Re: 即興三語小説 ―突然、気持ち悪くなって血の気が引いてました― ( No.2 ) |
- 日時: 2012/09/16 20:31
- 名前: お ID:LRMf9E5g
「おじさん」 「んー、なんだ」 目覚めざま、すっきりしない意識のまま階下に降りると、同居人であるカズミがいつものようにきっちりとした服装でカズオミを睨み付ける。こちらは寝間着にしているTシャツと短パン。トランクス一丁でないだけ今日はまし、なのだが……、カズミの眼光の鋭さに、無意識に腹を掻いてた手が止まる。 「いくら朝だからって、もう少し、しゃっきりできないわけ?」 「ああ、オレは良いの。家主だから」 食パンをトースターに差し入れる。コーヒーを入れようかと思ったが、近頃胃の具合が良くないのでミルクにしておこうか。カズミがグラスにミルクを注いでくれる。朝買いの新鮮なヤツだ。こういうとこ、マメなヤツがいると良い。 「なんでも家主って言えば切り抜けられると思ってる?」 収まったのかと思ったら、まだ怒っていた。 「思ってる。悔しかったら早く大人になりたまえ、少年」 「ボクはもう充分な大人だよ!」 「あと十センチ背が伸びたらな」 「それは関係ないーー!」 いつもの朝のやり取りだ。カズミのヤツもよく飽きずにふっかけてくるもんだとカズオミは欠伸がてら思ってみる。ま、これもコミュニケーションのひとつだろう。 「で、芒野で拾った隕鉄ってのは?」 「これだよ」 椅子に掛けた鞄から黒銀の塊を取り出す。 「ふーん。普通の金属とどう違う?」 「知らない。地面から出て来たか、空から降ってきたかってことじゃない?」 「てきとーだな」 「知らないよ。ボクは学者じゃない」 「学者じゃなくても知ってるだろう」 「じゃあ、なんでおじさんは知らないんだよ」 「鉄に興味はない」 「そんなのボクにもないよ」 はぁぁとわざとらしい大きな息を漏らしてカズミは、カズオミに瓶詰めの何かを勧める。ちょうどトーストが焼き上がって、ちーんという間抜けな音とともにポップアップするところだった。 ちなみに、トースターのこの仕組みはなんとなくけっこう好きだ、と言ったら子供っぽいと馬鹿にされそうだから言わずにおく。カズミは自分が子供っぽいだけに、こういうことにやたらこだわって突っ込んでくる。まったく、面倒臭い。 で……、 「いちおう聞くが、これは何だ?」 「ジャム」 「……、黒いぞ」 「あぁ、ブルーベリーのジャムなんだ」 「嘘を吐け、ストロベリーと書いてあるぞ」 「……」 「なぜ、遠くを見る」 「冷蔵庫の奥に残ってたんだよ、もったいないじゃないか」 「これはもはやそういう問題じゃないだろう」 「賞味期限は美味しく食べる期限だから、きっと食べても死にません」 「なんで言い回しが片言なんだよ」 「いらないなら良いよ、捨てるから」 「最初から捨てておけ。ていうか、お前は喰う気なしかよ」 「こんなもの、食べられるはずないじゃないか」 「お前なぁ」 カズミがそそくさと瓶をゴミ箱に捨てる。恐ろしいヤツだ。 新しいジャムを出してくれたが、それは賞味期限内だった。 それはそうと、 「で、その隕石がどうしたって?」 「隕鉄だよ」 「どっちでも良い。それをオレ達にどうしろと?」 「詛われてるからどうにかしろって」 カズミとカズオミはふたりで探偵業を営んでいる。探偵と言っても二束三文で雑用をこなすだけで大きな事件などは扱わない。切った張っただの、人に恨まれたりだのは、それ専門のヤツらに任せておけば良い。基本、呑気に暮らせればそれで良いのだ。 で、これもカズミが近所で有名な変人のおっさんから取ってきた依頼なのだが……。 「なんか、やたら軽くないか? 鉄ってこんなもんか?」 「宇宙の鉄は軽いんじゃないの?」 「本当かよ」 そのおっさん、遺産だか何だかで金はある癖にやたらケチで、人を寄せ付けず、ひとりで邸に閉じこもっている。悪い人間ではないようで、近所の子供に庭先を自由に使わせたり菓子を配ったりと、子供には優しいらしい。本人も子供っぽいところがあって、子供と一緒に妙な悪戯を仕掛けたりするのが困りもので、近所でも警戒が呼びかけられてたりする。 