お題「ペルトン水車」「エアリア充」「気だるい午後の光」縛り「誕生日を迎える」というわけで、以上を踏まえて小説を書いて下さい。締め切りは4/30 23時59分くらいでお願いします。
気だるい午後の光がその実験室に満ちていた。 作動する実験器具の数々がおかれたその部屋の片隅で、若い技師が黙々と流体実験装置を組み立てる。 巨大な鉄製の直方体の水槽。その上に丸まったアルマジロを思わせるペルトン水車、それを駆動させる水流ジェットノズル、高圧ポンプを組み付ける。 ベルトで水車と駆動する発電機を接続した時には、日はすでに落ち、確かな夕闇が迫っていた。 明日は技師の誕生日だった。それと同時に組み立てた流体実験装置の初実験日でもあった。 彼は決してエアリア充ではないが、装置を組み立てたという充実感、達成感だけがあった。 念入りに点検し、異常の有無を確かめ、実験室を後にする。 すっかり日も暮れて暗くなった夜道を歩いて、築何十年とか何十年とか古くてみすぼらしい共同アパートに帰る。 共同アパートの住人は彼を含めて十人もいない。 帰ると大家の婆さんがかなりうろたえた様子でうろついていた。 何事か、と思って聞いてみれば水道が壊れたのだという。 漏水が激しくてどうにもならない、と彼女はこぼした。 さっそくそれを確認してみれば、蛇口の取り付けパッキンが朽ちてなくなり、水道管から漏れているのがわかった。 暗闇の中、彼は懐中電灯を頼りに水道の元栓を閉め、修理にとりかかった。 彼は技術屋らしく、装置の組み立てで余ったパッキンをそこに嵌め込み、蛇口を取り付けた。 水浸しになったロビーはほかの住人が総出でふき取り、処理をする。 どうにかこうにか修理を終えた彼は疲れも出て、そのまま部屋に倒れこむと深い眠りに落ちた。 彼が目を覚ました時、まだ薄暗い夜明け前だった。 そのひと時に聞こえるのは、新聞あるいは牛乳を配達するバイクの音だ。 その音を聞きつつ、彼はまた目を閉じる。 変な夢を見た。 丸まったアルマジロが猛烈な勢いで転がっていき、消火栓が激しく噴き出して虹を作り上げている。鉄の箱が転がり、発電機が青白い火花を散らしている。 いやな夢を見たものだ、と思いつつ起き上がって彼はそそくさと朝飯を食べると、実験室に向かった。 実験室にはまだ誰も来ていなかった。 実験室に実験装置の設置を依頼した教授も、助手も生徒もいない。 改めて昨日組み立てた実験装置を点検する。 そうこうしているうちに、教授と助手がやって来た。 ひととおり組み立てが終わっていることを告げると、安全性の確認のためのテストをすることになった。 貯水タンクを兼ねる鉄製の箱に水がなみなみと注がれ、高圧ポンプが動き始めると何だか妙な音がして、異様なスリルを味わう。 その瞬間、実験室に断末魔に似た悲鳴が上がり、ペルトン水車が高速回転しながらガラス窓を突き破って飛び出ていった。 幸い誰一人怪我はしなかったが、水浸しになった実験室の中でずぶ濡れになった技師と教授と助手が呆然とした表情のまま立ち尽くしていたのだった。
「ペルトン水車みたい」 突然呟いた彼女が爪先でいじっているのは、丸まって死んだヤスデだった。汚い靴の先でつつかれ、ヤスデの死体は力なくほどけかけている。グロテスクな幾百もの足、メタリックな光沢を持つ黒い体、男でも腰が引けてしまう虫を彼女は平然と蹴っている。「踏まないでくれよ、おい」「私踏んだって平気だもん」「そうじゃなくてさあ…」 踏んだら、汚れるじゃないか。とは声に出さなかった。彼女の機嫌を損ねると後々面倒くさい。靴が汚れるくらいいいか、と彼女の好きなままにさせておく。