Re: 即興三語小説 ―不快指数が高いお題を ( No.1 ) |
- 日時: 2012/06/04 03:30
- 名前: 水樹 ID:Kra5YBVQ
お題は、「再開」「午後の時計」「イベント」です。
不快指数
目を閉じコール音に集中する彼女、彼氏にメールを送っても返事は一向に来ない。二つ持っていたらその一つは叩き折っていたに違いない。携帯の充電を気にしているのだろう、彼女は閉じた携帯を握りしめ、不安を紛らわせる為に顔を上げて私を見つめる。 安心して下さいな、彼は必ずあなたの元に来ますよ、あなたとの約束を破った事など一度としてありますか? ほら、あなたの好きな愛くるしいウェルシュ・コーギー・カーディガンの赤ちゃんですよ。そうそう、その笑顔で彼を迎えて下さいね。耳触りにならないぐらいの音声を人々に届ける私。意識を私に奪われる彼女。すると彼女の目を背後から男性が手で覆った。電池が切れてさ、遅れてごめんよと言い訳する彼氏に、彼女は有名店のセットニューで許してあげると、彼の罪を笑顔で無くしてあげた。いってらっしゃいと私は心の中で呟いて二人を見送る。
私は広場の中央でただ佇む存在。 常に私の回りでは待ち合わせ、再開、別れ、日向ぼっこを楽しむ家族など、人々が利用してくれる。リサイクル市場やアイドルのイベントなど開催されると、それはもう人々が集合して賑やかになり、私の為にこれだけの人が来てくれたと勘違いし嬉しく思う。顔があったら満面の笑顔を抑えきれず口元が綻んでいただろう。もし私に手足があったら有頂天になり、変な喜びのダンスを踊っていただろう。それが出来ない私は感謝の声の代わりに、ただ毎日の時間と温度と湿度とニュースを垂れ流す。人々が去る時には気を付けて帰って下さいねと心の中で呟く事しか出来ない。
そんなささやかな日常が私にとっては掛け替えのない日々だった。何も出来ない私はこれがずっと続くのだろうと思っていたからだ。
深夜になると私も眠る為、ディスプレイを消す。時間と湿度と温度しか表示されない。 ん? 何か騒がしいなと意識を起こす。 男女数十名の若者が広場に集まっていた。何かこう漠然とは言えないが、昼間には無い悪意の塊りに、身体があったら身震いや鳥肌を起こしていただろう。私はただ沈黙し彼等を見つめる。 酔っぱらっているのだろう、彼等のけたたましい笑いが広場に木霊する。私の細い身体に落書きするのもいれば、鬱憤を晴らす為に蹴ったり、バットで叩いたりと行き場を見失った力を発散させる。気が済んだのなら帰って下さいなと私の願いも虚しく、彼等の行為はエスカレートしていった。 空き瓶や石を集めて、私めがけてディスプレイに力一杯投げつける。何が楽しいのか全く分からない。勝手に点数を決めては私を砕き壊す。助けを求めても声も出ない私はただ静かになるのを待つだけだった。
オ歯よウ御ザい真ス? 日課である早朝のニュースを伝える事が出来なくなっていた。人々は憐れみの目で私を見上げていた。見ないで下さいと言えない私は心を閉ざしこの惨めな存在を消すようにただぐっと堪える。 業者の人が私を見て首を横に振る。治してもまたすぐに同じ事になるだろうと。一言、ごめんよと私に言ってくれた。いえいえ、お気になさらず、いいのです。いいのですよと、私は涙を流せるものなら泣いて、奥歯があるのなら強く、強く噛みしめて、いいのです。いいのですよと、そう心の中で呟いた。
雨が降り、晴れてまた雨が降る。 壊れた私はいくら頑張っても午後の時間しか表示出来ない。しかも正確に表示されない。日常にあり得ない温度と湿度を表示してしまう。私の心も脆く壊れていく。 耳はないけど人々の声に傾けると、いつしか午後の時計と言われ待ち合わせ場所に使われていた。午後の時計、他にはおかしな時計、コワレタトケイ。深夜には若者達の落書きがさらに酷くなり、さらに破壊行為をされた。 いいのです。いいのですよと。それしか私は呟かない。私の役目はもうすぐ終わる。それは私自身が一番良く分かっている。 私は終わる最期のその時まで、いいのです。これでいいのですよと。間違った時間と不快指数を人々に宛がう。 本当は、本当は声を大にして私は泣きたい! 誰でもいいからこの苦しみと悲しみを分かってもらいたい! それが出来ない私は広場の中央で、これでいいのですよと、そっぽを向いてただ佇む。
|
|