Re: 即興三語小説 ―古い家屋で、夜な夜な雷鳴を遠く聞きながら、選挙結果でも待てばいい― ( No.3 ) |
- 日時: 2013/07/16 23:41
- 名前: 野中 ID:mE3/wC0U
最初の雷が鳴った時、私は思わずフクロウを組み立てる手を止めた。窓の外の夜空は灰色に曇っている。一瞬、強い黄金色の光が工場の中を明るく照らしたかと思うと、次の瞬間、地の底から響いてくるような轟音が建物全体を大きく揺り動かした。 「雷鳴って空から降ってくる音なのに、どうして地面が鳴っているように聞こえるんだろう」 隣の女の子が、組み立て終わったフクロウをレーンに戻しながら呟いた。桃色に着色されたプラスチック製の小さなフクロウたちは、レーンの上に規則正しく並んでいる。私もフクロウをひとつ手に取り、胴体の両側に羽のパーツを挿し込みながら言った。 「雨、降ってる?」 「暗くてよく見えないですけど、たぶん降ってると思います。あー、早く帰りたいな」 「何か予定でもあるの?」 「今晩、彼氏が泊まりに来るんです」 嬉しそうに言う女の子にふうんと相槌を打ち、私はもう一度窓の外を眺めた。窓ガラスには一面に黒い闇が張りついていて、ときどき遠くの方で黄金色の微かな光が閃くほかは何も見えない。 私もはやく帰りたい。フクロウを次々に作っていきながら、そう思う。はやく、はやく自分の家へ帰りたい。安全な、温かい洞から、外の嵐を眺めたい。 願いが通じたのか、その日はいつもより少し早く仕事が終わった。マスクと手袋を外しながら息をつく私たちの元へ、検査部の男の子が小さな籠を手にやってきた。 「どうぞ。今日の分です」 籠の中には、フクロウが何匹か入っている。できたての、真新しいマスコット。けれど一つ一つをよく見てみると、塗料が剥げていたり、パーツが欠けていたり、瞳のプリントがずれていたりする。欠陥品のフクロウたちは、籠の底で沈黙している。私は手を伸ばし、一つ掴んでズボンのポケットに入れた。男の子はしばらくそこに立っていたけれど、他に誰も貰う人がいないことが分かると、次のフロアへ歩いて行った。 外に出ると雨が降っていた。マンションへ帰る途中、駅前のスーパーに寄って食べ物を買い込んだ。エリンギ、茄子、カレールー、わさび、納豆、卵、じゃがいも、アイスクリーム、ほうれん草、プロセスチーズ、バナナ、牛乳。ずっしりと重い買い物袋を提げて、再び雨の道を歩く。 雨は次第に激しさを増し、町の隅々まで濡らしていく。窪地に溜まり、選挙のポスターを剥がし、川の水を増やす。どこか遠くでまた、雷が鳴った。道の両側に立ち並ぶ古い家屋が、びりびりと震えている。私は嬉しくなって、けれどそんな素ぶりはすこしも見せないで、怖くて怖くてたまらないから早く帰りたい、というように、どんどん足を進める。 家に着いたときには、びしょ濡れになっていた。玄関マットで足の裏を乱暴に拭い、水滴のついたスーパーの袋をどさっと机に置く。シャワーを浴びた後、野菜カレーを作って食べて後片付けをし、それからようやく、毛布を引っ張り出した。照明を落とすと、部屋は一気に暗闇に包まれる。目が慣れると、窓から僅かに青い光が差し込んできているのがわかる。私は息を詰めたまま、そのときを待つ。食べ物を詰め込んだお腹の重みを感じながら、じっと。膝を抱くと、先ほど浴びたシャワーの、石鹸の匂いがふわりと立ち昇った。私は満たされていた。お腹はいっぱいだし、体は清潔だし、毛布は温かいし。柔らかな微睡に沈んでいきながら、私は幸福の溜息をついた。 雷が鳴ったとき、私はすぐに目を覚ました。窓ガラスに両手をついて、慌てて目を凝らす。その瞬間、鋭く尖った光が、目の前で一閃した。遅れて鈍い衝撃が、体の芯を激しく揺さぶる。これだ。この、光。地響き。巨大な力。心臓の鼓動が速くなっていく。息が荒くなり、私はますます窓ガラスに顔を近づける。 恋人もいない。友達も少ない。田舎の小さな工場で働く私の唯一の楽しみは、この時期の雷だった。雲上から振りおろされる、金の鎚。その圧倒的な破壊力が、美しさが、私の体を形作る細胞一つ一つを昂らせる。 ふと、部屋の隅に何かが転がっていることに気付いた。フクロウだった。羽の欠けたちっぽけなフクロウを拾い上げる。この部屋はまるで洞だ、と私はぼんやり思う。深い森の奥、古木の幹にひっそりと穿たれた薄暗闇の空間。外は雨が降っている。激しい雨が降っている。けれど洞の中の巣は、柔らかく温かい。 歪なフクロウと共に、私は安全な内側から、危険な嵐の夜空を見つめる。あそこにいかなくていいのだという安心感と、自然の巨大な力に対する畏怖を同時に抱きながら、この両目に、黄金の光を焼き付ける。 作り物のフクロウは、私の手の中で温かくなっていく。
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