リライト作品 薄墨色の歌 (原作:弥田さん『歌と小人_』) ( No.13 ) |
- 日時: 2011/02/14 00:59
- 名前: 山田さん ID:44EMoiRA
原作が持っている雰囲気に共感できる部分が多々ありました。 なのに中途半端なリライトになってしまいました。
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薄墨色の歌 (原作:弥田さん『歌と小人_』)
緑のこびとに出会ったのは夜の帰り道、めまいがしそうなほど広い田んぼの中を通る、一本の田舎のあぜ道でのことでした。林檎のような丸いお月様が、わたしを蒼く照らし出す、酔ってしまいそうなほどに幻想的な夜でした。妙に心が弾むようで、それでいてなんだか無性に寂しい、心に変なもやがかかってしまって自分の気持ちがよくわからない、そんな夜でした。 「そこのお嬢さん」 暗がりから飛び出してきたその緑のこびとの第一声です。 「歌いたいのかい?」 その緑のこびとは頭のてっぺんが、わたしの腰の高さまでしかありませんでした。 「ねぇねぇ、どうなんだい? 歌いたいのかい?」 それは質問ではなく、自信に満ちた、強く念を押すような語りかけでした。緑のこびとは言葉を続けます。 「歌いたいんだろう? 答えなくてもわかっているさ。お嬢さんは歌いたがっているんだよね。ぼくは緑のこびとだからさ。それくらいお見通しなんだよ」 まるで急流のような早口でそれだけ言い終わると、ゆったりとした、今までに見たことのない踊りを始めました。ゆっくりと、ゆっくりと、両手で大きな円を描きます。両足で小刻みに拍子を取っているんだけど、体は全く上下に揺れていない、まるで空中に浮かんでいるような踊りでした。そんな緑のこびとの踊りを見ていると、わたしの胸のあたりが、わたしの体から切り離されて、まるで緑のこびとと一緒に空中を舞っているような感覚に襲われ始めました。 「さあ、歌いたいんだろう?」緑のこびとが再び訊ねてきます。いや、それはむしろ歌を歌うための合図のように思えました。 ……そうなのかもしれない。緑のこびとの言うとおり、わたしは歌いたいのかもしれない。いやわたしは歌いたいんだ。 わたしは深く息を吸い込み、もう少しで空中に霧散しそうになったわたしの胸のあたりの感覚を取り戻すと、今度はわたしが緑のこびとに訊ねました。 「ねえ、緑のこびとさん。それはなんという踊りなの?」 「月の踊りだよ。さあ、お嬢さん。早く歌いなよ。歌詞がわからなくても、節を知らなくても、どうってことないんだよ。思いつくまま気の向くままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだし」 歌いたい。歌いたい。わたしはこんなにも歌を歌いたかったんだと、自分でもびっくりするくらいにそのことに気が付いたのです。だけど、何を歌えばいいのでしょう。一番好きな流行り歌にしましょうか。それとも学校で教えてくださったお歌にしましょうか。なかなか決めることができません。いえ、決められないのではなく、歌を歌いたいのに、歌いたい歌がないのです。なんというもどかしさ。このままでは、わたしの中の何かが荒れ狂ってしまいそうです。たとえようもない波にさらわれてしまいそうです。そんな何とも言えない感覚に襲われます。それは今までに味わったことのない焦りと恐怖でした。歌を歌いたいのに、歌いたい歌がないなんて……。 緑のこびとはそんな焦りと恐怖に駆られているわたしを踊りながら無表情に見つめていましたが、ふいに不敵な笑顔を見せるとこう提案してきました。 「歌いたい歌がないのなら、お嬢さん自身が歌になればいいんだよ」 一体どういうことでしょう。わたし自身が歌になるとは。わたしのことを歌えばいいのでしょうか。それともわたしが歌に変身するべきなのでしょうか。 「さあ、思いついた詞を歌ってごらん。思いついた旋律を歌ってごらん。何も考えず、何も心配せず」 そう言われてわたしはやってみました。大きく息を吸い、頭の中を一度空っぽにして、そうして思いついた詞を、思いついた旋律にのせ、ゆっくりと歌い始めました。 先の詞なんて心配することはない。前後のつながりなんて気にすることはない。一言一言、一文字一文字を大切に旋律にのせて。歌う。歌う。歌い続ける。あぁ、いい気持ち。とてもいい気持ち。なんていい気持ちなんだろう。わたしの中にあった焦りと恐怖が、荒れ狂ってしまいそうになった何かが、詞とともに、旋律とともにわたしの体の中から流れ出ていきます。 「なかなかいいじゃないか、お嬢さん」 流れ出ていく感覚と入れ替わるように、これまた今までに味わったことのない不可思議な感覚が、胸を中心にして体中に拡散していきます。いえ、そうではありません。感覚ではなく、わたし自身が拡散しているのです。わたしの手が足が体が、林檎のような丸いお月様に蒼く照らし出された夜のしじまに拡散していくのです。それは肉体の消滅です。それは精神の消滅です。そしてそれは存在の消滅です。それでも恐怖は全くありません。拡散していく存在に反して、歌が高く高く澄んでいくのがわかります。さぁ、もっともっと冴えわたるがいい! あのすまし顔のお月様に届くくらい、高く高く、もっと高く、ずたずたに切り裂いてやれるくらいに鋭く! 緑のこびとはわたしの歌に合わせて踊っています。わたしは歌の拍子をどんどんと速くしていきます。緑のこびともそれに合わせてどんどんと踊りを速めていきます。もはやそこには緑のこびとはいません。わたし自身もいません。そこにいるのは「踊り」と「歌」だけなのです。 いまや月光ですら、わたしたちを照らし出すことはできません。緑のこびとは踊りとなり、わたしは薄墨色の歌になったのです。 蒼く明るい満月の夜。わたしは緑のこびとと共に世界を祝福します。わたし自身の旋律となり、緑のこびとの踊りの周りを舞います。もっともっと高く透きとおって。もっともっと鋭くなって。みんなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してさしあげます。 林檎のような丸いお月様が、冷たく地上を照らしていました。
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