明日が休みだったらいいのにね ( No.1 ) |
- 日時: 2011/02/13 02:25
- 名前: とりさと ID:0imf39jg
その光景はたったの一言、悲惨といえばよかった。 家屋は無残に壊れ去り、広範囲にもうもうと土ぼこりが立ち、かしこで火の手が上がっている。まるで巡航ミサイルが落とされた後のようで、戦争などない日本の風景だとは信じられない。 その中心にいるのは大怪獣かなゴン。 いまも彼女の剛腕が高層ビルをなぎ倒し、その頑丈な足の裏で霜柱をそうするように民家を踏みつぶしている。 強いての慰めは、避難勧告であの辺りに人がいないことぐらいだ。だがそんなものは気休め程度にしかならない。 「かなみ……」 独り言として、漏れたのは、かつての友人の名前。暴虐をつくす大怪獣かなゴンが人の頃であった本名だ。 彼女は、自分より大きいものが許せないのだ。人であった頃の夢が、彼女をあんなにも変えてしまった。彼女の全てを変えてしまった。 だが、彼女の行いが許されるはずもない。 町が破壊される様を、ゆかりは搭乗席から見ていた。 未来型巨大ロボットゆかリンガー。 父の開発したこれは自分にしか操縦できない。これは、ガン●ムに多大な影響を受けて未来的巨大ロボット工学に進んだ父が、万能不思議金属レアアースを買いあさり、有給休暇の全てを費やして作った、ゆかり専用の超高性能の未来型巨大ロボットだ。ゆかりを溺愛する父から誕生日にもらったものの、使い道がなく家の格納庫に長く放置してあった。 ゆかりは、これが決して好きではない。 ただ、それでもかなゴンに対抗できるのはゆかリンガーだけだ。 いま「がおー」とか雄たけびを上げながら暴れているかなゴンは、あまりにも正視に堪えない。 昔は、あんなのじゃなかったのに。ゆかりは、思わず目をつぶってしまった。 そうして、昔の記憶を思い出した。
かつてのことだ。 立春。 暦の上で春とはいえ、まだまだ体感では冬の季節。 ゆかりは、しょんぼりと肩を落とし、暗い気持ちで通学路を歩いていた。 先日のことだ。ゆかりの誕生日の時、父親が巨大ロボットとか言う訳のわからないものをプレゼントしてきたのだ。 ゆかりはでっかいものがあまり好きではない。小学生の時から伸びまくった身長がコンプレックスになっているためだ。父親に悪気がないのはわかっている。彼のできる最高のプレゼントを贈ってくれたのはわかる。 それでも喜べない。 「はあ……あ」 生徒の人ごみの中、ゆかりはひときわ小さい人影を発見した。 ゆかりは、ぱっと顔を輝かせた。さっきまでの暗い足取りはどこへやら、たっと軽やかに駆けだす。 「か、な、みー!」 大声でちっちゃい人影の名前を呼び、駆け寄る。 ちっちゃい人影がゆかりの呼び掛けに応え、ふ、と顔を上げる。 「あ、ゆか――」 「もうかなみ相変わらず可愛いんだからちっちゃいんだからぁ! なにこの桃色のほっぺ! むっちゃぷにぷにしてる! やーん、もっと触らせて!」 「うわあうやめなこのちっちゃとかうなでのす」 「えへへ、なに言ってんのか全然わかんないよこのミクロ娘!」 「ゆかりがほっぺた引っ張ったからです! てかミクロって! 意味は通じますか厳密には違います! ていうか、ええい! 放すのです!」 かなみがぷんすかと拳を振り上げる。ゆかりにしてもひとしきりいじって満足したので解放する。 「なんなんですか、朝っぱらから!」 「いや、ちょっと気落ちすることがあってさ。でも全部吹き飛んだ! かなみをいじって充電された!」 「そうですか。じゃあ、もう触らないでください」 「やだ」 ジト目横目でにらんでくるかなみに、ぺろっと舌を出す。 舌をひっこめてから、訊く。 「そだ。かなみは、夢とかある?」 並んで歩きながらそう訊いた。二年の子の頃になると、学校では進路の話題もぽつぽつ出るようになるのだ。 かなみは、むうと膨らませていたほっぺたをおさめて、そうですねと呟いた。 「夢、ですか。もちろんありますよ」 「へえ、どんな?」 「将来ビッグになってやるという壮大な夢が」 「それは、また、何というか」 ギターを持った高校男児みたい、という言葉は濁す。 「なんですか? はっきり言っていいですよ」 「漠然としていて形の無い夢だね! 大丈夫! 先生になにか言われるかもしれないけど気にすることはないわ! わたしが保証する! ちっちゃいかなみにだって、未来は無限に広がっているのだから!」 いいこいいこーとかなみの頭をなでなでする。ゆかりにとってちょうど撫でやすい位置にかなみの頭があるのだ。 「そうですか」 「おっと」 かなみはゆかりの手を邪険に振り払い、じろりと睨みつけてくる。その眼光は、ちびっこに似合わず鋭い。 