いい加減、誰も投稿しなかった回をリサイクルしようと思いまして、まずは、第103回です。過去のお題を再構成しなおすこともあると思いますが、よろしくお願いします。 --------------------------------------------------------------------------------●基本ルール以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。▲お題:「体重計」「ジレ」「銀のスプーン」▲縛り: なし▲任意お題:「ビジュー」「冷蔵庫」「ウィスキー」「聖書」「拳銃」▲投稿締切:10/30(日)21:59まで▲文字数制限:6000字以内程度▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。●その他の注意事項・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要)・お題はそのままの形で本文中に使用してください。・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。●ミーティング 毎週土曜日の22時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。--------------------------------------------------------------------------------○過去にあった縛り・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など)・舞台(季節、月面都市など)・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど)・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど)・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど)・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など)・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など)-------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
健一はまゆみのことが好きだった。まゆみの笑顔を見ると、彼の心は、まるで太陽を投げ入れられたように、わあっと明るく照らされるのだ。それまで、かわいいなと思って、好きだと自覚していた子は何人もいたが、こんな気持ちになったのは、まゆみが初めてだった。そもそも、まゆみはそんなにかわいいわけではなかったし。それで、彼は好きって、こういうことなんだ、と思うようになっていた。かわいいとか、かわいくないとかじゃなく、とにかく好きってこういうことなんだな、と初めて、ちゃんと知ったような気分になっていたのだった。 まゆみとは大学の同級生で、同じ英文学科に所属していた。一、二年の頃は必修科目が多く、少数の選択科目以外はほとんどの授業がまゆみと一緒だった。学籍番号順に並ぶと、ちょうど前と後ろ。だから、自然と仲良くなり、自然とケータイの番号を交換し合い、自然と一緒に学食で昼食をとるようになっていた。当然、他の友人も一緒に、だが。 だが、三年生になると、必修科目はみんなほとんど終えてしまい、残るは卒論で扱う自分の研究対象の科目ばかりになってくる。まゆみが、前にサリンジャーが好き、と言っていたので、たぶん米文学を専攻するのだろうと思っていた健一は、迷うことなく米文学を専攻した。が、蓋を開けてみると、まゆみは言語文化という、全く別のジャンル選んでいた。それを知ると、健一の心はしおれたへちまみたいに、へなへなと頭をうなだれた。 このままでは、まゆみと全然会えなくなってしまう……。会えなくなったら――きっとまゆみは自分のことなんか、どうでもよくなってしまうに違いない。まゆみにとっては、自分は大勢の友人の中の一人にすぎないのだ。