あの星の向こうから ( No.2 ) |
- 日時: 2012/09/09 20:40
- 名前: HAL ID:.y5x.1hk
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
照れた顔がオカメインコに似ている、と彼女にいったら、平手打ちを往復で喰らった挙句に連絡が取れなくなった。 可愛いと思ったのに、何がいけなかったんだろう。
……という相談を自称宇宙人の同僚から受けたわたしが頭を抱えたのは、月曜日の昼下がりのことだった。 喫茶店は空いていた。ほかには主婦らしき女たちの集団がひと組と、じいさんが二人と、営業途中で涼んでいるようすのサラリーマンがひとりいるだけ。わたしたちのように図書館員でなくても、接客業を中心に平日休みという人はたくさんいるだろうと思うのだが、それでも平日の昼間にうろついている勤労者層の姿が驚くほど少ないのは、いったいどういうわけなんだろう。 ここが地方だからか。あるいはわたしが思っているよりも、土日休みの人間が圧倒的多数を占めているのか。それとも平日の昼間に出歩くことに、みな後ろめたさでもあるんだろうか。 友人はいかにも悄然としたふうに肩を落としているけれど、その顔はまったくの無表情だ。ジェスチャーに比べると、地球人の表情の模倣は大変なことなのだと、いつか真面目そうに話していた。どこまで本気かはわからない。いや、本気は本気だろう。本人にとっては。 「彼女、泣いてなかった?」 「もしかしたら」 そうでしょうね、というと、友は顔を上げて、じっとわたしの目を見た。表情はないというのに、それが教えを請う生徒のまなざしだということは、なんとなく見分けがつくようになってしまった。長いつきあいというのは恐ろしいものだ。 「あのね」 言葉を探す数十秒の沈黙のあとに、わたしは口を開いた。同僚はうんうんと熱心そうにうなずいている。無表情のままで。 「覚えときなさい。日本の女性に、オカメは禁句」 そういうと、同僚は首をかしげた。何か訊きたいことがあるけれど、質問していいのだろうかと躊躇しているのだ。……わかってしまう自分が嫌だ。 何? と顎で質問を促すと、自称異星人は背筋を伸ばした。 「オカメと、オカメインコは違うと思っていたのだが」 ためいきをひとつ。前髪をかきあげて、いった。 「違うけど、それでも禁句。OK?」 「……OK」 うん、とうなずき返して、冷めてしまったコーヒーを一口。冷めても美味しいコーヒーというのは、なかなか貴重なんじゃないだろうか。 外を見やる。まだ七月上旬だというのに、真夏のような陽射しが照りつけている。アスファルトの上には陽炎。これからの長い長い夏が思いやられるような光景だ。 「もうひとつ、質問しても?」 同僚が顔を上げて、気真面目にそう問いかけてくる。目線でうなずくと、彼は真剣そのものの口調でいった。 「オカメインコは可愛いと思うのだが、その感覚は地球人とそんなにかけ離れているだろうか?」 ああ、もう、なんていったらいいのか。 肩を落として、空のカップをテーブルに置く。窓の外に顔を向けると、老夫人がひとり、きれいな模様の日傘を傾けて、通り過ぎていった。 視線を戻して、真面目くさった同僚の顔を見る。心の中だけで、ため息をひとつ。宇宙人と付き合うのは、難しい。
この向こうから来たんだ、といって同僚が指差したのは、職場にあった星座の本の中ほどのページで、その指の先にあったのは、ヴェガだった。こと座の中で燦然と輝く、いわゆる織姫星だ。地球からは、二十五光年ほど離れている。 さらにその向こうからやってきたと、彼はいう。 光速で飛んでも二十五年はかかるところから、どうやって来たのかと、訊いてみたことがある。たまたま当時の恋人とはこじれている時期で、その日は間の悪いことに生理前でいらいらしてもいて、誰かに八つ当たりしたい気分だったのだ。だからいつもだったら聞き流すような彼のホラに、反応してしまった。 「そんなに遠くから、どうやってきたわけ。超光速航法でも見つけた? 地球の傍に出てくるワームホールでもあった?」 それは自分でもびっくりするくらい、意地の悪い口調だった。 自分の口から飛び出した毒に、自分で中てられて動揺しているわたしに向かって、彼は真面目な顔で、真面目に答えた。「まさか。最新式の船でも、光の速さの半分も出ないよ。だから自慢の宇宙船ではるばる七十年かけて、僕はやってきたんだ」 「あんた、何歳なわけ」 思わずツッコんだ声からは、さっきの毒は抜けていた。 「僕らの星の数え方では、もうじき百八十二歳になる。地球換算では……何歳だったかな」 僕らは不老不死に近いんだと、同僚はいった。真顔のままだった。 あ、そう。それしかいえなかった。
