祝福と嫉妬のジレンマ ( No.2 ) |
- 日時: 2011/10/30 21:54
- 名前: RYO ID:qDBwvIgo
お風呂から上がると携帯がなった。メールを受信したらしい。テーブルの上の携帯を横目に、戸棚からグラスを取り出す。間接照明だけの薄暗い部屋。これから一日で一番癒される時間。濡れた髪をタオルで拭きながら、グラスを手に冷蔵庫へ。冷蔵庫から氷を取り出してグラスに入れると、リビングのイームズのラウンジチェアに腰を落ち着かせる。背もたれに体重を預けるとイームズに包まれるような感触に、目を閉じて大きく息を吐く。テーブルの脇に置いてあるウィスキーを手にして栓を開ける。瓶の口を鼻に近づけて、そのスモーキーな香りを味わう。そっとグラスに注げば、琥珀色の液体がとろりと滴り落ちて、氷がパキッと音を立てたあと、ビジューと息を吐くように鳴った。 そうやって、一息ついたところでテーブルの携帯に手を伸ばして、メールを確認する。 幼馴染の妙子からだった。無事に出産できたらしい。女の子だった。ほっと安堵したのと同時に、湧き上がってきたのは黒い感情。どこかで、自分と同じことが起きれば良かったのに、と思っていた。 「聖書を持って平和を訴えるよりも、拳銃を手に引き金を引く方がよほど人間らしい」 それが、この一年の結論だった。 離婚したは三ヶ月前。流産したのは、半年前。妊娠したのは、七ヶ月前。結婚したのは、一年前だった。何がどうして、こうなったのかは分からない。 離婚した旦那は妊娠したことを話すと、一瞬苦虫を噛んだ顔をした。ほんの一瞬で、一瞬だから見間違えだったのかもしれないけれど、その表情は頭から離れない。思い返してみれば、すでに気持ちはなかったのかもしれない。旦那の両親は流産したことを責めた。もともと結婚に反対していた人たちだったから、何かつけいる隙を探していたのだと思う。烈火のごとくというのは、ああいうことをいうのだろう。旦那が助けてくれるわけもなく、ただ堪えるしかなかった。離婚できたとき、ほっとしたことは覚えている。子どもがいないことにも感謝した。でも、そこ最近の一ヶ月くらい前の記憶は、ない。まったくなかった。ただ、なぜこんな簡単なことができなかったのか。そう思った。 そんな苦しみと並行して、妙子の結婚と妊娠、そして出産――わかっている。そうわかっている。頭では分かっている。でも湧き上がってくる感情はどうしても黒い。どす黒い。どす黒くて、理性とせめぎあう。祝福と嫉妬のジレンマ――。 震える親指でメールを返す。 「おめでとう。無事生まれてよかった。私も安心した。退院したら教えてね。お祝いもって、お邪魔するから」 短い。苦笑する。それができることの精一杯で。 まだ氷の解けていないウイスキーを飲み干す。 「お祝いは、なんにしたらいいかな? どうせなら、お金に糸目はつけないほうがいいわよね」 ふわふわする。アルコールのせい? 「銀のスプーンとかは月並みかもしれないけど、それくらいのがいいかな?」 ふふふ、と自然と笑みがこぼれる。 「せっかくお邪魔するんだから、失礼がないようにしないといけないしね。何来て行こうかしら? どうせなら、病院にでも押しかけようかしら? 妙子には妊娠したことは話したけど、離婚したこととか話したっけ?」 私が私じゃないみたい。何かが頭の中から浮かんでくる。ふわふわして、気持ちがいい。ウイスキーをグラスに注いで、さらに一口。 「今日は、まだ測ってなかったわね」 イームズから立ち上がる。気分が明るい。ふわふわして、踊るように足を弾ませながらに洗面所へ。洗面台の鏡を見ると口角を上げてにっこりと笑う自分がいた。上機嫌で隅においてある体重計に乗ったら、体重はやっぱり減ってなかった。
--------------------------------------------------------------- 久しぶりの投稿です。 1500字もありません。90分くらいです。お題はいちおう全部消化しました。 まぁ、こんなものか(笑
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