しばらく難易度低めにして、参加者を動向を把握してみよう。ミーティングもにぎわってきました。定期的に集まるというのは、大事ですね。-------------------------------------------------------------------------------- ●基本ルール 以下のお題や縛りに沿って小説を書いてください。なお、「任意」とついているお題等については、余力があれば挑戦してみていただければ。きっちり全部使った勇者には、尊敬の視線が注がれます。たぶん。 ▲お題:「手帳」「インクの匂い」「妖女」 ▲縛り: なし ▲任意お題:なし ▲投稿締切:3/4(日)23:59まで ▲文字数制限:6000字以内程度 ▲執筆目標時間:60分以内を目安(プロットを立てたり構想を練ったりする時間は含みません) しかし、多少の逸脱はご愛嬌。とくに罰ゲーム等はありませんので、制限オーバーした場合は、その旨を作品の末尾にでも添え書きしていただければ充分です。 ●その他の注意事項 ・楽しく書きましょう。楽しく読みましょう。(最重要) ・お題はそのままの形で本文中に使用してください。 ・感想書きは義務ではありませんが、参加された方は、遅くなってもいいので、できるだけお願いしますね。参加されない方の感想も、もちろん大歓迎です。 ・性的描写やシモネタ、猟奇描写などの禁止事項は特にありませんが、極端な場合は冒頭かタイトルの脇に「R18」などと添え書きしていただければ幸いです。 ・飛び入り大歓迎です! 一回参加したら毎週参加しないと……なんていうことはありませんので、どなた様でもぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●ミーティング 毎週日曜日の21時ごろより、チャットルームの片隅をお借りして、次週のお題等を決めるミーティングを行っています。ご質問、ルール等についてのご要望もそちらで承ります。 ミーティングに参加したからといって、絶対に投稿しないといけないわけではありません。逆に、ミーティングに参加しなかったら投稿できないというわけでもありません。しかし、お題を提案する人は多いほうが楽しいですから、ぜひお気軽にご参加くださいませ。 ●旧・即興三語小説会場跡地 http://novelspace.bbs.fc2.com/ TCが閉鎖されていた間、ラトリーさまが用意してくださった掲示板をお借りして開催されていました。 -------------------------------------------------------------------------------- ○過去にあった縛り ・登場人物(三十代女性、子ども、消防士、一方の性別のみ、動物、同性愛者など) ・舞台(季節、月面都市など) ・ジャンル(SF、ファンタジー、ホラーなど) ・状況・場面(キスシーンを入れる、空中のシーンを入れる、バッドエンドにするなど) ・小道具(同じ小道具を三回使用、火の粉を演出に使う、料理のレシピを盛り込むなど) ・文章表現・技法(オノマトペを複数回使用、色彩表現を複数回描写、過去形禁止、セリフ禁止、冒頭や末尾の文を指定、ミスリードを誘う、句読点・括弧以外の記号使用禁止など) ・その他(文芸作品などの引用をする、自分が過去に書いた作品の続編など) -------------------------------------------------------------------------------- 三語はいつでも飛び入り歓迎です。常連の方々も、初めましての方も、お気軽にご参加くださいませ! それでは今週も、楽しい執筆ライフを!
