説明しよう。金田家とは、チャットで適当に設定された架空一家である、これから12時までに、六人家族の誰かを主人公とした小説を書き上げるのである。設定の抜け落ちた部分は各人が補完するのである。設定としてどうしても使えないものは、取捨選択しても問題ないのである。唯一の縛りは、六人(謎のペットを含む)が、どういう形でもいいので作品内に登場すること、である。以上だ。健闘を祈るのである、金田家家族構成祖父 熔(とける)父 冷(ひえる) 58歳母 鎮(しずめ)息子 蹴 11歳娘 舞 17歳ペット オリザノール設定成金一家。東京世田谷区の一軒家に住んでいる。金田家は鉄工所を営んでいる祖父の熔は本気で錬金術をやろうとしたことがある祖父の熔は隻腕(片腕だけ)。祖父はタバコ好き。(エコーを吸う)父親はまるいものに目が無い。息子の蹴は金工作家を目指している息子はスパイクの針フェチ舞ちゃんはじつはもらわれっ子で血がつながっていないオリザノール → 関西人でマイナス思考でストレスが極限に達すると首がもげるしずめさんはお金持ちの家の生まれだがひえる父さんと駆け落ちして家を飛び出した
「じいちゃん。これ何?」 がらんとした鉄工所内を物色していた蹴が何かを見つけて、一緒に来た片腕の無い祖父の熔に聞く。 蹴が見つけたものは、ねじ山が切られていないねじのようで、赤錆びていた。「これはの。リベットじゃ」「リベット」「そうじゃ。昔は溶接機なんぞなかった。あってもものすごく高かった。ガス切断機はあったけどな。それで、そいつを焼いて鉄柱だのなんだのに開けた穴に通して叩いて留めておったのじゃ」 孫息子が見つけた錆びたリベットを懐かしそうに見て、熔がそう説明する。「ふーん」 納得したようなしてないような面持ちで、見つけたリベットをそのまま蹴はポケットにしまった。 とある、某所の鉄工所。 東京世田谷区の某所に住む金田家が経営する鉄工所でのことだ。 蹴の父である冷と母の鎮はその日、所要で取引先へ行っていない。 姉の舞も謎の生き物にしてペットであるオリザノールを連れてどこかに行ったままで戻ってこない。 暇を持て余す孫息子を誘って熔はここに来たのである。「じいちゃん。じいちゃんが若い頃ってどんな感じだった?」「じいちゃんが若い頃か。そうじゃな。国が世界を相手に戦争しかけて、戦争一色じゃったよ」 エコーに火を点け、辛い煙をぽっと吐き出して熔が答える。「戦争…。じいちゃんはどうしたの」「わしは、兵隊の年齢に達しておらん、ということで戦場へは行かなんだが、工場に駆り出されてそこで働いていたよ。お前の姉ちゃんくらいの年だったかなぁ」「それで、そこで何を」「ここで作ってるものじゃのうて、大砲やら鉄砲やらの物騒な部品じゃ。しかし、誰も疑わん。いや疑うことすらできん。たちまちそれが知られると、警察にしょっぴかれたからな」 当時の記憶が蘇る。 東京が帝都と呼ばれていた時代。 蹴はそんな昔の東京のことはわからない。 ただ、祖父から聞く限り、相当大変だったことは想像できた。「そうこうしているうちに。あれじゃ。あの出来事だけは忘れられん」 と、二本目のエコーをぷかりとやって、熔が言う。「日本が敗けたことは知ってるけど」「それもあるけどな。その少し前、わしは広島にいた」「広島? 広島ってあの」「そう。東京が帝都なら、広島は軍都。隣の呉という町は広島よりも人口が多かった。なにせ、海軍の基地があったからな」「わしは、その広島の町の南の端にあった軍需工場におった。毎日腹をすかしながら、せっせと物騒なもんを作っておったのじゃ」 あの日、と熔は振り返る。 強烈な閃光。熱い風が吹き荒れ暗闇が来て叩きつけられて気を失い、気が付けば地獄絵図が広がっていた。 何が起こったのかは全く分からなかった。会う者はほとんど焼けただれ、衣服も何も破れて、男か女か何が何だかわからなかった。 燃え盛る町の中を無我夢中で逃げ回ったことを熔は思い出した。 