落書きだらけの校舎裏で、汚い壁に凭れ、彼女と二人ひっそりと会話を楽しむ幸福感に少しでも長く浸っていたいのだ。自分から彼女の機嫌を損ねるなんて、そんな馬鹿げた事はしたくない…。 不意にぐしゃりと嫌な音がした。「うう」 面積を拡大したヤスデの死体に思わず声が漏れ、彼女はその反応を楽しむように唇を歪めた。全く、やんちゃな性格をしている。 可愛い容姿に似合わず、ひんやりとした陰の中で、陰険にヤスデの死体を痛めつけている。そんなギャップだって、好きだ。「このあとの授業、どうするの?」 ヤスデを蹴る靴は汚いだけでなく、ところどころ縁が黒く焦げた穴が開いている。靴紐は泥にまみれて、まるではじめからそうであったかのように深い茶色だ。その解れに気づいた彼女が屈みこんで、献身的に靴紐を縛り直してくれる。彼女の手は大きくて骨ばっているから、まるで男のそれみたいだった。それを指摘するとすっかり機嫌を損ねて、ひどくつねられた覚えがある。 つねられた痕は、腕にまだくっきりと残っている。「体育だろ、出たくないなあ」「あは、苦手だもんね、体育」「うるせーよ」 小学生の頃から体育は大の苦手なのだ。他の教科も特別できた訳ではないが、こと体育となると目も当てられない様な醜い惨状を晒す羽目になる。ときにはクラスメートからの罵倒が飛んで来ることもあったが、休み時間になると彼女が必ず励ましてくれたので辛くなかった…。「ていうか、おまえだって体育全然だめじゃん」 苦手分野を共有しているのに、明るく上から笑ってくるのに苛立ってつい強い口調で彼女を責めてしまう。それが気に入らなかったのか、彼女は汚れた靴の先で煎餅のようになったヤスデの死体を思い切り蹴飛ばした。ペルトン水車に例えられたその形はあっけなく崩れて、パーツをこぼしながら予想したよりもずっと向こうへ飛んでいった。 グラウンドにはたっぷりと春の日差しが差し込んで、柔らかく芽吹いた木々の下では仲の良い男女が肩を寄せ合っている。優しい光の満ちたなかで、彼らは幸福に微笑んでいる。「ごめん。体育できなくったってさ、なんも悪くないよね」「いじわる。きらいよ」 すっかりへそを曲げた彼女はしばらく黙りこみ、不意に「でも寂しいから、ぎゅってしてくれたら許してあげる」と唇を尖らせた。照れ隠しなのか、そっぽを向いて、小さく、ひっそりと。 そんな彼女が愛おしくて、愛おしくて、たまらない。「うん、ごめんな…ほら、さみしくないよ」「うふ…」 力いっぱい彼女を抱きしめたが、彼女の体はまるで抱きごたえがないのだ。だから、自分を抱きしめるみたいになってしまう。だらしのない余分な肉に彼女が押しつぶされて苦しくはないか、不安だった。「あ…チャイムなったよ。行かなくちゃ」 お互いの体温を補いあう幸福な抱擁を、電子処理された無粋なチャイムが遮った。彼女は恥ずかしそうに微笑んで腕を解く。愛おしいぬくもりを開放した胸に風がふきこんで、彼女のぬくもりの残滓を奪っていった。 校舎の陰からでて、体育館に向かわなくてはならなかった。 あの光の満ちた場所へでなくてはならないと思うと、彼女と離れなくてはならないと思うと、心臓が縮み上がり、顎が下がる。「ね、元気出して。今日、帰ったら一緒に誕生日ケーキ食べようね」 言われるまで気付かなかった。今日は、僕の…「ていうか、誕生日一緒じゃん」 でも、彼女の誕生日のことは思い出せた。 それでよかった。「またぶつぶついってる…キモッ」「さっき自分で自分のこと抱いてたしな…」 肩を寄せ合っていた男女がこちらに気づき、囁き合うように言う。ふたりとも綺麗な顔に不快気な皺を寄せて、残酷に笑って通りすぎていった。校舎の影が世界を二つに分けているようで恐ろしい。 