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RSSフィード [42] 三語いいとこ一度はおいで
   
日時: 2011/08/06 23:47
名前: 片桐秀和 ID:bAHnLEhE

やります三語。今回のお題は、以下の八つ。

「清純派」「召集令状」「エニグマ暗号文」「スカトロ」「初経」「それはわしのじゃ。返せ」「賞味期限」「硫酸頭からかぶって皮膚がただれて苦痛の中、悲痛な叫びをあげて死んじゃえっ! もう私知らないっ!」

この中から三つ以上使用して、作品を仕上げて下さい。
なお、縛りとして『奇人・変人・変態が出てくる』が今回設けられます。この縛りを踏まえて執筆して下さいね。ま、お題選びによっては、自動的にクリアされるかもしれませんがw。

とりあえずの締め切りは深夜一時。多少遅くなっても問題ありませんので、楽しんで執筆してください。

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「私」の牢 ( No.3 )
   
日時: 2011/08/07 01:06
名前: 片桐秀和 ID:atKaeYS2

  地下牢に淀む空気には錆と胞子の匂いが入り混じっているというのに、一嗅ぎすると奇妙な甘味を感じて、喉元に唾があふれる。ここに来るといつもこうだ。我が家の内部でありながら、異空間でもあるこの場所。訪れるたびに倦怠感と焦燥感が入り混じった不可思議な興奮を覚える。
 私は石の廊下を進み、目的の牢の柵に至った。そこには鎖で繋がれた男が壁に貼り付けられており、私の来訪を感じ取ると、うう、と喘ぎにも似たうめき声をあげて、こちらを仰ぐ。
「また来たのか」
 男は言う。その言葉から男の生存状況を判断しつつ、私は電灯のスイッチを入れた。改めて男を見る。
「一週間ぶりだ」
 憔悴していることは間違いない。男には生きるうえで最低限の食料しか与えていない。明かりが灯ると、頬のこけ具合がくっきりと浮かびあがり、男がすでに骨に皮が張り付いた餓鬼のようになっている姿が見て取れた。
「何を考えていた?」
 私は問う。私は聞きたいのだ。男がここで、一体何を考えて死に近づく己を感じているかを。
「中井英夫という人は――」
 男は古い作家の名前を不意に口走った。奇書中の奇書と呼ばれる、虚無への供物、という本を書いた作家だ。
「中井英夫という人は、幼い頃、自分が張りぼての世界に閉じ込められており、いつかその裏側を覗きたいと思っていたらしい」
「それで?」
「相変わらず忙しないな。中井英夫はまたこうも思ったらしい。世の中で最も尊い行為は自分の足の裏をなめることであり、それ以外に価値のある行為など存在しない、とね」
「つまりおまえが考えていたのは――」
 私の言葉を継いで、男が続ける。
「そう、人間性とは何か、ということだ」
「それでおまえの答えとは?」
「厳密にはそんなものはありはしない。人間のなす行為、ヒューマニズムだろうが、近親相姦だろうが、スカトロだろうが、快楽殺人だろうが、そういったあらゆるものの総体を人間性というよりない」
 私は胸元のポケットからタバコを一本抜き取り、火を付ける。一息すって、紫煙を吐く。
「つまらない答えだ」
「そうだろうな。しかし、俺が俺である以上、そんな答えしか考え付きはしないさ」
 男はそういって皮肉めいた笑みを浮かべた。やせ細った顔面の肉がわずかに歪んでいる。
「そうだ、こんなことも考えた。人間はなぜクローン技術に嫌悪感を覚えるかということだ」
「ほう」
「それを説明するには、ドッペルゲンガーの逸話が有効と俺は思った。自分と同じ人間が世界には何人かおり、その人物と出会った瞬間に死が訪れる。この場合の死とは、自己同一性の崩壊に他ならない。クローンもまたドッペルゲンガーと同じだ。そんな技術がもし存在するようになれば、「私」は揺らぎ、ついには瓦解し、霧散する。そこにある嫌悪感は高尚な倫理からくるものではない。それよりもっと根源的な、自分は価値在るものであるではならないという生存本能に近い感覚なのさ」
「やはりな」
「ふふ、今回もそうか」
「ああ、まったく私と同じ見解だ」
「世間では清純派だの、モラリストだの言われているおまえが、俺のようなものを作りだし、時に殺し、時に食し、時に問答の相手とする。なぜそんなことをするかはあえて問わないさ。そんなことは手に取るように分る……」
「そろそろ殺してほしいか?」
 私は尋ね、目前の骸にはもはや返事することかなわぬと知って、牢の鍵を閉めた。かまいはしない。私にはまだまだ代わりがいる。私は多くの私を作ったのだから。

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