Re: 即興三語小説 ―「あけましておめでとうございます」ってかぶってたらしい― ( No.2 ) |  
- 日時: 2015/01/05 22:22
 - 名前: マルメガネ ID:8wC8MRMQ
 
 神官がうやうやしく御幣を振り、祈願祭を執り行っている。  その神事の行われている場所は、宇宙センターの一角であり、発射台には最新鋭の人工衛星が搭載されている大型ロケットが空に向かってそそり立っていた。  人工衛星の名前はアマテラス。古事記に登場する太陽の女神だ。  集まった関係者はみな神妙な顔をして、神事をする神官と最新科学技術の粋を集めて建造した人工衛星アマテラスを搭載した大型ロケットを見やる。  祈年祭が滞りなく終わり、御神酒が振舞われる。  かわらけの盃に注がれた清酒を口に運んだロケット工学者のトキノ博士は、舌を刺すようなそれでいて灼熱感を覚えるようなその味わいに顔をしかめた。 「いよいよですね。先生」  御神酒に酔ったのか少し顔を赤らめた所長が言った。 「ええ」  短くトキノ博士が答える。 「ところで、この前にセンターに迷い込んだ狐はどうしましたか?」  トキノ博士が聞いた。 「ええ、無事保護して、野に放ちました。殺生はいけませんからね」  所長が博士に答えた。  ふさふさとした尻尾をした狐がセンターに迷い込んできたのは、ロケットの建造も終盤を迎え、最後の点検が行われていたときだった。  どこから入り込んできたのかは全くわからなかったが、ちょっとした騒ぎになって捕獲することになり、そのために貴重な時間がほんの少し削られたほどだったが、発射日時を順延するほどでもない。  トキノ博士はその騒ぎを知っていただけに、ちょっと気がかりだったのだ。 「そうですか。それならよかったです」  博士が胸をなでおろす。  宇宙センターのある島は、もともと誰も住んでいない無人島だった。その無人島には様々な生物が住み、多様性に富んでいた。  宇宙センターの建造にあたっては、近隣の島からかなりの抗議運動が展開され、メディアもこぞって記事ネタに取り上げ社会問題とさえなっていたところである。  候補地もかなり挙げられていたのだが、結局この無人島になった。  トキノ博士は宇宙センター開設以来、この島に移り住んだが、かなりの動物を目にするにつれ、少しばかり心苦しさを感じ始めていた。  人工衛星アマテラスが搭載された大型ロケットが打ち上げの時を迎えたのはそれから数日後のことだった。  遅刻することもなくいつもどおりに宇宙センターに行った博士は、秒読みが開始されるといつも以上に緊張していた。 「五秒前…四、三、二、一。発射!」  ロケットが轟音と煙を巻き上げて、発射台から大空に向かって飛び上がっていく。  打ち上げは成功だった。 ロケットブースターが切り離され、宇宙空間で展開した人工衛星アマテラスは順調に軌道に乗り、地球の周囲を周回しはじめたのだった。  興奮も冷めやらない人工衛星の打ち上げが終わって、宇宙センターを後にした博士が自宅に戻る。  山荘のような別荘のようなこぢんまりした自宅のログハウスに入ろうとしたとき、床下から狐が這い出てきて、博士は腰を抜かしそうになった。  床下からは何かが鳴いている。 「生まれたのか…」  床下を覗くと子狐がいた。  狐は用心深いと聞くが、さしあたってここが安全とふんだのか、博士の知らない間に床下に巣を作っていたらしかった。 「お祝いづくしだな」  博士はちょっぴり嬉しく思ったのだった。
   
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