カズミが好かれるのは、互いの子供っぽさゆえだろう。 「呪いって、どんな呪いだよ」 「分かんない」 「おい。分かんないでどうにかなんてできるのか?」 ただまあ、そういわれれば、なんとなく邪悪なオーラを感じなくもない。鼻に近付けると妙な匂いもする。食欲が失せた。 「ボクは魔法使いじゃないよ。おじさん、なんとかしてよ」 「オレがそんな器用なモンのはずがないだろう」 「じゃ、良いよ。貸して」 手の中で弄ぶのをカズミに奪い取られる。まぁ、未練はない。というか、二度と返さなくて良い。 「mvぱえ:b¥p*AqKGQ#Kgaxspogjva4p9ejkapvma]q3pw0kq」 「なんだって?」 カズミが隕石に手をかざし妙な言葉を発する。 「呪文だよ」 「本当かよ」 「気持ちの問題だよ、こんなのは」 「良いのかよ」 「良いよ、どうせあの人の依頼だもの」 「まあな」 と納得して良いものなのかどうか。 「じゃあ、オレも」 おかしな気合いの声を発しながらスプレダーを振り上げ、コツンとぶつける。 「御霊退散!」 すると、鉄のはずの隕石にひびが入り、そして……、 「お、おじさん?!」 「やばっ」 ぱっくり割れたそれは…… 「ミートボール?」 「スコッチエッグ、じゃないか?」 表面炭化して、おかしなものとおかしなものとおかしなものが化合してできたっぽい、元は美味そうな食い物だったはずのもの……と思しい。封じ込めていた表面を割ったせいで強烈な匂いがする。もはや、朝食どころの惨状ではない。 「もしかして、お祭りの?」 「祭?」 「あの人、卵大好きで、年に一回、子供たちにスコッチエッグを振る舞うんだよ」 「なんだそれ」 「知らないよ。あの人のことなんて分かる人いないよ」 「だろうな」 しかし、これは…… 「これはさすがに賞味期限がどうって話しじゃないよな」 「在る意味まぁ、詛われてはいるのかも知れない……」 「お前、ちゃんと返してこいよ」 「厭だよ、おじさん行きなよ」 「お前が取ってきた依頼だろうが」 「家主なんだから責任取って行ってきてよ」 「お前なぁ」 こうしてまたひとつ、依頼が果たされた……のか?
†==† 今書きかけてる話しのキャラを使って見ました。 おおよそ一時間半ほど掛かってます。 かなり強引なネタになってしまいました。 また、挑戦したいです。
--二本立て----------------------------
*
ルゥフェンウィリァ及び諸島王国の首都ウィリアフィリァから北へ数キロ、アラグニア火山の麓に、宇宙から飛来した巨石が落下、衝突した。周囲は芒野が広がり、被害を受ける建造物等は存在しなかったが、生態系、その他大気への影響などを計るために調査隊が派遣されるなど、大きな話題となった。 「結局、何事というようなこともなかったのだろう?」 アキツグはぼんやりテレビの画面を見ながら、朝食の用意をしているカズミに声を掛けた。 「みたいだね。噂じゃ、隕鉄の中から異星の生物が這い出て、密かにウィリアフィリァに紛れ込んでるらしいよ」 「そうやって都市伝説の類は創られていくわけだな」 「かもね」 味噌汁の香りが漂ってくる。ウィリアフィリァは日本の京都と姉妹都市提携しているだけあって日本の食材が普通に並んでいる。カズミの料理の腕もなかなかのもので、あっという間に、アキツグの怪しい知識を越えて和食をマスターしてしまった。インターネット万歳というところだ。 話題にも飽きたのか、アキツグは大きな欠伸を漏らす。 「おじさん、まだ酒が抜けきらないの?」 日本風の献立をテーブルに並べるカズミが、心配とは程遠い表情で聞く。 「ああ、少し飲み過ぎたかもしれん」 「歳なんじゃない?」 「ケツの青いガキには分からない、歳なりの魅力ってのがあるんだよ、少年」 「モテてるうちは良いけどね、そのうち捨てられないように気を付けることだね」 「全員に振られたら、お前に養って貰うよ」 「な、なんでボクが……!」 何気なく言った言葉にずいぶん反応されてしまった。 「そこまで厭がることもないだろう」 「べ、別に厭じゃないけど。ボクはおじさんの嫁になんかならないんだからね!」 