Re: 即興三語小説 -「真夏の夜の夢」「いたわり」「消化不良」 ( No.2 ) |
- 日時: 2015/08/14 22:00
- 名前: お ID:Djv2n1Mw
例によって粗筋です。なので、例によって、かなりの省略があります。 プロット組むのに2時間、粗筋として文章に起こすのに2時間ほど掛かっています。 今回は比較的早くできました。 ----------------------------------------------
微睡みの日々にサヨナラの叫びを 蒹垂 篤梓
久しぶりに街に出て案の定迷子になった少年は、見知らぬ幼女に出会い位置感覚を取り戻す。 「お礼に何かして欲しいことはあるか」 なんてうっかり聞いたら、一日の残りをあちこち引っ張り回された挙げ句、約束をさせられる。 なぜこうなったと思っても、遅し。魔法使いにとって契約は絶対。駆け出しとはいえ一端を気取る少年に、それを覆すことはできない。 ある日少年は、冴えない中年男と鉢合わせをする。魔法使いのすることに偶然なんてあり得ないから、つまりそれは必然。何だかだと理由を付けて、男の部屋に押し掛ける。 冴えない男の部屋は、やはり冴えないしむさ苦しさに溢れていた。食中毒を起こさないのが不思議なくらいの不衛生さ、自分に対するいたわりが足りない。 これではダメだと少年は、まるで妻か恋人のように発破をかけ、部屋を片付けさせる。片付く先から、埃を叩き掃除機をかけ、雑巾掛けをする。 挙げ句には男の身なりを整え、外へ連れ出し、髪を流行りのように整え、それに似合う服まで買わせる。ジムへ行き、気分をリフレッシュさせると共に、弛んだ身体に活を入れる。そんなことを数日も続けると、男は見違えるように凜凜しい好青年に変身する。中年と思われていたのが、実は三十前だったことも判明した。全て少年の甲斐甲斐しいまでの努力の賜物である。だからと言って耽美な何かを期待してのことではない、念のため。 少年には目的があった。果たすべき約束が。 彼女は独身で、男より少し年上だったが、気立ても良くて器量好しだった。 二人が出遭ったのは、少年が鬼軍曹ぶりを遺憾なく発揮したジムでのこと。息も絶え絶えでぐったり寝そべるプール際、心配げに覗き込む彼女に、少年はきっぱり言ったものだ。 「僕の目的は彼に嫁を取らすことです。あなた、いかがですか」 彼女は笑っていたが、満更でもない様子も見て取れた。 数回、同じようにジムで顔を合わせるうち、始めは挨拶を交わす程度だったのが、次第に短いながら言葉を交わすようになる。そのうち、笑顔が観られるようになって、気が付けば自然と談笑するようになっていた。 そうなれば、大人の男女のこと、場所を変え、煩い監視人のいないところでゆっくりとと話が進む。 そうやってデートを重ねるうち、二人の親密さはいや増し、二人の心のうちに、結婚の意識が涌いてくるのも当然の成り行きといえた。そんな気持ちを自覚し始めた頃。 男は夢を見た。 それは恐ろしい夢だった。 娘がいた。かつて若すぎる結婚をしていた頃に産まれた娘。その結婚は、結局上手くいかず、五年の時をかけずに破綻した。愛おしい娘は、もうこの世にいない。 夢の中で、幼い娘は可愛らしく、とても可愛らしく笑っている。それも束の間、その表情は恐怖に歪む。得体の知らない恐ろしい影が少女を襲い、呑み込んでしまう。それを見ていることしかできない男。「助けて」と泣く娘。 叫び声と共に男は目覚める。 少年の元に掛かってきた電話は彼女からのもので、男が時間になっても約束の場所に来ず、連絡も付かない。部屋には鍵が掛かって、人のいる気配もないと。 少年が男の部屋に入ると、男は、ベッドにうずくまって震えていた。消化不良でお腹が痛い……というわけではなさそうだ。泣いているのか。声を掛けても反応がない。目は虚ろ、生きる気力を感じさせない。 