境界線を踏み越えて、向こうへ行かなくてはいけないのだ。「ヤリマンビッチの言うことなんか、気にすることないよ」 彼女は口汚く罵る。「わかってるよ、気にするわけねえじゃん」 そう、全く彼女の言うとおりで、あのヤリマンの言葉など気にする必要はないのだ。(僕には彼女がいるんだ) グラウンドに一歩踏み出した途端に、彼女はいなくなる。 気だるい午後の光は、なぜかひとり分の影だけをくっきりと照らし出している。 さっき蹴飛ばされたヤスデのそれと同じように、グラウンドにはたったひとつの影だけが落ちている。「さみしくないよ」 影のない彼女はそうつぶやいて、男のような手のひらで頬を撫でてくれた。その手には靴紐を直してくれたときの泥が汚くついていて、頬を汚したけれど。靴底に違和感を感じて足の裏を見ると、ヤスデのパーツがへばりついているけれど。「さみしくないよ、だって君がいるじゃないか」 またひとりごといってる、と、遠くで聞こえた。
これはひどい……orz---------------------------------------- 杉下潤一に彼女ができたという。 日曜の午後、それを聞いてアパートに駆けつけた親友たちは、根掘り葉掘りその彼女の正体を聞き出そうとしたが、潤一は水車がどうこうと、一向に要領の得ないことをいってぽうっとしているばかりで、いまひとつその人物像が見えてこない。いっときは辛抱して聞いていた叶涼也が、やがて名前よりもよほど冷ややかな目になって、ぼそりと呟いた。「このエアリア充が」「そんな可哀想な子を見るような目をしなくても俺の彼女は現実にいるよ!?」「水車の歯車を彼女と呼んでいるくらいなら、妄想彼女のほうがまだいいよ」「なんでそうなる!?」 憤りの声を上げる潤一の肩をぽんと叩いて、野宮竜が首を振る。「なあ、そんなウソをつかなくったって、別に何にも恥ずかしいことじゃないんだぞ。見た目は悪くないのにその残念なオツムのせいでフラれつづけていようが、バンドのボーカルなんていう、いかにもモテそうなポジションにいるのにもかかわらず、彼女いない暦絶賛更新中だろうが、そんなことはたいした問題じゃないさ。お前には歌があるじゃないか」「お前ら……」 からかわれていることに気がつかない潤一は、涙目になってその手を振りほどいた。「だから、彼女のつとめている会社が、ペルトン水車っていうのを作っているらしいんだよ。その設計図の話を、目をきらきらさせて話すときの横顔がだな」となにやら語りかけた潤一を遮って、竜が素っ頓狂な声を上げた。「ってことは、社会人かよ? 追っかけの大学生とかじゃなくて?」「だから、そういってるじゃないか!」 どん、と壁が鳴った。騒ぎすぎて、隣の部屋の住人が苛立ったらしい。押しかけてきた二人は首をすくめて、ようやく持参したビニール袋の中から、缶ビールを出した。銀色の缶が、びっしりと汗をかいている。なんだかんだで祝うつもりで駆けつけたらしいのに、素直に祝わない仲間たちを蹴って、潤一はプルタブを空けた。「でも、微妙じゃない? 彼氏といるときに、水車の歯車かなんかの話を延々とするかなあ。潤一、それって、付き合っていると思っているのはお前だけじゃないの?」 叶が面白がるようにそういうと、潤一は泡を吹いて「馬鹿いえ」と抗議しながらも、顔を引きつらせた。あまりに否定されて、自信が揺らいだらしい。そういう単純なところがからかい甲斐があるせいで、面白がられているのだが、当の本人はそのことに気がつかない。「大体、何がウソっぽいって、歌ってるところを見たっていうファンの子ならともかく、素の潤一しか知らないのに、付き合おうと思う女の人がいるってことが、信じづらいよね。