「当たり前だろう、男同士なんだから」 「ま、まあ、そうだけど」 おかしなヤツだな。アキツグは首を傾げつつも、用意できたらしい食卓に着く。白い飯に、玉葱の味噌汁、だし巻き、魚の干物。基本に忠実で悪くない。干物の魚があまり見かけない容姿なのは、この際仕方あるまい。 カズミは、キッチンの奥で胸に手を当て、無闇に跳ねる鼓動を抑えようと深い呼吸を繰り返していた。アキツグからは死角になる位置だ。シャツの下に巻いたさらしのズレかけているのを直す。こんなところを見られたら、一発でアウトだよ。 一瞬、バレたのかと思った。 バレていたのかと、思った。 でも、そうじゃないらしくて、ほっとする。 どういうわけか、ここ数日、カズミの身体が女性化し始めてる。どうしてこんな事になったのか分からない。気付いたら始まっていた。こんなの動物みたいで厭だ。でも、どうしたら止められるか分からない。 ボクは、女の子になっちゃうのだろうか。 こんなことおじさんに知られたら……、知られたら、どうなるんだろう。 ボクはおじさんの…… 違う、違う。そんなわけない。そんなことあるわけない! 「どうした、喰わないのか」 「片付け済んだから、今行くよ」 ボクは、おじさんの嫁になんかならなくても、ただここにいられるだけで良い。 海辺の高層貧民窟である魔窟出身というだけで蔑まれ、誰からもまともに相手にされず、ひとりで片意地張って生きてきた。あの頃にはもう戻りたくないし、なにより、おじさんと離れて暮らすことは、もう、考えられなかった。 * 山荘は、アラグニア火山の山麓にある。例の隕鉄の落下地点からそうは離れていない。呼ばれたのはアキツグだ。呼んだのはそこのオーナー。以前、別の用で泊まっていたとき、困った客の対処をしてやったことがあって、その縁で電話してきた。 オーナーは七十に近い老人で、息子夫婦と三人で山荘を経営している。しかしこの時期、しかも平日に客がいるとも思えない。いったい、どんな用だというのか。 山荘の中は、昼だというのに薄暗かった。 人の気配はない。客が皆無だという以前に、オーナーや息子夫婦のいるような気配も感じられない。 「厭な感じがする」 人一倍、気配とか感覚とかに敏感なカズミが呟く。 「そうだな」 用心深く進む。さほど大きな建物ではない。二階建て。客室は全て二階で確か五部屋か六部屋。一階の奥にオーナーたちの住む区画がある。 「おじさん、この奥、凄く臭うよ」 「何の臭いだ?」 「たぶん、血じゃないかな」 カズミが言うなら間違いないだろう。カズミの五感は、やや人間離れしているのではないかと思うほど鋭い。アキツグにはまだ何も感じられないが、カズミが言うならその覚悟をした方が良いだろう。すなわち、異常事態だ。 通路の突き当たりに扉がある。 この先に家族の居間があったはずだ。一度だけ通されたことがある。 「開けるぞ」 無言でカズミが肯く。 そこにいたのは……、 「ねぇ、」 声を掛けてきたのは、女だった。 息子の嫁だと気付いたのは、以前にも来ていた給仕用のお仕着せ服を着ているからだ。あの時本人はあまり似合わないからと恥ずかしそうにしていた。 今その服は、赤く染まっている。 「ねぇ、美味しいわよ。あなたたちも食べない? 少し賞味期限は切れてるかも知れないけど、大丈夫」 女は、にたり、と嗤って、それからくすくすと痙攣するように身を震わせた。 「賞味期限は美味しく食べる期限だから、きっと食べても死にません」 真面目くさって言う。 その、齧り付く物。 「お爺さんと、息子さん」 悲痛な声をカズミが漏らす。そうでなければ良いと思っている。アキツグに否定して欲しいと思っている。 アキツグにもそれは分かったが、しかし、カズミの望みに応じることはできない。食いちぎられて転がる二つの顔に見覚えがあったからだ。苦悶の表情に歪んではいるが間違いない。オーナーと彼の息子だ。 「ねぇ、あなたたちが食べないなら。あたしが食べちゃっても良いかな? でも、こんな老いぼれとぶよぶよのデブより、あなたたちの方が美味しそう。ねぇ、あたしあなたたちが食べたいわ。良いでしょ、食べちゃっても」 「おじさん」 カズミが、アキツグの上着の裾をぎゅっと握りしめ、哀れな女を見詰めている。