Re: 即興三語小説 ―「シチュー」「目眩」「背表紙」 ( No.1 ) |
- 日時: 2018/05/20 00:30
- 名前: しん ID:iuUFbROU
優しい女主人のいる宿屋
コンコン ドアのノック後、静かにドアが開いた。 「お加減はいかがですか」 入ってきたのは、宿屋の女主人。 「お陰様で、どうにか」 「しびれや目眩、嘔吐や下痢なんかありませんか?」 首を横にふる。 女主人は俺の手首を触り、オデコで熱を測る。 上着を脱がされ、汗をふいてもらう。 ここ数日ずっとこんな調子でお世話になっている。 宿屋滞在中、体調を崩し、それから甲斐甲斐しく看護をしてくれている。 私の状態を確認し、体を拭き、お手洗いまで付き添ってくれている。 そのお陰で体調は回復しつつある。 そこまで世話を焼いてくれているので、もしや女主人は私に惚れているのではと邪推をしてしまったが、どうやらそうではないらしい。 他の客でも同じ様に接しているので、勘違いしないようにと、他の客から忠告があった。 実際、それは嘘ではないようだ。元々この宿屋に泊まったのが、噂によるもので、この優しい宿屋の女主人の評判をきいたからだ。 実際、その介護はいたせり尽くせりで、体調を崩してからの延長分の宿屋代についても気にしないでいいの一点張りだ。 旅人は死に場所を探す。旅人には大抵故郷を捨て、家族もなく最期は野垂れ死ぬ。あの女主人を見ていたら、ここでそれを迎える者も多いのが頷ける。安らかに眠れる宿屋だ。 「シチューくらいなら食べれますよね、持ってきますね」 「ありがとうございます」 女主人が部屋から出ていった。
女主人は男にシチューを食べさせると、自室にもどり、鍵を閉めた。 ドアの鍵をしっかり確認して、蝋燭に火をともす。 女主人の部屋には窓がないため、書きものをする時には蝋燭が必須だ。 女主人が棚から分厚いノートを取り出し、その日のことを書き込んでいく。 何度か悩み、修正してノートを閉じて、棚に戻した。 その背表紙には、 --毒物実験調台帳10
体調が戻り、宿を出て、また旅へとでる。 女主人は元気になるまでずっと助けてくれた。 延長分の金銭を要求されることはなく、こちらから申し出ても断られた。 介護のサービス料ももちろん請求されていない。 女主人からはもし、感謝してもらえるなら、どこかで話になった時、良い評判を流してほしいといわれた。 その程度のこと、言われなくともすることだ。 私は旅の途中話すことがあれば、ことあるごとに言うだろう。 優しい女主人のいる宿屋について。
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