少年と出会う前、男は生きる最低限のことしかしていなかった。文化的な生活とはとてもいえない。まったく、その頃に逆戻りしている。 不本意ながらも、心の中を覗き見る少年。 「なるほど、これは思ったより重傷だな」 さてと案じるも、こうなっては無理に動かさせることもできない。 「ともかく眠らせることだな」 夢を怖れる男は、眠りを拒絶している。 「悪夢ばかりが夢ではなかろうさ」 男は自分が若返っていることに気付く。夢なのかとも思いつつ、そんなことはすぐに頭の中から霧散する。 妻がいて、娘がいる。幸せな日常があって、日々がこともなく過ぎていく。今日も明日も、ひと月、半年、一年、そして十年と。家族としての日々を重ねていく。 そしてある日。娘を嫁に出す日を迎える。よくぞここまで育ったものだと感慨も深く、同時に、まだまだ手元に置いておきたい気持ちとが相克する。 花嫁の控え室。美しく育った娘を前に、涙を堪える。忍び寄る怪しい影に気付いた時には、もう遅かった。禍々しくも恐ろしい影。人の形をしたそれは、娘を連れ去ろうと襲いかかる。 泣き叫ぶ娘。 助けようとする男の身体は、どういうわけか指一本動かすことが出来ない。 「誰か、娘を助けてくれ!」 叫ぶ声に応える者はない……はずだったが、 「芝居はよせよ、あんたの身体は動かせる」 見知らぬ少年がそこにいた。冷たい物言い。けれど、その眼差しはどこか温かい。 「身体が動かない、助けてくれ」 「動くよ、動かさないだけだ」 男は頭(かぶり)を振って否定する。そんなはずはないと。 「よく見てみなよ。あれは誰だ」 と指す影の、その姿は…… 「俺……なのか?」 そんな馬鹿なと喚く男。そして、ふと、思う。これは夢なのだと。今だけではない、ずっと以前から、二十年も前から、ずっと夢だった。覚めたら終わる、真夏の夜の夢。 「なんてこった」 へたり込む男。そして思い出す、娘がもうこの世にいないことを。 「もう、どうでも良い」 絶望と共に吐き出す言葉。 「本当に?」 少年は問う。 「あっちのあんたは、あんたの願望の一部。全て忘れてしまいたいという。それも選択の一つだ。それを望むのもいる。けれど、それに抗うあんたもいる。忘れたくないと望むあんただっている。だろ?」 その狭間で潰され生きる気力を失っていた。 「今、娘を失えば、永遠にあんたは娘のことを思い出すことはない。新たな人生を踏み出せるかも知れない。忘れることが出来なければ、あんたはずっと苦しみことになるだろう。きっと、死ぬまでずっとね」 「俺は……」 「知っていたかい? 同じような境遇にあって、失った子供の思い出を抱きながら強く生きている人もいる。あんただって、知ってるはずだぜ。その人は、新たな人生を踏み出そうとしているところだったんだ」 「まさか……」 「で、あんたに会わせた。互いに良い効果があると思ったんだけど、少し甘かったみたいだ。僕にはまだ人生経験が圧倒的に足りないらしい」 肩をすくめてみせる少年。 「傷は完全に癒えることはない。いつまでも疼き続けるだろう。けれど、その辛さを受け入れ共存することは出来るかも知れない。思い出として慈しむことでね。ま、僕には経験のないことだけど」 ああと泣き崩れる男。 「さて、どうする?」 決断を迫る少年、男はぎこちなくも立ち上がる。 * 「約束と違う」 責める言葉とは裏腹に、嬉しそうに笑う幼い少女。 「ま、成り行きでね。こっちの方が納まりが良いような気がしたんだ」 「ん、悪くない」 かつて夫婦だった二人が、手を取りあって娘の墓に祈りを捧げている。 「じゃあ、行くね」 光の中に少女が消えていく。 「成仏なんて現象は肯定しがたいんだけどな」 つぶやきながら、満更でもなく頭を掻く少年の笑顔は、年相応に屈託がなかった。
(。・_・)ノ
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