に言うと、私はまだ新しい生活に上手くなじめてはいません。そんな中で時田君とのメールのやり取りは、私にとって、日常を上手くやり過ごすためのとても大切なものでした。少なくとも、私には遠いところに一人の友達がいて、そのことが私を安心させてくれていました。 だけどもう、私も、私取り囲む環に上手く馴染んでいかなければいけません。少なくとも、そのための努力はしないといけません。そのためには、いつまでもこういうやり取りを続けていくことは良くないことだと思います。だから、もう私のメールに返事を返してくれなくて大丈夫です。いままでありがとう。時田君、お元気で』
そのメールを読んだ時、僕には彼女の言おうとしていることがうまく飲み込めなくて、そのメールを何度も繰り返し読み返した。それからやっとその意味を理解して、どうしようもないほどの脱力感に襲われた。それからうまく働かない頭のままで何日かを呆然と過ごし、やっと、友達がいなくなったんだ、と理解した。
今ではもうその子の顔やメールでどんなやり取りをしていたかなどは思い出せない。ただ、ちょっとしたときに彼女のことを思い出しては、懐かしいような、少し寂しいような気持ちになる。
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