しかも設計なのかな? ずいぶん知的な仕事についてるみたいだし」「潤一、残念な知らせがある。お前、それ、だまされてるよ。そのうち幸福の壷とか買わされるんだぜ、絶対」「お前らなあ……」 反論するのも面倒になってぐったりとする潤一の手から、携帯を奪いながら、竜がいう。「なあなあ、証拠写真かなんかないのかよ」「勝手に見るなよ。だから、まだ付き合いはじめたばっかりなんだって。あさってようやく、三回目のデートなんだ。……お前ら、邪魔しに来るなよ」「へえ、あさってっていったら、誕生日デート? 楽しそうだね」「お前なあ、スタジオキャンセルして大事な用とかっていうから、何事かと思えば、女にうつつを抜かしてるのかよ。練習よりもデートか。俺は失望したぞ」 突然真顔になってそう吐き捨てる竜の肩を叩いて、叶が笑う。「まあまあ。こんなことは一度きりだよね」「悪いとは思ってるよ。でも、付き合って最初の誕生日なんだよ、今回だけ特別ってことで」 勘弁してくれ、といいかけた潤一をさえぎるように、叶が口を開いた。「どうせ次はないよ。その前に振られるから」「断言!?」「ああ、まあなあ。そういうことなら仕方ねえか」「納得するのかよ!?」 どん、と壁が鳴る。先ほどよりも調子が強く、壁はみしりと嫌な音を立てた。安アパートとはいえ、それほど薄い壁なら、隣もさぞうるさかろう。 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人をよそに、夏の午後の気だるい光が窓から射し込み、汚れの目立つ襖を照らしている。
「あのね、わたし、はらんだの」 と、ちいさく笑って君が言う。その時僕は、水槽の横の、ブリキでできたペルトン水車の模型が水流にあおられ、くるくる回転している様子をじっと見ていたのだった。日曜、午後のリビングは、ノイズのひとつもない、ひどく透き通った水晶の時間だ。水槽越しに差し込んでくる、気だるい午後の光線に充ちて、僕を、君を、等しく照らす。「はらんだんだよ」 ふたたび。歌うように君は言う。「……誰の子?」 聞けば、一言。「人魚の」「へえ」 尾ひれが水面をたたき、ぽちゃんと音して、あたりに水がとびちった。部屋の北半分を占拠する、特注の大水槽。なみなみと張られた海水は、なめると確かに涙の味がするのだった。中で飼われている人魚は、中性的な、端正な顔立ちを晒しながら、へりに肘乗せ、ほほ杖をつきながら、やさしい瞳で僕を見ている。両性具有のその生物は、股ぐらに二種類の性器がついている。男根を見て、女性器を見て、それからまた男根を見て、ようやく僕はため息をついた。「よかったじゃん、これでもうエアリア充とかしないですむね」「なに、そのエアリア充って」「……知らね。自分で考えれば」 その昔、僕と君が付き合っていたころ、彼女は周囲の友人に、そして両親に、その事実を隠すため架空の恋人を作り上げていた。その手際は驚くほどに綿密で、精緻で、事実を知っている僕ですら、時として騙されかけてしまうほど完全だった。反面、僕はそういったことには無頓着で、たとえばコンドームなんかは引き出しの中に仕舞いっぱなしにしていたのだ。時には机の上に置いたまま忘れていたりして、そんな現場を君が見ると、烈火のごとく怒りだすのだった。曰く、母に見られたらどうする。彼女は潔癖な人だから、きっと出所を追及されるぞ。と。しかし、僕はそういった君の態度こそを憎んでいたのだ。君がありもしない恋人との、楽しげなエピソードを語るたび、不可解な嫉妬が僕をむしばむのだった。 やがて別れるのは、むしろ必然だったと言えるかもしれない。