Re: 即興三語小説 ―GWはありましたか?― ( No.5 ) |
- 日時: 2013/05/04 17:14
- 名前: しん ID:gB7nVeNw
優しい柳
それは、ちょっと昔。 まだ、人と自然が共存して、お互いがお互いを大事にしているそんな時代。 あるひとつの町のお話です。 その町は、人が行き交う要所とし、大きくなったのですけど、結局は通り道です。そこそこという程度でした。とりたてて名物があるわけでもなく、特殊な技術が受け継がれているわけでもない。とりたてて珍しい物はありません。どうしてもと一つあげれば、そこには立派な青柳があるくらいでしょうか。 何も特徴のないこの村に何か一つ、と誰かが植えて、それを町の人々で大事に大事に育てていつの間にやら、他ではみないほどの立派な青柳となっていったのです。
ある日のことでした。 青柳に異変が起こりました。 村の人々が口々に噂にしています。 おい、柳のこときいたか? おお、きいたぞきいたぞ。枝、おれちゃったらしいな。 そうです、非常に雄雄しい柳は、枝も太く、おいそれと折れるものではありません。それがぼきりと折れているのが見つかったのです。 しかも、あれだろ、太い枝がぼっきりと。 そうだよ、あんなの折ろうったって折れないよ。 折れた枝は、柳の根元においておかれていたのです。同じくらいの枝、近くの枝を揺すっても微動だにしません。その枝が何故かぼっきり折れているのをみて、みな不思議がっていました。 しっかし、なんでおれたんだろうな。 さぁな。 それを聞いていた男が一人、ぼそっとつぶやくように言いました。 『優しいからだよ』 そういうと、きらきら光る懐中時計を手に、その場を去りました。
しばらく噂話はされたものの、原因ははっきりせずに、偶然なにかの拍子の折れたんだと、誰も理由を解明しようとは思いません。 そして噂が消えた頃、また枝が折れたのであります。 やはり、前と同じく噂だけが氾濫します。 けれども、犯人はわかりません。そもそもどうして折れるのかわからない。ためしに力自慢が数人集まって、いくつかの枝に縄をかけて引っ張ってみたのですが、全くといって動きません。まだこの時代重機などもありませんので、自然に折れたのではないか、としか結論がでませんでした。 それから、時折、不思議なことに同様の事件が起きるようになりました。 その度に色々試してみるのですが、何故折れるのか全く判明しませんでした。 最初の一本が折れてから、三十年ほど過ぎた頃、とうとう、最後の一本が折れてしまいます。 町の人々は嘆きながらも、原因がわからないので、これが寿命なのかもしれない。と半ば諦めていました。 そこに一人の紳士が現れます。身なりがよく、付き人をつれていたので、一角の人物であることは一目でわかりました。 裸になり、今にも死に絶えそうとしている柳を見て、老人は苦渋の表情を浮かべ、今にも崩れそうにしています。 そして、意を決すると、紳士は動きました。 役所へ行き、直談判を行い、柳を土地ごと買取り、保護のためにまわりに柵を設けるための工事を開始しました。 不思議なことでしたが、全て順調にすすみました。 ある役所の役員はいいました。 「あの柳には、恩があるんだ」 工事を依頼しにいった業者はいいました。 「うちがやらずしてどこがやるんだ」 柳の保護するために、各所へ働きかけると、不思議とみな、柳に恩があるという口ぶりで手伝ってくれるのでした。 そして紳士が工事の進捗状況を確認したときでした。 一人の身なりの貧しい男が近づいてきます。体格が細く、頬もこけていて、満足に食事もできない立場であることがわかります。 そして男は紳士の前に行くと、 「すみません。私も手伝わせていただけないでしょうか」 と覚悟を決めたような目で訴えてきます。 「お前さんは……なんで、」 とここで紳士は少し考えてから、さらに聞きました。 「枝が折れたと思うかね?」 本当な何故手伝いたいのか、と聞くつもりだったのですが、心に響くものがあったのでかえたのです。 「この柳が、優しいからです」 男は答えます。 紳士は目を細めて、懐から懐中時計をとりだしました。 「これは、年代物になっちまったが、それゆえいい値段がつくだろう。これをやるから、質屋にもっていくなりして、それを元でにもう一回頑張ってみるがいい」 男は紳士の言葉に、はっと顔をあげ、驚きました。何故そんなことをしてくれるのかわかりません。 「わしは、最初の一本だったんだよ。きみが最後の一本なんだろ? わしもそれでここまでこれたのだ、きみだって、まだ大丈夫だよ」 そういって懐中時計を男におしやって、紳士は去っていきました。
それから、柳は死の淵からは快復たのですが中々枝が増え緑を戻すにはいたりません。 紳士は全力をもって、栄養を与え、災害から守り、大事に保護してきたのですが、元の青柳に戻すことはできていません。 それでも、現状維持で十年経ちました。 柳が快復する前に、紳士が床へ臥せってしまったのです。 紳士は、うわ言でいいます。 「恩返しはすんでいない」 「まだまだ死ねないのじゃ」 そのようなことを何度も何度も言います。 柳の快復を見届けないと死ねないと。 そこへ、一人の男が訪れました。 紳士が寝込む床の横にくると、懐から、懐中時計を取り出します。 「ありがとうございました。貴方と、そして柳のお陰でこうやって生きています」 男の身なりは、以前と全く違い、きっちりしていて、その懐中時計に見合う男になっていました。 「貴方に、そして柳に、恩返しをするためにやってきました」 それからしばらくすると、紳士は安心したような安らかな顔で息を引き取りました。 そして懐中時計をもってきた男により、柳の保護は続き、とうとう枝ぶりが快復して、元の立派な青柳へと快復しました。 そして側に神社が建てられ、御神体、御神木として祀られます。 もうこの青柳に縄をかけて首を吊ろうという人はいません。 今、青柳にかけられるのは、願をのせた札であります。 人々の願いをかけられた枝は二度と折れることはありませんでした。 だってこの青柳は優しいのですから。
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