青く、高く ( No.3 ) |
- 日時: 2011/07/31 23:30
- 名前: HAL ID:F2q05RQ2
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
データベースとリンクする瞬間、ほんの数ミリ秒、意識の断絶するその感覚が、わたしはどうにも好きになれない。
ラボにはいま、四台の兄弟たちが、静まりかえって並んでいる。こうして眺めていればみな美しく優雅で、戦闘用アンドロイドなどという無粋な言葉の響きには、とうてい似つかわしくないように思われる。 同型機といっても、わたしのほうが彼らよりもすこしバージョンが新しく、外観に差異がある。そしてどうしても納得のいかないことに、型式の古い彼らのほうが、より美しい。 バージョンアップしたほうが、より機能美を増すのが、世の道理だとわたしは思うのだが。 わたしがそれを口に出すと、整備士たちはそろって笑う。 笑われるのが、わたしは、好きではない。 ともかく、バージョンが違うために、先に共有化を終えてしまった彼らと違い、こうしてわたしだけ、調整に手間取っている。 一瞬のあいだに流れ込んできた兄弟たちの記憶そのものは、けして忌むようなものではない。だがデータが流入してくる瞬間の、あの意識の空白だけは、何度経験しても、好きになれない。 共有化のあと、調整という名の下に回路が書き換えられていく、その感触もまた、わたしが嫌いなもののひとつだ。 嫌いだけれど、義務から逃れられるものではない。しかたなく、わたしは沈黙する。インストールされた兄弟たちの記憶、そのひとつひとつをたしかめる。ノイズが混じるのは、彼らと異なる武装のためだ。調整されたはずの記憶は、それでもなお、おさまりが悪い。
ときおりかすかにゆきかう電波のやりとりのほかは、皆、もの思わしげに黙り込んでいる。 ラボはいつも静かだ。兄弟たちも、整備ロボットたちも、みな微弱な電波に載せて会話をかわすし、人間の整備士たちは、ここではあまり喋らない。前線基地にいるときには、みなたわいのないおしゃべりに興じるのに、ここは、特別なのだそうだ。 何が特別なのか、ここで生まれたわたしには、どうもぴんとこないのだけれど、兄のひとりがいつか戦場にいるときに、こっそりと答えを囁いてくれた。このラボの中で交わされる会話は、いちいちすべて、記録されているのだそうだ。 どこでも話していいことと、記録されないところでならば話せることが、あるのだそうだ。 作られて四年がたって、兄弟たちの記憶も定期的にこうして分けてもらって、わたしも成長したつもりなのだけれど、それでもまだ、色々なことが難しいと思う。明文化されないルールが、人間には多すぎる。
記憶をただインストールしても、それが体になじまなければ活用できない。調整の終わった記憶を、ラボの所定の部屋で佇んだまま、くりかえし反芻する。この時間は、嫌いではない。 インターフェイスに映る戦場の空。青く、高く、澄み渡っている。気候がどうだとか、緯度がどうだとか、空の色が場所で違う理由は、いくらもあるはずなのだけれど、不思議といつでも戦地の空は、青く、遠い。 それはわたしの思考ではない、それを見た兄の思考だ。不思議なもので、同じ型のCPUを積んでいて、同じ記憶をすっかり共有しているのにもかかわらず、そのどれが兄たちの考えたことで、どれが自分の思ったことなのか、混じることはない。 兄の記憶の中で、わたしが地を蹴っている。ワイヤーをつかってビルの壁面にとりついている。遠い空をめがけて、駆け上っていく。 自分の横顔を自分でみて、おもわず溜め息でもつきたい気分になった。実際には、溜め息をつく、という動作は、わたしたちにプログラムされていないのだけれど。 どうして兄弟たちは、みなそろって優美な身のこなしをするのに、わたしひとり、こんなふうに不恰好に走るのだろう。答えはわかっている。腕に仕込まれた狙撃銃が、重すぎるのだ。 武装が多ければいいっていうものじゃないのに。 電波に乗せては何もいわなかったつもりだが、ふと我にかえると、向かい側に立っている兄が、苦笑していた。 わたしたちの表情に、ヴァリエーションは乏しいけれど、そのニュアンスは顔というよりも、むしろ微細な電波のかすれで伝わってくる。 子どもっぽいな、いつまでも。 兄はそんなふうに笑っているように見えた。 ふい、と顔を背けながら、たしかに子どもっぽい、と自分でも思う。 記憶を定期的にそっくり共有しているのだから、性格だって同じになってもおかしくないのに。この差異は、どこから来るのだろう。
また別の兄の記憶。これはわたしが同行しなかった戦場だった。 都市戦。建物の中を駆けている。外で鳴っている轟音、銃声とはちがうその音に、驚く。驚いたのは、わたし。記憶のなかの兄の思いではなく、いまそれをのぞいているわたしのほうだ。 腹の底に響くような、砲撃よりも大きな音。――雷か、と、兄の思考がささやく。激しいノイズのような音は、雨音だ。 わたしたちは、雨の日には基本的に運用されない。戦闘兵器にしては繊細すぎると、皮肉られるゆえんだ。だから、こんな嵐を間近に感じることは、めったにない。 どこかで悲鳴が響いている。アンドロイドのものではない、生身の人間にしか出せない声。 わたしたちは悲鳴を上げるようには作られていない。
反芻を終えると、体がずっしりと、重くなったような気がする。そんなはずはないのに。 共有化を終えた電脳は、しばらく休めなければならない。繊細な、なんという脆弱な兵器。自分たちで呆れるのだから、ほかからみれば、なおさらだろう。 それでも戦果が出るかぎり、わたしたちは運用され続ける。これはいつか、兄のひとりがささやいた言葉。電波に乗せてささやかれる言葉は、いつでも、どんな内容でも、静謐に沈んでいる。 整備士たちが、端的に連絡事項を告げながら、兄たちの検査を続けている。その横を通って、所定の位置で、スリープの準備につく。 眠れば夢を見るだろう。スリープモードといっても、完全に機能を停止するわけではない。回路を電子が流れれば、そこには切れ切れの、たいした意味もない思考がたゆたう。それを夢というのだと、教えてくれたのは、誰だっただろうか。 思い出せない。 忘却という機能をわたしたちに与えたのは、誰だったのだろう。名前もしらない技術者。 あるいはそれこそが差異なのだろうか。わたしとわたしではない兄たちとの。 それはなんとはなしに、面白い思いつきのような気がした。 ようやく兄のメンテナンスを終えて、整備士のひとりがわたしのほうへやってきた。首筋のパネルに、やわらかな手が触れる。 いま眠りに落ちる前に何を考えていたのか、スリープモードから目覚めても、覚えていられるだろうか。
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