Re: 即興三語小説 ―「ある法則」 「高温」「変化する時代」―3/3で定期は終了します ―〆切を3/3まで延期します ( No.1 ) |
- 日時: 2019/02/24 23:45
- 名前: tori ID:rZJVM72U
それで、ガード下で地下にあるバーで男は頼んだフレンチコネクションを喉を湿らし、話を続けた。裏山に生えている特殊な草を高温でボイルすることで、ある法則に従い世界を平和にする魔法になるのだ、と。男は魔女の弟子を自称し、このバーの常連で、アル中で風俗嬢のヒモで、いつもは茨城の海沿いの田舎で、その風俗嬢と一緒に暮らし、ユーチューバーをしている。 彼の動画はだいたいいつも100回再生いくかいかないかというぐらいで、彼との付き合いの長いバーテンダーは彼に動画を見せられたけれど、愛想笑いを浮かべるだけで、特に何もコメントはしなかった。
「その特殊な草は、」と男の隣に座っている青年が「どういう草なのですか? それはつまり、ギザギザで細い葉で臭い草ですか?」 「魔法だから教えられない」
男はそう言って、リキュールとブランデーのカクテルを呑み、チェイサーの水を飲む。 この男は女から金をもらうと、こうやって東京まで出てきて、彼が大学生のころに住んでいた町で、学生のように過ごす。昼はパチンコに行き、夜は焼き肉を食べ、深夜にこのバーにやってくる。もう彼は若者と呼ぶには年を取り過ぎていて、だから、彼はバーに着いたころには疲れ切っていて、もう最近は好きなカクテルを一杯飲むだけで寝入ってしまう。 だから、青年の質問に応えよう、と本人は楽しく答えようとするけれど頭は回らず、逆らえないほどの眠気に男はカウンターに突っ伏して寝息を立て始めた。 青年はその様子に冷めた目を向けると、注文していたカクテルをちびりと飲んだ。
「この人は、」と青年はバーテンダーに「いつもこうなんですか?」 「昔は違ったけれどね。話は変わらず面白くないけれど」 「そうなのですか?」 「最近は、何かを話す前に寝てしまうから」
そう言って、バーテンダーはスマホを取りだし、誰かにLINEを送る。送り先は彼を囲っている女で、女は彼が浮気しないか心配している。女は、バーテンダーに彼が最後にどこにもいかないように見張るように頼んで、定期的に連絡するようにも頼んでいる。女はその対価を気前よくバーテンダーに払ってくれるから、バーテンダーは律儀に女の約束を守っている。
「草が何なのかはご存知ですか?」 「感心しないよ」
バーテンダーはそう言うと、黙る。青年が世間話を振れば答えるけれど、草のことは一切語らなかった。そのうちに青年は3杯目のカクテルを飲んでいて、草のことも隣で眠る男のことも忘れ、隣の椅子に座った網タイツの女を口説くことに熱中している。
「世界は変わるんだ。変化する時代で、Society5.0というんだけれど、これからは全てがデータ化されて、」 「どういうこと?」 「何もかもがスマホみたいになる」と青年は得意げに「このグラスだってスマホになるかも。もしかしたらバーテンはロボットがするようになるし、そのときの気分に合わせたカクテルをオリジナルで作ってくれるようになるかもしれない」 「すごい、かも?」 「だろ? それで、俺には凄いアイディアがあって、そのアイディアが成功したらマークザッカーバーグみたいになるかもしれない」 「だれ?」
青年は手のうちのグラスで、アルコールに浮かんだ氷が溶けながら混ざるのを見ながら、
「有名人」 「有名人になるんだ?」と女は青年のことを見つめて「でも、きみは不細工じゃない?」 「マークも不細工だ。そして、俺もマークと同じで頭がいい」
女は口を開けて笑った。何を言っているのかさっぱり分からないことばかりしゃべるのに頭いいの? と言う。青年は、無言で女のことを見つめかえす。彼女は笑って目元に浮かんだ涙を指で拭うと、ブランドのバッグからブランドの財布を取りだし、万札をバーテンダーに渡した。それから彼女はお釣りも受け取らずに去っていく。 青年はその後姿を見つめる。隣で、男がいびきをかいている。バーの扉が開き、地上の様子が見えた。そこには車が止まっていて、その車に彼女が乗りこむ姿が見える。
「タクシーを呼ぶか?」
バーテンダーは時計に目を向けてから、そう青年に話しかけた。女が乗ったのはタクシーではなかった。でも、いまはもう深夜の二時で、電車もバスもない。青年はバーテンダーの申し出に首を横に振ると、歩いて帰ると告げた。
バーの中にはバーテンダーと眠り続ける男だけになった。バーテンダーは店の看板の電気を消し、クローズの札をかけた。それから眠り続ける男の肩に休憩室から持ってきた毛布をかけてやる。 それから、ソファー席に腰をおろすと、自分のために注いだブランデーを呑み、煙草に火をつけた。暗い照明のなかで自分の手の甲を見つめた。痩せて骨ばった指は、五年前に比べると荒れている。爪も肌も艶がなく、元から骨のようだった指が余計に死体のように見える。
バーテンダーのスマホに通知が入る。男の女からのメッセージで、それにバーテンダーは、カウンターで眠る男の背を写真に撮り、返信した。女からは、ちゃんと最後まで見守ってね、と念を押すメッセージが戻ってきた。バーテンダーはそれに、分かった、と返信すると、煙草を灰皿に押しつけ、レジ閉めを始めた。 閉店作業は、男が目を覚ます朝の五時ぐらいまで。それはいつもで、男がいようといまいと変わらない。今日も、そして、明日も。ずっと変わらずに自分はこうしているのだろう、とバーテンダーは考えた。
--------- すごく久しぶりに
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