最後の伝説 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/10/30 22:47
- 名前: マルメガネ ID:awFrbDZg
ビジューを最後に見たのはいつだったか。 古びてがたつく木製のテーブルに装飾が施された年代物の回転リボルバー拳銃を置き、隻眼のジレがため息混じりに思う。 今ではすっかり動かなくなってしまった古い冷蔵庫には、銀の弾丸とそれを装着した薬莢があり、聖水が入ったウィスキーの瓶それに擦り切れて小汚くなった聖書が入っている。 彼が所持している拳銃の装飾も銀の弾丸もビジューがあつらえたものだ。 銀の弾丸は、年季の入った銀のスプーン、そしてどこかの海域よりサルベージされた古代の船に積まれた歴史的な銀貨を使っている。 それらを提供したのはジレ自身だった。 しかし、銃の装飾も銀の弾丸の製造もおこなったビジューは、銀の弾丸を彼に渡して以来まったく姿を見せなくなってしまった。 残りの銀貨を持ち逃げしたのかどうかはわからないまでも、これから始まる血塗られた伝説に終止符を打つことに関してはいささか問題にはならない。 ジレは隙間風が入り込む部屋の壁に視線を移した。 そこには、ビジューが銀の地金としての歴史的な銀貨や銀スプーンを計量した錆びた体重計が置かれ埃をかぶり、その横には極東の島国の勇猛果敢な兵士が使用したとされるボルトアクション式の歩兵銃が立てかけてあった。 銃身に刻まれた菊の刻印。 それについても思いを馳せてみる。 隙間風が入り込む風の音と、銀の弾丸と装飾された拳銃と歩兵銃。 現代の時空から切り離され、閉ざされた空間にいる。 それにしても、ビジューはどこへ行ったのか。 彼は悲しげな表情をして残った片目を閉じる。
血塗られた夜。 そう呼ばれる事件が起こったのは、ジレが子供の頃だった。 ビジューもその当時のことを覚えていた。 寒村の住人の約三割が殺害され、一割が重軽傷を負った事件。 それに遭遇したジレは重傷を負い、両親と幼い妹と弟を亡くした。 警察は大量虐殺事件とみて捜査を行ったが、真犯人は見つからず時効が成立した。 生き残った者たちは、口々に禁忌とされる伝説を語り噂し合った。 その伝説によれば、かつてこの地に悪魔がいて暴虐の限りを尽くしていた。それを仕留めた隻眼の騎士は呪われ、神にも祝福されず血族は四百年後に途絶える、というものであった。 実際にはそれは徹底した搾取を行った領主のことでは? と、歴史家は見ているが、迷信深い村人たちは納得しない。 そして、彼は村人を納得させるため、その迷信の打破を企てたのである。 ジレは系譜を見た。父と母と。はるかに遠い祖先は騎兵、騎士だった。 騎士の血を引く者。 ビジューもまた騎士の血を引いていた。
ビジューが無残な亡骸になって発見されたのは数日後のことだった。 手に握られていたのは純銀のナイフ。 ほかの遺留品としては、大量の歴史的な銀貨であった。 ジレは取りすがって泣いたが、戻るわけでも生き返るわけでもない。 相手は誰なのか。 警察も困惑するばかりだった。 ジレはそこから何かを感じ取った。 もしかして、ビジューは無謀と知りながら、見えざる敵に挑んだのでは。 そう考えざるを得なかった。 神の裁きが下るか、迷信が消え去るかは知らない。 ただやるべきことはある。 彼は決意した。 満月が青白く大きく出た晩に、彼は崩壊寸前の廃屋に引きこもり、外の様子をうかがう。 ウィスキーの瓶に詰めてある聖水を銃にかけ、銀の弾丸を込める。 外は深閑としていて、犬の遠吠えも聞こえない。 夜が更けていくに従い、満月の輝きは増し、濃紺色の夜気だけが重く漂っていた。 ぼんやりとした人影が歩いてくるのが感じられる。 それはどす黒い邪気を放ち、生身の人間のものではないことは確かだった。 それは徐々に広がり魔王のそれであり、外に飛び出したジレはその人影にためらうこともなく拳銃を発砲した。 手ごたえも叫びもない。 銃声が消え去ったあとは、沈黙した空気が流れ気配が消えた。 と、鋭い痛みと気が遠くなる感覚がして彼はその場に倒れた。 そして、彼はいるはずのない人の声を聞いた。 一つは極東の島国の兵士の声。もう一つは銃を作った職人の声。幾多の兵が集まり、ざわめきそして戦意をかき立てる。 彼はもう一つの次元を見ていた。 そして、彼は意識を失った。 朝になった時、彼は生きていた。手にした年代物の回転式リボルバー拳銃も極東の歩兵銃も錆びついて転がり、二度と使えない状態になっていたし、足跡がたくさんあって争った形跡が残されていた。 彼が見た別次元のものは、神と悪魔の戦いだった。 彼はこの夜のことについては一切語ることはなく、ただ生き残れたことだけを感謝した。
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