Re: 即興五語小説 ―もう一日休みが欲しいGW明け― ( No.4 ) |
- 日時: 2013/05/08 21:01
- 名前: しん ID:40nkTHt6
理解者
――タスケテ! ボクハココニイルヨ! あなたは、そんな声が自分だけに理解できたらどうしますか?
太陽が地平に触れる頃、世界はオレンジ色に包まれる。 この時間は、特別な時間である。 空というものは本来は青い。 太陽が中空にあるときは、鮮やかな青であり、太陽が空から去ると、深い青になる。 この時だけがオレンジという曖昧な色に包まれるのだ。 それは夜という世界と、昼という世界の狭間。 特別な時間なのである。 金石健は、この曖昧な時間に出歩くことは普通はなかった。 学校で文化祭の打ち合わせがあり、どうしても一人だけ抜け出すことはできなかったのだ。 陽が落ちてから帰宅するので、学校のほうが拒否した。 早く家に着きたい。 用事があるわけではない。親に怒られるわけではない。 ただただ、この時間に出歩きたくないのだ。
――タスケテ ふと、健は立ち止まって、注意深く周りを見回した。 人は、健を避けながら、少し不穏に眺めながらも、流れていく。 助けてほしそうな人物がいる様子はない。 ――タスケテ! 先ほどより、はるかには明確に響く。 健はさらに怯えたように、大きな身振りで辺りを見回すが、声の主は見つからなかった。 その声を理解できている者は、その場には健しかいなかい。 まただ! そう思うと、健は逃げ出すように、走り去った。 いきあってしまったのだ。
金石健は、時折、いきあってしまう。 特に今回のような夕方になると、健の力が増加するのか、それとも声をだすほうの力が増加するのか、その傾向が非常に強くなる。 幼少の頃は、何気なく両親や友人達のその話をしてしまい、気味悪がられてしまった。 そして、他の人はいきあわないことを理解したころには孤独になっていた。 誰にも相談できずに悩み、行き詰まり、インターネットの掲示板に悩みを綴ってしまった。 その匿名性から、そしてその多種多様な人々が見ているということで、なにか糸口が見つかるかと期待してしまったのだ。 それは、失敗だった。 ネットの反応はひどいものである。 釣りだろ? 人に反応して、楽しんでいるんだろ? 厨二病おつwwwww 大方が、こういう冷やかしや、馬鹿にするものだった。 それは病気です! と精神病院を紹介されることもあった。 パソコンの画面からでてきた言葉たちが、健をさらに苛んだ。 それ以後、健は硬い殻に閉じこもり、人と心を通わせなくなった。 次の日、登校途上、健に再び異変が起きた。 頭に霞がかかったように、ぼんやりしている内にいつの間に、昨日の声の場所へと来てしまったのだ。 ――ココダヨ! ココニイルヨ! 頭に大きく響き渡る音に、健は頭を抱えながら、うずくまると、小さな悲鳴をあげた。 息が荒く、嗚咽がまじる。 「どうしました? 大丈夫ですか?」 それは同じ歳頃であろう女子高生だった。 身をかがめ、健の顔をのぞきこみ、心配そうにしている。 それ以外の人々は、少し遠巻きで見ていることはあってもやがて立ち去っていく。 健は返事もできずに、うずくまっていると、彼女は体を支え、手を引き、目の前の公園の芝生へと導いてくれた。 芝生で寝転がって少し落ち着いても、彼女はまだ横に座っていた。 「ありがとうございます」 「いえ、どうして……」 彼女はその先を言いたいのだが、躊躇うように語尾を濁した。 「もう大丈夫です、学校いかねばならないのではないですか?」 健のその言葉に生返事をかえすばかりだった。 沈黙のうちに時が経ち、健が身を起こして、お礼をいって立ち去ろうとした時だった。 「……助けを求める声を、きいたのではないですか?」 思わぬ不意打ちに、健の顔はこわばり、彼女を見つめた。 健のその沈黙と、表情により、彼女は気付き、喜びとも不安ともみえる不思議な表情で健の顔をみつめかえしてくる。 それから暫く二人は話し合い、別れていった。
次の日の、夜明け前。 空は濃い青から、色を薄めつつあった。 二人は公園で待ち合わせていた。 「大丈夫だった?」 「ええ、朝練だっていった。あなたは?」 「ちょうど、文化祭があるから、それの用事だっていった」 そんな他愛のない会話をして、時を待ち、現場へと歩いていった。 助けを求める場所に着いたのは、それは夜とも昼ともいえない、曖昧なオレンジ色の時間。 地平から太陽がとびだしきっていない、朝焼けの時である。 時折、新聞配達のバイクの音が遠くできこえるだけで、まだ人気はない。 助けを求める声は頭に響くのだが、それは実はさほど不快なものではない。それを拒否している健の気持ちが、彼自身を害していたのだ。 声の大きくなる位置を見てみると、コンクリートに舗装された道から、小さな雑草が顔をだしている場所だと気付く。 何も道具は用意していなかったので、手でその雑草を優しく抜いてみたが、声は止まらない。 さらに雑草のまわりを掘り、その下をさがす。 不思議なことに、素手であるにもかかわらず、コンクリートはスポンジ菓子のように簡単に崩れそれが姿を現した。 彼女の小さな悲鳴とともに現れたのは、カエルだった。 さわってみたが、動くことはなく、生命の鼓動を感じない。 「これだね」 彼女も小さく頷いた。 カエルのミイラ。土中で冬眠している内に道が舗装され、出てこれなくなってそのまま死んでしまったのだろう。何年、何十年もの間、地中で放置されたにもかかわらず、腐らず、分解されずに残っていたのだから、何か力があるのだろう。 健がそのカエルを触ったとき、理解した。 ――こいつは、おれと一緒だったんだ。 特別な力があっても、それを誰にも理解されずに生活していて、闇の中に閉じ込められたのだ。そして、その力を使用してしたかったのは、きっと、理解してほしかっただけなのだろう。自分は孤独でここにいる。特別な力があっても、普通に生きて、死んでしまったのだと。 こうして発見され、それを理解してくれた二人が現れただけで満足したようで、もう助けてという言葉は聞こえなくなっていた。 二人はそのカエルを公園の池まで連れて行き、沈めてやった。 今まで土中にいたのだから、土葬されるのは望んでないような気がしたのだ。 手を合わせると、心の中で「ありがとう」と付け加えた。 このカエルのお陰で、同じ力があり、理解しあえる人とあえたのだ。 きっと、彼女もそういう存在がいなかったのだろう。 「……助けを求める声を、きいたのではないですか?」 この言葉をいったときの彼女の、切実な表情、そして、仲間だと知った時の彼女の饒舌さがそれを表している。 カエルと健との違いが、彼女の存在になるに違いない。 そして、できるものであれば。彼女にとって健の存在もそうなれれば祈った。
――タスケテ! ボクハココニイルヨ! それはカエルであり、健であり、彼女であり、誰の声でもあるのです。 もしその声が理解できれば、手を差し伸べてあげてください。もしかすると、それが素晴らしい縁になるかもしれません。
―――――――――――― 笑の大学 という映画をBGMかわりと思い、見ながら書いていたら、笑の大学があまりに面白くて、見終わったあとに、まだ半分も書きあがっていませんでした。 書き始めから書き終わりまでの時間はというと、二時間半くらいですかね。
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