それは、二年間、一緒に過ごしてきて、嫌というほど分かっていた。 健一は決意した。まゆみに告白しよう。断られたっていい。そもそも、それは目に見えているのだから。だから、そういうことじゃない。少しでも、まゆみの記憶に残っていたかった。他の奴らといっしょくたに、「その他大勢」という枠にはめられるのだけは嫌だった。そうならないために、彼は告白しようと思ったのだ。 そのためには、まず、会う口実を作らないと。 健一は、まゆみの知らない高校時代の友人を使うことにした。最近、山梨の実家から東京に出てきたらしい。そいつの東京案内にまゆみに付き合ってもらうってことにしようと思ったのだ。 友人の名は幹(もとき)。そこそこのイケメンなのだが、ちょっと太り気味だった。高校の頃からずっと。だから、まゆみが気をひかれることは、まずないだろう、と、そう思っての人選だった。 東京案内の当日、駅前での待ち合わせに、幹がかなり遅れてやって来た。「わり、なんか、人多くて分かんなくなちゃって」 そう言って小走りでやって来た幹が、記憶の中にある姿より、ずっと……痩せたように見えて、健一の心臓がきゅううと縮まった。が、だんだん近づいてくると、痩せたにしても、やっぱり太っていて、安堵で心が再び緩んだ。 それから、三人で、いろいろ散策してから一休みしようと、喫茶店に入った。「幹くんは、東京で何すんの?」 まゆみが言うと、幹は少し考えるように目を伏せながら、「ちょっと、外国に行く用事があるんだ。だから、それまでの間に金ためようと思って。山梨ってさ、バイトあっても安いしさ」「外国ってどこ? 何しに行くの?」 幹は口の右端をちょっと吊り上げて笑いながら「それは内緒だな」 それから、いろいろとまた話しているうちに、まゆみがどきりとすることを言った。「幹くんは、彼女とか、いないの?」 瞬間、健一の心臓が再びぎゅうううと縮まる。まゆみを見たが、その目は幹の顔をじいっと見つめていて、健一は自分がここにいないような、妙な錯覚に陥ってしまった。「いないよ」 幹の返答に、まゆみの目が輝きを増した。増したように健一には見えた。「なんで? カッコいいのに」 幹はちょっと下を向いて、笑うと「変わってんね」「え? なんでよ?」「普通はさ、デブのことカッコいいとか言わないんだよ。彼女作りたいんだったら、ダイエットして出直してこないとな」「そのままでいーじゃん」 まゆみの目は、もう、幹の顔にくっついて離れなくなってしまったみたいで……そして、間違いなく、こう言っていた。――幹くんって、最高にカッコいい―― それから、喫茶店を出ると、まゆみが、せっかくだから買い物をしていきたい、と言い出した。三人で目についたショップに入ると、「あー、これ超かわいい」 まゆみがすぐさまお気に入りを見つけた。「ああ、ベストか」 幹が言うと、まゆみがすかさず「ベストじゃなくて、ジレね」「え? ジレって何?」「だから、こういうの。ベストみたいなやつのこと」「結局、ベストじゃん」 そんな風に二人で話しているのを見ていると、何だか普通のカップルに見えてきた。二人の姿が目に沁みるような感じがして、健一はその日はずっと、目を伏せて歩いていた。 それから、一か月ほど過ぎた。その間に、また何度か三人で出かけていた。まゆみがそうしたがったからだ。そもそも、まゆみが話すことは幹のことばかりになっていた。だから、まゆみに会うたびに、健一の心には、一人置いてけぼりにされたような、静かな寂しさが水のように溜まってくるのだった。 そんなある日、珍しく、幹から電話がかかってきた。「なに?」 健一は自分の声がいつもより低くなっていることに気が付いた。「ちょっと、頼みがあってさ……」 幹の声は、いつもに増して静かで、でも、不思議なやわらかさがあった。「何だよ? なんかあったのかよ?」 少しの間、幹は黙っていて、その間彼の呼吸が電話口から聞こえてきた。声と同じに、不思議な温かさがあり、聞いていると心にゆるりと馴染んできた。「オレさ、アメリカに行くんだ。で、そこで、死ぬんだよ」 幹の言葉に、健一は自分の耳を疑った。たとえではなくて、本当に聞き間違ったのかと思ったのだ。「え? え? 何? 死ぬ……の?」「うん……」 それから、しばらく幹は黙ったままでいた。