革命という悲壮な運命の火種について ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/10 00:21
- 名前: とりさと ID:hq6kJiD.
王宮の前には、多くの人が密集していた。人、人、人の身動きもロクに取れないほどの密集率。押しあいへし合うそれらの熱気がまたすごい。みな興奮してざわめいている。そのごたまぜになった感情は、期待、喜び、そういった、めでたいものを前にした明るいものだ。 それを一望できる王宮のバルコニーに、着飾った女性が立っていた。 「みなさん、こんにちは。本日から女王の称号を戴くことになりました、エリザベスですわ」 クイーンエリザベス万歳! 演説を始めた彼女に向かって、そんな声がそこかしこから聞こえる。 エリザベスは、それににっこり笑って答えた。 「国民のみなさん。みなさんがご存じの通り、わたくしが手に入れたこの王位は、血族を蹴落として手に入れたものです」 母親を排除し、父親を押しのけ、親類を寄せ付けず、途中まで協力していた第一継承権をもつ兄をも蹴落としてその地位を手に入れた彼女だが、その悪辣とも言える行いに反して、熱狂的に国民から支持され、祝福されていた。 なにせ、彼女のような王族の登場は、この王国の全国民の悲願だったのだ。 「でも安心してくださいませ。わたくしは、みなさんに精神的な苦痛を与えることは致しません。そう。わたくしは、異常な性癖を持ち合わせてなどおりません!」 この国の王族は、ゆるぎない変態集団とし有名なのである。 例えば、エリザベスの祖父に当たる前々代の国王は『裸の王様』の異名を持っていた。盛装を嫌い、というかそもそも服を着るのを拒み、上半身裸でそのわきげ力を見せつけるのが当たり前、ひどい時にはパンツ一丁、それどころか市内の見回りと称して裸で馬に乗り、見るに堪えないその姿で市民を阿鼻叫喚のるつぼにしたこともあるらしい。 「わたくしの親類縁者は、みな何かしらの変質的な嗜好を持ち合わせてます。残念ながらそれを野放しにしていては、国民の皆様の安眠を確約することは出来ないでしょう。いつ王族が奇行に走るか、意味のわからない法令を施行するか、そんな不安におびえることになってしまうでしょう!」 またエリザベスの父である前王レラニーは無類の生足好きであった。嫁選びの際にはガラスの靴を職人に作らせ「この靴にぴったり合う足の持つ主がわたしの理想の女性だ!」と宣言し、国民の女性一人一人にはかせて回ったという逸話はあまりに有名である。レラニー王は国民の時間と税金を無駄に消費し「もしこの靴にぴったりだったら、変態の嫁にされる……!」という恐怖で女性の精神を圧迫した。その愚策でひとりの貴族の女性が選ばれるまで、レラニー王は「死んでレラ」と、愛称でもって切実に死を願われ続けた。 「ですから、わたくしはわたくしと同じく変質者ではないと噂されていた双子の兄と共に、親類から始め、最終的には父である前王を政治の場から隔離することに成功しました! これで、わたくしの母のような不幸な人間を出さずにすみます」 ちなみにレラニー王と結婚したその貴族、つまりエリザベスの母に当たる女性は、五年ほど昔に王宮を飛び出て実家の領地に引きこもっている。国民の間では「国王の性癖に耐えきれなかったんだ」と、もっぱらの噂だ。 そんな王族との縁子を持つことを、みな嫌がる。 「しかし、その直後、わたくしはあることに気がついてしまったのです」 だって、変態なのである。 相手が常軌を逸した変態とわかっているのだ。そんなところに娘や息子をやりたくないのが親心だし、本人だって変態の相手などしたくはない。いや、それだけならまだ利益に目をつぶれる人間いる。いるのだが、もうひとつの問題として、生まれる子供も変態になると決まっているのだ。 他国の王侯貴族はおろか、国内の貴族ですら、喜ばしいはずの王族との婚姻に嫌悪感を覚える。王族と血縁を持った瞬間、社交界の場では「ほら、あの国の変態の……」「おお、あれが有名な変質者血筋のお仲間か」などと陰口をたたかれる屈辱に耐えなければならない。王族との縁子を持つメリットより、大いなる精神的苦痛が課されるそのデメリットの方が大きいのだ。 「兄も、わたくしと同じく変態ではないと期待されていました。実際、わたくしもそうだと思ってきました。だから、彼と共に他の王族との戦いに身を投じました。しかし、わたくしは気がついてしまったのです。