こいつにも分かっているのだ。彼女が、本来の自分の意思で動いているわけではないことを。話す言葉も、仕草も、食人という行為も、彼女の意思によるものではない。 「視えるか、カズミ」 カズミの超感覚は、実は五感に留まらない。六感あるいは七感とも言うべき感覚。つまり、見えないモノを視、聞こえないモノを聞き、感じられないモノを感じる。カズミのこの能力は、生家の習わしとして訓練してきたアキツグよりも数段優れている。 「頸筋、延髄の辺りなのかな、その辺りに何かいる」 「何か……、何だ」 「ちょっと待って」 カズミは、仕事の時にはいつも筒状の二つの布包みを持ち歩く。背丈の半分以上ある長いのと、三十センチ程度の短い物。そのうち、短い物の方の封を解く。と、体長がせいぜい二十センチくらいの鼬のような動物がひょいと顔を出し、周囲を伺う。 「アンクフィア、お願い」 カズミが声を掛けると、ピッ、と小さく鳴いて飛び出し、女の周囲をくるりと旋回して戻る。 この小動物は、カズミの超感覚をさらに補助する役目を担うらしい。本来、柏葉の家に伝わる遣い魔であるクダにそんな役割はない。これは、かつて魔窟内でカズミを助け育てたというアキツグの祖父から受け継いだものだという。そもそもアキツグがこの国に来たのも、建前上祖父を捜すという名目だった。そして、結果、祖父とは会うことができなかったが、そのおかげでカズミと出逢った。今はともに暮らしている。とんだ奇縁だ。 「なに……これ」 何を見たのか、カズミが言葉を失う。 「ねぇ、さっきのニュース。隕鉄が堕ちたって。噂話があるって言ったよね」 カズミの仕入れてきた噂話。が、しかし…… 「おい、冗談だろう」 「そんなことって、あり得ると思う?」 「ない、と言いたいところだがな」 視える、のだろう。他に比類しようのないモノが。ならば、信じるしかない。喩え、どんなに信じがたいことであろうと。カズミの言うのだから、信じるに値する。 「斬れそうか」 「ボクじゃ無理だよ。場所が微妙すぎる。わずかでもずれたら、あのお姉さんの精神(こころ)まで解いてしまう。でも、おじさんなら。おじさんの腕なら」 カズミが大きい方の包みを解く。 柏葉家重代の太刀「白尾丸」。今は、故和臣翁からカズミに受け継がれている。 「おじさん、イメージを送るよ」 「ああ、頼む」 カズミがアキツグの手をきゅっと掴む。 小さい手。けれど、温かい。 アキツグの脳裏にイメージが浮かぶ。 「なるほど、こりゃ、エイリアンとしか言いようがないな」 その形状は深海生物のようでもあるが、そんなものが今ここにいるわけがないし、人の脳内に入り込んだり、人の精神を蹂躙し操ったりはしない。 手を放すと、イメージも消える。しかし、今ので充分だ。 「我、放たん」 アキツグが、カズミの捧げ持つ太刀を抜き放つ。黒曜色の刀身。この太刀は、日本の国の、文明の曙を見る前に鍛えられた剣を打ち直されたものだといわれる。柏葉の家は、大和の民の歴史よりずっと古く日本に住まい生きてきた。ゆえにまつろわぬ者。現人の神を屠り地に根ざす神々を解き放つ者。しかしてこの太刀はいま異国の地、異国の少年の手にあって、今、その正当なる血脈の手に戻る。 「我は放り人。解き放つ者。妄執により囚われし者をあるべきへ解き放つ者なり」 銀閃、一閃。 白尾丸はこの世の目に見える物を斬らぬ。眼に見えぬ心を、この世の物から切り離し、解き放つ。ゆえに神殺し。神を屠る太刀。神を「はふる」者。 「カズミ」 糸の切れた人形のように崩れ落ちる女を、カズミが抱きかかえる。意識のないのは僥倖だろう。少なくとも今、この惨状を見なくて済む。問題は彼女の記憶がどこまであるかなのだが、それはこの場で推測のしようもない。願わくば、彼女が何も憶えてなければ良い。 そう、願わずにはいられなかった。
†==† キャラ設定改変につき、再度の挑戦。カズミとカズオミではさすがに区別が付きにくいのでアキツグに変更。名前変えたら性格変わっちゃった。 今回は2時間くらい掛かってます。 細かい部分詰め切れてませんが、まぁ、前のよりは悪くないかな。
|
|