救護所もどこもけが人だらけ。燃え盛っている火が映えた川面も死者で埋め尽くされ、漂っていた。 ほうほうのていで落ち着ける場所まで来たとき、熔は腕に鈍い痛みを覚えた。 全く気付かなかったのだが、左腕がちぎれて皮一枚でぶら下がっていたのである。 その後激しい痛みに襲われ、彼はのたうちそして失神した。 どうして生き残ったのかは、彼自身もあまり覚えていない。 三本目のエコーの灰がぽたりと熔の足元に落ちた。 孫息子の蹴は初めてその話を聞いて驚いた様子だった。「この話は、墓まで持って行くつもりじゃったがの」 そういう熔の顔はどこか寂しそうだった。
部屋にいる。北向きの小窓からはゆるく空気が出入りしている。 あけっぱなしにしたドアのほうから転がってきた父が出かけるのか、というので出かけることに決めて、うんという。 ベッドから起きあがる。抱いていたクッションに未練を残しながらも、起きあがって、部屋着から着替える。その辺に転がったままの父は部屋の外へ蹴りだしておいた。「親に足をつかうもんじゃない」と怒られたが、怒る声がアルミ缶のころがる音にまじってふぉんふぉん途絶えたりするのがすこしおもしろかった。 するかしないかの化粧をして部屋を出る。階段をおりる。かぞえてみると十一段あって、オリザノールの機嫌もわるくないらしい。なにかと落ち込みがちの家なのでこのまえの水曜なども朝食を食べるために五十段も六十段も降りることになった。学校にも遅刻した。いま世田谷に腰を落ちつけているが、いつまたどこへか流れてゆくかもわからない。ちかごろ住宅街は住みやすいとようやく気がついたらしく、ほうぼうをにょきにょき歩きまわることも減り、ここには半年近くいる。 おじいさんが拾ってきたというこのおおきすぎるペットは弟にずいぶんなついていて、軒先からぶらさげたタオルで、帰ってきた蹴のクラブヘッドを毎日たんねんに拭いてやっている。おかげで寝室で眠るときゴルフケースのなかへ潜り込んだ彼の頭がやけにぼうっとかがやいて気に障ったりもするのだ。ケースのチャックを閉めてよとおねがいしたこともあるが、それでは寝つかれないとぐずるのでしかたなく我慢している。 土間でサンダルの留め具を嵌めていると右の人差し指から声があがった。爪のあいだから母が出てきて「ごめんなさい」という。「おでかけするのね」「うん、ちょっとその辺歩いてくる」 お夕飯までには帰ってきなさいね、といって母はぞるぞると肉のハリガネみたいな身体をくねらせて台所へむかっていった。わかった、といって外へ出る。日射しもやややわらいでいて、あまり汗をかかずにすみそうだった。 家の前に渡された橋をとおって駅のほうへ出る。川を三つほど越えると右手にはずうっと堤防が続いた道があり、その先がようちゃんの家だ。左にすすむと高津の駅がある。右手へ川をさかのぼると、どこへいくのだったか。武蔵野辺りの小川が流れてきているのだとだれかにきいた気がする。いったこともないのでわからないが、むかし小説に書かれたところだというので、ほんのすこしだけ気になっている。 電車をつかってそこまでいく算段をする。しながら、さしあたっては流れにそってくだっていく。 サンダルの裏にアスファルトが硬い。 夕飯までには、どうだろうか、おそらく帰れない。
なんかしらんけど、蹴さんは11歳のくせに陸上のスパイクの金具んとこがめちゃくちゃ好きらしく、トイレ行く時以外は家の中でもスパイクをかちゃかちゃ鳴らして暴れまわり、メシ食う時も、風呂入る時も、夜寝る時も、その前にパソコンで全身タイツを着た室伏広治の画像を見ながらもぞもぞする時も、かちゃかちゃうるさくて隠密性に乏しいし、リフォーム業者が月、水、金の週3で通ってくるほど床を傷つけよるから、末っ子のくせに家族の中ではなかなかに疎まれとって(まぁ僕も人のこと言われへんけどorz)、そのお姉ちゃんの舞さんの方が、もらい子とはいえ親御さんとも仲良く、品行方正で、天真爛漫で、文武両道過ぎてフェルマーの最終定理の証明式を諳んじながらスピニングバードキックで空き巣を撃退するっちゅう離れ業をやってのけてまうほどの逸材なもんやから、もらい子にして一家の実権を握るというなかなかの下剋上を成し遂げて、舞さんが一家全員を引き連れて世田谷の住宅街を大名行列するんが週末の金田家の恒例行事となった。 