憂事もしくは有事 そして日は暮れる ( No.2 ) |
- 日時: 2012/06/10 01:32
- 名前: マルメガネ ID:5qNp1.zA
その日は、年中でもっとも規模が大きくなおかつ長い休日の初日であった。 長い闘争の末に勝ち取り、そして独立を不動のものとした永世独立記念日にあたるその日は朝から晴れ、祝日としては絶好の日和となった。 その国は『皇国』と呼ばれ、極東の小国に過ぎないのだが、首都のアキツシマのスザク大通りは三日間続くお祭り一色に染まり、各所で様々なイベントが催されていた。 「午後の時計下で待っている」 そのメールを隻眼のタツキが受け取ったのは、新旧の町並みが混在する下町の狭い路地裏を歩いていた時だった。 画面のメッセージを追った彼は、午後の時計とはメイン通りの広場にある時計台のことだ、と直感した。 時計台は高さが二十メートル近くありその頂点には羽を広げた朱雀の像がある、ちょっとしたランドマークとなっており、また午後には時間を知らせる荘厳な音を奏でることでも知られている。 彼は路地裏を抜け出て、広場の時計台を目指した。 広場ではオープンカフェが開かれており、地方から出てきた人や、家族か誰か親しい人と再会を果たした人などで賑わっていた。 タツキは来ているはずのメンバーを探すと、メールどおりとはいかないまでも、時計台の台座付近の席で、マダムとマスター、それに色町に住むナギがのんびり談笑をしていた。 「遅くなりました」 「大幅に遅れてもないわよ。さぁ、座ってくださいな」 タツキが一声かけると、そうマダムが言った。 空いた席に座ると、午後十二時を指した時計台の時計の頂点の朱雀像が動き、荘厳な音を響かせ時刻を知らせた。 その音が鳴りやむまで、誰も一言もしゃべらない。しゃべっても音で聞こえない。 余韻が晴れた空の彼方に消えた頃、ようやく本題に入った。 その本題とは、大連邦国側と大同盟国側の両陣営からもたらされた、暗殺組織が動き出した、という情報についてである。 世界は永世独立国として存続を図る皇国とそのほか数十国と、大連邦国、大同盟国という三極構造で統治されている。 近年では、大同盟国の盟主国であるミリティアで大統領が演説中に狙撃され、また大連邦国の代表国であるオルティアでも首相が暗殺されるという事件が相次いで起きた。 その事件後に、犯行声明がその組織より発表がなされ、次の標的が皇国であることをほのめかしていた。 「俺たちを陥れようとする罠かもしれないぜ。奴ら何考えているかわからないし」 珍しくナギが発言した。 「考えられるわね。それを口実に。または、私たちに対しての挑発かもしれないわね」 マダムがそう言って、オープンカフェ特製の闇に似た色をしたコーヒーを飲んだ。 「いくら考えても、俺たちの国を取ってもなんの意味もないと思うけどな」 「確かにそうよ。これと言った資源もない。ただ、製品を製造しているだけの工業経済国。でも地理的にはどうかしら? 海に囲まれて急峻な山ばかりの島国。これを進出の拠点にすることはできるわ」 はたから見れば、単なる政治経済か軍事上の話にしか聞こえない。 実際には、マダム率いる情報収集部隊と機密警察の連携で、入国した暗殺団のメンバーの動向を探り、摘発を進めているところだ。 しかし、なんでもそうだが完璧とまではいかない。討ち漏らすことだってあるのだ。 マダムは今日までの間に暗殺メンバーを取り逃がした苦い思いを表に出すこともなく、いつもどおり冷静であった。 「そういえば、数年前にあったよなぁ」 思い出したように、ナギが肘関節まである黒革の長手袋をした左手で頬杖をついてそう漏らした。 「何が?」 タツキがナギに聞き返す。 「爆弾テロ」 「ああ、ありましたね。あれはひどかったですね」 マスターが言った。 数年前の爆弾テロとは、国内の過激派組織が仕掛けた爆弾が白昼に炸裂し、多数の死傷者を出す惨事となった。 その現場とは彼らがいる広場である。