健一も、どうしたらいいか分からず、居たたまれない気持が胸で泳いでいるのを感じながら、電話口の呼吸を聞いていた。「自殺するんだ」 そこで幹がまた黙ってしまい、健一は、何か言わなければいけない気がして「な……なんで、自殺すんの?」「お前、オレの母親覚えてる?」「……うん」「オレんち親戚多くて、毎年、遠い親戚もみんな集めて、パーティみたいなの開くんだよ。で、母親がさ、いつも、『私たちは幸せな家族です』って、そんな感じの演技するんだ。いろんな人に愛想笑いして、父さんとか、オレとか弟をさ、すげー褒めて回るんだよ。いつも文句しか言ってないのに。で、オレたちにも強要すんだ。元気じゃなくても、元気なふりをしろって。幸せじゃなくても、幸せに見えるようにしろって。それ見てたら、なんか、だんだん悲しくなってきてさ。なんかのふりだけしてるんだったら、生きてるのってバカバカしいなって思えてきたんだ」 幹は言葉を切った。健一は何と言ったらいいか分からなくなってしまった。幹の言ってることは、意識の表面を滑っていくようで、何だかよく分からない。頭の中に、フィルターができてしまったみたいに、奥の方まで言葉が届いてこないのだ。「で、体重がさ、六五キロになったら、死のうって決めたんだ。ほら、最後はさ、やっぱかっこよく死にたいからさ。で、昨日体重計乗ったら、六四キロだったんだ。だから、すぐに死なないと」 幹はそこで一呼吸おいてから、「それで、まゆみちゃんにさ、言ってほしいんだ――」 と、「まゆみ」という言葉は健一の意識に鋭く入ってきた。「たぶん、あの子、オレのこと好きじゃん? だからさ、言ってほしいんだ。オレがアメリカに行って、で、もう戻ってこないから、忘れた方がいいよって」 幹はそう言ってから、小さく「死ぬってのは言わないでな?」 その言葉に、健一の胸に熱いものがせりあがってきた。「だったら、なんでオレにそんな話すんだよ? なんで死ぬなんて言うんだよ? オレにもアメリカに行って、もう戻ってこないって、それだけ言えばいいじゃんかよ? なんでわざわざオレにそんなやな役押しつけんだよ?」 幹はしばらく黙っていた。耳に入ってくる静かな呼吸が、健一の心を少し和らげた。「わかんね……。たぶん、聞いてほしかっただけかな。誰にも知られないで死ぬのは、寂しいんだよ、きっと」 またしばらくの沈黙。悲しくて、重くて、でも、気まずいとか、そういうのではなくて、お互いの存在を確かめているような、そんな沈黙だった。「あとさ、もう一個頼みがあってさ。オレ、猫飼ってんだ。たぶん、人生の中で一番仲良かったのって、そいつなんじゃないかなって思うくらい、かわいがってた猫なんだ。そいつをさ、飼ってやってもらえないかな? オレの代わりにさ」「……いいよ」「その猫はさ、ロビンっていうんだけど、キャットフードでもさ、銀のスプーンってCМとかでやってるの分かるかな? あれが好きなんだよ。だから、それをいっぱい買って、やっとけば大丈夫だから。あと、カギは入口の植木鉢の下にあるから」 そういうと幹は、「じゃあ、よろしくな」と言って、電話を切ってしまった。 翌朝、健一はまゆみに会うと、幹はアメリカに行って、もう戻ってこないから、忘れた方がいい、と言った。「なんで? え? なんで? そんな急に? だって、なんにも言ってなかったよ……」 まゆみは潤んだ瞳で責めるように健一にかみついてきた。「あんたは連絡取れんでしょ? あたしにも教えてよ。こっちに戻ってきたときは会えるかも知んないし、あたしだってアメリカ行くことだってあるかも知んないよ。ってか、会いに行ったっていいんだし――」「ダメなんだよ」 そう言った時、健一の頭にふうっと言葉がわいてきた。――幹の代わりに、オレが一緒にいるよ――喉まで出かかったその言葉は、しかし、口から出ることはなかった。彼は質問を浴びせるまゆみを置いて、そのまま学校から出ていった。 それから、健一は幹の家に行くと、植木鉢の下からカギを取り出して、部屋に入った。中は、何も物が置いてなくて、がらんとしていた。「ロビン」 呼んでみると、ふにゃあ、みたいな変な鳴き声がして、黒猫が現れた。そいつを抱き上げながら、健一は言った。「幹の代わりに、オレが一緒にいるよ」--------------------------------------------------------------------------------初三語です。よろしくお願いします。時間がかなりオーバーの1時間40分くらいでした。すみません。タイトルは未定です。
