Re: 即興三語小説 ―台風直撃の夜の三語です ( No.3 ) |
- 日時: 2012/09/18 01:44
- 名前: 1 ID:9d9L33o2
- 参照: com
今まで僕には彼女なんて出来た事はなかった。なんてったって、僕の顔が不細工だからである。大きな鼻が上を向いていて鼻くそは丸見えであるし、分厚い唇は縦に皺が深く刻まれ、萎んだ花に見える。あ、いや、もう顔の話はやめよう。とにかく僕は自他共に認める程の不細工。不細工であるから、僕は彼女が出来る事はおろか、女性と話す事も無ければ、無論、話をしようとも思えなかった。 異性との会話時は自然と声が震え、汗が絶え間なく脇から湧き出る。それに、目が合った時なぞは、ニキビで腫れた赤い顔がさらに色を増し、風呂の熱気が沸き上がるように熱くなる。とにもかくにも、僕には女と言う生物が遥か遠くの存在であり、僕が視界に入れてはいけぬ程に崇高な存在であると思われた。 だが、今の僕には彼女がいる。優しく、おしとやかで、唇が分厚く、鼻が上を向いている彼女である。一言で言うならば、彼女は猿に似ている。 彼女は僕と同じコンビニでバイトをしていた。僕は猿に似ている彼女から自分と同類の気配を感じとった。彼女は女でないと思われた。女がこんなに猿に似ている筈が無く、女が甚だ苦手である僕でも、気兼ね無く猿と会話でき、日々を重ねるうち、僕は猿に似た彼女に対し徐々に恋愛感情を持ちつつあった。 不思議なのは、女が苦手な僕がなぜ、猿に似た女に対し恋愛感情を持ったのかである。僕にはそれが未だわからない。 今日は自宅に彼女が来る。初めてのお家デートであったが、僕は緊張もなにもせず、部屋を片付ける事も無ければ、甘い芳香剤も置きやしなかった。 ソファーに腰かけ、テレビをぼんやり見ていると、不意に玄関のベルが鳴った。僕は彼女が来たと思い、 「入っていいよー」 と言った。ガチャリと音がし、 「おじゃましまーす」 と彼女の声が聞こえて、玄関とリビングを繋ぐ廊下の薄ぼんやりした中に、真っ白な服を着た彼女を認めた。 彼女は僕の腰かけるソファーの前まで、真っ白なワンピースの裾を、はたはたと揺らしながら歩いてきた。美しい。僕は彼女に対して初めて思った。 急に、彼女は自然な動作で対面するように僕の膝の上に座った。もはや、テレビも見えない。 「会いたかったー」 そう猿に似た顔で彼女は言うと、抱きついてきて顔を僕の右肩に乗せた。僕は勃起した。 「積極的だな」 僕は言った。 「ちょっと頑張ったんだー」 彼女は僕の耳元で言った。そうして僕の頬にキスをした。 耐えかねた。今日の彼女は真っ白なワンピースで美しい。僕は彼女の唇に少し触れるくらいのキスをした。 唇を離すと、今度は彼女がキスをしてきた。吸い付くようなキスであった。いよいよ抑えの効かなくなった僕らは、絶え間なくキスをし続けた。舌を絡め、唾液を混ぜ合い、キスは永遠に続くと思われた。 キスをしながら、考えた。僕はきっと彼女を今日初めて女として見たと。思えば、顔は猿でも、装飾が女なのだ。彼女は真っ白なワンピースにより、女になったのだ。 僕らは夕暮れまでキスを続けた。夕日が猿の顔を染める。僕はそれを見つめながら 「帰らなくていいの?」 と訪ねた。 「そろそろ帰らなくちゃ、今日は楽しかったよ」 「そうかー。俺もだよ」 「あたしのファーストキス取られちゃった」 「俺もファーストキス取られちゃったよ」 「あたし、不細工だからファーストキスは永遠に無いと思ってた」 「俺も不細工だから無いと思ってた」 「ふふ、あたし達って似てると思わない?顔も似てるし!」 「あぁ、似てる。お前が猿に似てなかったらきっと付き合ってないよ」 「ほんとにー!?猿に似ててよかったー。」 彼女はそう言うと、僕にまたキスをした。 「お腹減ってない?リンゴしかないけど、食べる?」 僕はそう聞いた。彼女は「減った」と答えたので、僕は台所に行き、リンゴを手に取ると、ソファーに座る彼女に向かって放った。彼女はリンゴをキャッチすると、ガシュリ、と音をたてて、リンゴにかじりついた。猿に似ていた。彼女はかじったリンゴを僕の方に放った。受け取ったリンゴに僕はかじりついた。僕は猿に似ていた。甘酸っぱい味が口に広がる。僕はまた彼女にリンゴを放った。彼女はリンゴをキャッチし、微笑しながら言った。 「こんなんだから、あたし達は付き合えたんだね」 「きっと、俺らはリンゴを二人で分けあえる知的な猿なんだよ」 僕は冗談混じりに言った。 「ずっとリンゴを分けあえる中が続けばいいな」 かじられた後のあるリンゴを見つめながら、彼女は静かに言った。
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