爪花火 ( No.3 ) |
- 日時: 2011/08/29 00:06
- 名前: 片桐秀和 ID:eq5K7JtY
やだな、とか思う。最終電車に乗る日が続いていて、僕もこれで立派な仕事人間だとか思うものの、そのうちぶっ倒れるだろうなと予感せざるを得ない毎日だ。眠気に飲まれる寸前、スライドしていく風景の中で僕が考えることといえば、最近は花火のことだった。かつて大学仲間と夏の合宿でした花火の光景が蘇り、あの頃は本当に良かったとしみじみ感じる。僕に子供が出来たなら、花火だけはたくさんしておけとさんざ言い聞かせて育ててやろうと思う。そして好きな子にはちゃんと告白するんだと言ってやる。だって人生は一度きりだからさ。 「かーさん、花火したい」 僕の思考を盗み見るように、はす向かいの席に座る女の子が言った。隣には母親だろう人物が居り、その足元に大きな紙袋が大事そうに置かれている。どうやらその中に花火は入っているらしく、女の子は紙袋を見ながらしきりに、ね、いいでしょ、ね、とせがんでいるのだ。 「そんなことをいってはいけませんよ。ほら、そこのお兄さんが嫌がっているでしょ」 と母親。いや、待て母親よ。この車内にはあなたたちと僕しかおらず、かつお兄ちゃんと呼ばれるにあたる人間は僕しかいないではないか。当然のように女の子は僕に目を向けてき、ああ、あのお兄ちゃんのせいでわたしは花火ができないんだというテレパシーのようなものを送ってくる。 「じゃあね、かーさん、お兄ちゃんも一緒に花火をするならいいの?」 「そうよ。娘。お兄ちゃんだけ仲間はずれにしてはいけないのですよ。ほら、誘ってきてあげなさい」 母親に言われた女の子は、ぽてんぽてんと偏平足特有の足音をならしながら、僕のもとにやってくると、 「花火したい子、とーまれ!」 と一指し指を高らかに上げた。 僕はこれどうなの、なんか雰囲気的に止まらないと収拾付かないかもと、「とーまった」、という行為に出たのであった。 母親は、「まあまあ、ふたりとも困ったものね」といい、紙袋を開き、中からバラバラの何かを取り出したのである。 これはなんだろうと思いつつも、僕は手に渡されたバラバラを掴み、母親が灯すライターの火にそれを当てた。 「あれ、花火がつかないね、かーさん」 隣で同じようにバラバラを持って、それを火に当てている女の子が言った。 「まあまあ、湿気てしまったのかしら。まったくもう、とーさんたら、こらえ性ないんだから」 といって、袋の中のバラバラを足蹴にしたのであった。 「爪花火ー!」 と女の子の言うのがあって、母親がピチンピチンとバラバラから白いものを剥ぎ取り、僕と女の子に渡した。 爪花火ってなんだろう。でも、ちょっといい響きだなと思っていると、女の子はそっせんしてそれを火に当てた。 チチ、チチ、パチチチ。 爪花火の灯るを見、その弾けるのを見た僕は、あまりの綺麗さにぼくもぼくもーと自分の手にした爪花火を灯した。 チチ、チチ、パチチチ。 「きれいねー」 「うん、きれいだねー」 「ふふ、ふたりとも、あんまり夜更かししてはいけませんよ」 そんな会話の最終電車であった。
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