その土曜日はどえらい夏の盛りで、そんな日でも容赦なく住宅街を練り歩かなあかんのやけど、お母さんの鎮さんはなんか緊急でリフォーム業者を呼ばなあかんとかで、舞さんに土下座攻めをして特例の休みを勝ち取り、今回は欠席していて、そのせいか、あるいは暑さのせいか、舞さんはこころなしか不機嫌で、蹴さんのスパイクのかちゃかちゃ鳴る音、祖父の熔さんの「ホムンクルス…賢者の石…ウィンリィ…」とかぼそぼそつぶやく声、お父さんの冷さんの水玉模様のワンピース、そして僕の存在そのものorz、それらすべてに苛立ちを隠さんかったので、世田谷にはピリピリした空気が重くのしかかっている。「オリザノールさん」 舞さんがフリーザみたいな調子で言う。「はぁ、なんでしょうか? 舞さん」「鎮さんを連れて来てくれませんか?」「え? でも今は家のリフォーム中なのでは…? それに僕みたいなアルファベットの小文字3つ分の戦闘力しかないものにはちょっと…」「いいから行くのですよ、オリザノールさん! 連れてきなさい!」 というわけで家に帰ると、おなじみのリフォーム業者のワゴンが停まっていて、玄関のドアが開いていて、奥の方から「ええか? ええのか? ええのんか?」という男の野太い三段活用と、それに呼応するような鎮さんの嬌声が聞こえてきた。こらとんだ修羅場やで! とは思いつつも、舞さんには逆らえないので台所の方に声をかける。一瞬驚いたもののすぐに事態を把握し、情事の発覚をおそれた鎮さんは下半身からだらだらと垂れ流したままで暴れまわった。床はさらにひび割れ、水道管は破裂し、僕は顔が汚れてちからが出ない。このままでは殺されてしまう、という極限の恐怖によって首がもげそうになった時、どこからか声がした。「オリザノール! 新しい顔よ!」 気がつくと僕はやなせたかしさんに抱かれて眠っていた。なんだかものすごく、長い夢を見ていた気がする。
鉄を叩く音が好きだった。 鉄工所というより、鍛冶場というのがふさわしいような小さな場所だ。隻腕で、鉄を叩けるはずもない彼がなぜそこを残していたのか、それはわからない。父が継いだわけでもなく、ほかに徒弟がいるわけでもなかった。 父の事業が成功し、引っ越した。だが一家全員で東京の世田谷区に移り住んだいまも、祖父の小さな鉄工所は残っている。そこに火が入っているのを、蹴は見たことがないはずだった。祖父と鍛冶について関連する蹴の記憶といえば「鉄って言うのはな、いくら叩いても、壊れねぇ。ひしゃげて形を変えるだけなんだ」と、どんな脈絡で言われたかも覚えていないその言葉だけだ。 ただ、不思議なことに工事現場で鉄筋のぶつかる音を耳にすると、ふと聞いたこともあるはずがないことが胸に蘇る。 あの銘柄も分からない独特な煙草の香りと共に、鉄を叩く音と、祖父の言葉を。 スパイクの針を作る人になりたい。 そう思ったのは、やっぱり蹴が鉄の叩く音が好きだったからだ。身近にあるのならばなんでもよく、その時は野球少年だった彼には、台所の包丁よりもすっとスパイクの針の方が身近だっただけだ。 その夢を、あと数日十八になる姉に相談してみたら、優しく微笑まれ「おバカ?」 と、それはもうお優しい言葉を賜った。「ば、ばかじゃないよ!」「いやいや、おバカの言うことだよ。なに、スパイクの針を作る人って? 小五なんだから、もっと頭のいい言葉をつかいなさい?」 よしよしと頭をなでられる。かわいそうな弟を見るその表情が、また腹立った。鉄の叩く音の素晴らしさを語って見せると、詳しく話を聞き終えた姉は、ふむと頷いた。