「私はビックになり大怪獣となって暴れまわり、林立する高層ビルをなぎ倒していきたいのです。そして逃げ惑う人々を、特に私のことを小さいとからかった奴等をぺちゃんこに踏み潰してやる。そういう夢なのです。そう!」 びしっと勢いよく指付ける。指差されたゆかりは、目をぱちくり。 「まずはゆかりからですよ! 私がビックになった時は覚悟なさい!」 「そんなばなな」 「もうちょっとましな突っ込みをお願いします」 棒読みのツッコミにテコがはいる。手厳しいことである。 「いやいや。昨今では古臭いと敬遠されがちだけど『そんなばなな』というのはツッコミとボケが合わさった、いたく高度で完成された文句だとわたしは――」 「はいはいそうですね良かったですね」 かなみはそのまますたすたと歩き出してしまう。 「やーん、無視しないでよかなみ。ごめんね! かわいくてついつい!」 台詞が前後で繋がってないが気にしない。ちっこいかなみを後ろからギュッとする。 「やめてください! 放してください! てか、ちっこい言うんじゃねえです!」 「いやだよん」 ジタバタ暴れるかなみをぎゅうっと抱き締めて拘束する。ゆかりにとってちっちゃいのは正義だ。かわいくってたまらない。 「あ、そうだ」 かなみを抱きしめたまま、ふと、幻想植物学者の叔父から聞いた話を思い出す。 「わたし、誰でも身長を伸ばせる方法知ってるよ」 「マジですか!」 「マジマジ」 ものすごい勢いで食い付いてきたかなみに叔父から聞いた話しをそのまま伝える。 「野ざらしになっている誘惑の木になる魅惑のリンゴを使って眩惑のホットアップルシナモンパイを作って食べれば、身長が三センチ伸びるんだって。ただし、食べすぎ注意」 ちっちゃかわいいかなみは、まったくの無表情で一言。 「そんなバナナ」 「いや、ほんとらしいよ?」
そう。 すべては過去のこと。 ちっちゃかわいかったかなみはもういない。ゆかりが教えたように天然記念物指定の誘惑の木から第一種危険物扱いされている魅惑のリンゴをもぎ取るという暴挙を犯し、そのレシピが特殊調理食として認定されている眩惑のホットアップルシナモンパイを八百個作りその全てを食い尽したかなみは、見事体長2538センチの大怪獣かなゴンになり果てた。 二人の友情は何もかもが終わったのだ。 いつまでも過去に浸っているわけにもいかない。 ゆかりは目を開く。ゆかリンガーを操縦し、大怪獣かなゴンの目の前に着陸する。 「かなみ!」 もう彼女に言語は通じない。それでもこちらに向かってくるのは、彼女の本能ゆえだ。かなゴンは自分よりでっかいものに対する破壊衝動のみで動いている。ゆかリンガーは全長2550センチ。かなゴンよりもやや大きい。そのため、標的になるのだ。 「もう、人間じゃないのね……」 ずしんずしんと大地を揺らすかなゴンを見て呟く。わかってはいたのだ。そもそも、ホットアップルシナモンパイを八百個食い尽した時点でそれが人間、ましてや女子高生のはずがないではないか。 それが真実。 ただ。 ただそれでも。 「かなみ……あんたの夢の果てがこんなのだなんて、わたしは認めない……!」 かなゴンが、ゆかリンガーを押し潰さんとばかりにその巨大な腕を振り下ろしてくる。ゆかりはゆかリンガーを操縦させ、その巨大な腕を受け止めた。 ずず、とゆかリンガーが押される。ものすごい力である。ゆかリンガーを操縦するゆかりにも、そのすさまじい圧力は伝わってくる。 「わたしは……っ」 ゆかりの顔が、苦痛で歪んだ。 「わたしはこんなでっかいかなみなんて認めない!」 かっ、と目を見開く。力ずくで、かなゴンの身体を弾く。 かなみがかなゴンとなってしまった責任の一端は、自分にもある。だから、これは自分の役目なのだ。こんなにでっかくなってしまったかなゴンを、ちっちゃいかなみに戻さなければならない。ゆかりは、ちっちゃいかなみが大好きだったのだ。 ゆかリンガーが、ゆかりの操縦によってよろめいたかなゴンに躍りかかる。 「かなみ! わたしがあんたの目を覚ましてやる!」
大怪獣かなゴンと巨大ロボットゆかリンガー。その最後の戦いが、いま始まった。
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確か、いつかの三語で夢落ちで終わらせるという縛りの時に書きつつも完成できなかったやつです。もとが夢の中の話だったので、まあ随分と好き勝手をしてます。真剣にシリアスを書けば書くほどコメディにしかならないものを目指しました。 ちなみに、断じて続きません。
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