Re: 即興三語小説 ―GWはありましたか?― ( No.2 ) |
- 日時: 2013/05/01 15:57
- 名前: 卯月 燐太郎 ID:yKdWp2l6
死刑執行
過疎の町の山里に建てられた刑務所には三千人に及ぶ犯罪者が収容されている。 年ごとに犯罪者の数が増えるのは時代の流れか。 刑務所の近くに河川があり土手には柳が植えられているが、夏にもなると葉が青くなり青柳が風にゆらゆらと揺れて、のどかな風景で見る者の心を穏やかにさせる。 野沢はバスに揺られ土手を幾度もなく通った。 野沢がその日、刑務所に来たのは、死刑執行が間近に迫った受刑者Aに静穏な死を迎えてもらうためだった。 Aは三人の者を殺していたが、物的証拠などから、正当防衛ではないかと思えるようになった。 だが、A自身がそれを否定して、判決通りの死刑を望んだのだ。 野沢は、弁護士として最善の努力は尽くした。 妻と娘を亡くしている野沢はコンビニで買った弁当をバスの車内で食べた。青柳の葉が窓からひらひらと落ちてきて、白米の上に青いコントラストを作った。野沢は青柳の葉ごと白米を口に含んだ。少し苦い味がしたが、それは今回の弁護活動の結果を意味しているのかもしれない。 Aと話し合い事実確認をして弁護に何を望んでいるかわかるにつけ、野沢は、自分の無能力ぶりを思い知らされた。 三人の者を殺しはしたが、正当防衛に他ならないと野沢は考えていたからだ。 だからその方向で弁護したかったが、A自身が死刑を望み、自分に不利な発言をした。 以前、面会した時に野沢は尋ねた。 「どうしてあんな発言をしたのですか?」 「生きていても、仕方がないからさ……」 「このままだと、判決通り死刑になってしまいます。Aさん、上告しましょうよ」 「私は、死刑を望んでいる」 「どうしてなのですか? たしかにあなたは三人を殺したかもしれない。しかし、あれは正当防衛でしょう。彼らが、あなたを殺そうと、車や刃物で襲ってきたから、あなたは対応しただけだ。その結果、彼らが死ぬ羽目になった」 「どちらにしろ、私が存在していたから、彼らは亡くなった。だから、私は死刑になっても異存はありません」
死刑三日前の面会室で、Aは穏やかな表情だった。 「何か、伝えたいことはありますか? 親族の方でもよいし、知り合いの方でもよいですよ。もちろん私にでもよいです」 Aは微笑を浮かべると「せんせい……」と呟いただけで、面会室を後にした。
当日午前十時前に懐中時計をスーツの懐から出した野沢は、時計が十時を三十分ほど過ぎるまで見ていた。
終わったか……。
野沢が弁護士事務所を出たのは夜遅くになってからだった。 駅前の屋台でおでんをあてにコップ酒を飲んでいた。 「お客さん、あんまり飲んだら体に悪いですよ」 屋台のおやじが身体を気遣って声をかけてくれた。 野沢は酔っていたのだろう、屋台のおやじにAのことを話した。 「そうですかい」そういいながらおやじは蛸(タコ)を出した。 蛸は生きていて、のらりくらりとおやじから逃れようとしている。 おやじはまな板の上で包丁を使い、蛸の脚を切り取った。 一本、二本、そして三本。 だが蛸は「まだまだ死ねない」とばかりにまな板からするりと路上に落ちた。 そのまま路上をするすると動いていく。 おやじはそれを見て捕まえようともせずに「生きようとする生命力があるのですね」と言った。 切り取った脚を串に刺しておでんのタネにした。 「おやじさん蛸を捕まえないのですか? 川に逃げちゃいますよ。もう橋の袂まで近づいています」 「ああ、いいのですよ。その方に何があったのか知りませんが、本当は生きたかったのでしょう。しかし事情があったのでしょうね」 「事情か……。もしあるとすれば何なのかな」 「あの蛸は生きるために他の命を自分の物にしています。その命は三匹ではないでしょう。数えきれないほどの命を自分が生きるために食ったのでしょう。しかし、まだ食い足らないらしい」 野沢はお金を支払うと屋台を後にした。
「仮説としては可能だな……。三人以外にも殺しをしていたかもしれない」 野沢は自宅に帰ると、仏壇の前に座り、妻と娘の仏さんに線香をあげながら、「きっと犯人を捕まえて償いをさせてやるからな……」と誓った。
―― 了 ――
お題:「懐中時計」「青柳」「まだまだ死ねない」
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