Re: 即興三語小説 ―34歳、男が春の宵の頃に送りつけるショートメール ( No.1 ) |
- 日時: 2014/04/09 19:55
- 名前: しん ID:QkEYAG/k
題:さくら咲くころ
風がふくと、桜の花びらが舞う。 はらはらと舞う桃色は美しいけれど、それは桜の木がその身を飾る美がはぎとられていっているのだと思うと、せつなくなる。 もう日が暮れはじめているというのに、同僚が桜の下で暴れている。美弥子は、少し離れたベンチからそれを眺めながら、カップ酒にくちをつけた。 美弥子の口からは、おもわず溜息がもれる。 あのノリにもうついていけない、若くない自分に、そして、ここ三年続く不幸に思わずもれてしまったのだ。こうやって幸せはにげていくのだろうか。散りゆく桜をみながらそう思う。 同僚から目をそらすと、目には一本の桜がうつる。 ――まるで自分のようだ。 枝に花がついていない、ちってしまったであろう桜を見て、もう一度溜息をついた。 日が傾いて、赤光が桜をてらす。 春の宵、春のおわりはもうすぐそこだ。 三十四歳、美弥子、三十五歳になる。 「先輩、こんなとこでなにしているんですか」 宴会から抜け出して、一人の同僚、というより、新人が声をかけてきた。 一瞥をくれて「別に」とだけいっておく。 「お隣いいですか」 といいつつ勝手に隣にすわる。きかなければいいのに。 いがいとこの男、きがつくようで、お酒をもってきていたので受け取り 、話をきいてあげることにした。 どうせこの機会に酔ったふりして上司の愚痴とかそういうものを吐き出したいのだとおもっていたら、意外と美弥子を楽しませようとしているように笑い話をかたる。話の中身よりも、なにか必死に話している姿がおもしろくてわらえた。 笑うと、新人くんも一緒に、嬉しそうにわらった。 でも、男はこりごりだ。一人で生きていくことをきめていた。 一昨年、十年つきあって、このひとと結婚するのだとおもっていたひとと別れた。理由はいまだによくわからない。まともな話もせずに、ショートメールひとつで関係がおわってしまった。電話も拒否され、家ももぬけのからになり、共通の友人もだれも間をとりもってくれなかった。 ずっと彼と一緒になるとおもっていたので、茫然自失となるしかなかった。そのショックと、歳も歳でもあるし、次の男があらわれるとおもわない。 おもわず一本だけ、装飾のない、わびしい桜の木をみて、再び、溜息がもれた。 「先輩、その木、好きなんですか?」 曖昧な苦笑いでこたえるしかなかった。 「ここってソメイヨシノしかないじゃないですか。寿命が短くて、ちってしまうと、あまりに寂しいのでうえたそうですよ」 ソメイヨシノ、今同僚の宴会のまわりで乱れ咲きしている、美しい桜。 花はほどよく淡い色合いで、風のたびに花弁が泳ぎ、世を彩る。 それは美弥子にはまぶしくみえた。 「だから、そのヤエザクラをうえたそうです。ヤエザクラは、遅咲きの桜でして、ソメイヨシノが散ってから、美しく咲く桜なんです。その、ぼくは、そういう桜のほうがすきなんです」 説明をきいて、はっと新人くんの顔をみると、目はらんらんと輝き、何かをうったえかけていた。わざわざここに、美弥子の隣に、酒をもってあらわれた意図、それが何かなどときく無粋なことはしない。 この桜はわたし自身で、かれてしまっているのだとおもっていた。しかし、まだまだこれから本番で、他がちってから、咲き誇るのだ。 「あの、おれ、先輩の、いや、あの、美弥子さん―――― 宵桜は、いつのまにか、夜桜となっていた。日が暮れると、また別の美しさを桜がもっていた。 桜はまだこれからが本番なのだ。 美弥子はまだ、三年つづいた厄年がおわることにきづいていなかった。
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