Re: 即興三語小説 ―梅雨入り前に ( No.1 ) |
- 日時: 2012/05/28 02:24
- 名前: 水樹 ID:Toytt1OQ
梅雨入り前に
お題は、「体温調節」「石油王」「鋼」です。
暑くも寒くも無く、このままずっとこの気温ならどんなにいいことか、洋服を重ねてまで体温調節したくはないな、そんな僕の願いなど虚しく季節は巡る。他愛のない日々をダラダラと過ごす僕に吉報。いや、僕の家族の元に、お祖父ちゃんからの連絡が届いた。今も世界のどこかにいる自称旅人、自称自由人、自称フリーマン、自称越後のちりめん問屋、自称元気溌剌おじい様、自称元気溌剌ジジイ。取り合えず、ジジイの近況が届いたというわけ。家族、僕の中では悲報とも言えるだろう。 「アラブ、石油王、お忍び、客人、梅雨入り前、夜露死苦。尚、この文字は自動的に消える」 なぜ消える? 側に誰もいなかったので猫に聞いたが、一緒に首を傾げるだけだった。あんたは工作員なのか? 土産も送れ。 どういうわけだか、梅雨入り前に、アラブの石油王がお客人として僕の家に来る事になった。 第十二回緊急家族会議の為、招集する僕。 ジジイの無理矢理な都合、虚無感そこそこに、即座に家族全員にメールを送り召集する。議長である親父の帰宅時間にみんなを合せる。 会計の母はすぐに帰ってきた。近所でも『鋼鉄の財布』の異名で知られるうちの母、得意料理はパン屋でただで貰える、パンの耳のフレンチトースト。意外と美味しい。 母が澄ました顔でニュースを見てお茶を啜る中、書記である中学二年生の妹が帰ってきた。名前は伏せるが、世界でも有数のマシンガンタイピングの妹、リズミカルなタイピングに魅了された人々は彼女を、「言霊のピアニスト」と呼んでいる。ホラー映画や怖い話が大の苦手で、雷雨の夜は、「お兄ちゃん一緒に寝よぅ」と枕を持って僕の布団に入る可愛い妹。鞄を部屋に置いて戻ってきた妹に、 「参謀は?」 と聞かれ、もうすぐ来る。と頷く僕と母、 「私は最初からいるズラ」 声に三人同時に振りむくと、猫を撫でているお祖母ちゃんがいつの間にか縁側に座っていた。 ウヒヒと笑う参謀、その力は町内会長など比ではないと言われている。まあ、あのジジイにしてこの人ありだと思う。特技はどんな猫でも撫でてうっとり。 みんなに遅れる事三十分で議長の親父が帰ってきた。タダイマイケル、早退出来て嬉しいなと、スーツを脱ぎ捨て身軽になり、帰って早々ビールを空ける議長の親父、えっと。普通のサラリーマン。特にない。うちの家系の男は僕含めだめだめだ。 気持ちよく酔っぱらっている議長を余所に家族会議は始まった。 僕は早々と部屋に退散する。女性連中は久々に手ごたえのある仕事にどこか嬉しそうだった。この人達に任せれば問題ない。僕はダラダラの生活に戻った。
今日もいい天気だなと僕は快晴の空を見上げる。 ん? 突如として影が僕を遮る。徐々に近づく爆音と突風に僕は地面に這いつくばる。猫も隣で這いつくばる。 見上げると五十台はあろうヘリコプター、梯子が垂れて褐色の女の子がピョンと下りて来た。 「日本に憧れてホームステイに来ました。夜露死苦」 ヘリコプターはセーラー服の彼女を見送る事もせず、西へと帰って行った。 彼女は、地面に伏せてる僕を見て、 「ジャパニーズ土下座ね、かしこまり、歓迎アリガトチャン」 弾む足取りで僕の家へ入って行った。何がなにやら。これから前途多難だなと思ったり思わなかったり。そんな梅雨入り前の晴れた日だった。
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