「そういう時は、金工作家になりたいっていいなよ」「きんこう作家?」 姉が何を言ってるのかよくわからなかった。「なんで本を書かなきゃなんないの?」 作家といえば、小難しい本を書く人だ。そういう純粋な蹴の疑問は、あはは、と笑われた。「違う違う。作家っていうのはそういう意味じゃなくて……まあ、じいちゃんみたいな職人になってみせなってことだよ」 姉の舞は、デキが良かった。美人で自慢の姉。たぶん、なんにでもなれる姉。初恋はこの姉だった。告白したら「あはは弟じゃ結婚できないよ」と笑ってあしらわれたのが、五歳の頃の一番古い失恋の思い出だ。だがまあ、思春期がまだの蹴にとっては、尊敬できる大好きな姉である。「あんたは、お父さんの息子でしょ。自分のやりたいことやればいいの」 わしゃわしゃと頭を撫でられた。 完全なる子供扱いに、蹴はむ、と唇を尖らせた。「お姉ちゃんだって、そうじゃん」「……そうだね」 どことなく自嘲するような、舞にしては珍しい表情だ。「あんたは、わたしの弟だ。それは、確かだよ――ん、ご飯か。行くよ、蹴」 リビングから、母の呼ぶ声が聞こえた。それに、姉は立ちあがる。「はやくいかないと、お預け食らったストレスで、オリザノールの首がもげるからね」 冗談っぽく冗談にならないことをいって、姉は悪戯っぽく微笑んだ。 それから数日後、姉は家を出ていった。 父と母からその理由は聞いた。里子だとか、血がつながっていないだとか、そんなよくわからないことを聞かされた。 混乱した頭で、蹴はひとつだけ思った。 鉄を叩いてみよう。 何でもいい。なにかを作りたいわけでもない。なにかを壊したいわけでもない。ましてや鉄の叩く音が好きだからではない。ただただ、鉄を叩いてみるのだ。 ぼろぼろと涙を流しながら、ぐっと拳を握る。 いくら叩いても、いくら形を変えても、それが壊れはしないことを確認するために。 だから、蹴は鉄を叩くことに決めた。
和気藹々とした食卓、それは出過ぎた望みなのだろうか。 我が家と隣接する鉄工所から帰宅し、風呂に入ってのち、私は食卓につく。たいていは私が最後に席につくことになるが、妻も、娘も、息子も、一匹のペットでさもが私を待つ。一日に一度の夕食時だけは家族全員が揃おうというのが、我が家の取り決めなのだ。しかし、それが破られるようになってから、もう五年の月日が過ぎていた。 箸で茶碗がかましく叩かれている。リズムもてんでばらばらで、聞いていて不快になるなというのは無茶な相談だろう。隻腕の父が、不器用な形ながら早く飯を寄こせと妻に催促しているのだ。「お父さん、もう少し待ってくださいね。もう冷(ひえる)さんも来られたから、すぐにお出ししますよ」 妻が父に言う。我が妻ながら、心の広い女だとつくづく思う。日に何度も似たようなやり取りを繰り返しているだろうに、決してヒステリックになることはない。「誰かい?」 父は妻の言ったことが理解できないらしく、首を大げさに捻ってみせた。「冷さんですよ」「はい、冷はわしの息子です。昔から厳しくしつけたのでな、今は立派に働いているはずです。で、あんた誰かい?」 妻の顔が明らかに硬直した。「鎮(しずめ)ですよ。お義父さんの娘ですよ」 私は憮然としながらそのやりとりを見ていた。 父の痴ほうが年々酷くなっている。妻はもとより、今食卓について事態を見守っている孫の舞や蹴(しゅう)、そして私さえもを認識できなくなってきているのだ。「へーえ、冷は結婚しましたのか。それはおめでとうございます。ですが、わしに挨拶がないとはどういうことですか?」 父の口調が妻を責め立てるようだ。人物認識こそ出来なくなってきているものの、まだ話し振りははきはきとしているだけに、その言葉は相手の心に深く刺さる。「ええ、ええ、それはお昼にも話しましたでしょ。もう二十年も前にちゃんとご挨拶させてもらいました。写真もみましたでしょ」「へーえ、そうでしたか。