誕生日 ( No.1 ) |
- 日時: 2012/05/27 02:30
- 名前: マルメガネ ID:yge9Qcvs
ラジオから天気予報が流れる。 「〇〇県南部の天気は晴れのち曇り、夕方から雨となる見込みです」 それを聞き流しながら、カレンダーに書かれた星を見やる。明日は給料日であって、妻の誕生日でもある。 私は妻に内緒で使いこんだりはしない。むしろ、今の状況は妻のプレゼントを何にしようか、とそればかりなのである。 カレンダーから視線を妻に移すと、彼女は普段通りに家事をこなしていた。 密かに子供たちにプレゼントを何にするのか聞いてみた。しかし、子供たちは、秘密だと言って教えてはくれなかった。 「お父ちゃん。どうしたの?」 「いや、なんでもないが。どうしたんだい?」 慌てて聞き返しごまかす。 妻は、鈍いなぁ、という顔をしていた。 「忘れてはいないよ」 そういうと、ほっとした顔をして彼女はまたどこかに行った。 次の日、私はそそくさと仕事を早めに切り上げて、町のデパートに入った瞬間雨が降り出した。 最近の天気予報はよく当たる。 さてしも妻のプレゼントを買わねばならない。ついでに傘も。 いろいろ物色して決め、会計を済ませて出ると本降りになっていた。 このまま歩いていけば傘をさしていてもずぶ濡れになるのは間違いないほどの降りようだ。 とりあえず、私はタクシーに乗るとそのまま帰宅した。 私はさりげなく妻に買ったプレゼントを渡した。 喜んでもらえたかどうかはわからない。 子供たちはそのあとで渡したようだった。 就寝前、こっそり妻が私に言った。 「今日はありがとう」 私はすごく照れくさくなって布団を被った。
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名もなき兵に ( No.2 ) |
- 日時: 2012/05/27 22:49
- 名前: RYO ID:Li4S5Ugg
息を潜め、気配を殺し、ただ祈る。汗が頬を伝う。青い空が生い茂る木々の隙間からのぞく。目の前には突然現れた北部の敵部隊。距離にして一〇メートルもないだろう。規模は分からない。木々に隠れて、敵部隊がただじっと通り過ぎてくれるのを待つべきか? こちらはわずか二人だけ。取るべきは行動は決まっている。 「どうします?」 隣のスタンがつぶやく。俺はそれを目で黙らせた。スタンは顔をしかめるが、こうなっては些細な物音さえ、命取りだ。 辺りを偵察に来てみれば、敵部隊がすぐそこまで来ていたとは。俺たちはすぐさま、自陣に帰ってこのことを知らせないといけない。が、うっそうと木々の生い茂るこのジャングルとはいえ、眼前の敵に背を向けることは容易ではない。 俺はスタンにゆっくり後ずさりするよう、左手で合図を送る。敵からは目をそらさない。ゆっくり慎重に戻りながら、そのまま敵部隊が俺たちに気がつくことなく、この場を離れてくれればそれに越したことはない。右手のライフルは、敵部隊に向けたまま、いつでも打てるようにしておく。 ぽたりと、汗がしたたり落ちて、右手の甲に当たる。 俺たちは一体何年、いや何十年、戦争をしてるんだろうな。 生きることに。いや、生き延びることに必死だった。南部の解放戦線と北部の商業連合の内乱は続いて、未だに終わる気配さえ見せていない。スタンは内乱の最中に生まれて、もうじき二十歳を迎える。これまで書いてきた文字よりも引き金を引いた数のほうが多いとスタンは無邪気に笑ったことがあった。考えなくても、もう体が勝手に反応してしまうのだとも。引き金を引くことをためらわない。それが生き延びるすべだとも。 「若い奴がそんなことをうれしそうに語るんじゃねぇ」 コーヒーを飲みながら、俺はそう諭そうとしたが飲み込んだ。