どちらから切り出したのか、それはもう忘れてしまったけれど、とにかく僕らは別れたのだった。 やがて君は家に人魚を迎えた。それはどこか君に似た、……当然ながら僕にも似た、それでいてどこか決定的に違う不思議な顔つきをしていて、僕の瞳を一目見るなり、さも可笑しそうにこう言ったものだ。「あはは、残念でした!」 僕と別れた後も、君と架空の恋人との恋愛は続いていた。それがなにを意味していたのか、分かってはいたのだ。彼女がはらんだ、と言った今だって大きな動揺はない。ただ、ああそうか、と思うだけだ。 人魚は、君に似た、そして僕に似た、瞳でこちらを眺めている。「きっとこの子は誕生日プレゼントなのよ。神様からの、なのか、悪魔からの、なのか、それは分からないけれど……」「あれ、もう誕生日なんだっけ。はやいね」「うん、今年で十六歳。もう結婚だってできるよ、あなたは、まだ無理だけどね」「人魚と結婚かよ。やるね」「……お母さん、怒るかな」「僕の時は、生じゃやらせてくれなかった」「当たり前だよ、だって、そんな……。それに、あのときはまだ子供だったし……」「あはは、残念でした!」 ふいに、人魚の美しい声。それを無視して、僕は言う。「いいよ、今更。もう、そんなこと気にしてなんてないんだ」「そう? なら、いいんだけど」 人魚が笑う。乙女の弾く竪琴のような柔らかい響きで僕を嘲笑する。「ところで、君が誕生日ということは、僕も誕生日ということなんだけど、なにかプレゼントないのかな?」「あー、そかそか。確かにそうだね。忘れてた。うーん、どうしよう……」 と、君はしばらく考え込んで、それから、ふいに近づいてきて、糖蜜の甘いにおいが香って、思わず目を閉じると、唇に熱い感触。目をあけると、笑った君の、細まった目尻を見た。「十六歳おめでとう」 と、君が言う。「おめでとう」 と、人魚が言う。「ありがとう」 それはどっちに対する返事だったのか、自分でも分かってはいない。「あははははー」 人魚は笑う。つられて、君も笑う。細まった目尻。 ……分かってはいたのだ。大きな動揺だってない。しかし……。「あははははー」「あははははー」 水車がからから回転している。僕はじっとそれを見ている。細まった、君の、目尻。
気だるい午後の光が差し込んでくるはずが、そういうわけにはいかないらしい。坂崎が窓から見上げた空は分厚い雲が覆って、太陽の光が地上に降り注ぐことはない。ちらりと横目を黒板に目をやる。「つまり、どんなエネルギーでも、効率よく循環をさせてやらないといけないわけです。それが良く分かるのが、ペルトン水車です」 物理の先生がなにやら、プロジェクターを使って、説明している。何でも、真中で水を受けるよりも端で受けたほうが、エネルギー効率は良いらしい。当たり前のようなそうでもないような感じの説明で、いまいちよく分からない。 要は、エネルギー効率を良くすることが、いかに難しいかということが言いたいらしい。 坂崎が教室に目を向けると、半分くらいの連中が寝ていた。机に突っ伏している奴もいれば、姿勢が崩れないように頬杖をついていたり、腕を組んで肘で支えていたり――涙ぐましい努力である。半分のもう半分の連中はうつらうつらと舟を漕いでいた。その残り半分がなんとか授業を受けていた。 俺も眠気に誘われたい。 そうは思うものの、今日に限って、坂崎はまったく眠気に襲われなかった。こうなると自分だけ変な病気になった気さえする。物理の先生でさえ、眠そうというのに。 物理の先生は口元に手をあて、欠伸を隠す。 どなり散らせばもう少し、違うのかもしれないが、眼鏡に七三わけの人の良さそうの先生にそれは酷なのだろう。 