めだま、のはなし ( No.4 ) |
- 日時: 2011/08/21 23:34
- 名前: 弥田 ID:6HQbZfHU
そろそろと夏も暮れ、うすら涼しくなってきた。から。キミは、震える唇をつぐんで、指先をそっと痙攣させながら、ちぎれるようなあえぎと一緒に右の眼窩から目玉を産んだ。生まれた目玉はゆっくりと床を転がり、水気を含んだ音たてて、ソファの脚にぶつかった。までを見届けてから、どちらともなく、ふう。とため息をついた。 「今年も無事に済んだね」 「ええ、万事滞りなく。今年でもう二〇回目だもの。いい加減慣れちゃった」 ふう。と再度ため息ついて、キミは空いた右目に眼帯をつけた。止めゴムに前髪が巻き込まれて、舌打ちしながらそれを取ると、水滴のようにぽつり、とこぼした。 「じゃあ、おいわいしようか」 「……うん、そうだね」 言葉に込めた感情がうまく読み取れず、僕は困惑しながらも賛同した。ちょうど栄に新しいレストランが建てられて、一度訪れておきたい、と思っていたところだったのだ。その旨を話すと、キミは、「あなたが行きたいのなら、そこでいい」と頷いた。僕らは目玉の出産(もしくは堕胎)のために使われた器具を綺麗に洗って片付け、それから一緒にシャワーを浴びた。彼女の眼窩は淫らに暗く、まわりが赤く色づいていたので、欲情した僕らは、狭いバス・ルーム内で身体を折り曲げながらセックスした。陰茎を眼窩にいれると、ほどよく湿っていて、よかった。「もうすこしそこを右に」とキミが言ったので、左側をこすってやると、不意だったのに驚いてか、いっそう高く鳴いた。きゅう、と壁が収縮して、僕も内熱を吐き出した。キミの右目のはしとはしから、漫画にでてくる涙のように、つう、と白濁が垂れていった。それからもう一度シャワーを浴び、服を着て、僕らは外に出た。 そうして、がだんだん、だんだん、の音に包まれながら、地下鉄に乗っている。車内にひとけはなく、僕と、キミと、あとは蛍光灯のしらじらしい光と、それに照らされる極彩色の釣り広告と、それだけだった。しばらくの間、ふたり、ずっと無言でいた。がだんだん、だんだん、の音が全てだった。新栄で降りる予定で、今名古屋を越したところだから、あと二駅でついた。伏見、にさしかかるちょっと手前で、ふいに震える声がした。 「……あのね、」 とキミが言う。 「みぃ子が結婚するんだって」 「へえ」 「うん、それだけ、なんだけど」 僕は何かを言おうとして、だけど、言葉は見つからなかった。 「おいわい、だね。今日は楽しもうね。最近は、目玉のことで手一杯だったから、大変だったね」 「ううん、あれくらい、どうってこと」 「ごめんね」 キミは、閉じたまぶたに似た静けさで、そう言った。それから、出産(あるいは堕胎)の疲れがたたったのか、ふ、と眠り込んだ。伏見駅につくと、どっと人が乗り込んで騒がしく、それでもキミが起きないので、終点までじっと乗り続けた。息を殺して、じっと乗り続けた。
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