こんな時代なのだ。スタンの言うことが間違っているわけでもない。やりきれない思いだけが残った。 戦争を終わらせるために手にした銃が、戦争を長引かせている事実に気がついたのはいつだ? 俺が引かなくても他の誰かが引くのなら、俺が引いてもいいだろう。そう割り切ったのいつだ? 銃の重さが手に馴染んだのは――。 パキッ。 それは落ちた小枝が踏まれて、折れた音。俺が折って鳴らした音。スタンが俺に顔を向ける。緊張が走る。幸い、北の連中は気がついていないらしい。俺はほっと息を吐こうとした。が、次の瞬間――ガササッとすぐそばで木々がすれる音がした。赤い羽根の鳥が羽ばたいたのだ。北の連中が音源を捜して、こちらを見た。北の連中は間違いなく、俺たちを捉えた。 「うぉぉぉぉぉ!」 叫んだのは、スタンだった。 「よ、よせ!」 俺が叫ぶよりも先に、スタンは引き金を引いていた。次の銃声は北部連合からだった。俺は身を伏せるしか出来なかった。 「スタン、打つな! それよりも引くぞ。頭を下げろ!」 叫ぶが、スタンには届かない。俺は頭を低くして、スタンに向けて叫ぶ。それでもスタンは引き金を引き続ける。銃弾が頭上を通り過ぎていく。直ぐそばの銃声が止んだ。俺は反射的に振り返った。スタンの体が跳ねるのを見た。スタンの体が力を失って、倒れていく。が、それよりも早く続けざまに銃弾がスタンの体を貫いていく。 銃声が止む。スタンの体が静かに崩れ落ちた。 俺は必死に彼の名を叫ぼうとする衝動を押さえ込む。全身が震える。 なぜ撃った? 田舎で婚約者が待っていると笑ったのは昨日だったはずだ? 生き延びなくてはいけないだろう、お前は。 静かだった。がゆっくりと、敵兵が近づいてくるのを感じる。 逃げなくては。あいつらは俺に気がついているのか? ここにいてはいけない。 「もう一人いただろう。手をあげて、ゆっくり立て!」 俺はその言葉にこの場から逃げることをあきらめた。両手を挙げてゆっくり立ち上がった。 全身の痛みで目が覚めた。寝返りをして空に顔を向ければ、満天の星が飛び込んできた。 「ああ、こうやってゆっくり星を見るのは何年ぶりか」 口の中が切れているらしく、痛みと鉄の味がした。 貧しく不毛な南部の土地。限られた農作物を細々と育てて、生計を立てていた。それが鉱脈が見つかったとたんに北部の連中が奪いきたのは俺がまだ十五のときだった。瞬く間には北部に制圧された。が、すぐに南部解放戦線が組織される。鉱脈を狙う他の国から武器が送られてきたのだ。一時はそれで、巻き返すことができた。が、内乱が終わることはなかった。 手足を伸ばそうとして、縛られていることに気がつく。辺りを見渡すと檻の中にいた。捕虜をわざわざ雨風を防げるテントの中に入れてやることもないのだろう。それでも見張りは建っている。 「交代です」 顔は見えないが、女の声だった。まだ若い声だ。 「そうか。やっとだな。さっさと殺してしまえば、いいものを。なまじ捕虜にするから、仕事が増える」 しわがれた男の声だった。顔を見えない。 「こいつは昼間だいぶ、いたぶったのが効いてるのか、まだ寝ているようだ。朝まで寝てるだろう。ま、次に起きたときが最後だろうがな」 「お疲れさまでした。ゆっくりやすんでください」 「よろしく頼む。朝まで頑張れよ」 見張りが完全に替わったのを確認して、俺は体を起こした。 「なぁ、俺は明日処刑されるのか?」 「きゃ!」 女が大きな声を上げる。 「そんな大きな声を出すな」 「起きていたの?」 女が気を落ち着かせる。 「まぁな。そんなことより、俺は明日――」 「捕虜と話すことなど何もありません」 女は俺が話すのをさえぎって、強い口調で言った。 