これがせめて、若く、スタイルの良い女教師ならいいのに。 周りはほとんど寝ている。女教師は黒板に「起きている人は黙って、音を立てずに廊下に出る」とさらっと書く。なぜか目が合う。坂崎はドキドキしながら静かに席を立つ。廊下に出たのは自分しかいない。 女教師はそっと耳元で囁く。「いつも私の授業を聞いてくれるのは坂崎君だけね」 坂崎は目をぱちくりさせて、何もできない。「何か、教室で授業しなくてもいい気がしない? どうせなら保健室とか、生徒指導室とかで一対一で、坂崎君にいろいろ教えたいわ」 坂崎は思わず女教師を見る。女教師はにこっと微笑む。「それに今日坂崎君誕生日よね。せっかくだから先生が祝ってあげたいんだけど」 女教師はそっと耳を舐め、耳たぶを吸う。 と、後頭部に衝撃が走って、坂崎の視界が一転した。「起きなさい! 今何の時間なの!」 坂崎が上体を起こすと、若い女の数学教師が立っている。「あれ?」 坂崎は目をぱちくりさせ、教室を見渡す。クラスの注目を浴び、笑われている。「物理の授業は……」「物理は五時間目だよ。今は、七時間目の数学」 隣の女生徒が耳打ちして、坂崎ははっとして、時計をみる。確かに時計は十六時十分を指している。「ようやく状況が飲み込めたかな? まったく、よっぽど幸せな夢を見てたんでしょう。授業が終わったら、生徒指導室に来なさい」 数学教師はにっこりと作った笑い顔を浮かべて、そのまま授業を再開する。「生徒指導室……」 坂崎は思わずそう呟いていた。今までこの言葉がこれほど甘美に聞こえたことはあっただろうか、いやない。 歩くたびに左右に揺れる数学教師のお尻を坂崎は眺める。 生徒指導室で、一対一、個別指導、マンツーマンで指導……エアリア充? 別に良いじゃないか。これくらい思っても。どんな指導が待っているんだろう? 坂崎は涎を拭く。そうでも思わないとやっていけない。やってはいけないのかもしれないが、さっきの隣の女生徒がにやにやと表情を変える坂崎に思いっきりひいていたことに、坂崎が気がつくことはなかった。――――――――――――――――――――――――――なんか水車が使いこなせなかった。登場人物に名前を付けたかったけど、あー時間がすぎるばかりで、女教師の描写がしたかった。
>マルメガネ様 アルマジロの夢は事故を暗示していたのでしょうか。ラスト、なんともいえない、どこかすっとぼけた感じのおかしみがありますね。>羽田さま か……悲しい。悲しすぎる。そして怖い。ものすごくひしひしと迫ってくるように怖いです。靴ひもの描写で「ん? かき間違いかな?」と思ったら、伏線だったのですね。 ラスト一行がなんともいえず寂しいです。>弥田さま いろいろ歪んでるんだけど、その歪んでるかんじが絶妙に美しいです。むなしさ、の手触りがいいというか。なんでこのお題でこんなシリアスでもの悲しく、そして完成度の高いお話が出来上がってくるんでしょうか。納得がいきません。説明を要求します! ……ウソですごめんなさい。ううう羨ましい! などと嫉妬しているひまに修行します……。うわーん! ふたりは双子のきょうだいなのですね。人魚のセリフの毒がなんともいえません。>RYOさま 妄想男子(笑)ほほえましいといっていいか、危ないやつといっていいか、かなり微妙な線ですね……! というかギリギリアウト? せめてあやしげな寝言はいわなかったようなのが、かろうじて救いでしょうか(笑) 消失した六時間目、一瞬たりとも目覚めなかったとは、なかなかのつわもの。>反省文 これはひどい。お題のせいにしてもいいでしょうか。うわーん! なにも思いつかなかったんです……!(脱兎のごとく逃走)