Re: 即興三語小説 ―「秋風」「盆栽」「保存」― ( No.4 ) |
- 日時: 2015/09/05 21:52
- 名前: マルメガネ ID:8wC8MRMQ
物理学者が目を疑う。 それは、高速でしかも不規則に飛行する盆栽を目撃したからだ。 盆栽はごく普通の愛好家が愛でるような松の盆栽だったが、高速飛行にも関わらず風圧なぞどこへやら姿を保ったままだった。 運動の保存の法則はともかく、いかなる原理で飛行しているのかは皆目見当もつかない。 疑って当然だったのである。 その謎の飛行物体としての松の盆栽の存在は、彼以外にも多数目撃され、超常現象研究家の格好の研究対象となってしまった。 国際学会においても取りざたされ、自然の摂理法則にそぐわないという見解が全会一致でなされたが、目撃した物理学者は空飛ぶその松の盆栽を追い続けることにした。 そして数年後。何回目かの秋風が吹き始めたころ。 物理学者は一つの結論に達した。 それはやはり存在してはならない、ということだった。 かつて超常現象愛好家あるいは研究家が信じて疑わなかったハチソン効果なる非公式の物理現象に類するものであると。 果たしてそもそも松の盆栽は飛行できるのかということにおいては、様々な実験を繰り返してきたところだ。 しかし盆栽は盆栽。庭の盆栽棚にあってピクリともしない。 数々の実験装置を試行錯誤して作り上げた何代目かの怪しい装置もいまやただのガラクタ同然である。 諦め、そして装置を解体することに決め、その電源を落とすとき、彼は間違ってボリュームを上げた。 装置は怪しい唸りを発し、やがてプラズマ放電を繰り返し起こして、ついには煙を上げて燃え始めた。 そのわずかな手違い、ミスだったが、再び彼は庭にある盆栽がひっくり返るのを目撃した。 しかし、実験装置はただの焼けただれたジャンク品となり、その設計書や設計図は無く、再実験は不可能だった。 物理学者は思う。やはり、盆栽は盆栽でいいのだと。
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