「そうか。それは懸命なことだな。敵とはいえ、同じ人間だ。話せば情が移るからな」 沈黙が流れる。テントのかがり火が煌々としていた。 仕方なく俺は仰向けになって、再び星を眺める。こんなにも自分がちっぽけと感じたのは初めてだった。さっきの話からはすると、俺は明日処刑されるのだろう。それも仕方ないか。 明日が何の日か考えると笑えてきた。絶望したわけでもない。これが自分の運命だと思えばそれまでだろう。諦めとも違う。 「何がおかしいの?」 「いや、多分、俺は飽きちまったんだなと思っただけさ」 俺にしては珍しく饒舌だった。明日死ぬと思うと少しの未練が生まれたのかもしれない。 「飽きた?」 「戦争に。いや――」 俺はしばらく考えて、 「生きることに、か……」 「生きる?」 女が聞き返すが、俺は答えなかった。遠くから虫が鳴く音がかすかに聞こえる。 多分俺は飽きたのだと思う。何に飽きたのは、よく考えれば答えはでない。生きることと言えば、そうだろうし、戦争と言っても生きることともはやさして変わらない。 「あんた名前は?」 「捕虜に語る名前なんてないわ」 女は俺を見ることなく吐き捨てる。 「そうかい。ならだまって聞いてくれればいいさ。明日、給料日なのさ。もうすぐ十歳になる娘がいて、もう五年も会ってなくな、会えることをどこかで楽しみにしてきたわけだが、戦争で稼いだ金で娘が育っていると思うと虚しくてな」 「それがどうかしたの?」 「どうもしないさ。ただ――」 「ただ?」 死ぬ前に、ちょっと楽になりたかったんだろうよ。俺はそう多分笑っていた。 「それが俺が笑った理由さ」 「意味が分からないわね」 「分かってもらおうとは思わない」 そこで再び沈黙。これが最後の会話か。もう娘の顔を分からない。母親はいない。結婚したわけではなく、戦場で拾った赤子だった。元気に育っていると、孤児院からは手紙で聞いていた。 「あんた、結婚は?」 「さあね」 女は相変わらずそっけない。 「俺と一緒にいた奴には、婚約者がいた」 俺は静かに言った。 「私は兄を殺されたわ」 女の声は苛立っていた。かまわず続ける。 「あいつは南部でもより貧しい地方の生まれで、生活していくためには兵士になるしかなかった。明るいいい奴だった」 「やめて。何が言いたいのよ! 兄さんだって優しい人だった!」 女は初めて俺を見た。暗くて顔は見えない。でも泣いていることは分かる。 「みんな、家族がいて、友達がいて、恋人がいるってことさ」 そんな当たり前のことさえ、どこか遠くにおいてきちまったな。 「やめて。聞きたくない」 そう。話せば、情が移る。何も知らなければ、引き金を引くのは容易だ。引き金を引くことが罪であることは違いないが、何も知らないことは罪か? 知ろうとしないことは? 「星、綺麗だな」 つぶやく。最後に綺麗な星が見られるのは幸せなんだろう。 「サラよ。私は」 「そうか」 「あなたは?」 そう尋ねられて躊躇する。俺の名前など、最後に口にすることに何の意味がある? スタン――彼の死に際がフラッシュバックする。あるいは娘の名前か? 俺は一体何を期待している? 「内乱なんて早く終わるといいな」 俺はそう言うと全身の力が抜けて、ゆっくりと暗闇への引きずりこまれた。きっと次に目を覚ますときは、まっさらな青い空の下――
----------------------------------------------- 久しぶりに投稿。3500字弱。90分くらいです。 なかなか思い通りにならないものです。 強制終了した感がもろです。
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