へーえ」「ええ、そうです」 納得させたところで一時しのぎにしかならないのは、家族の誰もが知っていた。何年も同じことの繰り返しをしているのだ。「親父、分かったかい? じゃあ腹も減ったし、飯にしよう。舞も、蹴も、オリザノールも待ちくたびれているようだ」 父が私をにらんだ。「へーえ、そうですか。ところであんた誰かい?」 私は父の視線を受けて思わず眼を逸らした。これが我が父か。そう思うと時折涙が滲んでしまうのだ。妻ほど、私は人間が出来ていない。 妻が察したように、食卓に配膳を始めた。子供二人もそれを手伝っている。 父は周囲にいる人間の誰一人としてまともに認識できないらしく、しきりに首を捻っていた。食卓の傍らに座る犬のオリザノールさえ、どこか気まずいものを感じるようで、催促することなく、ただ静かに事態を眺めている。「ごうせいですなー」配膳が終わった食卓を見て、父は歓声を上げた。「わさいの若いころはこんな豪勢なものは見たこともありませんでした。お宅さんら、どこかの富豪さんですか?」 父の質問に答えるものは誰もいない。まるで聴こえなかったというように、皆が黙々と箸を運んでいる。私さえ、例外ではなかった。父は、あいも変らず、ただ物珍しそうにあれやこれやに疑問を投げかけ続けた。 夕飯が終わり、各自が分かれていく。妻は洗いものに、娘は自室に、息子は風呂に向かった。オリザノールさえ、お気に入りの部屋の隅に寝転がる。父だけが、どうしたものか分からずに、食卓についたまま視線を泳がせている。 頑固者の父。私をよく殴りつけた父。工場の機械で片腕を失いながらも一代で財を築いた父。不妊に苦しむ妻の申し出を受けて、みなしごだった娘の舞を家族として受け入れることを了承した父。蹴を一人前の職人にすると意気込んでいた父。我が父。 私がリビングのソファから、未だ食卓についたままの父を横目に見ていると、父は自分の胸元を探っていた。「親父、タバコかい?」 父はエコーを好み、昔からずっと吸い続けている、根っからの愛煙家だ。「へーえ、よくお分かりで。しかし切らしてしまったようです」「ほら、タバコはこの棚に置いてあると言っただろ」 私はそう言いながら、棚のタバコを一箱取り出し、父に手渡した。 父は右手でそれを受け取り、封を解こうと苦心する。自分の片腕がないことさえ、時折忘れてしまうらしい。ようやく一本咥えて、火をつける。「よろしいなあ」 紫煙を吐きながら父は言う。「うまいかい」「へえ、食後の一服。家族揃ってご飯を食べてからの一服は最高です」 私ははっとして父を見た。眼を瞑って何かを夢見ているようだ。 多くのことを語りたい。夕飯だけは家族そろって食べるという取り決めをしたのは、他でもなくこの父だったのだ。私が悪さをして警察に厄介になりかけたときさえ、父は私と食卓をともにした。それが私はどうしても忘れられず、今もこうして家族五人で食卓を囲み続けている。「そうだね、親父。やっぱり、家族そろって飯を食うのがいいよ」 私が言うと、父は大層うれしそうに、「へーえ気があいますな」とにこやかに笑った。
つくづく、わが家はお義父さんを中心にして回っているのだと思う。「いいか、お前ら。周りが誰も言わないからあえて言うぞ。カネは大事なんだ。貴重なんだ。重要なんだ。世の中をうまい方向へ転がす油なんだ。持つのは多ければ多いほどいい。たくさん抱えて、同時にたくさん流す。そこらじゅうカネだらけになる。カネでモノを買い、人は幸せになる。これでみんな住みやすくなるんだよ。よく憶えとけ。俺の言うことに間違いはないんだ。特にカネを語らせたらな」 夕食の席でお酒が入ると、いつもこんな調子で熱を帯び始める。いったい何度こんな場面に遭遇したことか、とてもじゃないが思い出せない。だが、聞くたびにやはりひきつけられるのだ。それも話の内容ではなく、話しているお義父さんの姿に。 なぜだろう。私もそろそろ夫に似てきたのだろうか。