兄もまた――特殊な性癖を持つ人間なのだと」 クイーンエリザベスは悲しげにそっとまぶたを伏せる。 「変態の血筋は、絶やさなければなりません。王族というのは、常に清く、公明正大でなくてはならないのです。ですから、わたくしは断腸の思いで、協力していた兄をも排除いたしました。わたくしは、正常です。おそらく、わたくしの子も正常でしょう。いえ、正常に育て上げてみせます!」 いままでの王族は、漏れなく変態だった。 だが、この女王は違う。 平民から貴族まで、王族以外の全員が望んでいた、王族史上初めての変態ではない人間なのだ。 「わたしはこの国の王族を、他国に誇れる王族にしてみせます! いままでの黒歴史など消し去る王族が、この国の輝かしい未来が、いま始まるのです!」 クイーンエリザベスが高らかに宣言すると同時に、地面を打ち鳴らすほどの歓喜の歓声が鳴り響いた。
女王の自室。 そこでは一人のメイドが主の帰りを部屋で待っていた。無表情に見えるが、時折、足のつま先が上がり床を叩いている。なにやら焦燥している様子だ。 メイドは、手のひらにトカゲを乗せていた。 実はこのとかげ、ただのとかげではない。クイーンエリザベスの兄である、元王子。この度の王族の排除のほとんどを取り仕切った、エルレインである。 容赦ないことに、妹による魔法でトカゲにされたのだ。 メイドもとかげも、一言も口を利かずに待機していた。元凶たる本人がいなければ、何の進展もないと両者わかっているのだ。 そう待たずに、扉が開いた。 「ただいま帰りましたわ、お兄様、ティア」 悪びれもなく、笑顔でひょっこり顔をのぞかせる。 王家唯一の真人間と謳われるこの王女――いや、もう女王か。その言動は、クイーンエリザベスと祝福される若き為政者の振る舞いにしては、少々幼い。 まず先に動いたのは、ティアと呼ばれたメイドのほうだった。 「エリザベス様。どうか思い直していただけませんか」 手のひらに乗せていたとかげの元王子をテーブルに移しながら、沈痛な表情で申し出る。 彼女はメイドではあるが、高潔な人格者として知られるメディチ侯爵の令嬢でもあり、才媛として広く知られている。社会勉強の一環として、王宮に奉公しているのだ。この国の行く末を、少なくとも現在王位にある女王よりは案じている。 そしてティアは、エリザベスの王女時代から使えているため彼女のことをよく知っていた。 「エルレイン様を人間に戻し、国民の誤解を解いてくださいませ。まだ間に合います。いまは熱狂的に支持されておりますが、エリザベス様の、その……王家特有のご病気がばれましたら、国民は一気に手のひらをかえしましょう。期待が高かった分、そのしっぺ返しは強烈です。そうなる前に、エルレイン様に王位を受け渡すべきなのです!」 そう。残念なことに、エリザベスもゆるぎない変態の王家の例にもれず、変態なのだ。 エリザベスは、人をいじめて喜びを覚える。そんな性癖を持っているどSの変態で、あくまでその対象が血縁者限定に限られているから国民にその性癖が露呈していないだけなのだ。 「あら、ティアはそんなにそのとかげ君を応援したいんですの?」 「はい」 自分の兄であるとかげを指差すエリザベスに、ティアははっきり頷く。とかげにされたとはいえ喋れるのだが、エルレインは交渉の邪魔はするまいと黙ったままだった。 だが 「そう。けれど、いくらティアの頼み事でも、い・や・で・す・わ」 案の定、エリザベスはあっさり笑って断る。 「エリー。お前な……」 そのやり取りを耐えられなくなったとかげの王子、エルレインも苦々しく呟く。 「自分が何をやってるのかわかってるのか?」 そもそもこのエルレイン達の母親が実家に逃げ帰ったのも、実はこの妹のせいなのだ。母親は普通の貴族の生まれながら「この美しい足は誰かを踏むべきものだ。できるならば平民よりも、自分より身分の高い人を踏みたい」と常人にはとうてい理解できないことを常々思っていたらしく、生足好きでそれに踏まれると喜びを覚えるという変態の国王とはこれ以上ないほどお似合い夫婦だった。 「全然わかりませんわ。お父様のように、お母様のように、わたくしはわたくしのしたいようにしただけですもの」 「……はっきり言おうか、エリー」 だが、その二人の間から生まれたエリザベスは、物心ついてから母親のことをねちねちじくじくちくちくいやがらせやらを続けた。その結果、母親はもう耐えきれなくなって実家に逃げることになった。 「あのな、エリー。お前、王位ってもんは趣味で奪っていいもんじゃねえんだよ……!」 