「彼女が僕を許してくれる可能性はあるだろうか?」 訊かれてもすぐには答えずに、同僚の顔を、いっとき眺めていた。髪型と服装が微妙にダサくて、やや痩せすぎの感はあるけれど、ごく平均的な顔立ちだ。五人そこに女がいれば、一人くらいはいい男だというだろう。 オカメインコ呼ばわりされた女が、相手を許す気になる可能性は、何パーセントくらいだろう。真面目に考えてみる。難しい問題だ。彼女が自分の容姿にどれくらいのコンプレックスを持っているのか。あるいはどれくらい本気で彼に対して恋愛感情を抱いていたのか。 情報が足りなさ過ぎて、なんともいえない。連絡が取れないというからには、厳しいような気もするし、冷静になれば話を聞く気になる可能性も、ゼロとはいえない。なんせ堂々と日ごろから自分のことを宇宙人だという男だ。これと何か月か付き合っていたからには、突飛な言動にも耐性があるだろう。 「まあ、あと一週間くらい連絡し続けてみて、駄目だったら諦めたら?」 返事がなかった。ため息をついて、三秒待って、あまりいいたくないセリフを続けることにした。 「ストーカー規制法っていうのがあってね、相手が嫌がるのにしつこく連絡を取り続けたり、家のまわりをうろうろしたりすると、ここの法律に触れちゃうの。わかる?」 同僚は三秒考えて、わかった、君のいうようにしてみるといった。それきり口をつぐんで、お冷やを飲んでいる。 体質的に、カフェインが苦手なのだそうだ。喫茶店に来て何も頼まないのはマナー違反だと教えたら、コーヒーを頼むだけ頼んで自分の分までわたしに押し付けてくれた。おかげでわたしの胃はコーヒーでたぷたぷだ。どうせなら違うものを頼んだらいいのに。 「地球人の恋人を作ることに、意味があるわけ?」 訊いたのは、なんとなくだった。前のときのような、意地悪な気持ちからの質問ではなくて、ほんとうになんとなく、その問いはぽろっと口からこぼれてきた。 だって不老不死とかいうし。それならせっかく恋人同士になったって、地球人なんかすぐに死んじゃうでしょうなんて、信じてもいないくせに、そんなことを考える。 同僚は軽く首をかしげた。それから淡々としたいつもの調子で、答えを口にした。 「ひとが生きることに、意味があるというのなら」 その言葉を聞いて、わたしは目をつぶった。三秒考える。考えて、それ以上考えるのをやめた。 かわりにあいた頭のスペースで、別のことを検討する。件の彼女がこの宇宙人を許す気にならなかったと仮定する。そのあとこの男がほかの恋人を探すつもりになったとして、そのときわたしがこの男に惚れるのは、ありかなしか。
三十秒で答えが出た。なしだ。 へんに興味を引かれるのは事実だけど、同僚としてならともかく、恋人には向かない。何をするにもいちいち気を揉みそうだし、それに第一、わたしまでオカメインコ呼ばわりされるのはまっぴらだ。 「さ。もう出ようか。ここ、奢ってくれるんでしょ」 飲食店であまりに長居するのも、マナー違反になるんだよと教えると、同僚は二度瞬きをして、重々しくうなずいた。とても重要なことを教わった、とでもいいたげな仕草だった。 その気真面目なしぐさを見ていて、ふと苦笑が漏れる。なしったら、なし。 コーヒー代を払う同僚に背を向けて、先に店外に出る。陽射しがまぶしい。よく晴れている。そういえば、今日は七夕だ。 夜には天体観測と洒落こもうかと考えながら、陽炎のたつ舗装を踏みしめる。
---------------------------------------- 一時間半ほどでした。なんじゃこりゃあな中身ですが、とりあえず書いていて楽しかった。
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