「もちろん、幸せになるためには、カネで買うためのモノも必要だ。カネだけたくさんあってもどうにもならない。だから俺は、まずキンを作ろうとした。商売の原点は物々交換だ。今のカネはただのカナモノ、場合によっては紙くずだ。キンそのものが持つ価値には叶わない。キンをたくさん作ってモノと交換していけば、世の中きっと豊かになる。俺はそう確信したんだ」「ふうん。それで、ものづくりはほかの人に任せたわけか」 息子の蹴が冷静なツッコミを入れる。いかに小学生といえど、十一歳ともなれば物事を自分なりにかみ砕いて理解する力はかなりついてくる。まして酒が出た日は毎晩のように熔じいちゃんのお話を聞かされているのだから、当然のなりゆきか。「こら、蹴。ねぶり箸は駄目だって言ったでしょ」「えー、いいじゃん。おいしいんだから」 蹴をたしなめたのは、母である私ではない。横にいる舞だ。何かと弟の世話を焼きたくなる年頃らしい。私ですら「何だっけ、それ」とたずねたくなる箸のマナーなど出して、姉の威厳というものを作りたがっているようだ。 弟は弟で、さっきから箸の先っぽを口に入れたままである。お好み焼きに鰹節と青ノリをかけ、ソースとマヨネーズをからめた時についた混合物を味わっているようだ。私の方針で、わが家ではポテトチップスも箸で食べるようにしているのだが、その時も息子は塩のついた箸をきっちりとねぶっている。「こら、二人とも俺の話を聞かんか。まだ全然終わってないぞ。キンを作ろうとしたのはいいが、実際には作れなかった。錬金術なんぞ現代に通用するはずもない! だが俺は愚か者だった。禁断の秘術に手を出した結果、片腕を失ったのだ……」「どこかで聞いた話だね、姉貴」「ちょっと足んないけどね。どうせなら片足も失くしとかないと」 ブラックなジョークが飛びかう。そういう冗談が通用する程度に、わが家の食卓には自由がある。少なくとも、私が生まれ育った家に比べたら、ずっとたくさんの自由が。「両足あって悪かったな! お前たちの読んでる漫画は絵がキレイすぎていかん。男ならもっと勢いを求めたらどうなんだ。時代の荒波にもまれながら、たった一人で立ち向かうのが男ってもんだろうが」「あのーわたし女なんですけどー」「違うな、舞こそ男だ。むしろ蹴のほうに男が足らん。男を磨け、男はいいぞ」 耳の中で男がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。手先が器用で、靴の裏のスパイクに生えた針みたいに細かいものが気になる蹴は、確かにどちらかといえば女性的かもしれない。芸術家肌なのだ。「男らしさ」が見たくて蹴と名づけ、サッカーまでやらせたのにご覧の結果。お義父さんの欲しがっているものは、案外こちらの舞にあるのかもしれない。 初めて舞が家に来た時は、泣き虫でいつも目をこすってばかりいた。それがお義父さんにすっかり鍛えられて、今では鉄のような落ち着きを宿している。「男に生まれなくてよかったなー」「男はいいから、早く話の続きを聞かせてあげてよ。お父さんとお母さんに」「あいわかった。蹴よ、それでこそ男だ。でだな、俺は悟ったのだ。間違っていたのだと。必要なのはキンじゃなかった。キンに属するもの、すなわち金属こそが俺の求めるものだったのだ。モノであり、カネの素材ともなり、俺たちの近代的な生活を根っこから支えている偉大なマテリアル。もっと早く気づくべきだった」 よく引きしまった片腕を器用に動かし、食う間に飲む、飲む間に食う。誰よりもしゃべっているはずなのに、誰よりも年上のはずなのに、いちばんよく食べ、飲み、笑う。どこから生まれてくるのか、この無限に思えるエネルギーがお義父さんを動かし、やがてかくもすばらしい鉄工所を作りあげたのだろう。 いや。どこから生まれてくるのか、たぶん私も夫もよく理解している。「俺は答えを見つけた。そこからは一直線だった。やることは決まっていた。鉄だ。鉄を作る。