要するに、エリザベスが王位を簒奪したのは、その趣味によるものなのだ。 この変態王族を一網打尽にする計画はもともとエルレインが画策し、ティアの協力を仰ぎながら取り仕切っていたものだ。双子の妹である王女と共に国民から「変態ではない」と期待されていた彼は、その期待にこたえようと行動したのである。 そして、その最後で妹に裏切られた。 ティアがとかげのなったエルレインを発見し、エリザベスに理由を問い詰めると、いわく「王位を取られて悔しがる親類および父親、そしてお兄様の姿は見ていて楽しいのですわ。お兄様の味方をしていたのは、その一環なの」とのことだ。使命感に駆られて行動した王子とは、行動原理があまりに違う。 「エリザベス様。わたしからもお願い申し上げます。国民の為に動いていたエルレイン様の功績を奪い、その理由づけの為にエルレイン様まで変態に貶めるなど、あまりに無体。政治は、趣味で、お遊びで弄んで良いものではありません。わたくしたち貴族、王族は常に公務の無私であり、国益を、国民を優先して動くべきなのです」 真摯にうったえるが、エリザベスの笑顔は崩れない。 「あら、でも変わらないと思うの。誰が王位に就こうと、うちの一族はみぃーんな変態。残念ながら、国民の期待にこたえることは出来ませんわ」 「ですから、エルレイン様は違うのです。この方は正真正銘、王族史上初の――」 「いいえ」 やわらかい笑顔のまま、首を横にふってティアの言葉を遮る。 「わたくし、知っていますの。隠してはいるものの、お兄様も変態。我が王家の、ゆるぎない変態の一員。ねえ、このシスコンお兄様」 「――え?」 ティアは、無意識のうちに一歩後ずさった。ティアは、この王子に限っては変態ではないと信じていたのだ。だからティァは国の為、エルレインに知恵を貸し、陰ながら支えてきた。 なのに、まさか……? 「お、王子……?」 「おいおい、エリー。勘違いするなよ? ティアに誤解されるじゃないか」 妹たる女王の言葉を、トカゲになったエルレインは慌てない。どころか、とかげの分際で器用に鼻で笑って見せた。 そんな王子の様子にティァは安堵の息を漏らす。どうやら、エリザベスの勘違いの―― 「まったく、何てことを言ってくれるんだよ。確かに俺はお前のことを愛してる。ああ、母上より父上より深く広くお前を愛しているさ。こんなトカゲにされたいまでも愛してる。だがな、それはあくまで家族に向ける感情の域を出ていない。例えば、腹心の部下にエリーの行動を見張らせて逐一報告させていたのは、妹のことを知りたいという兄心の一環だ。エリーが昔に使っていた布団やシーツ、服や下着を回収させていたのは、妹の過去の思い出が欲しかったからだ。基本的に妹にしか反応しないが、それは妹とひとつになりたいという、そんな純粋な思いだ。俺は、お前らと違って正常なんだ!」 「申し訳ありません、エリザベス女王様。わたし、本日をもって王宮からお暇をいただきたく存じ上げます」 いつの間にそこまで下がったのか。熱弁をふるうとかげの王子から無意識でも離れたかったらしく、ティアは扉を開いて半ば部屋を出ていた。 「しまったやっべぇ口が滑ったぁあああああぁあああ!」 エルレインが叫ぶが、それを見るティアの顔に同情はない。いっそ冷徹で、勝手にやってろこの変態王族共、と顔にはっきりと書いてあった。 「あら、辞めちゃうんですの。さびしくなりますわ……。でも、無理に引き留めるものではありませんわね。今日まで御苦労さま、ティア。あなたは良く仕えてくましたわ。召使えてくれた人間に友愛の情まで持てたのは、あなただけ。その旨、きちんとメディチ侯爵に伝えておきますわね」 「過分なお言葉、もったいのうございます」 「ちょちょ、ちょっと待つんだティア。俺は変態じゃないんだ! さっきのは軽いジョークなんだよ! だからマジで見捨てないでくれ! 参謀代わりのお前がいないと、ここからの挽回は――」 「エリザべス女王様への愛を語る時、うっとりしておりました。この上なく嬉しそうに総合を崩しておいででした。超キモかったでございます」 「しし、してねーよ! 家族への愛を語ってただけで、そんな顔になるわけねーだろ。てか、爬虫類の表情がわかるのかおまえは!? 表情筋ないんだぞ!?」 「いいわけはよろしいです。もうあなたに協力する理由は一切ございません、へんたごほんごほんエルレイン元王子」 「おい、いまナニ言おうとしたメイド!?」 「わたしはもうメイドではございません。