Re: 即興三語小説 ―どうでもいいゴシップは平和の証― ( No.5 ) |
- 日時: 2013/06/16 01:31
- 名前: しん ID:eU14Nfn2
胸にひそむもの
「諸君おっぱい専門官に歓迎するよ 女性の胸には夢が詰まっている。 この名言を言いだしたのは誰だったのだろう。 人に夢と書いて儚いとなるのは、きっと時がたつとしぼみ、たれてしまうことをあらわしているのではないかと思う。 諸君はそのしぼんでしまう前のいっときの美しさをわかってほしい」 それが半年前に、おっぱい専門官になったおれが初めての会合できいたことばだった。
軽やかな足どりで、向かう先は保健室。 体育の授業中に足をすりむいて、治療のために向かっているのだけど、嬉しさが痛さをはるかに上回っていて、なんてことはない。 頭の中では、ゆさゆさゆれる保健教諭の種島杏子先生の双山でいっぱいである。 腹部の上にそそりたつ二つの盛り上がりは、丘という既定の大きさを越えると、山と呼称されるほど大きい。もちろん大きいだけでなくて、はり、つや、かたち、全てにおいて学内一の称号をほしいままにしている。 もちろん、直接中身を見たわけではないのだけど、服の上部からはみだしている肌部分、そして衣服をきていてもなお主張されるそれを見れば一目瞭然である。 おっぱい専門官の一員たるおれにとって、その山へといたる道は、至福へと向かう道といっていいだろう。 この小さな怪我を理由に、こつこつと積み重ね、いつかあの山を制覇するのだ。 「もう、田中くんは、わるい子なんだから……あんっ」 とかいいながら、めくりめく淫乱な世界へとつづく道なのである。 何故山をめざすのか、そこに山があるからに他ならない。 長い話になってしまったが、まぁそういうことだ。
保健室の前につくと、さすがに足の痛いふりをしなければならないと思い、少しひきづるように意識しながら、ドアをあけた。 天国への扉だと信じてあけたのだが、そこに天女はいなかった。 丸椅子に座っているのは、一人の少女。 着ているのは生徒をあらわすブラウスと紺のスカート、胸元のリボンは同学年を現すえんじ色。 そこには平野がひろがり、山どころか、丘すらなかった。 残念胸、というかおっぱいがない。少女というより、無女である。いや女ですらないといっていい。 「……どうしたの?」 怪訝そうな顔をして、首をかしげながら聞いてくる。 山を、いや、杏子先生をさがして室内をきょろきょろ見回したのが、挙動不審に見えたのだろう、少し警戒しているようだった。 「……先生は?」 「ちょっと、用事ででていったわ。留守番たのまれたの」 「えぇー……」 ここに来た意味がない。山がないのに、のぼる登山家はいない。 「やったげるから、ここおいでよ」 「え?」 なにのことかわからないけど、いわれるままに椅子をすわる。 「あし、だして」 とここで、足を怪我していたことを思い出した。 足をだすと、丁寧にペットボトルの水で傷を洗い流す。思わず「いつっ」と声をあげてしまったけれど、見ていると少女のほうが痛そうな表情を浮かべている。 水だけでは取れないドロを丁寧にハンカチで拭き落とす。 少女が前かがみになっているのをいいことに、のぞきみるが、前かがみになっても、胸部にふくらみの存在を確認できなかった。AAか。 それでもおれの胸は何故か動悸していた。 肩口までにそろえられた髪がわれ、うなじが露出し、ブラウスの背中部分にピンクの紐線がうっすら浮いていたのは無関係ではないだろう。 おっぱい専門官としては、こんな存在感のない胸の女にどきどきしてしまったのかとおもうよ何故か少し負けた気になる。 「できたよ」 そんなことを思っていると、いつの間にか、擦り傷の部分に絆創膏がつけられていて治療が完了しているようだった。 「ありがと……」 歯切れ悪くこたえると、少女は物憂げな表情を浮かべて、 「大丈夫? まだ痛いとこある?」 治療がおわったにもかかわらず、立ち去らないおれをみて、まだ足が痛いとこがあるとおもったのかもしれない。 そこへ、夢がはいってきた。 「ただいま、あら」 そういえばおっぱいが二つあるのって、片方に夢が、そしてもう片方に希望がはいっているのではないだろうか。 「竹中さん、はいこれ」 杏子先生はポケットから半分が優しさでできている、定番の飲み薬を少女に渡した。 恐らくこの薬を買いに出かけていたのだろう。 「ありがとうございます、では」 といって、少女はそそくさと出て行った。 「で、きみはどうしたのかな」 「あっ、えっと、あの怪我しちゃって」 杏子先生はおれの足の絆創膏を指差してきいてくる。 「それ?」 「あ、はい、」 思わず曖昧に、へらへら笑いながら相槌をうってしまった。 それをみて、杏子先生は生暖かい目で、からかうようにいう。 「ふふっ竹中さんめあて? あのこいいこだものね」 どうも明確に怪我のことをいわないのを、他が目当てでここへ来たのがばれてしまったようだ。それでも大きな間違いだ。 「ちっ、ちがいますよ!」 ぺったん娘がすきなんて、そんなことは思われたくなくて必死に抵抗する。 「ああいう子は好みじゃないです!」 「ふーん? じゃあどういう子が好みなの?」 突然の切り替えしに返事ができない。 けれど。 視線は思わず、杏子先生の胸部に吸い寄せられる。 そのあからさまな視線にきづいたようで、杏子先生は少し苦笑いをする。 「はぁ~全然見る目ないのね。だめよ、見た目ばかりきにしちゃ、それやってもらったんでしょ?」 杏子先生は溜息まじりに、残念そうにいいきる。 「先生だって、やってくれるじゃないですか」 「わたしのは仕事、そういう風に治療するのが仕事なのよ。でも竹中さんは、そうじゃないでしょ?」 おれはこくりと頷いた。 「彼女は優しいのよ。さっきの薬だって、ひとの分をとりにきたのよ。ああいうのとりにくるのが恥ずかしいって子がいるの。それをかわりにとりにくるのも、恥ずかしいことでしょ? でもひとがしんどいのを見て、ほおっておけずにとりにきたのよね」 そういえば、傷の手当てをしている少女の動きはよどみなく、慣れているようだった。 思わず、うなじやブラ紐しかみていないことに気付いてしまう。 おれなら、恥ずかしいって理由で自分で薬をとりにこない人の薬なんかとりにこないし、そのときたまたまあらわれた大したことない怪我人の治療なんて考えもしないだろう。
それからしばらくして、竹中さんを廊下でみかけた。 今まで胸がないので気付かなかったのだが、隣のクラスでいがいと目につく。 「あっ、とれてる」といっておれに声をかけて、みると足の絆創膏がはがれてかけていた。体育のあとで体操着で露出していたのだ。 「あるから、あげるね」といって再び新しい絆創膏をつけてくれた。 そのときに、以前におきた動悸が、以前よりもはっきりとはやくなっていることに気付いた。 いつも見ていると、おれが特別そうされているのではなく、誰にでも気遣いを見せる彼女はとても美しかった。
半年後。 「諸君おっぱい専門官に歓迎するよ 女性の胸には何が詰まっていると思う? 本当に美しい女性の胸には、優しさがつまっているのだよ。 その優しさはときがたっても、しぼむどころか、えんえんとふくらみつづけることすらあるのだよ、諸君にはかたちだけにまどわされず、本当の優しさを理解してほしい」 新しい境地に辿り付き、おっぱい専門官の隊長となったおれの言葉だった。
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