作り変えて世の中の役に立つものにする。ドロドロに熔けた真っ赤な鉄は、俺の心に燃える熱い炎が姿を現したのかと思うほどだった。これしかない。俺は走り続けた。そして冷が生まれ、鎮さんと結ばれた」「途中えらい飛ばしてるじゃん。どうしたの」「舞よ、聞くな。人よ、悲しむな。男には、口には出せない苦い記憶が一つや二つはあるもんだ。冷がこの世に生まれたのは俺がいたからだ。そしてもう一人、お前と同じ性をもつ者が俺の前に現れ、そして去っていったからだ」 夫の子供時代について、私自身は多くをたずねないようにしている。もともと無口な夫が、ただでさえあまり話してくれない過去だからだ。とはいえ不幸だったわけではなく、語れるほど記憶していることがないのだという。 かすかに憶えているのは、まるいもの。あったかくて、ぴかぴかしていて、見てると幸せになれるもの。初デートの時、静かな声で、そう語ってくれたのを思い出す。「鎮さん、本当によく冷を好きになってくれたな。俺はうれしい。こんな、取り柄といえば頭がよくてパズル解くのが上手くて十ケタの掛け算を暗算できてわけのわからない数式を書いてばかりいるくらいの男を愛してくれたんだ。いくら感謝しても足りんよ」「お母さん、おじいちゃんにモテモテだね」「いっそじいちゃんと結婚したら?」 娘と息子が口々に言う中、視界の隅で夫がゆっくりと立ち上がる。決して怒りを抱いたわけではない。これはいつもの習慣で、そろそろペットのオリザノールに餌をやらなければと思いだしたところだろう。 何かにつけてもの静かな彼は、行動で自分の思いのほとんどを示す。破天荒でいつまでも若々しいお義父さんとは正反対の、数学者の道を選んだ夫。放っておいたらストレスで首がもげてしまう謎まみれのオリザノールをどこからか見つけてきて、誰よりも可愛がっている。関西弁でしゃべることもあるというが、本当だろうか。「まったく、冷はいつでも変らんな。あいつの考えてることはさっぱりわからん」 ――私にはわかりますよ、冷さん。 玄関へと歩いていく夫の後ろ姿をしばらくながめてから、私はお義父さんへと視線を戻した。見事な禿頭が天井の照明に反射して光り、いよいよ語りも饒舌となる。 家庭円満。「まるいもの」がここにある限り、わが家はいつまでも平和だ。
――わたくしは夢見るひとつの円形にございます。 ○ オリザノールが息をする。今日は水槽にいれられていた。ぽつ。と、ぽつ。と、ゆっくり泡を吐いていた。四つの足をまるめたままじっと動かず、波一つたっていない。エアー・ポンプの音だけが唯一動的だった。「あいつにはあまりストレスを与えちゃいけないんだ」「でもあなた、だからってなにもあんな大きな水槽買わなくても……。いったいいくらしたの、あれ?」「うるさいな。オリザノールは家族なんだぞ。へたに狭い水槽を買って、機嫌でも損ねたらどうする? 子供らが駄々をこねるのとはわけが違う。命がかかっているんだ、命が」「それは、そうですけど」 オリザノールが息をする。そこにはなんら意思もなく、規則正しく、ぽつ。と、ぽつ。と、息をする。時折、まぶたをわずかに開ける。うっすらした視界の中を、はしからはしまで、右、左と見回したあと、再び目を閉じ、それきりもう、どこを見ているのか、なにを見ているのか、誰にも分からない。オリザノールにしか、わからない。「姉ちゃん、オリザノールみなかった?」「さっきお父さんが水槽の中にいれてたけど」「は? 水槽? なんで」「知らない。なんかぶつぶつひとりごと言ってたけど、よく聞こえなかった」「ふーん。……まあいいや、外でサッカーしてくるから、そういうことで」「はいはい。車には気をつけてね」 オリザノールが息をする。外は快晴で、空はどこまでも奥まって青い。からすが飛んでいる。黒い翼を不器用に動かして、飛んでいる。青の浸透圧にやられて抜けていってもおかしくないほどの、黒。その黒よりもなお深い、オリザノールと父の瞳だ。その類似に気づいているのは、ただひとり祖父のみだった。彼は水槽の前に立ち、エコーをふかして、ぽつ。と、ぽつ。と、つぶやく。「まるいなあ。おまえは、まるいなあ」 起こった父は、自室へと入っていった。中から怒鳴り声が聞こえるのを、祖父と、母とがじっと聞きいっている。姉は耳をふさぐ。息子は、まだ、気づかない。この異変に気づかない。 オリザノールが息をする。ぷつ。と、ぷつ。と、誰にも聞けない音がする。