そのままうごかないで、と卯月さんが言った。わたしは息をとめて膝を抱く。ふとももに押しつけられた小ぶりの乳房が、やわらかくつぶれる。 アトリエはいつもインクの匂いがする。きっと青いろの、さらさらとしたインクの匂い。眼球だけを動かしてあたりを見わたすと、窓からさしこむかすかな光の束に淡い埃がただよっているのが見えた。床におちたひかりは網になり、散らばった絵の具や筆やスケッチブックの上をゆるゆると揺らめいている。ふと小学生の夏休みを思いだした。大量の泡つぶ。プールの底にゆれるひかりの網。無音の世界。 狭いアトリエに、しゃっしゃっとカンバスに粗い線を描きつける音がひびく。彼がちらりとこちらを見あげるたびに、どうしようもないな、と思った。本当にどうしようもなかった。身じろぎすると、椅子が軋んだ。 陶器になったと思えばいいよ。ちいさくてまるい、つるんとしたまっ白の陶器。 はじめてわたしがヌードモデルをした日、卯月さんはそう言った。それ以来、わたしの頭の隅にはいつも白い陶器のイメージがある。「実際、和泉さんは色白だし」「それって、くどいてるんですか」 冗談まじりに訊きかえすと、卯月さんは声をたてて笑った。ふは、と息のぬけるような笑いかただった。「要するに、無機物のようにつめたくて且つやわらかな白いまるみ、を意識しておいてほしい」 むずかしいこと言うなあ。わたしがつぶやくと、卯月さんはもういちどくすくすと笑い、それから「ポーズは任せるよ。和泉さんのいちばんリラックスできる格好でいい」と付け足すように言った。わたしはうずくまるようなポーズをえらび、それからずっとその格好で彼に見つめられつづけている。 卯月さんは高校の美術教諭だ。生徒に美術を教えるかたわら趣味のデッサンをして、ひそやかに暮らしている。ときどき油絵コンクールにも作品を出品しているらしい。美術部の部長だったわたしは、他の人たちより多くの時間を卯月さんと過ごした。だから、モデルのバイトをしてほしいとたのまれたときもわたしはすぐにひきうけ、そうしてためらうことなく服を脱いだ。 一度、卯月先生はどうしてわたしをえらんだんですか、ときいたことがある。まだ先生をつけて呼んでいた頃だった。雨に降りこめられた昼下がり、デッサンを終えたわたしたちは卯月さんの淹れたコーヒーを飲んで休憩していた。「ヌードデッサンならわたし以上に描きがいのある人がいるんじゃないですか。もっとこう、妖女みたいにあでやかな」 卯月さんはコーヒーをすすりながらしばらく考えた。しずかな部屋に、雨音だけがやわらかく響く。「伏せた目がね」 唐突に、卯月さんが言った。「伏せた目が、きれいだと思った。あと肩甲骨のかたち。鎖骨。輪郭。背中。しなやかな喉頸」 ああもうそれ以上言わないで、とわたしは顔を赤くしながらさえぎった。卯月さんはおもしろそうに笑ったあとに真顔で、かわいらしいねえ、とつぶやいた。わたしはますます赤くなった。 そんなこともあったなあと、とりとめのないことをぼんやりと考えていると、あっというまに時間がたつ。時計がないからわからないけれど、はじまってから三十分は経ったはずだ。視線を泳がせていると、ときおり卯月さんの視線とかち合う。おどろいて、それでも逸らせずにいると、向こうからふっと逸らされる。目と目が合うその瞬間の、ひやりとした感覚がどうしても苦手だ。なんの感情もない凍てつくようなまなざしを、わたしはどこかで知っている。 子どもの頃、プールにつき落とされたことがあった。とても古い記憶で、どこのプールかも覚えていない。ただ灼けるような暑さと塩素のつんとしたにおい、ソフトクリーム屋の看板と人々のざわめきが、まなうらに強くのこっている。 若い男たちだった。浅黒い肌をした若者が、数人、わたしに話しかけてきた。おどろいて焦るわたしを、彼らはなにか囁きあいながらにやにやと眺めていた。そのうちひとりがこちらに手をのばしてきた。とん、とかるく背中を押され、次の瞬間にはもう水中にいた。目の前を、大量の泡つぶが過ぎてゆく。わたしはおおきく眼をひらいたまま沈んでいった。こわくはなかった。それよりも、こんなにまっすぐな悪意をむけてくる人がいるということにおどろいていた。それも水中につき落とされるぐらいに強く、純粋な悪意が。水底は、うつくしかった。どこまでも平坦な青の世界。水にふさがれた鼓膜で、それでも呼吸音が体の内側でひびいているのが分かった。 もしかするとあれは善意だったのかもしれない。迷子になっていたわたしに彼らは手を伸べただけだったのかもしれない。何かの拍子にわたしがひとりでバランスをくずし、プールに落ちていったのかもしれない。