とうめいなタマゴ ( No.1 ) |
- 日時: 2011/08/29 02:07
- 名前: とりさと ID:3S9vtfaA
彼女は、ふとんの中が好きだった。 同い年で、家が隣だった彼女は、かわいらしい女の子だった。白い、透けてしまうんではないかという肌と、淡い瞳が印象的な彼女は、ふとんにくるまるととても落ちついたらしい。寒い冬はもちろんのこと、暑い夏でも薄手の毛布をくるんと巻いてフードにしてしまう。狭いところが好き。暗いところは落ちつく。縛られるとなんだか安心する。ふとんはそれを全て満たしているらしく、顔だけ出して寝そべっている彼女は、とても穏やかで満ち足りていた。 逆に、ふとんの中にいない彼女はいつもおどおどしていた。俯いて、人と視線を合わせないで、ぼそぼそと喋っていた。中学の教室で、彼女はだいだい一人で勝手に委縮していあ。幼馴染の正輝とすら、外ではろくに話すことができなかった。 だから、正輝が真っ先に思い出す彼女は、みのむしみたいになって幸せそうに笑っている顔だった。
そんな彼女でも、子供の時はちょっと活発なところもあった。 夜中、しめし合わせてこっそり家を抜け出る。小学生だけで、深夜のコンビニに買い物をしにいく。それだけで、でも、ドキドキワクワク出来た。 ――そこを右に! 近くのコンビニに行くだけなのに、彼女はなんだか誇らしげだった。ふとんの中ではゆっくりと静かに喋る彼女が、その時だけはバスタオルを羽織るだけにとどめて声を弾ませ、満面の笑みを浮かべていた。 正輝も、それに嬉しくなったのをよく覚えている。
そんな彼女は、高校に入ると当たり前のように不登校になった。 中学は何とか通っていたのに、高校に入ったとたんダメになった。その線引きは、わからない。 彼女の弱さが、ひどくいらだたしい時もあった。無理やりでもひっぱりだすのが正解だったのかも知れない。ふとんをはぎとり、制服に着替えさせ、机に座らせるのが正しかったのだろう。 だけれども、正輝には出来なかった。 彼女の脆弱さが、無性に愛おしかった。いっそ壊してしまったほうが良いのはわかっていた。けれども、正輝はその脆弱さが壊れることこそ恐ろしかった。そう。正輝は、どうせならば、脆弱で透明な彼女を、ずっと鑑賞していたかった。 結局、彼女が高校を卒業するのは正輝より一年ほど遅くなった。
ここに来ないで、といわれた時には、彼女はもうふとんにくるまることはしていなかった。 うっすらと化粧をした顔に、わずかに申し訳なさそうな笑みを浮かべ ――彼が、嫌がるの。 それを当たり前のこととして受け入れたのを、間違っていたとは思えない。当時彼女と付き合っていた男は、正輝よりも力強くて、前に進んでいた。 自分が会うのが彼女の為にはならないことぐらい、とっくに気がついていた。 だから、わざと避けるようにして過ごしていたのが悪かったとは思っていない。 二ヶ月後、久しぶりに目にした彼女は、白い医療用の眼帯をして、ほほにはガーゼを当てていた。 どうしたのか、と問い詰めてもはぐらかすばかりで、要領を得ない。方々で聞きまわり、彼女の友人から、付き合っている男から暴行を受けていると聞かされて初めてそのことを知った。 警察に言おうと彼女の友人と相談したが ――やめて。 それに気が付いた彼女が、それを嫌がった。 聞いたこともないくらいに、強い拒絶だった。 このままでも、確実によくなることはない。そんなことは、彼女自身だって承知のはずだった。 それでも、彼女は他者の介入を頑なに拒んだ。 彼女はまだふとんにくるまったままなのだと気がつかされた。結局彼女は脆弱なままで、なのにその透明さはとっくになくなっていた。 ――それとも、正輝君はひっぱりだしてくれるの? 震える声のそれに、頷く事が出来なかった。 もし彼女が、かつてのように透明だったら、もしかした正輝はその手を取っていたかもしれない。 けれども。 何も答えない正輝に、彼女も何も言わずに去って行った。
結局、彼女はあの男には捨てられた。それは随分とひどい終わりかただったそうだけれども、彼女に同情した人間は少なかった。被害者になって、周りからもさんざん忠告されて、それでも最後まで相手にしがみついていたのは彼女だったのだ。 その後、親の勧めでお見合いをして結婚した彼女は、それなりに幸せそうだった。 彼女の結婚式の帰り、慣れない道を歩いていた正輝、ふと分岐点にさしかかり、どちらだったかと一瞬だけ迷う。 「そこを右へ!」 それは、彼女の声だった。 もちろん幻聴だ。振り返っても彼女の姿など見えない。そもそも、それはふとんにくるまっていた頃の彼女の声だったのだ。 たぶん、彼女のあの声を聞くことは、もう二度とないのだろう。彼女はその透明さも脆弱さも捨てて生きることを選択した。 そんなことを思いながら、正輝は左に曲がって、帰路についた。
-------------------------------------------------------- むりやり一時間で切ったので、ちゃんと完成はしてないです……まあ、完結はしてるからいいやと。二千文字くらいです。
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