お風呂から上がると携帯がなった。メールを受信したらしい。テーブルの上の携帯を横目に、戸棚からグラスを取り出す。間接照明だけの薄暗い部屋。これから一日で一番癒される時間。濡れた髪をタオルで拭きながら、グラスを手に冷蔵庫へ。冷蔵庫から氷を取り出してグラスに入れると、リビングのイームズのラウンジチェアに腰を落ち着かせる。背もたれに体重を預けるとイームズに包まれるような感触に、目を閉じて大きく息を吐く。テーブルの脇に置いてあるウィスキーを手にして栓を開ける。瓶の口を鼻に近づけて、そのスモーキーな香りを味わう。そっとグラスに注げば、琥珀色の液体がとろりと滴り落ちて、氷がパキッと音を立てたあと、ビジューと息を吐くように鳴った。 そうやって、一息ついたところでテーブルの携帯に手を伸ばして、メールを確認する。 幼馴染の妙子からだった。無事に出産できたらしい。女の子だった。ほっと安堵したのと同時に、湧き上がってきたのは黒い感情。どこかで、自分と同じことが起きれば良かったのに、と思っていた。「聖書を持って平和を訴えるよりも、拳銃を手に引き金を引く方がよほど人間らしい」 それが、この一年の結論だった。 離婚したは三ヶ月前。流産したのは、半年前。妊娠したのは、七ヶ月前。結婚したのは、一年前だった。何がどうして、こうなったのかは分からない。 離婚した旦那は妊娠したことを話すと、一瞬苦虫を噛んだ顔をした。ほんの一瞬で、一瞬だから見間違えだったのかもしれないけれど、その表情は頭から離れない。思い返してみれば、すでに気持ちはなかったのかもしれない。旦那の両親は流産したことを責めた。もともと結婚に反対していた人たちだったから、何かつけいる隙を探していたのだと思う。烈火のごとくというのは、ああいうことをいうのだろう。旦那が助けてくれるわけもなく、ただ堪えるしかなかった。離婚できたとき、ほっとしたことは覚えている。子どもがいないことにも感謝した。でも、そこ最近の一ヶ月くらい前の記憶は、ない。まったくなかった。ただ、なぜこんな簡単なことができなかったのか。そう思った。 そんな苦しみと並行して、妙子の結婚と妊娠、そして出産――わかっている。そうわかっている。頭では分かっている。でも湧き上がってくる感情はどうしても黒い。どす黒い。どす黒くて、理性とせめぎあう。祝福と嫉妬のジレンマ――。 震える親指でメールを返す。「おめでとう。無事生まれてよかった。私も安心した。退院したら教えてね。お祝いもって、お邪魔するから」 短い。苦笑する。それができることの精一杯で。 まだ氷の解けていないウイスキーを飲み干す。「お祝いは、なんにしたらいいかな? どうせなら、お金に糸目はつけないほうがいいわよね」 ふわふわする。アルコールのせい?「銀のスプーンとかは月並みかもしれないけど、それくらいのがいいかな?」 ふふふ、と自然と笑みがこぼれる。「せっかくお邪魔するんだから、失礼がないようにしないといけないしね。何来て行こうかしら? どうせなら、病院にでも押しかけようかしら? 妙子には妊娠したことは話したけど、離婚したこととか話したっけ?」 私が私じゃないみたい。何かが頭の中から浮かんでくる。ふわふわして、気持ちがいい。ウイスキーをグラスに注いで、さらに一口。「今日は、まだ測ってなかったわね」 イームズから立ち上がる。気分が明るい。ふわふわして、踊るように足を弾ませながらに洗面所へ。洗面台の鏡を見ると口角を上げてにっこりと笑う自分がいた。上機嫌で隅においてある体重計に乗ったら、体重はやっぱり減ってなかった。---------------------------------------------------------------久しぶりの投稿です。1500字もありません。90分くらいです。お題はいちおう全部消化しました。まぁ、こんなものか(笑
