Re: 即興三語小説 ―とととんっ、つーつーつー、とととんっ― ( No.2 ) |
- 日時: 2015/01/20 20:05
- 名前: マルメガネ ID:3g63SRm6
電信機につながっていない電鍵を叩く音がする。 埃と小鳥の羽毛にまみれた廃屋の古びたテーブルに向かい合わせに座る老人が二人。 「今日はどうであったか?」 というモールス信号を一人の大きなほくろのある老人が送ると 「まずまずだった」 ともう一人の小柄な老人が送り返す。 無言のままにモールス信号をどこにもつながっていない電信機の電鍵を使って送受信する彼らにとって、それは唯一の楽しみだった。 「私が死んだら悲しんでくれるかい?」 「ああ、それは悲しむ。なによりもこの遊び相手がいなくなるのが最も寂しい」 そんなやりとりもある。 数日後、大きなほくろのある老人が亡くなると、廃屋にやってきた残された小柄な老人は深いため息を漏らし、嘆きに満ちた詩をモールス信号にあらわした。
ああ この悲しみは 千尋の海に投げ捨ててもなお悲しい 戦友として 技師として 戦の海を渡りやって来た 平和が訪れ 子や孫に恵まれても そのつながりは 大きく尊いものだった 空に向かい この詩を打電し 彼を弔う
と。 それから数ヵ月後、残された彼もまた天に召された。 残されたのは、廃屋のどこにもつながっていないモールス信号のための古びた電鍵が二つと、そのやりとりに使った紙切れ。 外から子供が吹くへたくそなラッパの音が聞こえてきた。 風が吹き、ひびの入った窓ガラスが揺れ、遊んでいた子供たちの声が遠ざかっていった。
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