キラキラ光る ( No.5 ) |
- 日時: 2011/07/23 23:25
- 名前: 昼野 ID:oNLVF25s
倦怠期に入ったと思しき僕と涼子の性生活を、ふたたび活性化させるために、僕は台所で分厚い出刃包丁をふるい、イカを捌いていた。 性交してそのまま寝て、寝息をたてていた涼子が、ベッドから全裸で起き上がり、あんた何してるの、と聞いた。 「ニーチェは読んだか?」 「読んでないわよ、そんなもの」 「ならいい」 なによまったく、と涼子は呟き、ふたたび惰性的にベッドに全裸のまま横たわり、ケータイを弄り始めた。 僕はイカのエンペラの部分を掴み、上半身と下半身を剥離すべく、全力をこめて引き抜いた。それと同時にぬるぬると光る、さまざまな臓物が、上半身にぶらさがった形で露になる。 僕はイカの、青黒い色をした朝鮮人参のような肝の部分を、出刃包丁で切り離すと、天にむけて口をあけ、肝を放り込んだ。塩辛い味が口内をじわじわと広がった。歯で肝を噛み、表皮を破くと、口の中に衝撃的な——そう言ってよければ怒濤の刺激が——味が、溢れるように広がった。 臓物の味、とりわけ肝の味、を僕はとりわけ好んでいた。それは臓物が臓物であり、肝が肝であるから。僕は肝を食うことにサディスティックな喜びを感じていたのだ。そういう僕を、涼子は変わり者と言って、揶揄した。僕たちが恋人同士でいるのも、そう長くないかも知れない。 それでも僕は、二人の仲をなんとかしようと、こうしてイカを捌いている。賢明な読者ならすでに気づいているだろうが、イカは食べるために捌いているわけではない。イカは、性的な玩具として捌いているに過ぎない。 一般にイカは「食べるもの」であって「セックスに使うもの」ではない。しかし、イカをそもそも「食べるもの」と認識するのが、人間の欲望であり、決して理性的思考によるものではないのなら、イカを「セックスに使うもの」と認識しても別に論理的にも倫理的にもおかしくはない。ただ、問題なのはイカを「セックスに使うもの」と認識することがマイノリティーであるというだけだ。いや、しかしマイノリティーであるからこそ「イカをセックスに使う」ことが、僕たちの性的な倦怠期を乗り越える手段になるのだ。 そういった屁理屈を頭のなかでこねながら、分解したイカを、さらに細く切断して、イカソーメンにした。イカソーメンはぬるぬるしていた。これならローションを使う必要はない。 僕はキラキラ光るイカソーメンを、キラキラ光る大皿に並べた。そしてキラキラ光る涼子のマンコと戯れようと、キラキラ光るベッドに向かったが、キラキラ光る全裸の涼子は居なかった。 どうしたのだろうと思い、キラキラ光る大皿を持ちながら立ち尽くしていると、背後からキラキラ光る裸体の涼子が現れ、何処へ行っていたのかと聞くと、キラキラ光る涼子は、「キラキラ光る下痢をしていたのよ」と無愛想に呟いた。確かに部屋の中ではキラキラ光る下痢を流したと思しき水洗便所の水の流れる音が響いていた。 「それ、何に使うの?」 涼子は腰に手をあて、怪訝そうな顔を浮かべて言った。 「あんたの事だからろくな事考えていないでしょうね。当ててみるわ。まず食べることではないわね。あなたが食べ物ではない物を食べるところを見た事はあっても、食べ物であるものを食べているのを見た事がないから。そうね、セックスでしょう。セックスに使うつもりでしょう」 涼子はそう言って、迫るようにこちらにずんずん歩いてきて、鬼のような形相をして僕の顔を凝視した。 「当たり」 僕はそう呟くと、涼子はうんざりしたように頭をかきむしり、顔を振った。 「糞下らないクイズを当てたご褒美は、あなたの顔面に拳を叩き込むことで良い?」 いやだ、と答える前に涼子は全力で僕の顔面を殴った。 その瞬間、僕はキラキラ光るイカソーメンの乗った、キラキラ光る大皿の上に、キラキラ光る鼻血を垂らした。キラキラ光る全裸の涼子は、キラキラ光る服に着替えて、キラキラ光る玄関を開けて、キラキラ光る外へ出ていった。 キラキラ光る涼子は、もう二度と、このキラキラした部屋には帰ってこないだろう。そう思うとキラキラ光る涙がとめどもなく流れて、キラキラ光るイカソーメンに、キラキラと落ちて、僕はそのイカソーメンを急速に滑稽なものに思えてきて、キラキラ光る笑いを笑った。
ーーーー ミズキさんへ捧ぐ
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