>マルメガネさん そんなに昔すぎない、でも今となっては昔の話。渋みがあります。もう使われていないリベットと並び、たばこの煙がいい味を出していると思いました。新聞のコラムで読んだんですが、禁煙がかなりのところまで進んだ現代、たばこはフィクションの世界で登場するのもかなり珍しくなってきているそうです。アメリカでは、喫煙シーンのある映画を成人指定にすべきとの声もあるようで。 どんなに遠くなってしまっても、戦争が何であるかを考える試みは続けていかないといけないですね。そう思います。>端崎さん 正直なところ、いちばん意表をつかれました。リアル向きの設定からファンタジーが生まれるとは。いや、すぐジャンル分けしようとする自分の頭ではまず思いつきそうにない展開で、新鮮でした。母親が爪の間から出てきたあたりとか、特に好きです。 これだけ奇抜なシーンの連続なので、書かれていない残りの設定をさらに各所にからめてあるとどんな光景が見られただろうか、とちょっと気になります。カオス煮込みは具が多ければ多いほどいい、が最近の好みなもので。>みずのさん 少年、11歳にして室伏の肉体に目覚める。そら恐ろしい……なんて思ってたらそれ以上の場面に次々と遭遇して、なんやえらい話に出会うてしもたなあ、父さんワンピースで可愛いやないか、鎮さんあかんで、あかん、舞さんにじわじわとなぶり殺しにされてまうやろ、とか思ったり思わなかったりで読んでおりました。 やなせたかしさんに抱かれたところでこらえきれず笑ってしまい、めちゃくちゃなんだけどこれでいいや、と思えるところがすごいな、と。現代板ではもう少し日常寄りの話をお見かけする機会が多かったので、なおさら衝撃が大きかったかもしれません。>とりさとさん 個人的に、少年は第一にかわいらしいに越したことはないんですが、心の中に何か一つ、熱く燃えるきつめの闘志みたいなものをもっていてほしいと思ってます。そういうところ、自分の好みにぴったりなものを感じて、素直な気持ちで読めました。彼の決意が誰かを幸せにできますように、と願いたくなります。 一つ、姉のエピソードと比べると、祖父にまつわる記憶が少なめであると感じました。そこをもう少し強化して、両方に何らかのつながりをもたせてあると、さらに見方を広げることができるのではと思ってます。>片桐さん 明快にしゃべれるし、身体自体は元気なのに、他人を記憶したり相手の気持ちになって考えたりする力はほとんど失われてしまっている。ある意味で一番厄介な状態になってしまった人を見かけるのは、どんな媒体であっても心が苦しくなります。でも単なる嫌な人として片づけないで、最後に希望が見える終わり方になったのは個人的に助かりました。 今後何十年にもわたって、大きな現実としてとどまり続けそうな光景。そういうものから目をそらさず、機会があれば見ていきたいと思います。>弥田さん ほのかにホラーの香りが漂ってくるような書かれ方ですね。子供の頃にビデオで見た『グレムリン』という映画を思い出しました。ここから金田家にどんな悲劇が降りかかるのか、と勝手に想像して楽しみたくなります。 オリザノールとは結局、何だったのか。彼(彼女?)の正体に肉薄できそうな書き出しに思える分、もう少し先のところまで読んでみたかったかもです。>じぶんの おじいちゃんしゃべりすぎです、お父さんお母さん冷めすぎです、姉弟はもっと自分のことを語りましょう、場面増やしたいなあ、等々。