シネガミ ( No.1 ) |
- 日時: 2011/08/08 12:42
- 名前: 時雨樹舘 ID:OJoR0WCk
「私はもう死ぬわ」 「死ねば?」 「だから最後の頼みぐらい聞きなさい」 「いつものアレか?」 「そう。死にゆく者にゆるぎない祝福を」 「でも君は死ねないのではないのかい?」 「いいえ、死ねるわ。……条件付きだけど」 「死神が、死ねるの?」 「当たり前のことを疑問詞にして返さないで」 そこで君は、高らかに笑った。 「だってあなたも、死神じゃない」
「私のことを、クイーンエリザベスと名付けなさい」
それが君の望みだった。 大鎌構えて振り回し、人間どころかあらゆる妖怪や神様の命までも狩り取ってきたとても強い君の。 「そんなに、死にたいの?」 「ええ死にたいわ。だってつまらないもの。こんな世界」 君は力を持ちすぎた。その力を振るいすぎた。 その先に待ち受けているものが何かも知らずに、あの頃の君はただ、死神の職務に忠実すぎた。 その先の、虚無。何も無い世界。 人間を狩り、動物を狩り、植物を狩り、妖怪を狩り、幽霊を狩り、神様を狩った。 後に残るのは死神ばかり。 狩る命がなくなった死神達は次々と仲間を狩り、されど死に切れず、何も無い世界に空虚な人形として転がるのみ。 後に残るのは、僕と君だけだった。 「じゃあ逆に訊くわ。貴方はなぜ自分を狩らなかったの?」 「狩られて人形になったところで意識は残る。でも肉体は動かない」 「それが嫌だったのね」 「ああ」 半ばため息のような、返答。 「でも都合が良かった。私が死ねるもの」 「僕が君を、殺すの?」 「そうよ。死神に名前をつける。そうすると死神は死ねるようになる。簡単でしょ?」 「でもそれは確証がない。名前をつけたところで僕が君を狩れば君は人形になってしまうかもしれない。人形になったらもう二度と死神には狩ることができない」 「やらないよりやったほうが面白いわ」 「でも」 「やりなさいといっているの。新米の貴方には私に逆らう権限が無いはずよ」 確かにそうだった。いくら対等なように振る舞っていても、所詮新米は新米。僕は君には逆らえない。 「早く。私のことをクイーンエリザベスと呼ぶの」 「クイーンエリザベス」 「そう。そして私を狩って」 「それは自分で出来ないのかい?」 「自分の鎌で自分を狩りたくはないわ」 「……わかった」 僕はまだ誰も狩ったことのない、新品の自分の鎌を持った。 そしてそれを君――クイーンエリザベスの首にあてがう。 「あ、そうだ」 そこで唐突に君は言った。 「貴方にも名前を付けてあげるわ。好きなときに死ねるように」 「僕は……」 「そうね、熱帯低気圧とかでいいかしら?冷めた貴方が少しでも熱くなれるといいな」 「早くして欲しいんじゃなかったのかい」 「ねえ熱帯低気圧。私はここで死ぬけど死神って遺言を遺せるのかしら」 「……遺せるんじゃないかな」 「じゃあ私から熱帯低気圧へ。私と貴方は腐れ縁」 「意味は」 「自分で考えて。じゃあその大鎌を引きなさい」 僕は言われた通り鎌を引いた。 クイーンエリザベスの首からは死神ではあり得ない赤い血液が飛び散り、僕はそのまま返り血を浴びながらクイーンエリザベスの首を切り落とした。 それは、クイーンエリザベスが無事に死ぬことが出来たことを意味していた。 クイーンエリザベスの血は、暖かかった。
「僕と君は腐れ縁……全くその通りだ」 気が付くと、僕は勝手にそう口走っていた。 「僕は人間のときも君をこうして殺した」 「僕は人間のときも君に逆らえなかった」 僕は元々人間だったのか。しかし僕の人間としての記憶はない。 しかし口は勝手に動き続ける。 「僕は人間のときも君に名前をつけた」
「そして、僕は人間のときも君を……愛していた」 「そう、殺したくなるぐらい」 「君を、愛していた」
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