ビジューを最後に見たのはいつだったか。 古びてがたつく木製のテーブルに装飾が施された年代物の回転リボルバー拳銃を置き、隻眼のジレがため息混じりに思う。 今ではすっかり動かなくなってしまった古い冷蔵庫には、銀の弾丸とそれを装着した薬莢があり、聖水が入ったウィスキーの瓶それに擦り切れて小汚くなった聖書が入っている。 彼が所持している拳銃の装飾も銀の弾丸もビジューがあつらえたものだ。 銀の弾丸は、年季の入った銀のスプーン、そしてどこかの海域よりサルベージされた古代の船に積まれた歴史的な銀貨を使っている。 それらを提供したのはジレ自身だった。 しかし、銃の装飾も銀の弾丸の製造もおこなったビジューは、銀の弾丸を彼に渡して以来まったく姿を見せなくなってしまった。 残りの銀貨を持ち逃げしたのかどうかはわからないまでも、これから始まる血塗られた伝説に終止符を打つことに関してはいささか問題にはならない。 ジレは隙間風が入り込む部屋の壁に視線を移した。 そこには、ビジューが銀の地金としての歴史的な銀貨や銀スプーンを計量した錆びた体重計が置かれ埃をかぶり、その横には極東の島国の勇猛果敢な兵士が使用したとされるボルトアクション式の歩兵銃が立てかけてあった。 銃身に刻まれた菊の刻印。 それについても思いを馳せてみる。 隙間風が入り込む風の音と、銀の弾丸と装飾された拳銃と歩兵銃。 現代の時空から切り離され、閉ざされた空間にいる。 それにしても、ビジューはどこへ行ったのか。 彼は悲しげな表情をして残った片目を閉じる。 血塗られた夜。 そう呼ばれる事件が起こったのは、ジレが子供の頃だった。 ビジューもその当時のことを覚えていた。 寒村の住人の約三割が殺害され、一割が重軽傷を負った事件。 それに遭遇したジレは重傷を負い、両親と幼い妹と弟を亡くした。 警察は大量虐殺事件とみて捜査を行ったが、真犯人は見つからず時効が成立した。 生き残った者たちは、口々に禁忌とされる伝説を語り噂し合った。その伝説によれば、かつてこの地に悪魔がいて暴虐の限りを尽くしていた。それを仕留めた隻眼の騎士は呪われ、神にも祝福されず血族は四百年後に途絶える、というものであった。 実際にはそれは徹底した搾取を行った領主のことでは?と、歴史家は見ているが、迷信深い村人たちは納得しない。 そして、彼は村人を納得させるため、その迷信の打破を企てたのである。 ジレは系譜を見た。父と母と。はるかに遠い祖先は騎兵、騎士だった。 騎士の血を引く者。 ビジューもまた騎士の血を引いていた。 ビジューが無残な亡骸になって発見されたのは数日後のことだった。 手に握られていたのは純銀のナイフ。 ほかの遺留品としては、大量の歴史的な銀貨であった。 ジレは取りすがって泣いたが、戻るわけでも生き返るわけでもない。 相手は誰なのか。 警察も困惑するばかりだった。 ジレはそこから何かを感じ取った。 もしかして、ビジューは無謀と知りながら、見えざる敵に挑んだのでは。 そう考えざるを得なかった。 神の裁きが下るか、迷信が消え去るかは知らない。 ただやるべきことはある。 彼は決意した。 満月が青白く大きく出た晩に、彼は崩壊寸前の廃屋に引きこもり、外の様子をうかがう。 ウィスキーの瓶に詰めてある聖水を銃にかけ、銀の弾丸を込める。 外は深閑としていて、犬の遠吠えも聞こえない。 夜が更けていくに従い、満月の輝きは増し、濃紺色の夜気だけが重く漂っていた。 ぼんやりとした人影が歩いてくるのが感じられる。 それはどす黒い邪気を放ち、生身の人間のものではないことは確かだった。 それは徐々に広がり魔王のそれであり、外に飛び出したジレはその人影にためらうこともなく拳銃を発砲した。 手ごたえも叫びもない。 銃声が消え去ったあとは、沈黙した空気が流れ気配が消えた。と、鋭い痛みと気が遠くなる感覚がして彼はその場に倒れた。 そして、彼はいるはずのない人の声を聞いた。 一つは極東の島国の兵士の声。もう一つは銃を作った職人の声。幾多の兵が集まり、ざわめきそして戦意をかき立てる。 彼はもう一つの次元を見ていた。 そして、彼は意識を失った。 朝になった時、彼は生きていた。手にした年代物の回転式リボルバー拳銃も極東の歩兵銃も錆びついて転がり、二度と使えない状態になっていたし、足跡がたくさんあって争った形跡が残されていた。 彼が見た別次元のものは、神と悪魔の戦いだった。 彼はこの夜のことについては一切語ることはなく、ただ生き残れたことだけを感謝した。