もともと、この広場には建物があった。 その爆弾テロに巻き込まれて左手を無くしたナギは今回の暗殺団について、その過激派とどこかでつるんでいる、と思っているようだった。 「とにかく、明日が正念場です」 マダムが、いろいろ話をしていった最後にそう締めくくった。 タツキもナギもその言葉を重く受け止めた。 オープンカフェから離れる時、タツキはどこからか強い殺気を感じて、その感じた方向にさりげなく視線を向けたが、喧騒ばかりが広がっていた。 確かに、本物の殺気を感じた。 ぞっとするほどの殺気ではなかったが、刹那に放たれた殺気。 自宅に戻ったタツキは疲れていたが、その晩、感じた殺気が気になってなかなか眠れなかった。 自分だったら、どう狙撃する? あるいは、どんな手段で狙うか。 タツキは、実行犯の行動を頭の中にめぐらせていた。
雲一つない快晴だった。 少し風が吹き、メイン通りに沿って掲げられた国旗が翻っている。 ものものしい警備体制が敷かれ、沿道で群衆が式典の開始を待っていた。 マダム率いる情報収集部隊は、一般人に紛れ、またさりげなく建物に潜み、あるいは何かに装い、暗殺団の動向を探る。 ひどい雑音が混じる無線で連絡を取り、メイン通りの裏に入ったタツキは、大ホテルに入るあきらかによそよそしく挙動不審な二人組の男を発見した。 ほどなくしてその二人組は大ホテルから断られたのか、周囲を気にしながら向こうへ歩いて行った。 時計台が時刻を知らせる。 メイン通りから軍楽隊が奏でるファンファーレが聞こえてきた。 その直後、乾いた音がして大音響が聞こえた。 タツキがメイン通りに出ると、先導車が白い煙を上げ、先ほど見かけた挙動不審な二人組の男がそこに転がり、沿道はパニックになっていた。 当然のことながら警備隊が右往左往していて、大総統専用車および国賓専用車は立ち往生した状態だった。 そしてまた乾いた銃声が何発か響き、立ち往生している専用車両に向けて、機関銃をさんざん乱射したあげく 「革命と闘争は続く。万歳」 と、叫びながら爆発物らしきものを抱えてビルの窓から、死なばもろとも、という殺気を持ち飛び降り自殺を図った軍人がいた。 彼が抱えていた爆発物らしきものは炸裂こそしなかったが、彼はその場で息絶えた。 その騒ぎで式典は中止となり、事後処理のためメイン通りが封鎖となって、群衆も自宅に帰された。 それから数日後。 ビルの窓から、機関銃を乱射したあげく爆発物らしきものを抱えて飛び降り自殺をした軍人の身元と、先導車の前で倒れていた不審者の二人組の男の身元が判明した。 国籍は軍人のほうは大連邦国側であり、数年前から精神的におかしくなっていたらしかった。挙動不審の二人組は大同盟国側であり、こちらは重度の薬物中毒だったらしい。 人騒がせな事件に終わったが、暗殺団とは無関係であり、それぞれの大使館から情報に誤りがあった、と謝罪があった。 だが、それぞれに重要なメッセージがあった。 飛び降り自殺を図った軍人が抱えていた爆発物らしきものは、鑑識の結果、中身は世にも恐ろしい毒ガス弾であり、大連邦側のどこかの国で開発され極秘製造されたものだった。 不審者の二人組の男の所持品からは、いままで摘発されたことがない新型の麻薬がみつかり、こちらも大同盟国側の実情をうかがわせた。 「おまえのオヤジ、さすがに肝を冷やしただろうな」 げっそりした顔でナギがタツキをひやかす。 「冷やすものか。逆に真っ赤になって怒鳴っているよ」 同じくげっそりした顔で力なくタツキがかえした。 「ああ、それにしてもなんだったんだ」 「終わってみれば、情報に踊らされたのは俺たちだったのか」 胃薬を片手にため息をつき、彼ら二人がぼやく。 いちばん苦い思いをしたのはマダムかもしれないな、とそれぞれに思った。 そして、大連休後の一日の日が沈む。
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