そんなことは知らないし、本当のことなんて知りたくもない。ただ水中に落ちていくときに見た、若者たちのひとみはつめたかった。まるで無機物を見るような、平らかで無関心な目つき。落ちていくわたしを傍観する、どこまでも凍てついた視線。わたしは二度と忘れない。透きとおった悪意を、あのまなざしを。たとえ錯覚だったとしても、わたしはけっして手放さない。 デッサンを終えるころには夕方になっていた。時計を見ると、一時間とすこしが経っていた。下着を身につけながら、わたしは卯月さんになにげなく訊ねた。「今年もモデルのバイト、他の子入れないんですか」 卯月さんはわたしに背を向けるかたちでシンクに立ち、溜まった絵筆や汚れたパレットを洗っている。「そうだね。和泉さんのバイト料をはらうのに、せいいっぱいで」 卯月さんは言いながら、ふふ、と笑う。彼の微笑みはいつだって優しい。たっぷりと熟れた、とろけそうなすももみたいな笑いかた。「さて、次はいつ来てくれる?」 ふりかえり、ポケットから手帳を取りだしながら卯月さんが訊く。「来週の水曜が空いてます。それと、あの、さっき描いた絵、見せてもらえませんか」 卯月さんは「いいよ」と言い、白いカンバスをこちらに向けて置き直してくれた。描かれていたのは、まるい背中だった。うなじから腰まで、うねうねと浮き出た背骨がのびている。いつか誰かに押された背中。とん、と。限りなくやさしく、残酷に押された背中。 わたしはデッサン中の卯月さんの視線を思い出した。傍観の瞳。ぞくりとする。たまらなく、好きだ。透きとおったそのまなざしに恐怖を感じる一方で、もっと欲しい、とも思う。 いつだってやさしい卯月さん。愛しい愛しい卯月さん。わたしのだいすきな卯月さん。もっともっと、わたしを見て。冷めた目で、わたしを見て。青の世界へ、つき落として。 微笑みつづける卯月さんを見ながら、どうしようもないな、と思った。初夏の夕暮れ。-----------------テスト前に何してんだわたしは、と我に返りそうになるのを必死にこらえて書き進めました。次回からまじめに勉強したいと思います。読んでくださった方、ありがとうございました。
インクの匂いが、苦手だった。 子どもの頃、母がどこかから借りてきた漫画雑誌を手にとって読んでいた。そのなかのひとつに、こんなシーンがあった。牙の生えた、男だか女だかわからない大柄な身体つきの人物が、開け放たれた館の窓から、夜風とともにやってくる。降り立った部屋では、細身の男がベッドで寝息を立てている。忍び込んできた人物はその枕元に立ったまま、じっと男を見下ろしている。 妖女、ということばをはじめてみたのは、そのときだったはずだ。 ――妖女は 音もなく 男の首に 話の続きは覚えていない。ただその一節と、ページをめくるたびに鼻をついてきたインクの匂いだけが脳裏から消えないでいる。 辰の部屋で本棚を物色していたら、ふとそんなことを思いだしたのだ。 たいしておもしろくもないのになんでだかもう飽きるくらい読み返しているホラー漫画。赤っぽいその背表紙に、また誘い込まれるように指をかけて。 辰は、キッチンの方へいって、電話をしている。 ――うん、うん、うん。うん。火曜の? うん。 ちょっと待って、と言って、こちらへ戻ってくる。 冷蔵庫の脇に放り投げてあった鞄をあけて、手帳とペンを、取り出す。 そしてキッチンへ。 わたしは、それで、結局いちど棚に返した漫画を、また手にとってしまう。もちろん読まない。クッションの上に、座りなおす。 電話の声は、べつにわたしを憚るでもなく、比較的高いトーンで続けられている。辰の言葉はほとんどが相槌で、わたしはどうしようもなく気がめいる。もう夕方で、部屋の電気はつけているけれどキッチンは玄関からすぐのところにあるので暗い。暗いけれど、辰の口元が笑っているのは、みえる。 ――うん、うん、うん。 相槌を打ちながら、辰が、ペンの先を舐める。手帳になにか書きつける。 片手に持った漫画を、親指で下から上にばらばらとめくる。いつのまにか、手癖になっているのだ。本を傷めるけれど、やめられない。ページが風をおこして、乾いた、うすっぺらくて安っぽい匂いをはこんでくる。どうしようもなく、つまらない気持ちが、せりあがってくる。きてしまう。「ご飯いこっか」 ばいばーい、と電話を切った辰が、わたしに、そう言った。「うん、いく」 答えたなり、わたしは動かないで、辰をみる。辰をみて、みるのをやめて、ばらばらめくっている漫画のほうに目を落とす。 それから、巻きおこる、その風の匂いを、吸った。