誇りあるメディチ侯爵家の三女、ティア・メディチです」 エルレインが無表情でせきこんだティアを言及するが、彼女の目にある侮蔑の光は揺らがない。 「もう王家に希望はないとはっきり判断しました。いえ、そもそも少しでも期待していたわたしが愚かだったのです、しすこげふんげふんエルレイン元王子。革命でも起こって、王家の高貴なる血筋が絶えることを切に願います」 「おま……っ。んなことになったら、この国たぶん滅ぶぞ!?」 この国は、王族の力によっているところが大きい。この呪わしき変態一族を王族たらしめているゆえんは、その高い戦闘能力にある。男児ならばかならず一騎当千の猛者となり、女児ならば変幻自在の魔女となる。戦の時には王族自ら前線に出張り敵を蹴散らすその姿は、「王族が変態でも別にいいんじゃないか! 彼らは勇猛果敢に国を守ってくれている!」と国民や貴族に畏敬の念を抱かせるほど圧巻である。 しかし、ティアの白けた視線は動じない。 「知ったことではありません。いえ、むしろ、未来の為、人民の為、人類の為、こんな王族が治める国など滅んだほうがよろしいのではございませんか? ねえ、変態シスコン元王子」 エルレインは、ティアのあまりにはっきりした物言いに絶句する。不敬も甚だしいのだが、兄がいじめられている様子がたのしいのか、エリザベスはにこにこ観覧していた。 だが実際、これがいまの国民の気持ちである。一昔前の乱世ならばいざしらず、最近は国内外を問わず落ちついて平和なのだ。いま王族に対する敬意は、新たな女王へのものを除けば地に落ちていると言っていい。もしクイーンエリザベスの変態性が表ざたになったら、すぐにでも反乱が起きるほどの不満が国民には積み重なっている。 「わたしはもうメイドなどやめて、ただの貴族の娘にもどり他のまともな方と結婚でもして幸せになります。さようなら。いままでお世話になりました。もう二度と会うことはないでしょう」 「そう。でも、結婚するときは知らせてくださいな。お祝いしますわ」 「お言葉、つくづくもったいのうございます。それでは」 「だから待ってくれティアッ、ティア! 待っ――ちっくしょぉう俺の野望がぁああああああ!」 ばたん、と。 わざとらしく音を立てて、ティアは扉を閉めた。
『さぁってお兄様。ティアもいなくなったことですし、気兼ねなく遊びましょう。あっちに、お父様もおじ様もおば様も、みーんな小動物に変えて閉じ込めてありますの。うふふ。遊びがいがありそうですわ』 『ちょ、エリー、やめろ、やめるんだ! いくら妹でもやっていいことと悪いことが――』 『うふふ、そんなこと言って内心では喜んでるくせに。顔がだらしなく崩れていますわよ、お兄様のへ・ん・た・い』 『おかしいだろう! なんでお前らは爬虫類の表情を読めるんだよ!?』 『うふ。それにわたくし知ってますのよ。お兄様が王位を欲した理由。妹とでも結婚できる、っていう内容の法律を作りたかったんでしょう?』 『な、なぜそれを……ティアにもばれないようにひた隠しにしてたのに!?』
「…………いま、自分の使命がわかりました」 漏れ聞こえるそんな会話を聞きながら、ティアはひとつの決心をした。まともなる王家の人間を擁立して、誇りある秩序をこの国にもたらそうとしたのだが、あまりに浅薄だったらしい。ティアは、自分の考えの甘さに恥入り、己の心を戒めた。 もう容赦はしない。 かつかつと足音を響かせながら、ぐっと握りこぶしを作って決意を固める。 「一刻も早く、この国を滅ぼさなければ」 高潔な人格者として知られるメディチ侯爵に厳しく育てられた、メディチ家三女の才媛、ティア。 これからそう遠くない未来に、かつて女王に使えていた彼女が民衆を率いて革命を起こすこととなる。そこからこの国は民主主義に移行し、王族は残らず国境付近に送られ「勝手にやってろ変態共! わたしたちの人生に関わってくるな!」みたいな扱いを受けることになるのだが……王権を剥奪されても、身内や趣味の合う一部の特殊な人間の中で自分たちの欲求を満たしていた彼らは、けっこう幸せそうだったらしいらしいとか……。 まあなんにしても。 それはまた、別の話である。
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作成時間三時間オーバー、字数七千字越えという三語にあらざる迷惑な作品です。興がのったとしか言い訳のしようが……こんな話ばかり思いつく自分の頭が残念でなりません。
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